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'''Lu Xun (鲁迅, Lǔ Xùn, 1881–1936)'''
 
'''Lu Xun (鲁迅, Lǔ Xùn, 1881–1936)'''

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Rabbits and Cats (兔和猫 / 兎と猫)

Lu Xun (鲁迅, Lǔ Xùn, 1881–1936)


中文(原文) 日本語

【兔和猫】



 住在我们后进院子里的三太太,在夏间买了一对白兔,是给伊的孩子们看的。
 这一对白兔,似乎离娘并不久,虽然是异类,也可以看出他们的天真烂熳来。但也竖直了小小的通红的长耳朵,动着鼻子,眼睛里颇现些惊疑的神色,大约究竟觉得人地生疏,没有在老家时候的安心了。这种东西,倘到庙会日期自己出去买,每个至多不过两吊钱,而三太太却花了一元,因为是叫小使上店买来的。
 孩子们自然大得意了,嚷着围住了看;大人也都围着看;还有一匹小狗名叫S的也跑来,闯过去一嗅,打了一个喷嚏,退了几步。三太太吆喝道:“S,听着,不准你咬他!”于是在他头上打了一掌,S便退开了,从此并不咬。
 这一对兔总是关在后窗后面的小院子里的时候多,听说是因为太喜欢撕壁纸,也常常啃木器脚。这小院子里有一株野桑树,桑子落地,他们最爱吃,便连喂他们的波菜也不吃了。乌鸦、喜鹊想要下来时,他们便躬着身子用后脚在地上使劲的一弹,砉的一声直跳上来,像飞起了一团雪,鸦鹊吓得赶紧走,这样的几回,再也不敢近来了。三太太说,鸦鹊倒不打紧,至多也不过抢吃一点食料,可恶的是一匹大黑猫,常在矮墙上恶狠狠的看,这却要防的,幸而S和猫是对头,或者还不至于有什么罢。
 孩子们时时捉他们来玩耍;他们很和气,竖起耳朵,动着鼻子,驯良的站在小手的圈子里,但一有空,却也就溜开去了。他们夜里的卧榻是一个小木箱,里面铺些稻草,就在后窗的房檐下。
 这样的几个月之后,他们忽而自己掘土了,掘得非常快,前脚一抓,后脚一踢,不到半天,已经掘成一个深洞。大家都奇怪,后来仔细看时,原来一个的肚子比别一个的大得多了,他们第二天便将干草和树叶衔进洞里去,忙了大半天。
 大家都高兴,说又有小兔可看了;三太太便对孩子们下了戒严令,从此不许再去捉。我的母亲也很喜欢他们家族的繁荣,还说待生下来的离了乳,也要去讨两匹来养在自己的窗外面。
 他们从此便住在自造的洞府里,有时也出来吃些食,后来不见了,可不知道他们是预先运粮存在里面呢还是竟不吃。过了十多天,三太太对我说,那两匹又出来了,大约小兔是生下来又都死掉了,因为雌的一匹的奶非常多,却并不见有进去哺养孩子的形迹。伊言语之间颇气愤,然而也没有法。
 有一天,太阳很温暖,也没有风,树叶都不动,我忽听得许多人在那里笑,寻声看时,却见许多人都靠着三太太的后窗看:原来有一个小兔,在院子里跳跃了。这比他的父母买来的时候还小得远,但也已经能用后脚一弹地,迸跳起来了。孩子们争着告诉我说,还看见一个小兔到洞口来探一探头,但是即刻缩回去了,那该是他的弟弟罢。
 那小的也检些草叶吃,然而大的似乎不许他,往往夹口的抢去了,而自己并不吃。孩子们笑得响,那小的终于吃惊了,便跳着钻进洞里去;大的也跟到洞门口,用前脚推着他的孩子的脊梁,推进之后,又爬开泥土来封了洞。
 从此小院子里更热闹,窗口也时时有人窥探了。
 然而竟又全不见了那小的和大的。这时是连日的阴天,三太太又虑到遭了那大黑猫的毒手的事去。我说不然,那是天气冷,当然都躲着,太阳一出,一定出来的。
 太阳出来了,他们却都不见。于是大家就忘却了。
 惟有三太太是常在那里喂他们波菜的,所以常想到。伊有一回走进窗后的小院子去,忽然在墙角上发见了一个别的洞,再看旧洞口,却依稀的还见有许多爪痕。这爪痕倘说是大兔的,爪该不会有这样大,伊又疑心到那常在墙上的大黑猫去了,伊于是也就不能不定下发掘的决心了。伊终于出来取了锄子,一路掘下去,虽然疑心,却也希望着意外的见了小白兔的,但是待到底,却只见一堆烂草夹些兔毛,怕还是临蓐时候所铺的罢,此外是冷清清的,全没有什么雪白的小兔的踪迹,以及他那只一探头未出洞外的弟弟了。
 气忿和失望和凄凉,使伊不能不再掘那墙角上的新洞了。一动手,那大的两匹便先窜出洞外面。伊以为他们搬了家了,很高兴,然而仍然掘,待见底,那里面也铺着草叶和兔毛,而上面却睡着七个很小的兔,遍身肉红色,细看时,眼睛全都没有开。
 一切都明白了,三太太先前的预料果不错。伊为预防危险起见,便将七个小的都装在木箱中,搬进自己的房里,又将大的也捺进箱里面,勒令伊去哺乳。
 三太太从此不但深恨黑猫,而且颇不以大兔为然了。据说当初那两个被害之先,死掉的该还有,因为他们生一回,决不至于只两个,但为了哺乳不匀,不能争食的就先死了。这大概也不错的,现在七个之中,就有两个很瘦弱。所以三太太一有闲空,便捉住母兔,将小兔一个一个轮流的摆在肚子上来喝奶,不准有多少。
 母亲对我说,那样麻烦的养兔法,伊历来连听也未曾听到过,恐怕是可以收入《无双谱》的。
 白兔的家族更繁荣;大家也又都高兴了。
 但自此之后,我总觉得凄凉。夜半在灯下坐着想,那两条小性命,竟是人不知鬼不觉的早在不知什么时候丧失了,生物史上不着一些痕迹,并S也不叫一声。我于是记起旧事来,先前我住在会馆里,清早起身,只见大槐树下一片散乱的鸽子毛,这明明是膏于鹰吻的了,上午长班来一打扫,便什么都不见,谁知道曾有一个生命断送在这里呢?我又曾路过西四牌楼,看见一匹小狗被马车轧得快死,待回来时,什么也不见了,搬掉了罢,过往行人憧憧的走着,谁知道曾有一个生命断送在这里呢?夏夜,窗外面,常听到苍蝇的悠长的吱吱的叫声,这一定是给蝇虎咬住了,然而我向来无所容心于其间,而别人并且不听到……
 假使造物也可以责备,那么,我以为他实在将生命造得太滥,毁得太滥了。
 嗥的一声,又是两条猫在窗外打起架来。
 “迅儿!你又在那里打猫了?”
 “不,他们自己咬。他那里会给我打呢。”
 我的母亲是素来很不以我的虐待猫为然的,现在大约疑心我要替小兔抱不平,下什么辣手,便起来探问了,而我在全家的口碑上,却的确算一个猫敌。我曾经害过猫,平时也常打猫,尤其是在他们配合的时候。但我之所以打的原因并非因为他们配合,是因为他们嚷,嚷到使我睡不着,我以为配合是不必这样大嚷而特嚷的。
 况且黑猫害了小兔,我更是“师出有名”的了。我觉得母亲实在太修善,于是不由的就说出模棱的近乎不以为然的答话来。
 造物太胡闹,我不能不反抗他了,虽然也许是倒是帮他的忙……
 那黑猫是不能久在矮墙上高视阔步的了,我决定的想,于是又不由的一瞥那藏在书箱里的一瓶青酸钾。


 (一九二二年十月。)

【兎と猫】


我々の奥の中庭に住む三奥さんが、夏に一対の白兎を買った。子供たちに見せるためだった。

この一対の白兎は、母親から離れてまだ間もないようで、異類ではあるが、その天真爛漫さが見て取れた。だが小さな真っ赤な長い耳をぴんと立て、鼻をひくひく動かし、目にはいくらか驚きと疑いの色が浮かんでいた。やはり人も土地も見知らぬところで、実家にいた頃のような安心感がなかったのだろう。この手のものは、縁日に自分で出かけて買えば一匹せいぜい二吊銭というところだが、三奥さんは一元も出した。小僧に店で買わせたからだ。

子供たちは当然大喜びで、わいわい言いながら取り囲んで見た。大人もみな取り囲んで見た。さらにSという名の小犬も走ってきて、割り込んで一嗅ぎし、くしゃみを一つして、数歩退いた。三奥さんが怒鳴った。「S、いいかい、噛んじゃだめだよ!」そして頭をぴしゃりと叩くと、Sは引き下がり、以後噛むこともなかった。

この一対の兎は裏窓の向こうの小さな中庭に閉じ込められていることが多かった。壁紙を引き裂くのが好きで、木の家具の脚もよく齧るからだそうだ。この小さな中庭には野生の桑の木が一本あり、桑の実が落ちると、兎たちはこれが大好物で、餌にやっていたほうれん草にも見向きもしなくなった。鴉や鵲が降りてこようとすると、兎たちは体を弓なりにして後ろ脚で地面を力いっぱい蹴り、ザッと一声、真っ直ぐに飛び上がった。まるで一塊の雪が舞い上がったようで、鴉鵲は驚いて慌てて逃げ、こんなことが何度かあると、もう近寄ろうとしなくなった。三奥さんが言うには、鴉鵲は大したことはない、せいぜい餌を少しかすめ取る程度だが、厄介なのは大きな黒猫で、いつも低い塀の上から恐ろしい目つきで睨んでいる、これは用心しなければならない、幸いSと猫は天敵同士だから、まさか何事もあるまいとのことだった。

子供たちは時々兎を捕まえて遊んだ。兎たちはとても穏やかで、耳を立て、鼻をひくひくさせ、おとなしく小さな手の輪の中に立っていたが、隙があるとするりと逃げていった。夜の寝床は小さな木箱で、中に藁を敷いて、裏窓の軒下に置かれていた。

こうして数ヶ月が経つと、兎たちが突然自分で土を掘り始めた。掘る速さは大したもので、前脚で掻き、後ろ脚で蹴り出し、半日もしないうちに深い穴を掘り上げた。みな不思議に思ったが、よく見ると、一匹の腹がもう一匹よりずっと大きくなっていた。翌日には乾いた草や木の葉を穴の中に銜えて運び込み、半日がかりで忙しくしていた。

みな喜んで、また小兎が見られると言った。三奥さんは子供たちに戒厳令を出し、以後二度と捕まえてはならぬと命じた。私の母もその一族の繁栄をとても喜び、生まれた子が乳離れしたら二匹もらってきて、自分の窓の外で飼いたいとまで言った。

兎たちはそれからは自分で造った洞窟に住み、時折出てきて餌を食べたが、やがて姿を見せなくなった。あらかじめ食糧を中に運び溜めていたのか、それとも何も食べなかったのかはわからない。十数日が経って、三奥さんが私に言った。あの二匹がまた出てきたが、どうやら子兎は生まれたものの全部死んでしまったらしい、というのは雌の一匹の乳がたいそう多いのに、穴の中に入って哺乳している様子がまるで見えないからだと。その言葉の端々にはかなりの憤りがあったが、どうしようもなかった。

ある日、太陽がとても暖かく、風もなく、木の葉も動かなかった。私はふと大勢の笑い声を聞いた。声のするほうを見ると、多くの人が三奥さんの裏窓のところに寄りかかって見ていた。一匹の小兎が中庭で跳ね回っていたのだ。親が買われてきた時よりもまだずっと小さかったが、もう後ろ脚で地面を蹴って、ぴょんと跳び上がることができた。子供たちが争って教えてくれた。もう一匹の小兎が穴の入口まで来てちょっと頭を出したが、すぐに引っ込んでしまった、あれは弟だろうと。

小さいほうも草の葉を拾って食べていたが、大きいほうはそれを許さないらしく、よく口から奪い取って、自分では食べないのだった。子供たちが大きな声で笑うと、小さいほうはとうとう驚いて、跳ねながら穴の中に潜り込んだ。大きいほうも穴の入口まで追いかけて行き、前脚で子兎の背中を押して中に押し込み、それからまた土を掻いて穴を塞いだ。

以来、小さな中庭はますます賑やかになり、窓口にもしばしば覗き見る人がいた。

ところが突然、またしても小さいほうも大きいほうも姿を消してしまった。この時は連日の曇り空で、三奥さんはまたあの大きな黒猫に殺されたのではないかと心配した。私はそうではない、天気が寒いから当然隠れているだけだ、太陽が出ればきっと出てくると言った。

太陽が出たが、兎たちは姿を現さなかった。そうしてみな忘れてしまった。

ただ三奥さんだけは、いつもほうれん草を与えに行っていたので、よく思い出していた。ある時、裏窓の向こうの小さな中庭に入ると、ふと壁の隅にもう一つ別の穴を見つけた。もとの穴の入口を改めて見ると、おぼろげにまだ多くの爪痕が残っていた。この爪痕が大兎のものだとすれば、爪がこんなに大きいはずがない。三奥さんはまたあの塀の上にいつもいた大きな黒猫を疑い、ついに発掘を決意せずにはいられなかった。三奥さんはとうとう鍬を取り出し、ずっと掘っていった。疑いながらも、思いがけず白い小兎に出会えることを期待していたが、底まで行ってみると、ただ腐った草に兎の毛が混じった一山があるだけで、おそらく出産の時に敷いたものだろう。そのほかは冷え冷えとして、雪のように白い小兎の跡も、あの一度だけ頭を覗かせて穴の外に出なかった弟の姿も、全くなかった。

怒りと失望と寂しさのために、三奥さんは壁の隅のもう一つの新しい穴も掘らずにはいられなかった。手をつけると、大きな二匹の兎がまず穴の外に飛び出した。三奥さんは引っ越したのだと思って大いに喜んだが、それでもなお掘り続けた。底まで行くと、そこにも草の葉と兎の毛が敷かれていて、その上に七匹のとても小さな兎が眠っていた。全身が肉色の薄紅で、よく見ると、目はみなまだ開いていなかった。

一切が明らかになった。三奥さんの前々からの予想は果たして正しかったのだ。危険を防ぐため、三奥さんは七匹の小兎をみな木箱に入れて自分の部屋に運び込み、大きい方も箱の中に押し込んで、授乳するよう命じた。

三奥さんはそれからというもの、黒猫を深く恨むだけでなく、大兎にもかなり不満を持つようになった。聞くところによれば、最初に殺された二匹の前にも、死んだのがいたはずだという。一回の出産で二匹だけということは決してなく、授乳が不均等で、餌を奪えない者が先に死んだのだという。これもおそらく間違いないだろう。現に七匹の中にも、二匹がだいぶ痩せて弱々しかった。そこで三奥さんは暇さえあれば母兎を捕まえて、小兎を一匹一匹順番に腹の上に載せて乳を飲ませ、多い少ないのないようにした。

母が私に言った。あんなに面倒な兎の飼い方は、これまで聞いたこともない、おそらく『無双譜』に載せてよいくらいだろうと。

白兎の一族はますます繁栄し、みなもまた喜んだ。

しかしそれ以来、私はいつも寂しさを感じるようになった。夜半に灯の下に座って考えると、あの二つの小さな命が、人知れず鬼知らず、いつの間にか失われていたのだ。生物史の上に一片の痕跡も残さず、Sですら一声も吠えなかった。私はそこで昔のことを思い出した。以前、私が会館に住んでいた頃、早朝に起きると、大槐樹の下に散乱した鳩の羽毛があった。これは明らかに鷹の嘴の餌食になったのだ。午前中に小使いが来て掃除すれば、何も見えなくなる。ここでかつて一つの命が絶たれたことを誰が知ろうか。私はまたかつて西四牌楼を通りかかり、一匹の小犬が馬車に轢かれて瀕死になっているのを見た。帰りに通ると、もう何もなかった。片付けられたのだろう。往来の人々は行き交い、ここでかつて一つの命が絶たれたことを誰が知ろうか。夏の夜、窓の外から、蠅の長く細い「ジージー」という声がよく聞こえた。これはきっとハエトリグモに噛みつかれたのだ。しかし私はこれまでそんなことに心を留めたことがなく、他の人々はそもそも聞こえてすらいないのだ……。

もし造物主をも責めることができるならば、私は思う、彼は実に命をあまりに気前よく造り、あまりに気前よく滅ぼしすぎたのだと。

ギャオッと一声、また二匹の猫が窓の外で喧嘩を始めた。

「迅や!お前はまたそこで猫を打っているのかい?」

「違うよ、猫同士で噛み合っているんだよ。僕に打てるわけないじゃないか。」

私の母はもともと私が猫を虐待することをよしとしていなかったので、今は私が小兎のために仇討ちをして何か手荒なことをしようとしているのではないかと疑い、起き出して問いただしたのだ。しかし一家の評判では、私はまさしく猫の敵であった。私はかつて猫を害したことがあり、普段もよく猫を打ったが、とりわけ交尾している時に打った。しかし私が打つ理由は交尾しているからではなく、彼らが鳴くからだった。鳴き声がうるさくて眠れない。交尾にこれほどの大声は不要であろうと私は思った。

まして黒猫が小兎を害したとなれば、私はなおさら「大義名分」があるというものだ。母は実にお人好しに過ぎると私は感じ、そこで思わず、あいまいな、どちらかといえば不賛成に近い返事をしてしまった。

造物主があまりにでたらめをやるので、私は反抗せずにはいられない。もっとも、あるいはかえって彼の手助けをしているのかもしれないが……。

あの黒猫はもう長くは低い塀の上を闊歩してはいられまい。私はそう固く心に決め、そしてまた思わず、書箱の中に隠してある一瓶の青酸カリに目をやった。

(一九二二年十月。)