Lu Xun Complete Works/ja/Zhongguo xiaoshuo shilue

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中国小説史略 (zhongguo_xiaoshuo_shilue)

魯��� (ルーシュン, 1881-1936)

中国語からの日本語翻訳。


【魯迅全集・第九巻】

嵇康集

第一巻

秀才答四首

幽憤詩一首

述志詩二首

游仙詩一首

六言詩十首 各本は各首の第一句を取り、別に一行を子目とす。『詩紀』も亦然り

重作六言詩十首代秋胡歌詩七首 旧校改めて「重作四言詩七首」とす。注に一に『秋胡行』に作ると云う。黄本程本汪本張溥本並びに同じ。惟だ張燮本のみ『秋胡行七首』に作る。案ずるに六言詩十首は蓋し已に逸し、僅かにその題を存するのみ。今有する所は『代秋胡行』なり。旧校甚だ誤れり

思親詩一首

詩三首 郭遐周の贈

詩五首 郭遐叔の贈

五言詩三首 二郭に答う

五言詩一首 阮徳如に与う

五言詩二首 阮徳如の答

四言詩十一首 各本及び旧校は均しく前六篇を『酒会詩』と為し、第七より第十篇を削り、第十一篇の前に『雑詩一首』と題す

五言詩三首 各本にこの三篇なし。旧校も亦乙去す

第二巻

琴賦 序有り○『文選』は「並序」に作る

山巨源に与えて交わりを絶つ書

呂長悌に与えて交わりを絶つ書

第三巻

卜疑 各本「疑」の下に「集」字有り

嵇荀録亡

養生論

第四巻

黄門郎向子期難養生論 原鈔は「向子期難」四字を奪う。黄本及び旧校に従い加う。張燮本は『向秀難養生論』に作る。案ずるに本は或いは『答向子期難養生論』たるべし、黄門郎は即ち答向期の訛にして子字難字を奪い、康の答うる所も亦別に一篇と為さざるなり

答難養生論 原鈔にこの五字なし。各本及び旧校に拠りて加う。案ずるに無き者は是なり。『文選』江文通雑体詩李善注に養生に五難有りと云々を引く。十一句は康の答文なり。向秀嵇康の養生論を難ずと称するは即ち唐時の旧本にして亦二篇連写の証なり

第五巻

声無哀楽論

第六巻

釈 張溥本は「無私論」に作る

管蔡論

明胆論

第七巻

自然好学論 張叔遼作 附 この四字原鈔にて滅尽す。今旧校に従う。各本張遼叔を自字の上に在らしむ。作字なし

難自然好学論

第八巻

宅無吉凶摂生論 難上 各本にこの二字なし。旧校も亦削る

難宅無吉凶摂生論 原は『難摂生中』に作る。各本及び旧校に依りて改む

第九巻

釈難宅無吉凶摂生論 難中 各本にこの二字なし。旧校も亦削る

答釈難宅無吉凶摂生論 原は『答釈難曰』に作る。各本及び旧校に依りて改む

第十巻

太師箴

家誡

嵇康集跋

乾隆戊子冬日、呉門汪伯子の家に得たり。張燕昌。

嵇康集逸文考

嵇康集著録考

中国小説史略

題記

序言

第一篇 史家の小説に対する著録及び論述

第二篇 神話と伝説

第三篇 漢書芸文志に載する所の小説

第四篇 今見る所の漢人小説

第五篇 六朝の鬼神志怪書(上)

第六篇 六朝の鬼神志怪書(下)

第七篇 世説新語とその前後

第八篇 唐の伝奇文(上)

第九篇 唐の伝奇文(下)

第十篇 唐の伝奇集及び雑俎

第十一篇 宋の志怪及び伝奇文

第十二篇 宋の話本

第十三篇 宋元の擬話本

第十四篇 元明伝来の講史(上)

第十五篇 元明伝来の講史(下)

第十六篇 明の神魔小説(上)

第十七篇 明の神魔小説(中)

第十八篇 明の神魔小説(下)

第十九篇 明の人情小説(上)

第二十篇 明の人情小説(下)

第二十一篇 明の擬宋市人小説及び後来の選本

第二十二篇 清の擬晋唐小説及びその支流

第二十三篇 清の諷刺小説

第二十四篇 清の人情小説

第二十五篇 清の小説を以て才学を見す者

第二十六篇 清の狭邪小説

第二十七篇 清の侠義小説及び公案

第二十八篇 清末の譴責小説

後記

【中国小説史略】

【】

【題記】

小説史を講ぜし時を回想すれば、今を距つること已に垂んど十載、即ちこの梗概を印するも亦已に七年の前に在り。爾後研治の風、頗る益々盛大にして、幽を顕かにし隠を燭し、時に亦聞くこと有り。塩谷節山教授の元刊『全相平話』残本及び「三言」を発見し、並びに考索を加えしが如きは、小説史上、実に大事と為す。即ち中国に嘗て論者有りて、当に朝代を以て分つべき小説史有るべしと謂うも、亦殆ど膚泛の論に非ざるなり。此の種の要略、早く陳言と成りしも、惟だ別に新書無きに縁りて遂に尚お読者有らしめ、復た将に重印せんとす。義として当に更張すべきも流徙以来斯業久しく廃れ、昔の所作已に雲煙の如し。故に僅かに第十四・十五及び二十一篇に於いて稍や改訂を施し、余は別に新意無きを以て大率旧文の儘なり。大器晩成、瓦釜以て久しきも年命を延ぶと雖も亦荒涼を悲しむ。校し訖りて黯然、誠に杰構を来哲に望むなり。

一九三〇年十一月二十五日の夜、魯迅記す

【後記】

右『中国小説史略』二十八篇、其の第一より第十五篇は去年十月中に印し訖る。已にして朱彝尊『明詩綜』巻八十に於いて雁宕山樵陳忱字遐心なるを知る。胡適『後水滸伝序』を為して其の事を考え得ること尤も衆し。謝無量『平民文学の両大文豪』第一編に於いて『説唐伝』旧本は廬陵羅本撰と題するを知る。『粉妆楼』相伝亦羅貫中作とするも惜しむらくは見得るに後れ増修に及ばず。其の第十六篇以下の草稿は久しく案頭に置き時に更定有りしも識力倹隘にして観覧又周洽ならず、明清小説に闕略尚お多きのみならず近時の作者魏子安・韓子雲輩の名も亦他事に牽かるるに縁りて未だ博く訪うに遑あらず。況んや小説初刻多く序跋有りて成書年代及び撰人を知るべきも旧本希覯にして僅かに新書を獲るのみ。賈人草率にして本文の外大率刊落す。用いて編録するも亦依拠寡薄にして時に讹謬を虞る。惟だ更に歳月を歴れば或いは小小妥帖なるを能うのみ。而して時会交迫し当に復た印行すべし。乃ちその不備に任せ輒ち排印に付す。疇昔懐いし聴者の聆察を助け写生の煩労を釈かんとする志願は是に於いて畢れり。一千九百二十四年三月三日校し竟りて記す。

【小説旧聞鈔】

【再版序言】

『小説旧聞鈔』なる者は実に十余年前北京大学にて『中国小説史』を講ぜし時集めし所の史料の一部なり。時に方に困瘁し書を買う力無ければこれを中央図書館・通俗図書館・教育部図書室等に仮り、寝を廃し食を輟め鋭意窮搜し、時に或いはこれを得れば瞿然として則ち喜ぶ。故に凡そ採掇する所異書無しと雖もこれを得るの難きを以て頗る亦珍惜す。『中国小説史略』印成するに迨び復た小友の請に応じ所謂俗文小説に関する旧聞にして昔の史家の道うに屑しとせざる者を取り稍や次第を加え排印に付す。特にもって見聞は隘しと雖も究めて転販に非ず学子これを得れば或いはその重ねて尋検するの労を省くに足らんのみ。而して海上の妄子遂に簧舌を騰しこれを有閑の証と為し亦即ち有銭の証と為すなり。則ち腰を曼して舞い沫を噴きて狂談する者尚お已まず。然れども書も亦甚だしくは行われず今に迄るまで十年未だ再版を聞かず。顧みるに亦偶々尋求して得能わざる者有り因りて復印を図り略ぼ同流に酬ゆ。惟だこの道に於いて久しく関心せず古書を見得るの機会も日に鮮し。故に『癸辛雑識』・『曲律』・『賭棋山荘集』三書を録するの外亦増益する所有る能わず。この十年中小説を研究する者日に多く新知灼見幽隠を洞燭し「三言」の統系『金瓶梅』の原本の如きは皆歴来の凝滞をして一旦豁然たらしむ。『続録鬼簿』出でてよりは羅貫中の謎にして昔聚訟する所の者も遂に亦氷解す。これ豈に前人の心を憑み臆を逞しうする所の能く至る所ならんや。然れどもこれは皆録さず。然る所以は乃ち或いは本と専著にして期刊に載せ或いは原書を見ず転写に憚るに縁る。その詳しきは自ずから馬廉・鄭振鐸二君の作在るなり。

一九三五年一月二十四日の夜、魯迅校し訖りて記す。

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