Lu Xun Complete Works/ja/Fen

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墳 (坟)

魯��� (ルーシュン, 1881-1936)

中国語からの日本語翻訳。


第1節

【父親】

M・ショーロホフ

太陽はコサック村の辺りの灰緑色の叢林の向こうで、弱々しく瞬いたところだった。村からさほど遠くないところに渡し船がある。私はこれに乗ってドン河の向こう岸に渡らねばならなかった。湿った砂の上を歩くと、そこから腐敗した臭いが立ち昇ってきた。水に浸った腐れ木のようだった。道はまるで乱れた兎の足跡のように、叢林を縫って蜿蜒と続いていた。膨れて真っ赤な太陽は、すでに村の向こう側の墓地に沈んでいた。私の背後では、枯れた雑木の間を、蒼茫たる黄昏がゆるやかに歩いていた。

渡し船は岸辺に繋がれ、淡い紫色の水がその下から覗いていた。櫓は軽く跳ね、一方に回りながら、櫓臍もきいきいと鳴っていた。

船頭は柄杓で苔の生えた船底を掻き、水を外に汲み出していた。頭を上げ、黄色みがかった斜視の目で私をじっと見て、不機嫌に、罵るように尋ねた。

「渡るのかね? すぐ出すよ、今から纜を解く」

「二人きりで出せるのか?」

「出すしかないさ。すぐ夜になる。誰が来るか分かったもんじゃない」。彼は裾を捲り上げ、また私を一瞥して言った。

「見たところ、あんたはよそ者だな、うちの者じゃない。どこから来た?」

「陣営から帰るところだ」

男は帽子を小舟の中に置き、頭を振って、黒いカフカスの銀のような髪をかき分け、私にウインクし、虫食いの歯を見せた。

「休暇を貰ったのかい、それとも、まあそういうことで――こっそりと?」

「除隊したんだ。年限が満了した」

「ああ……ああ。じゃあのんびりできるわけだ……」

我々は櫓を漕ぎ始めた。だがドン河は冗談でもするかのように、我々を岸辺に浸った森の若木の中へと運び込んでしまう。水が壊れやすい竜骨に当たり、はっきりとした音を立てた。青い血管の浮き出た船頭の赤い裸足は、太い筋肉の束のようだった。冷たさで青ざめた足裏が、滑りやすい斜梁にしっかりと踏みしめられ、腕は長くたくましく、指の関節はどれも太く膨れ上がっていた。彼は痩せて肩が狭く、腰を曲げ、辛抱強く櫓を漕いでいたが、櫓は巧みに波頭を切り開き、深く水に入っていった。

この男の均一で妨げのない呼吸が聞こえた。彼の毛糸のシャツから、汗と煙草と水の淡い味の混じった鼻を突く臭いが湧き出していた。彼は突然櫓を置き、振り返って私に言った。

「どうやら入れそうもないな。この林の中で押し潰されそうだ。参ったな!」

一つの激しい波に打たれ、船は峻険な岩にぶつかった。船は船尾を力いっぱい振り、そのまま傾いて森の中へ進んでいった。

半時間後、我々は浸水した森の木々の間にしっかりと挟まれてしまった。櫓も折れた。櫓臍の上に、折れた破片がゆらゆらと揺れていた。船底の穴から、水が滔々と船の中に湧き入ってきた。我々は木の上で夜を過ごすほかなかった。船頭は足で枝に巻きつき、私のそばに蹲って、パイプを吹かしながら話し、頭上のペースト状の暗がりを切り裂く雁の羽ばたきの音に耳を傾けていた。

「うむ、うむ、あんたは家に帰るところだな。母親がもう家で待っとるよ。知っとるんだ、息子が帰ってきた、養ってくれる者が帰ってきたと。年老いた心が温まるんだ。そうさ……だがあんたも知っとるだろう、母親というものは、昼はあんたのことを心配し、夜は辛い涙を流しとる。だが何でもないことだと思っとる……母親はみなそうだ、自分の可愛い息子のためならば。みなそうなんだ……自分で子供を生んで育ててみなければ、親の苦しい心は分からんものだ。だが父親であれ母親であれ、子供のためにどれほど苦しまねばならんことか!

こういうことがあるもんだ。魚を捌く時に、女がその苦胆を破ってしまう。そうすると魚の汁を掬い上げても、苦くて飲めやしない。わしもまさにそうだ。生きてはおるが、いつも大きな苦しみを呑まねばならん。耐えて、堪えて、だが時々こう思うんだ。『人生よ、人生よ、いったいいつになったらお前のこの腐り切った生活の幕が下りるんだ?』

あんたは地元の者じゃない、よそ者だ。教えてくれ、わしはいっそ首に縄をかけた方がいいんじゃないかね。

わしには娘が一人おる。名はナターシャという。十六になった。十六だ。あの子がわしにこう言ったんだ。『お父さん、私はお父さんと同じ食卓で食事したくないの。お父さんの両手を見ると』と言うんだ。『その手でお兄ちゃんを殺したんだと思い出して、体じゅうの魂が抜けてしまうの』

だがこれは誰のためだったか、あの愚か者には分からんのだ。まさに彼らのためだったんだ、子供たちのために。

わしは早くに嫁を貰った。神様がくださったのは兎のように子をよく産む女房だった。立て続けに八人の食い扶持を産み、九人目でとうとう事切れた。産むのは無事に産んだが、五日目に熱病で死んだ。わしは独り身になった。子供たちはと言えば、神様は一人も召し上げてくださらなかった。あんなに懇願したのに……長男はイワンと言う。わしに似ておった。黒い髪、整った顔立ち。立派なコサックで、仕事も真面目だった。もう一人の男の子はイワンより四つ下だ。母親似でな。小柄だが腹の出た。淡い金髪で、ほとんど白に近い。目は灰青色。ダニーロと言って、わしの一番可愛い子だった。他の七人は、一番上が娘で、あとはみな小虫けらだ……

イワンには村の中で嫁を取ってやり、すぐに小僧が一人できた。ダニーロにもつり合いのある家を探しておったが、穏やかでない時代がやって来た。わしらのコサック村では、みなソヴィエト権力に反旗を翻した。その時イワンがわしの所に押しかけてきた。『父さん』と言うんだ。『一緒に行こう、赤軍に味方しよう! キリストの御名にかけて頼む! 赤軍を助けなきゃならん、あれは正しい力なんだから』

ダニーロもまたわしの考えを変えさせようとした。長いこと懇願し、説き伏せようとした。だがわしはこう言った。『わしはお前たちを無理強いはせん。行きたい方へ行け。だがわしは、わしはここに残る。お前たち以外にまだ七つの口があるんだ、しかもどれも食わせにゃならん』

二人は家を離れた。村では皆武装し始めた。何でもあるものを使った。だがわしも引っ張り出された。戦線へ行け!と。わしは集会の場でみなにこう告げた。

『村の衆よ、おじさんたちよ、知ってのとおり、わしは一家の主だ。家には七人の子供が寝台に寝ておる。わしが死んだら、誰がわしの子供たちの面倒を見るのだ?』

言うべきことは全部言ったが、無駄だった。誰も聞かず、わしを引きずって戦線に送った。

陣地はわしらの村からさほど遠くなかった。

ある日、ちょうど復活祭の前日だった。九人の捕虜がわしらの所に送られてきた。その中にダニルーシカが、わしの可愛い息子がおった。彼らは市場を通り抜け、護送されて将校の元へ向かった。コサックたちが家々から飛び出してきた。どっと、神よ憐れみたまえ。

『あいつらは打ち殺さにゃならん、この臆病者どもめ。取り調べの後に連れ戻されたら、何はともあれ先にひと泡吹かせてやる!』

わしは立っていた。膝が震えていたが、自分の息子ダニーロのために心臓が跳ねているのを人に悟られぬようにした。コサックたちが互いにひそひそ話し、頭で私を指し示しているのが見えた。すると騎兵曹長のヤルキョーシャがわしの方に走ってきた。『どうだ、ミチシャーラ、共産党員どもを片づけるとしたら、お前も立ち合うか?』

『もちろん立ち合うとも、この匪賊どもめ!』とわしは言った。

『よし、じゃあ銃を持って、この場所に、この入り口に立て』

それから奴はじっとわしを見据えた。『わしらはお前を見張っとるぞ、ミチシャーラ。気をつけろよ、友よ――お前には堪えられんかもしれんからな』

わしは入り口の前に立った。頭の中ではこんなことがぐるぐる回っていた。『聖母よ、聖マリアよ、わしは本当に自分の息子を殺さねばならんのか?』

事務室がだんだん騒がしくなった。捕虜たちが連れ出された。ダニーロが一番先だった。奴を見た途端、わしは全身が氷のように冷たくなった。頭が桶のように膨れ上がり、皮膚も裂けていた。鮮血が固まって顔から湧き出していた。髪には厚い毛糸の手袋がくっついていた。殴った後、それで傷口を押さえたのだ。手袋は血を吸って乾き、まだ髪に貼りついていた。村に連行される途中で打たれたのだろう。わしのダニーロはよろめきながら廊下を歩いてきた。わしを見ると、両手を広げた。わしに笑顔を作ろうとしたが、両目はすでに灰黒色に窪み、片方は凝血で完全に塞がれていた。

これはよく分かっていた。わしも一発くらわさなければ、村の者たちがたちまちわしを殺すだろう。わしの子供たちは孤児になり、たった一人で神の広い世界に残されることになる。

ダニーロがわしの立っているところに来ると、こう言った。『お父さん――お父ちゃん、さようなら』。涙が顔を伝い流れ、血の汚れを洗い落とした。わしはと言えば……わしは……腕が上がらなかった。ひどく重かった。まるで丸太のようだった。銃剣をつけた銃がわしの腕にどっしりと横たわり、さらに急き立てるので、わしは銃床であの子に一発くらわした……わしはここを打った……耳の上のここを……。あの子は叫んだ。ウウウ――ウウ――、と両手で顔を覆い、倒れた。

わしのコサックたちは大声で笑って言った。『打て、ミチシャーラ、打て、ダニーロに。悲しんでるようじゃないか、打て、さもないとお前の血を抜くぞ』

将校が入り口まで出てきて、表向きはみなを叱りつけるようだった。だがその目は笑っていた。

するとコサックたちは捕虜に殺到し、銃剣で始めた。わしの目の前が暗くなり、わしは走り出した。ただ走った、通りに沿って。だがその時、わしのダニーロが地面を転がされ、蹴り回されるのがまだ見えた。騎兵曹長がサーベルの切っ先で喉を刺した。ダニーロはただ、カカ……と声を出すだけだった」

水の圧力で船板がカタカタと鳴り、榛の木が我々の下で長い呻きを上げていた。

ミチシャーラは足で水に押し上げられてくる竜骨を引っかけ、パイプから燃え殻を叩き落としながら言った。

「船が沈みそうだ。明日の昼まで、ここの木の上に座っとらにゃならん。まったくついてない!」

彼は長いこと黙っていた。やがてまた、あの低い、鈍い声で話し始めた。

「この一件のせいで、わしは上級憲兵隊に送られた。――今はもう大量の水がドン河に流れ込んだが、夜になるといつも何か聞こえるんだ。誰かが喘ぎ、息を引き取り、首を絞められているような。あの時走って逃げた時に聞いた、わしのダニーロの喘ぎと同じように。

これがわしを苦しめるのだ、良心がな」

「わしらは春まで赤軍と対峙しておった。それからセクレティヨフ将軍が加わって、わしらは彼らをドン河のはるか向こう、サラトフ県まで追い払った。

わしは一家の主ではあったが、兵役は楽ではなかった。二人の息子が赤軍におったからだ。

わしらはバラソフ鎮に着いた。長男イワンのことは、何も聞かず、何も知らなかった。だがコサックたちの間で、突然噂が立った――どこから来たのか、鬼が知るものか――イワンが赤軍から捕らえられ、第三十六コサック中隊に送られたと。

わしの村の者たちがわめき始めた。『ワーニカを捕まえに行こう、あいつはわしらが片づけるんだ』

わしらはある村に着き、見ると、第三十六中隊がまさにそこに駐屯していた。彼らはすぐにわしのワーニカを捕まえ、縛り上げ、事務室に引きずって行った。そこで散々殴った後、わしにこう言った。

『こいつを連隊本部に護送しろ!』

この村から本部まで、十二ヴェルスタの道のりだった。わしらの百人団の団長が護送票を渡しながら言った――だが彼はわしの方を見なかった。

第2節

他人のために道を示すとなると、それはさらに容易ではない。なぜなら私自身でさえ、どう歩むべきか分かっていないからだ。中国にはおそらく若者の「先輩」や「導師」がかなりいるのだろうが、それは私ではなく、私も彼らを信じない。私がきわめて確実に知っている終着点は一つだけ、すなわち墓である。だがこれは誰もが知っていることで、誰かに示してもらう必要はない。問題はここからそこに至る道程にある。もちろん一本きりではないが、私にはどれがよいのか分からない。もっとも今に至るまで時には探し求めてもいる。探し求める中で、私は恐れる――私の未熟な果実が、偏って私の果実を愛する人をかえって毒殺してしまい、一方で私を憎む者、いわゆる正人君子なる輩はかえって皆矍鑠としていることを。だから私の言葉はしばしば曖昧になり、中断してしまう。心の中で思う。私を偏愛する読者への贈り物は、あるいは「何もないこと」が最良であろうと。私の訳著の刷り部数は、最初は一回千部、後に五百部増え、近頃は二千から四千だ。増えるたびに、私はもちろん嬉しい。金が稼げるからだ。しかし同時に哀愁も伴う。読者に害を及ぼすのではないかと恐れ、そのため文を書く時はますます慎重になり、ますます躊躇する。ある人は私が筆に任せて書き、胸臆をそのまま吐露していると思っているが、実はそうとも限らない。私の顧慮は少なくない。私はとうに自分が戦士などではないと知っているし、前駆とも言えない。これほど多くの顧慮と回想があるのだから。三、四年前、一人の学生が私の本を買いに来て、衣の懐から金を取り出して私の掌に載せたことをまだ覚えている。その金にはまだ体温が残っていた。この体温が私の心に烙印を押し、今に至るまで文字を書こうとする時、こうした青年を毒するのではないかと恐れ、なかなか筆を下ろせないでいる。何の顧慮もなく話す日は、おそらくもう来ないのだろう。だが時にはこうも思う。実のところ何の顧慮もなく話してこそ、こうした青年に対して恥じることがないのだと。だが今に至っても、そうする決心がつかないでいる。

今日話そうとすることもこの程度に過ぎないが、比較的真実と言えるだろう。このほか、もう少し余計な文がある。

白話を提唱し始めた頃は、各方面から激しい攻撃を受けたものだ。後に白話が次第に通行し、勢いを止めがたくなると、ある人々はたちまち転じてこれを自分の功績とし、「新文化運動」と美名を付けた。またある人々は白話は通俗の用に供して差し支えないと主張し、またある人々は白話をうまく書くにはやはり古書を読まねばならないと言った。前者はすでに二度目の転舵をなし、また翻って「新文化」を嘲罵している。後の二者はやむを得ざる調和派で、ただ僵屍をもう数日長く留めようとするだけで、今なお少なくない。私はかつて雑感の中でこれを攻撃したことがある。

最近、上海で出版されたある定期刊行物を見たところ、やはり白話をうまく書くには良い古文を読まねばならないと説き、証拠として挙げた人名の中に、その一人が私であった。これには実に寒気を覚えた。他人はさておき、自分について言えば、かつて多くの古い本を読んだことは確かであり、教鞭を執るために今もなお読んでいる。そのため耳にし目にし、影響が白話の文章に及び、しばしばその字句や文体が漏れ出てしまう。だが自分自身はまさにこれら古い亡霊を背負い、振り払えぬことに苦しみ、常に息苦しくなるような重さを感じている。思想の上でも、荘周や韓非の毒に中っていないはずがなく、時に甚だ気ままになり、時に甚だ峻厳になる。孔・孟の書は最も早く最も熟読したが、かえって自分と関わりがないようだ。大半は怠惰のためでもあろう。しばしば自分を慰め、万物は変化の中にあって、常にいくらかの中間物があるものだと考える。動植物の間に、無脊椎動物と脊椎動物の間に、みな中間物がある。いっそ、進化の連鎖の上では万物がみな中間物であると言ってもよいくらいだ。文章を改革し始めた時に、いくらか中途半端な作者がいるのは当然のことであり、そうでしかあり得ず、そうである必要もあった。その任務は、いくらかの覚醒の後に新しい声を叫び出すこと。また旧い陣営の中から来たがゆえに、事情がより明瞭に見え、矛を返して一撃すれば、強敵の死命を制しやすい。だがやはり光陰とともに消え去り、次第に消滅すべきであり、せいぜい橋の中の一木一石に過ぎず、何ら前途の目標でも範本でもない。後に続く者は当然異なるべきであり、天から授かった聖人でない限り、積年の習慣がたちまち一掃できるはずもないが、やはりもっと新しい気象を帯びるべきだ。文章について言えば、もはや古書の中に糧を求める必要はなく、生きた人々の唇と舌を源泉とし、文章をいっそう言語に近づけ、いっそう生気あるものとすべきだ。現在の人民の言語の貧困や欠乏をいかに救済し、豊かにするかについては、それもまた大きな問題であり、あるいは旧文の中からいくらかの素材を取って使役に供する必要もあろうが、これは今の私が論じようとする範囲の内ではないから、ひとまず措く。

私は十分に努力すれば、おおよそ口語を博く採って自分の文章を改革することもできるだろうと思う。だが怠惰であり且つ多忙であるために、今に至るまで実行していない。私はしばしばこれが古書を読んだことと大いに関係があるのではないかと疑っている。なぜなら、古人が書物に書き記した忌まわしい思想が、私の心の中にも常にあるように感じるからだ。にわかに奮い立てるかどうか、まったく見当がつかない。私は常にこの思想を呪い、後の青年にはもう見られぬことを願っている。去年、私は青年に中国の本を少なく読め、あるいはいっそ読むなと主張したが、これは多くの苦痛と引き換えに得た真実の言葉であり、断じて口先だけの快や、冗談や憤激の辞ではない。古人は、本を読まねば愚人になると言い、それも確かに間違ってはいない。だが世界はまさに愚人によって造られたのであり、聡明な人間が世界を支えることは決してできない。とりわけ中国の聡明人はそうだ。今はどうかと言えば、思想の上はさておき、文辞においても、多くの若い作者がまた古文や詩詞の中から見映えのよい難解な字面を拾い出し、手品のハンカチのように自分の作品を飾り立てている。これが古文を読めという説と関係があるかどうか知らないが、まさに復古であり、すなわち新文芸の試行自殺であることは明白だ。

不幸にも私の古文と白話の混じり合った雑集が、ちょうどこの時に出版されることになり、おそらくまた読者にいくらかの毒害を与えてしまうだろう。ただ自分にとっては、まだ毅然としてこれを毀滅することはできず、これを借りてしばらく過ぎ去った生活の残痕を眺めたいと思っている。願わくは、私の作品を偏愛してくださる読者も、これをただ一つの紀念として受け取り、この小さな丘陵の中に埋まっているのは、かつて生きていた躯殻にすぎないと知っていただきたい。さらに幾歳月を経れば、やがて煙埃と化し、紀念もまた人の世から消え去り、私の事もそれで終わるのだ。午前もまた古文を読んでいて、陸士衡の曹孟徳を弔う文の数句を思い出し、引いてきてこの一篇の結びとする――

既に古に睎うて累を遺し、信に礼を簡にして葬を薄くす。

かの裘紱は何の有るところぞ、塵謗を後王に貽す。

ああ大恋の存するところ、故に哲なりといえども忘れず。

遺籍を覧て慷慨し、この文を献じて凄傷す!

(一九二六年十一月十一日夜 魯迅。)

【頭髪の故事】

日曜の朝、私は一枚の昨夜の日めくりを剥がし、新しいそれを見つめて言った。

「ああ、十月十日――今日はもともと双十節だったのだ。ここにはまったく記載がない!」

私の先輩であるN氏が、ちょうど私の住まいに雑談に来たところだったが、この言葉を聞くと、不機嫌そうに私に言った。

「彼らが正しい! 彼らが覚えていないのに、お前がどうするというのだ。お前が覚えていて、それでどうなる?」

このN氏はもともと少々偏屈な気質で、しょっちゅうつまらぬ腹を立て、世間知らずなことを言う。こういう時、私はたいてい彼の独り言に任せて一言も同調しない。彼が一人で議論し終えれば、それで済む。

彼は言った。

「私が最も感心するのは北京の双十節の光景だ。朝、警官が門に来て、命じる。『旗を掲げよ』。『はい、旗を掲げます!』。各家からたいてい物憂げに一人の国民が出てきて、一片のまだら模様の洋布を突き出す。こうして夜まで――旗を収めて門を閉める。数軒がうっかり忘れると、翌日の午前まで掲げたままだ。

「彼らは紀念を忘れ、紀念もまた彼らを忘れた!

「私もまた紀念を忘れた一人だ。もし思い出せば、あの最初の双十節の前後のことがみな心に浮かび、落ち着いていられなくなる。

「幾多の故人の顔が、みな目の前に浮かぶ。何人かの若者が十数年を辛苦して奔走し、暗がりで一発の弾丸に命を奪われた。何人かの若者は一撃を外し、牢獄で一月余りの酷い拷問を受けた。何人かの若者は遠大な志を抱いたまま、忽然と影も形もなくなり、遺骸すらどこに行ったか分からない。――

「彼らはみな社会の冷笑、罵倒、迫害、陥穽の中で一生を過ごした。今や彼らの墓もとうに忘却の中で次第に平らに崩れていっている。

「私にはこれらの事を紀念する堪え性がない。

「やはり少しばかり得意な事を思い出して話そうか」

Nは突然笑みを浮かべ、手を伸ばして自分の頭を一撫でし、大声で言った。

「私が最も得意なのは、あの最初の双十節以来、道を歩いてもう人に笑われ罵られなくなったことだ。

「君、知っているか、頭髪は我々中国人の宝であり仇敵であり、古今どれほどの人がこのことで何の値打ちもない苦しみを食らったことか!

「我々のはるか古の古人は、頭髪に対してもまだ軽く見ていたようだ。刑法から見れば、最も重要なのは当然頭であるから、死刑が最高の刑である。次に重要なのは生殖器で、宮刑と幽閉も恐ろしい罰だ。髡に至っては、些細なことだ。だが想像するに、どれほどの人々が頭を丸くしたというだけで、社会に一生踏みにじられてきたことか。

「我々が革命を説く時、揚州十日だの嘉定屠城だのとさかんに論じるが、実のところそれも一つの手段に過ぎない。正直に言えば、あの時の中国人の反抗は、亡国のためなどではなく、ただ辮髪を結わされるからであった。

「頑民は殺し尽くされ、遺老もみな天寿を全うし、辮髪はとうに定着した。すると洪・楊がまた騒ぎ出した。私の祖母がかつて話してくれた。あの頃、百姓でいるのは難しかった。髪を全部伸ばしていれば官兵に殺され、辮髪のままなら長毛に殺される!

「どれほどの中国人がこの痛くも痒くもない頭髪のせいで苦しみ、難に遭い、滅んだことか」

Nは両目を天井の梁に向け、何か考えているようだったが、なおも語った。

「誰が思おうか、頭髪の苦しみが私の番になろうとは。

「私は留学に出て、辮髪を切り落とした。別に奥妙があるわけではなく、ただ不便だっただけだ。ところが辮髪を頭のてっぺんに巻いている何人かの同学が私をひどく嫌い、監督も大いに怒り、官費を止めて中国に送り返すと言った。

「数日もしないうちに、この監督自身が辮髪を切られて逃げ去った。切った者たちの中の一人は『革命軍』を書いた鄒容であった。この人もこのためにもう留学できなくなり、上海に帰って来て、後に西牢で死んだ。お前もとうに忘れてしまったろう?

「数年後、私の家計はだいぶ以前より悪くなり、何か仕事を見つけなければ飢えるしかなく、やむなく中国に帰ってきた。上海に着くなり付け辮髪を一本買い求めた。当時は二元の相場で、これを持って帰省した。母はまあ何も言わなかったが、他の人間は顔を合わせるとまず真っ先にこの辮髪を調べ上げ、偽物と分かると一声冷笑して、私に打ち首の罪名を擬した。一人の本家の者などは官に訴え出る用意までしたが、その後、革命党の反乱が成功するかもしれないと恐れ、中止した。

「偽物は本物に比べれば素直でさっぱりしていないと思い、私はいっそ付け辮髪を廃して、洋服を着て街を歩いた。

「歩いていくと、道すがら笑いと罵声が絶えず、後ろからついてきて罵る者もいた。『この向こう見ず!』『偽洋鬼子!』

「そこで洋服を着るのをやめ、長衫に替えたが、彼らの罵りはさらにひどくなった。

「この日暮れ道窮まった時に、私の手に一本のステッキが加わった。何度か力いっぱい打ちのめすと、彼らは次第に罵らなくなった。ただ、まだ打ったことのない見知らぬ土地に行くと、やはり罵られる。

「この事は私を大いに悲しませ、今でもしばしば思い出す。留学中に、日本の新聞で南洋と中国を旅行した本多博士の話が載っているのを見たことがある。この博士は中国語もマレー語も解さなかった。人に、言葉が分からないのにどう歩くのかと聞かれると、ステッキを持ち上げて、これが彼らの言葉だ、彼らはみなこれを解すると言った。私はこれに数日間憤慨したものだが、思いがけず自分もいつの間にかそうしていて、しかもあの人たちはみな解したのだ。……

「宣統の初年、私は本地の中学校で監学をしていた。同僚はただもう避けることだけを心がけ、官僚はただもう防ぐことだけを心がけ、私は終日氷室に座り、刑場のそばに立っているようだった。実は他でもない、ただ辮髪が一本足りないからだ!

「ある日、数人の学生が突然私の部屋に来て言った。『先生、辮髪を切りたいのですが』。私は言った。『駄目だ!』『辮髪があるのがいいですか、ないのがいいですか?』『ないほうがいい……』『それなのになぜ駄目とおっしゃるのですか?』『割に合わない。お前たちはまだ切らない方が得だ。――少し待て』。彼らは何も言わず、口を尖らせて部屋を出て行った。だが結局切ってしまった。

「ああ! 大変だ、人々がざわめいた。だが私はただ知らぬふりをし、彼らが丸坊主のまま、多くの辮髪と一緒に講堂に上がるのを放っておいた。

「だがこの辮髪切りの病は伝染した。三日目、師範学堂の学生が突然六本の辮髪を切り落とし、その晩に六人の学生が退学させられた。この六人は在校もできず帰省もできず、最初の双十節の後さらに一月余り経って、ようやく犯罪の焼印が消えた。

「私は? 同じことだ。ただ元年の冬に北京に行った時、まだ数回人に罵られたが、後に私を罵った人間も警察に辮髪を切られ、私はもう侮辱されなくなった。だが田舎には行っていない」

Nはひどく得意な様子を見せたが、ふいにまた顔を曇らせた。

「今やお前たち理想家は、また女子の断髪がどうのとわめいている。またしても何の得もなく苦しむだけの人間を大量に作り出そうとしている!

「今すでに髪を切った女性が、そのために学校の試験に受からなかったり、学校から除名されたりしていないか?

「改革か、武器はどこにある? 勤工倹学か、工場はどこにある?

「やはりまた伸ばして、人の家に嫁に行くのだ。一切を忘れてしまえばまだ幸福だ。もし平等自由の言葉をいくらか覚えていたら、一生苦しむことになる!

「私はアルツィバーシェフの言葉を借りてお前たちに問いたい。お前たちはこの人々の子孫に黄金時代の出現を予約したが、この人々自身には何を与えるのだ?

「ああ、造物主の鞭が中国の脊梁に当たらぬうちは、中国は永遠にこの同じ中国であり、決して自ら一本の毛すら変えようとしない!

「お前たちの口の中に毒牙がないのに、なぜわざわざ額に『蝮蛇』の二大字を貼り付け、乞食に来て打ち殺させるのだ?……」

Nは語れば語るほど奇矯になっていったが、私があまり聞きたがらない表情を見ると、たちまち口を閉じ、立ち上がって帽子を取った。

私は言った。「帰るのか?」

彼は答えた。「ああ、雨が降りそうだ」

私は黙って彼を門口まで送った。

彼は帽子をかぶって言った。

「さようなら! お邪魔してすまなかった。明日はもう双十節ではないから、我々もみな忘れてしまえるさ」

(一九二〇年十月。)

【過客】

時:

ある日の黄昏。

処:

とある場所。

人:

老翁――七十歳ほど、白い髭と髪、黒い長衣。

少女――十歳ほど、紫がかった髪、黒い瞳、白地に黒い格子の長衣。

過客――三、四十歳ほど、困憊した頑固な容貌、陰鬱な眼光、黒い髭、乱れた髪、黒い短い上衣と下衣はいずれも破れ、裸足に破れた靴を履き、脇に一つの袋を下げ、身の丈ほどの竹杖に縋っている。

東には数株の雑木と瓦礫。西には荒涼と荒れ果てた叢。その間に一条の道のような道でないような痕跡がある。小さな土の小屋がこの痕跡に向かって一枚の扉を開いている。扉の傍らに一段の枯れた木の根がある。

(少女が、木の根に座っていた老翁をまさに扶け起こそうとしている。)

翁――子供よ。おい、子供! どうして動かんのだ?

少女――(東を望みながら)誰か歩いてきます。ちょっと見てみましょう。

翁――見なくてよい。わしを中に入れておくれ。太陽が沈む。

少女――あたし、――見てみます。

翁――ああ、お前という子は! 毎日空を見、土を見、風を見て、それでは足りぬのか? 何もこれらに勝るものはない。お前はどうしても誰かを見ようとする。太陽が沈む時に現れるものは、お前にいいことなど何ももたらしはせぬ。……やはり中に入ろう。

少女――でも、もう近づいてきました。ああ、乞食です。

翁――乞食? そうとも思えぬが。

第3節

(過客が東の雑木林の間からよろめき出て、しばし躊躇した後、ゆっくりと老翁に歩み寄る。)

客――お爺さん、今晩は。

翁――ああ、今晩は。お蔭さまで。あなたもお元気で?

客――お爺さん、突然お邪魔して申し訳ないのですが、一杯の水をいただけませんか。歩き通しで、喉が渇いて仕方がないのです。この辺りには池もなければ、水溜りもない。

翁――おお、それはそれは。お待ちなさい。(家の中に向かって呼ぶ)おい、お客さんに水を一杯。

(少女が水を持って出てくる。)

客――(水を受け取って一気に飲み干す)ありがとうございます。生き返りました。

翁――まだお飲みになりますか。

客――いえ、もう結構です。……お爺さん、失礼ですが、この先の道は何処に通じているのでしょうか。

翁――この先?この先は……墓場ですよ。

客――墓場?(しばし沈黙して)……その先は?

翁――その先は知りません。行ったことがありませんから。

客――行ったことがない……

少女――行かない方がいいわ。あちらはとても寂しいところです。こちらにお泊りになればいいのに。

客――ありがとう。しかし私は行かねばならないのです。

翁――それは何故ですか。

客――分かりません。ただ――前方から声が聞こえるのです。私を呼んでいる声が。だから行かねばならないのです。

翁――しかし、あちらは墓場ですぞ。

客――それでも行きます。

少女――(布切れを差し出して)これを持って行ってください。お足の傷を包めるわ。

客――(感動して)ありがとう。……しかし、これを受け取ると、かえって申し訳ない。お返しできるものが何もないのですから。

少女――お返しなんて要りません。

客――(布を受け取り、足に巻きながら)ありがとう。では、行きます。(立ち上がって歩き始める。)

翁――あの人は何処へ行くのだろう。

少女――前へ。ずっと前へ。

(過客の姿は次第に薄暮の中に消えていく。)

第4節

あの題目は元来、車の中で決めるつもりだったが、道が悪くて自動車が一尺余りも跳ね上がるため、考える余裕がなかった。ここで私はふと感じた。外来のものは一つだけ取り入れても駄目なのだ。自動車があっても良い道路がなければならない。すべてのことは結局、環境の影響を免れない、と。文学もまた然り――中国のいわゆる新文学、いわゆる革命文学もまた然りである。

中国の文化というものは、言ってしまえば権勢者に奉仕する文化であって、まだ民衆に役立つ文化に変わってはいない。新文学もまた然りであって、社会から遊離した知識人が書斎で書いたものに過ぎない。革命文学と称するものも、その大半はスローガンの羅列であって、文学の名に値しない。

真の革命文学が生まれるには、真の革命が先になければならない。革命が社会を根底から変え、新しい人間関係が生まれ、新しい感情が生まれ、そこから初めて新しい文学が生まれるのだ。

ただし、一つ注意すべきことがある。文学は宣伝とは異なる。宣伝は直接的に訴えるが、文学は間接的に人の心に働きかける。この区別を忘れると、文学は単なるビラになってしまう。

第5節

最も意義深いと思うのは、漸次戦場に向かう一段であって、意識が如何であれ、とにかく多くの青年が東江から上海へ、武漢へ、江西へと革命のために戦い、その一部は種々の希望を抱いて戦場に死に、上に据えられたのが金の椅子であるか虎の皮の椅子であるかは、もはや見ることがなかった。あらゆる革命はこのように進行するものであり、だから筆墨を弄する者は、往々にして革命家に唾棄されるのだ。

しかし文字に全く価値がないかと言えば、そうでもない。少なくとも記録としての価値がある。戦場で死んでいった青年たちの姿を、誰かが書き留めておかなければ、やがて忘れ去られてしまう。権力者はいつも自分に都合のよい歴史だけを残そうとする。だからこそ、権力者以外の者が書かねばならないのだ。

多くの青年が犠牲になった。彼らは理想のために死んだ。しかしその理想は、彼らが思い描いていたものとはまったく違う形で実現した。いや、実現したとさえ言えないかもしれない。これは悲劇か。それとも喜劇か。おそらくそのどちらでもなく、ただの現実なのだろう。

我々にできるのは、せめてその事実を記録し、後世の人々に考える材料を提供することだけだ。

第6節

【私と『語糸』の始終】

私と比較的長い関わりがあったのは、やはり『語糸』であろう。

おそらくこれも原因の一つであったのだろう、「正人君子」たちの刊行物は私を「語糸派の主将」に封じ、急進的な青年の書く文章さえ今なお私を『語糸』の「指導者」だと言っている。昨年、魯迅を罵らずしては己の凋落を救い得ない者たちが、また幾つかの刊行物に文章を載せ、私を攻撃した。

『語糸』の創刊は一九二四年十一月十七日である。創刊に参加したのは私のほか、周作人、銭玄同、林語堂、孫伏園の諸氏であった。刊行の趣旨は、自由に思うところを述べ、何ものにも拘束されないというものだった。いわば「任意談」である。

最初の頃、『語糸』は確かに活気があった。誰もが言いたいことを書き、書きたいように書いた。文体の制限もなければ、思想の検閲もなかった。

しかし時が経つにつれ、変化が現れた。まず、政治的な圧力が増してきた。段祺瑞政府の時代には、まだ比較的自由であったが、張作霖が北京に入ると、言論統制が厳しくなった。『語糸』も例外ではなかった。何度か警告を受け、内容の自己規制を余儀なくされた。

しかし『語糸』はなお続いた。なぜなら、口を塞がれてもなお言わねばならないことがあったからだ。

第7節

しかし何故だか分からぬが、柔石が六ヶ月間編集をして第五巻の上半巻を終えると、彼もまた辞職した。

以上が私の遭遇した『語糸』四年間の瑣事である。最初の数号と最近の数号を比べてみれば、その間の変化がいかに異なるかが分かる。最も明らかなのは、時事にはほとんど触れなくなり、中篇の作品が多く載るようになったことだ。これは頁数を埋めやすく、しかも禍を免れやすいからである。

こうして見ると、『語糸』四年の歴史は、中国の言論の自由の歴史の縮図でもある。最初は比較的自由で活気があったが、次第に圧力が加わり、自己規制が始まり、最後には当たり障りのない文章ばかりになった。

この中で私が最も痛感したのは、仲間の変質である。かつて共に筆を執り、共に抵抗した者たちの中から、転向者が出、妥協者が出、沈黙者が出た。これを責めることはできない。誰にも生活があり、家族があり、命がある。しかし、やはり寂しいことだった。

結局、『語糸』は一九三〇年に終刊した。私はこの経験から一つのことを学んだ。言論の自由とは、放っておけば自然に得られるものではない。常に闘い取り、常に守り抜かねばならないものである。

第8節

張天錫が涼州にいた時、緑色の犬の夢を見た。形は甚だ長く、地の東南から来て張を咬もうとした。張は床の上で避けたが、地に落ちた。後に苻堅が苟長〔『広記』の引用では苌に作る〕を遣わして張を破った時、緑地の錦袍を着て東南門より入ったのは、みな夢の通りであった。〔同上に並ぶ〕

宋の中山の劉玄は、越城に居していた〔三字は『広記』の引用にあり〕。日暮れ時、忽ち一人の者が黒い袴褶を着て来るのを見た。火を取って照らすと、その者には頭がなかった。

晋の阮瞻は無鬼論者として聞こえていた。ある日、一人の客が訪ねて来て鬼の存在について論じた。瞻は持論を展開して鬼はいないと述べたが、客は次々と反論を加え、瞻はついに言い負かされた。そこで客は言った。「私こそ鬼である」と。言い終わると姿が消えた。瞻はこれより後、病を得て程なく死んだ。

第9節

呉の赤烏三年、句章の民・揚度が余姚に至った。夜行していると、一人の少年が琵琶を持って相乗りを求めてきた。度はこれを受け入れた。琵琶を弾いて数十曲を奏でた。曲が終わると、舌を出し目を剥いて度を怖がらせ、去った。さらに二十里ほど行くと、また一人の老父が相乗りを求め、姓は王、名は戒と自ら名乗った。そこでまたこれを乗せた。度が「鬼がうまく琵琶を弾いたが、甚だ哀しかった」と言うと、戒は「わしも弾ける」と言った。すなわちこれは先の鬼に向かって、また目を剥き舌を出した。度は大いに怖れ、車から落ちて気を失った。夜が明けて見れば、老父もまた消え失せていた。

義興の人・謝允が官に赴く途中、路傍に一匹の白い亀がいるのを見た。憐れに思い、拾い上げて水中に放してやった。後に謝允が冤罪に問われ、獄に繋がれた時、夢に一人の白衣の翁が現れて言った。「あなたはかつて私の命を救ってくれた。恩に報いよう」と。果たして翌日、赦免の令が下された。

東陽の人・趙泰が死んで三日、蘇った。語って言うには、地獄にて閻魔大王の前に引き出された。王は簿冊を調べて言った。「この者の寿命はまだ尽きていない。送り返せ」と。

第10節

石季倫(石崇)の母の喪に際し、洛陽の豪傑・名士が弔問に押しかけ、都を傾けるほどであった。王戎もまた弔問に臨んだが、鬼が臂をまくって打ち叩くのを見た。甚だ慌ただしい様子であった。一人の者が棺の前に立っていると、この鬼がその胸を叩き倒した。その人はたちまち倒れ、去った後に病を得て半日で死んだ。ゆえに世間に伝わるところでは、棺の前に立つべきではないと言い、これは王戎の見たところによる。〔『御覧』三百七十一に引く『志怪集』〕

陶侃〔『書鈔』の引用では太尉に作る〕が微賤であった時のこと。漁に出て網を引くと、一枚の織物の梭が得られた。家に持ち帰って壁に掛けておくと、一夜にして雷が鳴り響き、梭は忽然として消えた。翌朝見れば、壁に龍の痕が残っていた。

会稽の賀循が若い頃のこと。夜に書を読んでいると、窓の外に光が見えた。出て見ると、庭の井戸の中から光が射していた。翌日、井戸を浚ってみると、一振りの古剣が現れた。剣身は錆一つなく、水中にあって数百年を経てなお輝きを失わなかった。

第11節

王導は河内の人なり。兄弟三人、並びに時疫に罹った。その宅に鵲の巣があり、朝夕に飛び鳴いていたが、にわかに甚だしく喧しく騒いだ。みなこれを悪んだ。思うに「治ったら、この鳥を退治してやる」と。果たして治ると、鵲を捕らえて舌を断ち殺した。すると兄弟はことごとく唖の病を得た。〔『御覧』七百四十に引く『霊験記』〕

天竺に僧あり、二頭の牛を飼っていた。一日に三升の乳を得ていたが、一人の者が乳を乞うた。牛が言うには「我は前世で奴僕であった。主人の物を盗み食いした報いで、牛と生まれ変わった。乳を施すことで罪業を償おうとしているのだ。他の者に与えてはならぬ」と。

呉郡の陸機の家に一匹の犬がいた。名を「黄耳」と言った。機が洛陽にいた時、家に便りを出したいと思ったが、使いの者がいなかった。戯れに犬に向かって「お前、手紙を届けてくれるか」と言うと、犬は尾を振って応じた。そこで竹筒に書簡を入れて犬の首に括りつけると、犬は駆け出して呉まで走り、返書を銜えて戻ってきた。往復の日数は人の倍の速さであった。

第12節

晋の羊太傅祜、字は叔子、泰山の人なり。西晋の名臣にして、名声は天下に冠たり。五歳の時、かつて乳母に命じて以前遊んでいた指環を取らせようとした。乳母が言うには「あなたは元来そのようなものを持っていません。何処から取るのですか」と。祜が言うには「昔、東の垣根のそばで遊んでいて、桑の木の中に落としたのだ」と。乳母が言うには「では自分でお探しなさい」と。祜が言うには「ここは以前の家ではないので、場所が分からないのです」と。

後に外出して遊び歩いた時、東の方へまっすぐ歩いて行った。乳母はこれに従った。李氏の家に至ると、桑の木の空洞の中に果たして指環があった。李氏の老人は大いに驚いて言った。「これは亡き息子が遊んでいたもので、どうしてあなたが知っているのか」と。

当時の人々はみな、羊祜は李氏の息子の生まれ変わりであろうと言った。祜自身もまた前世の記憶があると語ったが、成長するに従い、その記憶は次第に薄れていった。

第13節

晋の抵世常は中山の人なり。家道は殷に富む。太康年中、晋人が沙門となることを禁じた。世常は奉法精進にして、密かに宅中に精舎を起こし立て、沙門を供養した。于法蘭もまたそこにいた。僧衆の来る者は、辞退するものなし。

一人の比丘あり。容姿は頑陋にして、衣服は塵に汚れ、泥濘を跋渉して世常のもとに来た。世常は出でてこれに礼をなし、奴に命じて水を取らせ、その足を洗おうとした。比丘が言うには「世常が自ら我が足を洗うべし」と。世常はすなわち自ら洗った。

すると比丘の足の裏に車輪の紋様が現れた。その光は燦然として室内を照らした。世常は大いに驚き、伏して拝した。見上げると、比丘の姿はすでに変わり、金色の光を放つ仏の相を呈していた。

比丘は言った。「あなたの信心は篤く、迫害の中にあっても法を守り、僧を供養することを止めなかった。この功徳により、来世には必ず善処に生まれるであろう」と。言い終わると、光とともに消え去った。

世常はこれより後、いよいよ信仰を深め、密かに多くの僧を匿い、経典の書写にも力を注いだ。太康の禁令はやがて解かれ、仏教は再び公然と栄えることとなった。

第14節

晋の周珰は会稽剡の人なり。家世代々仏法を奉ず。珰は十六歳にして菜食持斎し経典を諷誦した。正月の長斎に僧を招いて八関斎を設けた。三僧が『小品』を持ち忘れ惆悵したが、忽ち若者が届けに来て消えた。密の経であり鍵は元のままであった。村中の十余家がみな仏を奉じた。珰は出家し字を曇嶷といった。 『珠林』十八

晋の孫稚は十八で病没したが四月八日に尊像の行列中に姿を現し父母に拝した。外祖父が太山府君であると語り同輩五百人とともに福堂にあると告げた。 『珠林』九十一

晋の李恒は沙門に修道を勧められたが仕官を選び三郡太守となったが銭鳳の乱で誅された。 『珠林』五十六

晋の竇伝は獄中で観世音を三日念じると鎖械が解け同伴とともに脱出した。 『珠林』十七

晋の桓温は比丘尼が自ら身を割くのを見て帝位の野心を棄て臣節を守った。 『珠林』三十三

宋の李清は死してのち阮敬の助けで僧達から三帰を受け蘇った。 『珠林』九十五

晋の呂竦の父は渓中で嵐に遭い観世音を念じて火光に導かれ帰った。 『珠林』六十五

晋の徐栄は洄澓に落ちて観世音を念じ脱出を得、暴風雨中に神光に導かれ浦に帰着した。 『珠林』六十五

晋の竺法義は心気の病を得て観世音に帰し夢に道人が腑臓を洗って快癒した。 『珠林』九十五

晋の杜願の愛児天保が病死し豚の子に生まれ変わったと比丘が告げ飛び去った。 『珠林』五十二

晋の唐遵は暴病で蘇り冥界の従叔から善業と持戒を勧められた。 『珠林』九十七

晋の謝敷の手写経は火災で文字が無事であった。 『珠林』十八

晋の丁承のもと婦人が胡人に水を与えると胡語で仏経の亡失部分を書いた。 『珠林』十八

晋の王凝之の妻は亡児に慰められ功徳に勤めた。 『珠林』三十三

晋の支遁は師の死後、鶏卵から雛が歩くのを見て悟った。 『珠林』七十二

晋の廬山七嶺で沙門服の者が空を凌いで峰に昇り消えた。 『珠林』十九

第15節

晋の沙門釈僧朗は法請に赴く途中「寺の衣物が盗まれている」と告げ盗人を捕らえた。金輿山谷に塔寺を起こし虎を馴らし慕容徳が租課を充てた。 『珠林』十九

晋の釈法相は太山祠の千鈞の石蓋を開け財宝を貧民に施した。放蕩となり毒酒を盛られたが泰然自若。八十九歳卒。 『珠林』十九

晋の張崇は枷をはめられ埋められたが観世音を念じ脱出し石に誓い割った。京師で宥免を得た。 『珠林』六十五

晋の王懿は母を携え南帰する途中、童子が食を与え白狼が浅瀬を導いた。のち徐州刺史として斎を設けた前夜に五沙門が空に飛び去った。 『珠林』六十五

晋の程道恵は仏を信じなかったが病死して蘇り五生の記憶を取り戻した。地獄を歴観し銅鈴を受け取った。 『珠林』五十五

第16節

晋の帛僧光は烏萇国で仏歯を得て赤城山の石室に住むと群猿が果実を献じた。

宋の僧含は夢に白衣の人が音韻を直し翌日聴く者みな涕を流した。

宋の尼子業は夢に僧が地を指し掘ると金を得た。

宋の何曇遠は観世音を念じ大風を止めた。

宋の劉凝之は衡山で梵夾を得たが未訳の涅槃経であった。

宋の智通は夜に沙門が「来生に道を成ず」と告げ消えた。

宋の竺法曠が放光経を講じた時空中に天華が散じた。

宋の謝霊運は仏法を深く信じ涅槃経を精研した。

宋の釈慧益は山中で虎が傍らに伏したが害を加えず去った。

宋の釈道生は「一切衆生みな仏性あり」と説き虎丘で石に講説すると群石みな頷いた。

第17節

秦の道冏は霍山の穴で同行者を失い観世音を念じて脱出した。元嘉十九年に壁中に無数の沙門が現れ香を授けた。 『珠林』六十五

宋の尼曇輝は七歳で坐禅を好み禅師に出家を勧められた。「道心果たされねば火に投じる」と誓い入道を許された。 『珠林』二十二

宋の趙習は夢に神人が薬を授け癒えて出家した。 『珠林』二十二

宋の慧全は弟子が聖者の化現であった沙弥に衣を施して道果への道を得た。 『珠林』十九

宋の王胡は亡叔に群山を遊歴させられ嵩高山で神人の僧に会った。 『珠林』六

宋の卞悦之は観世音経千遍で一男を得た。 『珠林』五十二

第18節

宋の法顕は天竺への海路で暴風に遇い経を誦して三日で静めた。

宋の慧木は房中に金色の光と仏を見た。

宋の僧成は暴風中に念仏して金色の人が船前に立った。

宋の竺法度は般若経書写中に異香が発した。

宋の竺惠慶は観世音を念じ海上の大風を止めた。

宋の釈道汪は仏陀跋陀羅に禅観を学び廬山で慧遠に師事した。

宋の竺道祖は持呪で病人を癒した。

宋の竺慧達は夢に従い仏歯を掘り出した。

宋の釈法献は于闐国で華厳経梵本を得た。

宋の劉度は観世音を念じ夢の薬で癒えた。

第19節

秦の道冏は霍山で観世音を念じ脱出した。壁中に沙門が現れ「主人を覆護せよ」と告げた。 『珠林』六十五

宋の曇輝は「火に投じる」と誓い入道を許された。 『珠林』二十二

宋の趙習は夢の薬で癒え出家した。 『珠林』二十二

宋の慧全は聖者化現の沙弥に衣を施した。 『珠林』十九

宋の王胡は嵩高山で神人の僧に会った。 『珠林』六

宋の卞悦之は観世音経で一男を得た。 『珠林』五十二

第20節

宋の袁炳は死後に友人を訪ね「殺生は最も重禁」と語った。足の間に一尺の光があった。 『珠林』二十一

宋の道志は寺の宝飾を盗み異人に刺されて白状し死んだ。珠を贖い戻すのに礼拝が要った。一年後に空中で感謝した。 『珠林』七十九

宋の陳秀遠は空中の橋閣で前身を見た。花を仏に供養した女が転身して自分になったと知った。 『珠林』三十二

宋の智達は冥界で戒を問われ地獄を見た。礼仏で清明な平原に変わった。 『珠林』九十

宋の袁廓は冥界で母と嫡母の苦しみを見た。 『珠林』五十二

宋の韓徽は観世音経で鎖が自ら解け釈放された。 『珠林』二十七

宋の慧厳は涅槃経刊削を巨人に咎められ焼いた。 『珠林』十八

宋の費氏は法華経誦持で仏に心を摩され快癒した。 『珠林』九十五

宋の彭子喬は観世音経で械が脱け釈放された。 『珠林』二十七

宋の董青建は七死七生の記憶を語り父は出家した。 『珠林』五十二

第21節

斉の王四娘は病死して蘇った。冥界で沙門に「前世は比丘尼。まだ死ぬべきでない」と帰された。地獄の苦しみを見て「善を修め殺生を戒め三宝に帰依せよ」と告げられた。以後仏法を篤く信じた。

第22節

大業七年に度は古鏡を得た。鏡は端麗の婢を照らすと影が異なり、夜に宮殿楼閣と前朝の人物を映した。暗夜に光を発し病人の病を照らし水に龍魚を映し月光に天宮を映した。のち鏡を失い「天下の至宝にして有縁の者のみが得る」と嘆息した。

第23節

梁の大同末、欧陽紇の妻が山神に盗まれた。紇は壮士と二百里先の山に至り美女数十人に会った。酒で大白猿を酔わせ麻で縛り臍下を刺すと「天が殺すのだ。妻の子を殺すなかれ。聖帝に逢い宗を大いにする」と言って死んだ。紇は陳武帝に誅されたが江総が子を養い文学と書に名を馳せた。

第24節

任氏は女妖なり。鄭六が白衣の美婦人に通じた。任氏は「狐の精だが害はしない」と告白した。鄭六の愛情は変わらなかった。崟が求めたが任氏は貞操を守った。数年後、猟犬に追われ原形を現して死んだ。

第25節

天宝中、隠者任升之が鄭欽悦に書を贈った。五代の祖が鍾山で得た古銘には天地の理と古聖の教えがあった。「千年後に有縁の者が悟る」と記されていた。升之は隠棲して奥義を探究し仙人が真意を説いた。

第26節

儀鳳中、柳毅が落第して帰る途中、洞庭龍王の娘が涇川の小龍に虐待されていると知り書を届けた。銭塘君が小龍を殺し龍女を連れ帰った。毅は婚姻を断ったが後に龍女の変化と再婚し洞庭で四十年を過ごした。開元中に消息は絶えた。

第27節

毅は「義のために行った。婿を殺し妻を娶るなどあろうか。今日より永く欢好を」と語った。龍女は「龍の寿は万歳。水陸いずこへも行ける」と。洞庭に帰り四十年、毅の容貌は衰えなかった。表弟の薛嘏が碧山に毅を訪ね薬五十丸を得た。隴西の李朝威がこれを叙した。

第28節

大暦中、李益は二十歳で進士に及第し長安に寓居した。門族清華にして才思あり佳偶を博く求めたが叶わなかった。隣から聞こえた琴声に心を寄せ絶世の美女と結ばれたが別離を余儀なくされた。病み回復して官に就いたが女を忘れなかった。

第29節

淳于棼は酒に酔い槐の穴に入ると大槐安国に至り国王の娘を娶り南柯郡太守を二十年務めた。覚めると蟻の巣穴であった。栄華の虚しさを悟り出家した。

第30節

謝小娥は父と夫を盗賊に殺された。夢で仇の名の謎を告げられ長年かけて解き明かし男装して仇を討った。官に自首し赦免され出家した。

第31節

李娃は長安の倡女。栄陽公の子が全財産を使い果たし追い出され凶肆に落ちたが李娃が救い学問に励ませ科挙に及第させた。父との和解も果たされ李娃は汧国夫人に封じられた。

第32節

元和四年、元微之が外出中に予と楽天と杓直が曲江に遊んだ。楽天は「微之は梁に達した」と言い詩を題した。のち微之からの書に同じ夜の夢が記されていた。精神の感通は距離を超えると嘆じた。

第33節

賈昌は開元元年生まれ、九十八歳にして太平の事を歴歴と語った。幼くして闘鶏に巧みで玄宗に愛された。安禄山の乱後は落魄し貧しく暮らしたが盛時を語ることを好んだ。

第34節

張生は貞元中に蒲州で崔氏の鶯鶯に会い心を奪われた。紅娘を通じて結ばれたが科挙のため長安に上り別の女を娶った。鶯鶯も他に嫁ぎ後年の再会を拒んだ。

第35節

余は貞元中に落第して帰る途中、薄太后の廟に宿った。戚夫人が琴を弾き王昭君、楊太真、潘淑妃、緑珠がそれぞれ詩を詠んだ。夜は昭君と過ごし暁に別れた。翌朝、荒毀した薄后廟を見た。

第36節

王仙客は幼馴染の無双と離散した。無双が宮中に入ったことを知り古押衙の助けで偽の死を装い棺に入れた無双を運び出した。仮死から蘇った無双と夫婦になった。古押衙は去って行方知れずとなった。

第37節

威羅が葬られてのち宅中は黙然たり。伊革那支は閨に入るたび妻の艱苦な目光に遇った。あたかも大気が流鉛と化して背に注ぐがごとく、威羅の楽譜になお故の声が留まるがごとくであった。

第38節

しかしセイラは大公のことが気にかかり「わたしはもう選んだ」と思った。それは幻想であり大公に深い印象を抱いたのだ。彼はなぜ自分とだけ踊ったのか。いつか求婚に来るのではないか。いかなる自負をもって彼に誠実を語らずにいられようか。

第39節

「二、三年後、第二の主筆の地位を見つけ、彼女は再び文事に携わる機縁を得た。彼女の住まいの近くのフィンランド劇場からの招きにより、戯曲の著作への刺激が生まれたのである。彼女が『盗み』を執筆している最中に、夫が亡くなり、七人の顧みられぬ幼子を残して彼女は一人取り残された。しかし彼女はなおも戯曲を完成させ、フィンランド劇場へ送った。困難な生活の戦いのために、精神的にも肉体的にも敗亡に瀕した頃、彼女はフィンランド文学会から戯曲の賞を受け、上演の通知もあり、大いなる成功を収めて演目に入った。だが彼女は文筆のみでは生活できず、父がかつてそうであったように会社を興した。その傍ら文学にも携わった。彼女の文学の発達に顕著な影響を与えたのはブランデス(Georg Brandes)の著書で、これによってテーヌ、スペンサー、ミル、バックル(Taine, Spencer, Mill, Buckle)の思想をも知った。彼女は今や専ら近代的傾向の詩人であり社会改革者としてフィンランド文学に立っていた。彼女はヨーロッパ文明の理想と状態を弁護し、それを故郷に輸入し、しかも極端に急進的な見解をもってした。さらに彼女は被圧迫人民の正義のために、貧者が権力者と富者に抗するために、婦人とその権利が現今の社会制度に抗するために、博愛の真のキリスト教が偽善の文句を衣とする官製キリスト教に抗するために加わった。彼女の創作には冷静で明晰な判断、確固たる奮闘の精神、そして感情生活への鋭くかつ精緻な観察が示されている。彼女には旺盛な構成力があり、とりわけ戯曲の意象に表れているが、小説にもしばしば戯曲的な気配が加わっている。しかし彼女には真率な芸術的眼が欠けており、一切の事物に固執した成見の批評をもって臨んでいる。彼女は弁論家であり、風刺家であって、単なる人生の観察者ではない。彼女の眼光は狭隘であり、これは彼女が狭隘な境遇に生まれ、そこを超えなかったからのみならず、実にその理性的な冷静さのために感情をあまりに少ししか知らなかったからでもある。彼女には心情の温かさが欠けているが、識見に優れており、従って描くところは小市民の範囲内での細かな批評である。……」

現在訳出したこの一篇は、ブラウスヴェッテルが選んだ一つの標本である。カントがこの社会と自らの虚栄に誤られた一生の径路を書いたのは、甚だ微細であるが、ほとんど深刻に過ぎ、しかも救い難い絶望である。ペインも言っている、「彼女の同性の委曲、真実のあるいは想像上のものが、彼女の小説の不変の主題である。彼女は哀れな柔弱な女が天然の暴君と圧迫者の手中で受ける苦しみを語ることに倦むことがない。誇張と望みなき悲観が、これらの力強いが、しかし悲惨にして不快な小説の特色である。」およそ惨痛にして熱烈な心声は、純芸術の眼光から見れば、往々にしてこの欠点を持つ。例えばドストエフスキーの著作も、しばしば愉快な読者にはその全篇を読み通させないのである。

一九二一年八月十八日記す。

【徒然なる篤学】

【一】

「アブラハムほど怠惰な者がまた居ようか。朝から晩までただ本を読むばかりで、何もしない。」

近隣の人々はこのように言って、若きアブラハム・リンカーンを嘲笑した。これも無理からぬことであった。なぜならば当時まだ新開地であったイリノイ州では、人々は丸太小屋に住み、耕作と牧畜の多忙な労役の中で日を過ごしていたからである。しかるにとりわけ長身のアブラハムは、蓬髪のまま書物にかじりつくばかりで、その有様は確かに人々に如何ともしがたく、また見ていられぬ感想を与えた。かくして「怠け者のアブ」という呼び名が、彼の通り名となった。

私がかの有名なサイアの『リンカーン伝』でこの話を見た時、思わず驚いた。あの頃私はまだ第一高等学校の学生であった。それから将に二十年近い歳月が過ぎた。今ふと回想して、この故事を思い出すと、しみじみとこの文字の中の深遠な教訓を味わうのである。

読書という一事と、いわゆる勤勉とは、断じて同じではない。それはちょうど散歩が必ずしも休養ではないのと同じである。読書の真の意義は、我々がいかに読むかにある。

我々はしばしば読書の意義を過重に見る。ただその人が書物を好むと聞けば、それは善いことだと即断する。すると本人もそう思い込んで、もはや疑問を抱かない。さらに一歩進んで、その読書がまったく徒労ではないかと反問することもない。この反省なき習慣的努力の中から、いったいどれほどの人生の悲劇が生まれたことか。我々は読書の内容を仔細に研究すべきである。

【二】

リンカーンのように読書癖ゆえにあれほど有名な大統領になった例もある。しかしそれは、彼が漫然と読書したのではなかったからであり、全精神を傾注した真摯さをもって読んだからである。彼は燃えるがごとき情熱で、あらゆる書物から真理を探索したのだ。読んでは読む一頁一頁のすべてが、彼の血と肉になった。

しかし私自身は、読書をそのように窮屈なものとしてのみ見ることを好まない。このように非常に骨の折れる読書のほかに、「悠然として南山を見る」ような読書もあり得る。だから趣味を主とする読書についても、趣味を主とする囲碁や球技のように、陶然たる心境に達し得ることを認めてよかろう。

ただここで、もう一つの感想を記しておきたい。それは読書を畢生の事業としながら、ついに真義を悟り得なかった哀れな生涯のことである。これは一つの顕著な実例をもって述べることができる――

イギリスの大歴史家の中に、アクトン卿(Lord Acton)がいる。彼は一八三四年に生まれ、一九〇二年に没した。さほどの短命とは言えまい。彼は名門に生まれ、国内外の学窓を遊歴する機会を得て、天賦の頭脳は磨かれた璞玉のごとく輝いた。南イタリアと南フランスに心を寄せた彼は、大方は霧の濃いロンドンの冬を避け、オリーブの花咲く地中海沿いで書を読んだ。書斎には整然と約七万巻の図書が並び、そのどの一部一巻にも彼の手跡が残されていたという。しかも余白にはなお鉛筆の細字で、種々の意見と校勘が記されていた。彼の無尽蔵の知識には、驚嘆しない者はなかったと伝えられる。イギリスの学問を従来さほど重んじなかったドイツやフランスの学者たちも、ひとりアクトン卿の博学にだけは敬意を表した。彼はグラッドストンの親友で、常に往来して時事を論じた。政治を歴史の一過程と見なしたため、その談論には誰も容易に企及し難い深い味わいがあった。

しかしながら、政治家としての彼は何も成し遂げなかった。それは彼の学者にあまりにも近い性格が累をなしたのだと弁解することもできよう。だが歴史家としても、死に至るまで何の著作も遺さなかった。この一事は我々を甚だ驚かせる。蟻のごとく勤勉なこの碩学は、かくも恵まれた教養を受け、かくも余裕ある生活を送りながら、一巻の伝世の書も遺さなかった。そこに深い教訓が含まれてはいまいか。

甚だ貧窮で早逝したリチャード・グリーン(John Richard Green)は、イギリス史に新生面を開いた。我が薄命の史家頼山陽も、決して長寿とは言えない。しかし二人とも後世の青年を奮起せしめる事業を遺した。しかるにアクトン卿は、無尽蔵の知識を徒に墳墓の中へ持ち込んだにすぎなかった。

これは明らかに一つの悲劇である。

彼は六十余年の精力を傾けて世界人文の記録を蓄積して死んだ。しかし彼の友人モーリー卿は大いに嘆じて、弟子たちの編纂した四巻の講義録からさえ、一つの創見も見出し得なかったと言った。

彼の生涯には、人類の最上の力たる「創造力」が欠けていた。彼はゴビの砂漠が流水を吸うように知識を吸収し、しかも一泓の清泉すら地上に噴き出すことができなかった。

同時代の哲人スペンサーは書物を嫌うことで有名であった。ほとんど読書をしなかった。しかしスペンサーは多くの大著を成した。これは彼が徒なる篤学者ではなかったからである。

(一九二三年十月十二日。)

【ロシアの童話】

ソ連

ゴーリキー 作

【小引】

これは私が昨年の秋から陸続と訳出し、「鄧当世」の筆名で『訳文』に投稿したものである。

第一回には次のような『後記』があった――

「ゴーリキーその人と作品は、中国ではすでに広く知られており、多言を要しない。

「この『ロシアの童話』は全十六篇、各篇独立しており、『童話』とは称するが、実はロシア国民性の種々の相をあらゆる方面から描いたもので、子供向けに書かれたものではない。発表年代は詳らかでないが、恐らくは十月革命以前の作であろう。今、日本の高橋晩成の訳本より重訳す。原書は改造社版『ゴーリキー全集』第十四巻に収む。」

第二回には、第三篇について次のような『後記』二段があった――

「『ロシアの童話』の中で、今回のものは最も長い一篇である。主人公たちの中で、この詩人は比較的まともな一人である。なぜなら彼は結局のところ、活きた死人を装って食うことを潔しとせず、やはり葬儀屋に戻って真の死者のために尽力したからである。もっとも大半は、彼の子供たちがことごとく取り巻きの『批評家』同様、みな赤毛であったせいかもしれないが。作者は彼に対していくらかの宥恕を持っているように見える――そして彼は確かに宥恕に値する。

「今の一部の学者は言う、文語と白話には歴史がある、と。これは間違いではない。我々は書物の上でそれを見ることができる。しかし方言土語にもまた歴史がある――ただ誰も書き留めなかったにすぎない。帝王卿相には家譜があり、確かに祖先のあることを証明している。しかし貧者や奴隷に家譜がないからといって、祖先がないことの証拠にはならない。筆はある種類の人間の手にのみ握られているから、書かれたものはどうしても怪しくなる。昔の文人哲士は記録においてもいやに高雅であった。ゴーリキーは下層の出で、書物を読み、字を書き、文章を綴り、しかも巧みに綴ることを覚え、出会った上流の人も少なくなく、しかも上流人の高い台上から見下ろすことなく、かくして多くのからくりが見破られた。もし上流の詩人が自ら書いたなら、決してこのようにはなるまい。我々はこれを一つの参考として見よう。」

以降第九篇まで、ずっと『後記』は書かなかった。

しかし第九篇以降もまた掲載されなかった。時には後記を書いたこともあったと記憶するが、原稿を残さず、自分でも何を言ったか覚えていない。訳文社に手紙で問い合わせたが、返答はいつも曖昧模糊として訳がわからなかった。ただし私の訳稿には控えがあるので、本文は完全である。

今回の重訳に私は甚だ不満である。ただ他に訳本がないゆえ、さしあたり空地に雄を称するのみ。もし原文から訳す者が現れれば、必ずはるかに優れたものになるだろう。その時は私は欣然として消滅する。

これは謙遜ではない。真に望んでいることである。

一九三五年八月八日の夜、魯迅。

【ロシアの童話】

【一】

一人の青年が、これは悪いことだと知りながら、自らに言った――

「俺は頭がいい。博学者になれるだろう。こんなことは俺たちには造作もない。」

彼はかくして大部の書物を読みはじめた。彼は実際愚かではなく、いわゆる知識とは多くの書物から手軽に証拠を引き出すことだと悟った。

彼は多くの難解な哲学書を読み通し、近視になるまでに至り、しかも得意げに眼鏡で赤くなった鼻をそびやかして、皆に宣言した――

「ふん、俺を騙そうとしたって騙せやしない。俺の見るところ、いわゆる人生とは、自然が俺のために設けた羅網にすぎぬ。」

「では、恋愛は?」と生命の霊が問うた。

「ああ、ありがたい。しかし幸いにして俺は詩人ではない。あらゆるチーズのために、逃れ得ぬ義務の鉄柵に潜り込んだりはしない。」

しかし結局のところ彼にはさして特別な才能もなく、やむなく哲学教授になることに決した。

彼は文部大臣を訪ねて言った――

「閣下、私は人生に実は意味がなく、自然の暗示にも服従の必要がないことを講述できます。」

大臣はしばし考え、この言葉に一理ありと見た。

そこで問うた――

「では、上司の命令には服従の必要があるかね?」

「申すまでもなく、当然服従すべきです」と哲学者は書物で磨り減った頭を恭しく垂れて言った。「これこそ『人類の欲求』と申すものです……」

「うむ、そういうことなら講壇に上がりたまえ。月給は十六ルーブルだ。ただし、もし私が自然法を教授の材料とするよう命じた時には、いいか――自由思想は捨てて、従うのだぞ。これは断じて仮借しない。」

「我々、今の時勢に生き、国家全体の利益のためには、自然の法則をも実在のものと見なすのみならず、有用なものとさえ認めるべきかもしれません――部分的に。」

「ふん、何だと。誰にわかるものか。」と哲学者は心の中で叫んだ。

しかし口からは一言も漏らさなかった。

こうして彼は地位を得た。毎週一時間、講壇に立ち、多くの青年に述べた。

「諸君、人間は外からも内からも束縛されている。自然は人類の仇敵であり、女は自然の盲目なる器械である。これらの事実から見て、我々の生活はまったく無意味である。」

彼は思索の習慣を持ち、しかもしばしば熱弁を振るって、なかなか立派で誠実そうに見えた。若い学生たちは喜んで喝采した。彼は恭しく禿頭を下げた。小さな赤い鼻が感激に輝いた。こうしてすべてが甚だ具合よく収まった。

食堂の食事は彼には有害であった――すべての厭世家同様、彼は消化不良に苦しんだ。そこで妻を娶り、二十九年間家庭で食事をした。勉学の余暇に、自らも気づかぬうちに四人の子を儲けたが、やがて死んだ。

若い夫を持つ三人の娘と、世界中のあらゆる女性を愛する詩人の息子とが、恭しくまた悲しげに柩の後に従った。学生たちは「永遠の記念」を歌った。声高く、快活に、しかし甚だ下手であった。墓地では故人の同僚の教授たちが見事な弔辞を述べ、故人の純正哲学には体系があったと言った。万事堂々として盛大で、一時は殆ど人を感動させる場面となった。

「爺さんもとうとう死んだか」墓地から散っていく時、一人の学生が友に言った。

「彼は厭世家だったからな」もう一人が答えた。

「おい、本当か」第三の者が訊いた。

「厭世家だよ、頑固じいさん」

「ほう、あの禿げ頭がか。俺は気づかなかったぞ」

第四の学生は貧しく、急いで訊ねた――

「弔いの席に招いてもらえるだろうか」

招かれた。彼らは招かれた。

この故教授は生前多くの立派な書物を著し、熱烈に、美しく、人生の無価値を証明した。売れ行きは上々で、人々は満足して読んだ。何はともあれ――人は美しいものをいつも愛するのだ。

遺族は恙なく穏やかに暮らした――厭世主義にもまた、穏やかさを助ける力がある。

弔いは甚だ盛大であった。かの貧しい学生は、見たこともないほどに大いに食った。

帰宅して、穏やかに微笑み、思った――

「うむ、厭世主義も役に立つものだ……」

【二】

もう一つ、こういう話がある。

第40節

ある男がいた。自分は詩人だと信じて詩を作っていたが、どうしたことか、いつも駄作ばかりであった。うまく書けないので、彼はいつも腹を立てていた。

ある時、市中を歩いていると、道に鞭が一本落ちているのを見た――おそらく馭者が落としたものであろう。

詩人はこれでインスピレーションを得て、急いで詩を作った――

道端の塵の中に、黒い鞭のように、

蛇の屍が押し潰されて横たわっている。

その上を蠅がぶんぶんと凄まじく鳴き、

その周囲に甲虫と蟻が群がっている。

裂けた鱗の間から、

白く細い肋骨の輪が見える。

蛇よ、お前は私に思い出させた、

死んだ私の恋を……

その時、鞭がその尖った先で立ち上がり、左右に揺れながら言った――

「おい、なぜ嘘をつくんだ。お前、今も女房がいるじゃないか。道理はわきまえるべきだろう。嘘をついているぞ。おい、お前は失恋なんかしたことがないだろう。お前は女房が好きで、女房を怖がっているんじゃないか……」

詩人は腹を立てた。

「お前にこんなことがわかるものか。」

「それに詩にもなっていない……」

「お前たちにはこれっぽっちのことも作れまいが。お前はぴゅうぴゅう鳴る以外に何の能もないし、しかもそれすらお前自身の力ではないのだ。」

「しかし、とにかく、なぜ嘘をつくのだ。失恋なんかしたことがないだろう。」

「過去のことではない、将来のことだ……」

「ふん、それじゃお前は女房に叩かれるぞ。俺をお前の女房のところへ連れて行け……」

「何だと、自分で待っていろ。」

「好きにしろ。」と鞭は叫んで、ばねのように丸く巻いて道に横たわった。そして人間のことを考えた。詩人もまた酒場に入り、ビールを一本注文し、自分もまた黙想を始めた――ただし自分自身のことについて。「鞭だって、廃物にすぎない。だが詩が下手だというのは確かだ。不思議だ。いつも駄作ばかりの人もいるが、たまたま佳作を作る人もいる――この世では何もかもが不規則なのだろう。つまらぬ世の中だ……」

彼は端座して飲み始め、かくして世間に対する認識は次第に深まり、ついに堅固なる決心に達した――世事をありのままに言うべきだ、すなわち、この世のものは何一つ役に立たぬ、と。この世に生きていること自体が人類の恥辱である、と。彼はこのようなことを一時間余り沈思し、それからようやく書いたのは、次のような詩であった――

我らの悲しみに満ちた多くの希望のまだらな鞭が、

我らを「死せる蛇」のとぐろの中に追い込み、

我らは深い霞の中を彷徨う。

ああ、己が希望を打ち殺せよ。

希望は我らを遠い彼方へ欺き導き、

我らは恥辱の荊棘の道を引きずられ、

一路凄愴として心を傷つけ、

とどのつまりは一人残らず死に絶えるであろう……。

このような調子で二十八行を書き上げた。

「これは素晴らしい。」と詩人は叫び、自ら甚だ満足して、家に帰った。

帰宅してこの詩を女房に読んで聞かせると、彼女もまた気に入った。

「ただね」と彼女は言った。「冒頭の四行がどうもこう……」

「何を言う、これでいいのだ。プーシキンだって、書き出しは嘘だらけだ。それにあの韻脚のひどいことときたら。まるでパニヒダ〔葬送の祈り〕のようではないか。」

かくして彼は自分の息子たちと遊びに行った。子供を膝に乗せて、あやしながら、テノールで歌い出した――

飛び込んだ、跳び込んだ、

他人の橋の上に。

ふん、俺は金持ちになって、

自分の橋を架けてやる、

誰にも渡らせないぞ。

彼らは甚だ楽しい一夜を過ごした。翌日、詩人は原稿を編集者のもとへ持って行った。編集者は深遠なる言葉を語った。編集者というものはもともと思想が深いのである。だから雑誌の類も読み通せないものになるのだ。

「ふうむ」と編集者は自分の鼻をこすりながら言った。「もちろん、これは悪くない。要するに、時代の心情にまことにふさわしい。実にふさわしい。うむ、そうだ、君はおそらく自分自身を発見したのだ。では、このまま書き続けたまえ……一行十六コペイカ……四ルーブル四十八コペイカ……おお、おめでとうおめでとう。」

やがて彼の詩が出版され、詩人は自分の命名日のように喜び、女房は熱烈に接吻し、しかも媚びるように言った――

「私の、私の愛しい詩人さま。ああ、ああ……」

彼らはこうして楽しく幸せに暮らした。

しかし、ある青年が――甚だ善良で、熱烈に人生の意味を求めていた青年が、この詩を読んで自殺した。

彼は信じていた。この詩を作った人は、人生を否定する以前に、彼と同じように苦悩し、人生の中にその意味を長く求め続けたのだと。彼はこの陰鬱なる思想が一行十六コペイカで売られたことを知らなかった。彼はあまりにも正直であった。

しかし、読者がこう考えることのないよう私は切に望む。すなわち、私が言おうとしているのは、鞭のようなものでさえ時に人々に有益に使われ得る、ということではない。

【三】

エフスティグナ・サヴァーギンは長らく静かな謙虚と慎ましい羨望のうちに暮らしてきたが、突如として思いがけなく有名になった。その顛末はこうである。

ある日、豪奢な宴会の後、最後の六グリヴナを使い果たした。翌朝目覚めると、まだ宿酔の気分が悪かった。疲れきった彼は、慣れた仕事に向かった。すなわち「匿名葬儀館」のために詩で広告を作ることである。

机に向かい、汗をだらだら流しながら、自信を持って書き上げた――

あなたの首と額はさんざん殴られ、

とどのつまりは暗黒の棺の中に横たわる……

あなたが善人であれ悪人であれ、

いずれにせよ墓地へ運ばれるのだ……

あなたが真実を語ろうと虚言を弄そうと、

いずれにせよ、あなたは死ぬのだ。

このように一アルシン半ほど書いた。

彼は作品を「葬儀館」に持って行ったが、あちらでは受け取らなかった。

「申し訳ないが、これではとても印刷できません。多くの故人が棺の中で恨んで震え出すかもしれません。それに死でもって生者を訓戒する必要はありません。時が来れば自ずと死ぬのですから……」

サヴァーギンは途方に暮れた。

「ちぇっ、何を言うか。死者のためには心配し、墓碑を立て、供養もするが、生きている俺は――餓死しても構わないと言うのか……」

沈んだ気持ちで街を歩いていると、ふと目に入ったのは一枚の看板であった。白地に黒い字で――

「送終。」

「ここにもまだ葬儀館があったのか。まったく知らなかった。」

エフスティグナは大いに喜んだ。

しかしそれは葬儀館ではなかった。

第41節

「ふん……誰のだって同じだ――」

私とあなたは一心同体だ。

二人はこれより永遠に合一した。

これは死の賢明なる命令、

互いに死の奴隷であり、

死の従僕である。

「しかし、とにかく、私の個性は決してあなたに圧倒されはしない。」彼女は妖艶な語調で先手を取って言った。「それから、その従僕だけど、私が思うに『従』の字と『僕』の字は、吟じる時に長く引くべきだわ。でもこの従僕は、私にはどうもまだしっくりこないの。」

スメルチェルシーゲン〔消滅断絶根〕はなおも彼女を征服せんとして、もう一首詠んだ。

命ありて死すべき我が妻よ、

我らの「自我」とは何ぞ。

有るも善し、無きも善し――

すべて同じではないか。

動くも善し、静かなるも善し――

汝の必死は不変なり。

「いいえ、こんな詩は他の人に書いてちょうだい。」と彼女は落ち着いて言った。

多くの時が過ぎ、このような衝突が幾度も続いた後、スメルチェルシーゲンの家に思いがけず子供が生まれた――女の子であった。するとジンホートラはたちまち命じた――

「棺桶の形をした揺りかごを注文しなさい。」

「それはやりすぎではないか、ジンホーチカ。」

「いいえ、だめよ。注文しなさい。もし批評家や世間から日和見だとか当てにならないとか攻撃されたくないなら、主義は厳守しなければ。」

彼女は極めて家庭的な主婦であった。自ら胡瓜の漬物を作り、さらに夫の詩に対するあらゆる批評を丹念に集めた。攻撃的な批評は破り捨て、称賛のものだけを一冊にまとめ、著者賛美家の金で出版した。

食事がよかったので、彼女はふくよかな女になった。その眼はいつも夢見るようにぼんやりとして、男たちの宿命的な情熱の欲望をかき立てた。彼女はあの屈強な赤毛の常連の批評家を招き、自ら並んで座らせ、ぼんやりとした瞳を彼の胸に向けて射た。わざと鼻声で夫の詩を読み、それから感嘆させようとするかのように訊いた――

「深遠でしょう? 強烈でしょう?」

その男は初めのうちはただ唸るように頷くばかりであったが、やがてあの名状しがたい深遠さをもって我ら哀れなる人間の所謂「死」という暗黒の「秘密」の深淵に突入するスメルチェルシーゲンに対して、毎月炎のごとき評論を書くようになった。しかも彼は玲瓏たる玉のごとき純真の愛をもって死を愛した。その琥珀のごとき魂は「存在の無目的」というおそるべき認識に沈むことなく、かえってその恐怖を愉快なる号召と平静なる歓喜に変え、すなわち我らの盲目なる魂が「人生」と呼ぶ不絶の凡庸を消し去らんとした。

赤毛の人物――彼は思想において神秘主義者にして耽美家、職業においては理髪師であった。姓はプロハルチョーク。――の懇切なる助力を得て、ジンホートラはさらにエフスティグナのために公開の詩歌朗読会を催した。彼は高い壇上に現れ、両脚を左右に開き、羊のような白い目で人々を見据え、褐色の雑物の生えた角ばった頭をかすかに揺らし、冷然と読み上げた――

人たる我らは、死後の

暗黒世界へ旅する駅のごとし……

汝らの荷物が少なければ少ないほど、

汝らにとっては軽く便利であろう。

思考するな、平凡に生きよ。

もし謙虚ならば、おのずと純朴となる。

揺りかごから墓場への道は短い。

人生のために、死は御者の務めを果たしている。

「よいぞよいぞ」と十分に満足した民衆が叫んだ。「ありがとう。」

そして互いに言い合った――

「なかなかうまいじゃないか、あの男は。あんなぱっとしない奴なのに。」

スメルチェルシーゲンがかつて「匿名葬儀館」のために詩を作っていたことを知る者もそこにいた。もちろん今なお彼のあれらの詩は「同館」の広告のために作られたものだと思っているが、一切の事柄にまったく無頓着なため、ただ「人は食わねばならぬ」という一事だけを胸に秘めて、もはや口を開かなかった。

「しかし、もしかしたら俺は本当に天才なのかもしれない」とスメルチェルシーゲンは民衆の喝采を聞いた後にこう思った。「いわゆる『天才』とは、結局のところ何なのか、誰にもわからぬではないか。ある人々は天才とは知力の欠けた人間だと思っている……だが、もしそうなら……」

彼は知人に会っても健康を尋ねず、「いつ死ぬのだ」と訊くようになった。この一事もまた、皆からより大なる賞賛を得た。

夫人はさらに客間を墓場のように設えた。安楽椅子は墓地の丘のような淡い緑色に仕立てられ、周囲の壁にはホイエの絵の模写を額に入れて掛けた。すべてホイエの絵であり、そのほかにヴェルツの絵もあった。

彼女は自慢して言った――

「うちでは子供部屋に入っただけでも死の気配を感じますの。子供たちは棺桶の中で眠り、乳母は尼僧のような格好で――そう、白い糸で髑髏やら骨やらを刺繍した黒い長い胴着を着ていますの。まことに結構なことですわ。エフスティグナ、どうかご婦人方を子供部屋にご案内して。殿方は寝室へどうぞ……」

彼女は穏やかに微笑み、皆を寝室の調度を見に案内した。石棺のような寝台には、銀白の房飾りをたくさんつけた黒い棺の覆いが掛かっていた。さらに樫の木で彫った髑髏がそれを締めていた。装飾は――微細な白骨の数々で、墓地の蛆虫のようにふざけ戯れていた。

「エフスティグナは」と彼女は説明した。「自分の理想に引き込まれて、屍衣を被って寝ておりますのよ。」誰かがぎょっとした――

「屍衣を被って寝る?」

彼女は憂いを帯びてかすかに微笑んだ。

しかしエフスティグナの心の中はまだ素直な青年で、時に覚えず思うのであった――

「もし俺が本当に天才なら、これはどういうことだ。批評はスメルチェルシーゲンの影響だの詩風だのと言うが、しかしこの俺は……俺はそんなものを信じない。」

ある時、プロハルチョークが筋肉を動かしながら駆けてきて、彼を凝視した後、低い声で訊いた――

「書いたかね。もっとたくさん書きたまえ。外のことは奥様と私が取り計らうから……ここの奥様は実にいい女だ。敬服するよ……」

スメルチェルシーゲン自身も、とうにこのことには気づいていた。ただ暇がなく、また平穏を好む心から、この事について何の手も打とうとしなかった。

しかしプロハルチョークは、あるとき安楽椅子にどっかと腰を下ろし、懇々と言った――

「兄弟、俺にどれだけ胼胝ができたか、どんな胼胝かわかっているだろう。ナポレオンの体にだって、こんなのはなかった。」

第42節

彼は憤慨していた。しかし病魔は一方で彼の骨を蝕みながら、一方で耳元に囁いた――

「お前は震えているのか、うん? なぜ震えるのだ? 夜眠れないのか、うん? なぜ眠れないのだ? 悲しくなると酒を飲むのか、うん? だが嬉しくなっても酒を飲むのではないか?」

彼はひどく歪んだ顔を作り、かくして観念した。「仕方がない。」と。すべての自分の小説に別れを告げ、死んだ。万分の不本意ながら、しかし死んだ。

さて、皆は彼をきれいに洗い、着物を着せ、髪をぴかぴかに梳き、台の上に安置した。

彼は兵士のように踵を揃え、両手を合わせ、まことに厭世的な表情で横たわっていた。実に立派であった。近隣の人々が見物に来ては静かに嘆息して帰った。窓の外を馭者が通りかかり、馬を止めて覗き込んでこう言った――

「なんとまあ、見事な死にざまだ。まるで本物の将軍のようだ。」

女房は泣きに泣き、子供たちも泣き、猫さえ隅で悲しげに鳴いた。

しかし彼の霊は体を離れるとすぐに「死」に出会った。「死」はいかにも疲れた様子で木陰に腰かけていた。

「ようこそ」と「死」は言った。「新入りだな。」

「はい、たった今参りました。」

「こちらの暮らしはどうだ。」

「まだ何とも。着いたばかりですので。」

「まあ、慣れるさ。皆そう言うものだ。」

「死」は欠伸をした。

「つまらぬのだ。生きている連中は俺を恐れるが、死んだ連中は俺に構いもしない。まったく割に合わぬ商売だ。」

彼は黙って頷いた。生前あれほど死を歌いながら、死の当人と面と向かうと何を言ってよいかわからなかったのだ。

第43節

エゴールカは大喜びだった。まさに必死で、汗だくになりながら書類を分類し、表紙だけを残し、さまざまな感動的事実を山のように積み上げて主人のもとへ運んだ。主人は褒めて言った――

「がんばれ。立憲政治が成功したら、お前に大きな自由党新聞の編集をやらせてやるぞ。」

胆が大きくなった彼は、自ら最も知識ある農民たちのもとへ宣伝に出かけた――

「それからな」と彼は言った。「ローマのグラックス兄弟、そしてイギリスでも、ドイツでも、フランスでも……これらはみな歴史上必要なことなのだ。エゴールカ、事実を持って来い。」

エゴールカはまた走り出した。

だがある日、にこにこしながら事実を運んでいると、前方から二人の者がやって来た。一人は背が高く、もう一人は太っていた。二人は主人のもとへ入り、しばらくして出てきた。

主人は書斎から呼んだ――

「エゴールカ。」

「はい。」

「この事実を全部片づけろ。もう要らない。」

「どうしたのですか。」

「立憲政治は無くなった。」

エゴールカは驚いた。

「そんな馬鹿な。つい昨日まで……」

「昨日は昨日、今日は今日だ。さっさと片づけろ。」

エゴールカは事実を片づけ始めた。山のようにあった事実を一つ一つ元の場所に戻した。しかし戻すのは積み上げるよりずっと骨が折れた。なぜなら事実というものは、一度山から出ると元に戻りたがらぬものだからである。

第44節

黒髪の男は首を振り、やはり自分の仕事を続けた。そしてまた公費で飯を食わされるために牢獄に送り込まれた。まったく明白で、良心もきれいなものだ。

釈放されると、彼はまた仲間のもとへ行った――二人は互いに愛し合っていたのだ。

「まだ駆除しているのか。」

「ああ、もちろん……」

「可哀そうだと思わないのか。」

「だから腺病質のやつだけを選んでいるのだ……」

「区別しないわけにはいかないのか。」

赤毛は黙って、ただ沈痛な嘆息を吐くばかりで、しかも赤い色が薄れて黄色くなっていた。

「お前はどうやっているんだ。」

「ああ、これがまた……俺は言っただろう……単純に――虱を殺すように……」

「全部か。」

「全部だ。いや、全部ではない。半分ほどだ。ああ、兄弟、もう参ったよ。気の毒で気の毒で――俺は間もなく真っ白になってしまうだろう。」

黒髪は何も言わなかった。ただ煙草を吸い、遠くを見つめていた。

「お前は」と赤毛が訊いた。「後悔しないのか。」

「後悔する」と黒髪は静かに答えた。「ただし人間としてであって、仕事としてではない。」

「同じことじゃないか。」

「いや、違う。」

二人は黙った。鶏が鳴き、朝が来た。二人はまた仕事に出かけた。

第45節

「そうだとも、友よ。それが我らの命というものだ。さまざまなものがある……一切の事物には欠陥があり、体を揺すっているが、横になった時にどちらを下にすればよいか、我々にはわからぬ……選ぶことはできないのだ、そうだ……」

イエモンはまた嘆息した。彼もまた人間であり、祖国を愛し、それに頼って生きていた。さまざまな危険な思想がイエモンを動揺させた――

「人民を柔和で従順なものとして見るのは甚だ愉快なことだ――まったくその通り。しかし皆が抵抗をやめたなら、日光浴や旅行の費用も省けるではないか。いや、住民が死に絶えることはあるまい――朦朧の中で……この匪賊どもの中で……」

彼は考えた。すべてが混乱している。正直な男で、祖国を愛してはいたが、祖国が彼に与えたものは不安と動揺とさまざまな思想ばかりであった。

しかしイエモンはまた嘆息して言った――

「もう寝よう。明日はまた忙しい。」

「何をするのだ。」

「いつもの通りだ。人民を柔和で従順なものとして見る仕事だ。」

彼はベッドに入り、すぐに眠った。夢の中でも嘆息していた。

第46節

「この赤いコマンチ族め。イロコイ族め。」

しかし彼らはまた一斉に水たまりの中に入って座り込んだ。彼らの中で最も賢い一人が言った――

「同僚諸君、自分たちの仕事をしよう。あの少年のことは忘れたまえ。きっと変装した社会主義者に違いないのだから……」

ああ、ミーチャ、愛すべき人よ。

【十二】

イワノヴィチ一族と呼ばれる者たちがいた。甚だ奇妙な人民であった。いかなる事に遭おうとも、決して驚かないのだ。

彼らはおよそ自然法則に従わぬ「軽率」の狭い包囲の中で暮らしていた。

「我々の気持ちは」と彼らは自らのことを語った。「愉快千万だ。」

ある朝、日が昇ると、町の真ん中に深い穴が開いた。

「何だこれは」と町の人々は言った。

「穴だ」と最も賢い者が答えた。

「ふうむ、穴か。」

人々は穴の周りに集まり、覗き込んだ。暗くて底が見えない。

「この穴をどうしよう。」

「ごみ捨て場にしよう」と一人が提案した。

皆は喜んだ。ごみをどんどん穴に捨て込んだ。穴はすべてを呑み込み、いっこうにいっぱいにならなかった。

「すばらしい穴だ」と人々は言った。「ごみがいくらでも入る。」

やがて彼らは古い家具も壊れた荷車も、役に立たなくなったものは何でも穴に投げ込んだ。穴は黙ってすべてを受け入れた。

第47節

突然、一人の兵士が駆けてきた。

誰もが知っている通り、兵隊さんは何も恐れぬものだ。彼は妖魔を蹴散らし、暗い物置や深い井戸の中へ押し込み、川の氷の穴へ追い込んだ。そして懐に手を入れ、およそ百万ルーブルを取り出し、しかも惜しげもなくミカイーシカに渡した――

「おい、持って行け。貧乏人よ、銭湯へ行って風呂に入り、身なりを整え、まともな人間になれ。もうそろそろ潮時だぞ。」

兵士は百万ルーブルを渡すと、何事もなかったかのように自分の仕事に出かけた。

読者諸君、忘れないでいただきたい。これは童話である。

ミカイーシカは両手で金をしっかり握り、銭湯へ走った。身を洗い、髭を剃り、新しい服を着て、鏡を見た。

「なかなか立派じゃないか」と彼は自分に言った。

街に出て歩き始めると、人々は驚いた。

「あれは誰だ。」

「ミカイーシカだ。」

「まさか。あの乞食が?」

「そうだ。百万ルーブルを持っているのだ。」

人々は帽子を脱ぎ、頭を下げた。昨日まで犬のように追い払っていた者たちが、今日は微笑んで握手を求めた。

「ミカイーシカさん、お元気ですか。」

「ミカイーシカさん、いつでもお立ち寄りください。」

ミカイーシカは考えた。

「不思議なものだ。金があれば人間、金がなければ犬か。」

しかし彼は善良な男であったから、誰をも恨まなかった。

第48節

「死の舞踏」はその後の作品である。骸骨の姿を現したホルバイン式の「死」を描いている。「死」は市民を煽動して暴動を起こさせ、コレラとなり、パリの仮装舞踏場に現れる。仮装を脱いでいない死体と楽器を持って逃げ出す楽師たちの間で、「死」は胡弓を弾く。しかし「死」はまた友として現れ、寺の高い鐘楼を訪れ、年老いた番人を安らかな永眠に休ませる。夕陽の穏やかな光が差し込む中、椅子にもたれて番人は静かに死んでいった。彼に代わって夕べの仕事を済ませるために、「死」は傍らで縄を引き鐘を撞いた。――しかし「死」はついに公正を失い始めた。自ら楽しみ始めたのだ。踊り狂い、道化師となり、冷笑をもって宮廷に入り込み、王冠を被った者たちと杯を交わし、酒宴の席で高笑いした。

レテルはこのように幻想と現実、寓意と写実を結合させた。その技法は力強く簡潔で、しかも深い情感に満ちている。線描は堅固にして大胆、構図は壮大である。初期の木版画には中世ドイツの匂いがあり、後期にはフランス・ロマン派の影響が見える。しかしいずれの時期においても、彼の芸術の核心にあるのは死と生の対峙、人間存在の悲喜劇への深い洞察であった。

第49節

このように、シンケルは古ドイツへの憧憬の情熱から、古典ギリシアの理性的洞察へと向かった。しかしながら、従来の様式を直截に受容することを好まなかった彼は、多くの設計において不合理でしかも無意味な改作を幾度も試みた。ポツダムのニコライ寺は言うに及ばず、ベルリンの王宮劇場においてもこの感は免れない。しかもロマン主義の様式に対しても、彼は自らの意見を差し挟もうとした。ロマン派の文人がゴシック寺院の堂内を森に喩えたのを見て、彼はゴシック様式の特徴を犠牲にし、植物の形象を天井と柱に応用しようと発意した。これは同時代のヴィオレ=ル=デュクの考えに近いが、シンケルの場合は理論的推察というより芸術家的直観であった。

彼の建築にはある部分で甚だ成功し、またある部分で明らかに無理がある。しかし全体として見れば、シンケルが十九世紀前半のドイツ建築において占めた地位は揺るぎない。古典主義とロマン主義、合理と感性、伝統と創新――これらの間を自在に往来しながら、独自の建築言語を創り上げた。弟子たちはその遺産を継承し、やがてドイツ建築の新たな展開へと導いていくこととなる。

第50節

ガンディーはインドにおいて聖人の称を得た人物である。彼はまたインド民衆の偉大なる指導者でもあった。その戦術はトルストイ式戦術である。言うまでもなく、トルストイとガンディーの間には相違点がある。しかしそれは枝葉の上のことにすぎず、全体として言えばガンディーは実にインドのトルストイである。したがって彼に言わせれば、ただ平和的手段すなわち文化的運動によってのみ最後の勝利を得ることができる。そしてこの文化的運動の中で最も過激と称される手段でさえ、イギリス商品の不買同盟か、あるいはイギリスの統治権に対する民衆の武器なき一揆を組織することにすぎなかった。

ガンディーとトルストイの最大の相違は、ガンディーが実際の政治運動に全力を注いだ実践家であったのに対し、トルストイは主として思想家であり芸術家であったことだろう。トルストイはその偉大なる文学をもって世界を動かしたが、ガンディーはその身をもってインドを動かした。しかし二人に共通するのは、暴力の否定、愛の力への信頼、そして精神的変革こそが真の社会変革の道であるという確信であった。

第51節

トルストイの社会否定説は、原始的とも言い得る。さらに彼自身の個性否定説は、結果において社会的性質を帯びているが、これは彼の哲学観の中で既に述べた――後に述べることになろうが、その社会否定説は無為徒食の者、放恣なる資本家、知識階級にして放恣なる官吏に対する一種の地主的抗議であった。この偉大なる地主の「旦那」はフェート=シェンシン〔シーチン〕のごとき生活法を営み得る理論を探していたのである。シェンシンは詩人フェートとして脚韻詩を作り、シェンシンとして農奴制の主張者であった。フェート=シェンシンとトルストイは、いずれも農民との接触を忌避しなかったが、その接触の仕方はまるで異なっていた。

トルストイの無抵抗主義は単なる理論ではなく、彼の全生涯にわたる深い苦悶から生まれたものである。社会の不正を鋭く認識しながらも暴力による変革を拒否した。なぜなら暴力はさらなる暴力を生み、人間の魂を堕落させるからである。彼が求めたのは各人が自らの内に道徳的変革を遂げることであり、それこそが社会全体の変革への唯一の道であると信じた。

第52節

噴泉のごとく極度に緊張した生活を持つトルストイは、常人に倍して生を愛し死を恐れた。死に対する猛烈なる恐怖は、彼にとって何よりも強力な刺激であった。蛊惑的なるこの生命の流れがもし途絶えたならば如何にすべきか――これはトルストイにとって重大な問題であった。一切は逝き、一切は移ろい、一切は消え融け、何一つ現実の存在はない――すなわち彼トルストイもなく、彼を取り巻く彼の愛する人々もなく、自然もなく、実在するかに思われた自然もなお流転し、一切は変化し、破壊され、しかも一切は幻想であり煙の上に描かれた影像にすぎぬ――このおそるべき恐怖は彼の生涯を貫いて離れなかった。

若き日のトルストイはコーカサスの戦場で死と向き合い、セヴァストーポリの砲火の中で死を身近に感じた。しかし彼を最も深く震撼させたのは戦場の死ではなく、日常の中に忍び寄る死の影であった。アルザマスの一夜――真夜中に宿屋で突如として襲いかかった名状しがたき恐怖。そこに実体はなく理由もなく、ただ「死がある」という圧倒的な認識だけがあった。この体験は彼の文学と哲学の深層に永遠の刻印を残した。

第53節

その時はまた一つの抗議を提出せねばなるまい。仮にこの道筋で食の問題を解決し得るとしよう。しかしあなたがたはこの世に存在する最も粗野なる唯物論者にすぎない。あなたがたが興味を持つのはただ皆が腹を満たすことだけであり、それがまたあなたがたの最高の理想でもある。だが我々は安静を見出すことを欲し、自らの内に神を見出すことを欲する。あなたがたにはそのようなものは一切なく、ただ腹がいっぱいになるだけだ、云々と。

我々はこう答えよう。そのようなことはどこからも生じ得まい。各人がみな毎日食べ物を得たいと願うことから、彼がただ食うために生きているなどという結論は出てこない。人間は食うために生きるのではなく、生きるために食うのである。もちろん飢えている者に精神を説くのは愚かなことだ。しかし飢えの問題が解決された後にこそ、人間の精神生活の真の展開が始まるのである。

物質的基盤なくして精神的発展はあり得ない。だが物質的充足のみが人生の目的だと考えるのもまた誤りである。この二つの認識を統一することこそ我々の課題である。

第54節

このニコライ・ミハイロフスキーと同様に、トルストイ主義者たちもまた自らの純潔を保つことにあまりにも汲々としすぎた。そしてそのために真の愛の事業を成すことができなかった。その事業はただ言葉の上のものとしてのみ遺された。時に我々のあの大雷雨の時代に耳を傾けながらも、トルストイ主義者たちは人生の求める巨大な要求から退き、悪口を叫びつつ逃げ去った。

我々の望むところは、あちこちに新しい萌芽を伸ばしつつある偉大なるトルストイの中にあるあの道徳的論証、あの芸術的根拠を、今に至ってあのいささか矮小化され卑俗化されたトルストイ主義の遺物と化さしめぬことである。

トルストイの遺産は巨大であり、その中には人類の永遠の真理がある。しかしその遺産を教条的に固守し生ける現実から遊離させてしまうならば、それはトルストイ自身が最も嫌ったものとなろう。トルストイは生涯を通じて変化し続けた人であり、定式や教条を憎んだ人であった。その精神を真に継ぐとは彼の結論を繰り返すことではなく、彼のように果敢に問い果敢に探求することである。

第55節

我が国に見られるのと同じ現象がドイツにも存在した。ドイツではほとんど二村ごとに隣村を隔てる税関の壁があった時代、そのために「関税同盟」が必要であったが、やがて帝国主義的中央集権がこれに取って代わった。我々が各団体に分離し、しかも共同生活を営む可能性が実際的にほとんど剥奪された時、精神的関係においても同じ現象が見られた。人類の中で最も貴重なのは人類の集団性であるが、このような環境の中で我々はそれを知ることも感じることもなかったであろう。

我々は前の世代から個人主義的文化を継承した。この文化は多くの美しいものを生み出したが、同時に人間と人間の間に深い溝を掘った。芸術においても思想においても、個人の天才が最高の価値とされ、集団的創造は軽視された。

しかし今、新しい時代が始まろうとしている。個人の力だけでは解決できぬ巨大な課題が我々の前に横たわっている。人類はその集団性を回復し、共同の力で新しい文化を建設しなければならない。これは個人の抹殺ではなく、個人の力を集団の中で最大限に発揮させることである。

第56節

芸術家は心を尽くし、自分の絵画が動き生きることを望む。形態を通じて作品を力学的に活かそうと努める。しかしながら、画布の上に描かれた一切のものはたちまち死んでしまう。そこで運動の幻影(イリュージョン)を創出する必要が生じる。最新の芸術的流派は目下この内的矛盾の中で争っている。しかしこれのみならず、青年たちが今まさに深く体験しつつある危機を構成する精神的なもの、力ある声で叫ぶ者への多くの青年の愛情と奮激もまたその精神の構成要素となっている。その精神は資本主義的な戦争とその後の社会変革に伴って生まれたものである。

芸術における運動の問題は単なる技法の問題ではない。それは人間の存在そのものに関わる問題である。静止した画面に生命を吹き込もうとする芸術家の苦闘は、固定した社会に変革をもたらそうとする革命家の苦闘と本質的に同じである。いずれも既存の秩序に抗い、新しい可能性を切り開こうとする。そしていずれもその内部に深い矛盾を抱えている。

第57節

思うに、我々の集った小さな祝賀会は、社会主義的変革の精神と深い共鳴の中にある。さらに私の最大の喜びは、すでに述べたような講演をするため諸君の前に参じた今日、サンテロフスキー工場の委員に会い、次のような要求を受けたことである。「君の芸術家たちを説得してくれ。国家に資金を出させてくれ。そうすればペテログラードに最初の偉大な人民会館が建てられるのだ。」「国立技芸自由研究所」は先頭に立ち、ペテログラードに「自由人民会館」を建設する集団的技術の旗手となり得る。

人民会館とは何か。それは労働者が仕事の後に集い、学び、芸術を楽しみ、互いに交わる場所である。単なる建物ではなく新しい文化の象徴である。旧き文化が宮殿や教会を中心に築かれたように、新しい文化は人民会館を中心に築かれるべきである。

芸術家たちよ、この偉大な事業に参加せよ。諸君の才能を人民のために捧げよ。そうすれば芸術もまた新しい生命を得るであろう。

第58節

革命のはるか以前から、プロレタリア芸術の擁護者とその反対者の間で独特の議論が戦わされていた。反対者の側には流派を明らかに異にする二つの傾向があった。そのうちの一つはいわゆる「全人類的」芸術の見地に今なお立つものであるが、これとの不一致は原理的である。実を言えば、教養ある反対者も時に見かけるが、この種の反対者の持つ皮相的考察を除去するのはさほど困難ではあるまい。しかし事実上、地球上に位置を占めた一切の芸術の一定の、しかもかなり相対的な単一性は、エジプト芸術やギリシア芸術の例に見られるごとく、その社会的基盤と密接に結びついている。

プロレタリア芸術の必要性を否定する者はしばしば芸術の「永遠性」を持ち出す。しかし永遠なる芸術とは何か。ホメロスは確かに今も読まれている。しかしホメロスが今日の読者に与えるものは、古代ギリシアの聴衆に与えたものとは根本的に異なる。芸術作品の意味はその受容の文脈によって変わる。それゆえ「全人類的」芸術という概念は、厳密に言えば一つの抽象にすぎない。

第59節

プロレトクルトはこの傾向の演劇的探求に無関心ではなかった。もし効験ある毒物が、面白くて質朴な戯曲『メキシコ人』に害を及ぼさなかったとすれば、その毒物は少なくともプレトニョフ(Pletnev)の『レーナ』の最初の舞台装置を完全に毀損した。しかしこれらあらゆる困難と迷誤にもかかわらず、プロレトクルト中央委員会の純プロレタリア劇場は、新しい演劇の創造と技術的意義の達成への大いなる奮励と英雄的希望に満ちていた。しかしながら、もし今、すでに無力に頭を垂れ補助金の停止のために手を下ろしている劇場を破壊するならば、文化の発展にとって大きな損失となろう。

プロレタリア演劇の課題は単に新しい技法の開発にあるのではない。新しい人間像を舞台上に創出することにある。旧い演劇が貴族やブルジョワの内面を描いたように、新しい演劇は労働者の内面を、その喜びと苦悩、その夢と現実を描かねばならぬ。そのためには形式の革新と内容の革新が手を携えて進まなければならない。

第60節

もう一つの例は前世紀の六十年代のことである。当時フロマンタン(Fromentin)はその著書の中で、フランスにはゴッホ(Gogh)の絵をきちんと模写し得る画家が一人もいないと嘆息した。芸術家アンテケールはかつてパリでアカデミーの教授たちに、公衆の前で自らの手で有名な画家の絵画をいかに模写し得るか試みるよう勧誘した。しかしこれらの教授の中で、この勧めに応じた者は一人もなかった。口実はこれらの絵画の価値は自分以下だというのであった。アンテケールは、おそらく彼らの中に誰も実行し得る者がなかったからであろうと言ったが、この言葉は正鵠を射ている。現在においても事情はさほど変わっていない。

模写の技術は軽視されがちであるが、実はそれは芸術教育の根幹である。古来、偉大な画家はすべて先人の模写から出発した。ラファエロはペルジーノを模し、ルーベンスはティツィアーノを模した。模写を通じて画家は先人の技法と精神の双方を体得する。独創性は模写の否定からではなく模写の深化から生まれるのである。

第61節

芸術的産業の第二の種類――これは装飾を施した芸術的産業、すなわち装飾化である。しかし一方では装飾芸術を否定する傾向も存在し、色鮮やかな羽紗や風呂敷は小市民的趣味だという見解がある。しかしこれは小市民的趣味ではなく国民的趣味である。古来、国民的衣服は濃重な色彩を用いてきたが、小市民こそが清教徒であり、クエーカー教徒であって、今日諸君が着ているような黒色や灰色の陰鬱にして無彩色の衣服を我々に着せたのである。熱心なる小市民はかつてこう言った。「神は色彩を嫌いたもう。」

しかし国民は色彩を愛する。祭りの衣装や民族舞踊の衣装を見よ。そこには赤、青、緑、金の鮮やかな色彩が溢れている。これは「低俗」なのではなく、生命力の発露である。

装飾芸術の否定は実は芸術の本質に対する誤解から生じている。装飾とは余計な添え物ではなく、人間の美的欲求の最も根本的な表現の一つである。原始時代から人間は身体を飾り、道具を飾り、住居を飾ってきた。この衝動を否定するは人間性そのものを否定するに等しい。

第62節

我が国の文学は今やその発達の決定的な機運(モメント)のただ中にある。国内では新しい生活がまさに建設されつつある。文学はようやくこの生活をいまだ定まらぬ転変の姿の上に反映することを学びつつあるように見え、しかもより高度の任務へ、すなわち建設過程に対する一定の政治的、とりわけ日常生活的・道徳的作用へと向かい得るようになってきた。

我が国に現れている種々の階級の対立は、他の諸国に比べれば遥かに少ないとはいえ、その構成は決して単一とは言えぬ。農民的文学と労働者的文学の傾向にすでにいくらかの相違があることは必然であり、都市と農村、工場と畑、機械と鋤の間には異なる感性と異なる表現がある。

新しい文学はこれら多様な声を包含し統合しなければならない。しかしそれは画一化ではない。真の統合とは、各々の声がその独自性を保ちながら全体として一つの壮大な交響曲を奏でることである。

第63節

この任務は極めて重要である。プレハーノフもこの重要性を力説した。この種の評価の一般的規範となるものは何か。形式はその内容に最大限に適応し、最大の表現力を与え、しかもその作品の向けられた読者の範囲に最も強い影響を及ぼす可能性を保証するものでなければならない。

ここでまず第一に、プレハーノフもかつて述べた最も重要な形式的規範を想起する必要がある。すなわち、文学は形象の芸術であり、一切の露出した思想、露出した宣伝のそこへの侵入はつねに当該作品の失敗を意味する、という規範である。言うまでもなくすべての文学作品には思想がある。しかしその思想は形象の中に溶解し、生きた人間と生きた情景を通じて自ずと読者に伝わるべきものであって、著者が直接に読者へ向かって説教するものであってはならぬ。

プレハーノフはまた芸術的価値と社会的価値の統一を求めた。真に偉大な芸術作品はその時代の最も進歩的な思想を最も完全な芸術的形式で表現したものである。いずれか一方だけでは十分でない。思想の深さと形式の完成とが結びついた時にのみ、真の傑作が生まれる。

第64節

概して言えば、鋭い論争は、読者を引き付けるという意味において有益である。論争的性質の論文、とりわけ双方に誤りがある場合には、他の条件と相まって影響がより広く、読者に摂取されるところもより深い。加えて革命家たるマルクス主義者・批評家の戦闘的気質によって、自然とその思想の激烈な表現を用いるようになる。しかしながら、その際に、論争の美を以て自己の議論の弱さを覆い隠すことを忘れるのは、批評家の大いなる罪悪であって、許されることではない。また、一般的な議論はさほど多くないにもかかわらず、様々な辛辣な詩、比較、嘲笑的な叫び、狡猾な質問がある場合には、おそらく賑やかな印象を与えるものの、極めて不誠実なものとなってしまう。批評は批評そのものに適用されるべきである。なぜならば、マルクス主義批評は同時に科学的であり、また独特の意味において芸術的な仕事でもあるからである。批評家の仕事において、激怒は——良からぬ忠告者であり、正当な見解の表現であることは稀である。しかし、時として、批評家の心臓から迸り出る辛辣な嘲りと憤りの言辞は許容される。他の批評家や読者、そしてまず第一に作家の多少敏感な耳は、何処に憤りの自然な躍動があり、何処に単なる悪意が飛び出しているかを弁えるものである。これを階級的憤りと混同してはならない。階級的憤りは決定的に打つものであるが、それは地上の雲の如く、個人的悪意の遥か上空に高く懸かっている。全体として言えば、批評家・マルクス主義者は批評家の最大の罪悪たる優柔不断と妥協に陥ることなく、a priori(因より果を推す)善意を持つべきである。彼の偉大な喜びは、良き面を見出し、その全き価値において読者に示すことにある。彼の別の目的は、助け、正し、警告することであり、ごく稀にのみ、真に誇張の虚偽の要素を滅ぼし得るような嘲笑、あるいは侮蔑、あるいは粉砕するが如き批評の強力な矢を以て、役立たぬものを殺す努力が必要となることがある。

【訳者附記】

一冊の書物の前に、著者の生涯、思想、主張、あるいは本書に含まれる要義を略述した序文があれば、読者にとって遥かに有益であろう。しかしこの種の仕事は、私の力の及ぶところではない。この著者の著述のごく一小部分しか読んでいないからである。今、尾瀬敬止の『革命ロシアの芸術』から短い一文を訳して前に置くが、実のところ精良堅実な作とは言い難い——おそらく彼は『研究』一冊のみに依拠したのであろう——ただ大略を知り得る程度、無いよりはましというものに過ぎない。

第一篇は金田常三郎訳『トルストイとマルクス』の附録から重訳したもので、彼は元々エスペラントの本から訳出したので、この訳本は重ねに重ねたものである。芸術が何故に発生するかという問題は本来重大な問題であるが、惜しむらくはこの文章はさほど多くなく、終篇まで読んでも物足りなさを覚える。しかしながら彼の芸術観の根本概念、例えば『実証美学の基礎』において展開されたものは、ほとんどすべて具体的かつ微細にその中に述べられており、領会すれば、大略に過ぎないとはいえ、大略は明らかとなる。語気から察するに講演のようであるが、何年のものかは不明である。

第二篇はトルストイが世を去った翌年——一九一一年——二月、『新時代』に掲載され、後に『文学の影像』に収められたものである。今年一月、私は日本で輯印された『マルクス主義者の見たトルストイ』中の杉本良吉の訳文から重訳し、『春潮月刊』一巻三期に載せた。末尾に短い跋があり、この文章を重訳した意図を略述しているが、今ここに再録する——

「一、トルストイが世を去った時、中国人はさほど感じなかったようであるが、今振り返ってこの篇を読めば、当時の西欧文学界の名士たち——フランスのアナトール・フランス、ドイツのゲアハルト・ハウプトマン、イタリアのジョヴァンニ・パピーニ、さらに青年作家ダンチェリスら——の意見、および一人の科学的社会主義者——本論文の著者——によるこれらの意見への批評を見ることができ、自ら一つ一つ蒐集して読むよりも遥かに明瞭で省力である。

「二、これによって時局の異なれば立論もまた往々にして転変を免れず、予知の事は非常に困難であると知り得る。この一篇において、著者はまだトルストイを非友非敵、ただ関わりのない人物と判じていたに過ぎない。しかし一九二四年の講演に至っては、敵の第一陣営ではないものの『甚だ厄介な相手』と認めるに至った。これはおそらく多数派が既に政権を握り、トルストイ派の多さが統治上の不便を漸次感じさせたためであろう。昨年、トルストイ生誕百年記念の折、同じ著者がまた『トルストイ記念会の意義』と題する一文を発表したが、措辞は講演ほど峻烈ではなくなっていた。もしこれが世界にソ連の独異ならざることを示さんがためではなく、内部が日に日に鞏固となり、立論もまた平静になったのであれば、それは実に結構なことである。

「訳本から見れば、ルナチャルスキーの論説は既にかなり明白で痛快である。しかし訳者の力量不足と中国文の本来の欠点のために、訳し終えてみれば晦渋、甚だしきに至っては難解な箇所も実に多い。仂句を分解すれば原来の精悍な語気を失ってしまう。私にとっては、このような硬訳以外には『束手』の一途——すなわちいわゆる『出口なし』——があるのみで、残された唯一の希望は、読者がなお頭を硬くして読み続けてくれることだけである。」

ほぼ同時期に、韋素園君が原文から直接訳出したこの篇も、『未名半月刊』二巻二期に発表された。彼は長年病床に臥しながらもこのような骨の折れる論文を翻訳しており、実に少なからぬ励ましと感謝を私に与えてくれた。訳文については、時に晦渋なること私に劣らないが、幾句か多い分、精確な箇所も自ずと多い。私は今のところこれに拠って本訳を改訂してはいないが、志ある読者は自ら参看されたい。

第三篇は前述の一九二四年モスクワでの講演で、金田常三郎の日訳本から重訳したもの、昨年の『奔流』七、八の二冊に分載した。原本には種々の小題目はなく、訳者が加えたもので、読者が一覧し易いようにとの意図であり、今もそのまま踏襲して改めない。さらに短い序文があり、この二つの世界観の差異と衝突について極めて簡明に述べており、その一部をここに節訳する——

「現代世界の人類の思想圏を流れ成す対蹠的二大潮流、一は唯物的思想、一は唯心的思想である。この二つの代表的思想の間にはまた、この二つの思想から萌芽して変形した思想が挟雑し、常に相克して現代人類の思想生活を形成している。

「ルナチャルスキーはこの二つの代表的観念形態を表現せんとして、前者の非有産者的唯物主義をマルクス主義と称し、後者の非有産者的精神主義をトルストイ主義と称した。

「ロシアにおけるトルストイ主義は、無産者独裁の今日、農民と知識階級の間にもなお強固な思想的根底を有している。……これは無産者のマルクス主義的国家統制上、甚だ不便である。故に労農ロシアの人民教化の高位にあるルナチャルスキーが、ロシアにおける多数主義の思想的障碍石たるトルストイ主義を払拭せんがために、この一場の演説をなしたのは当然のことである。

「しかしルナチャルスキーはトルストイ主義を完全なる正面の敵とはしない。これはトルストイ主義が資本主義を否定し、同胞主義を高唱し、人類平等を主張する点において、ある程度の同路人となり得るが故である。ならば、この演説の戯曲化とも見なし得る『解放されたドン・キホーテ』において、著者は人道主義者、トルストイ主義の化身たるキホーテ老を揶揄してはいるものの、決して悪意を抱いてはいないのである。著者は哀れな人道主義の侠客ドン・キホーテを革命の魔障とはするが、彼を殺して革命の軍旗に祭らんとはしない。我々はここに、ルナチャルスキーの多くの人間性と寛大さを見ることができる。」

第四と第五の二篇は、いずれも茂森唯士の『新芸術論』から訳出したもので、原文は一九二四年モスクワ出版の『芸術と革命』に収められている。二篇は三回の演説を合わせたもので、後者の上半の注に「一九一九年末作」とあるのみで、他は年代不詳であるが、語気から察するに十月革命後間もない艱難困苦の時であろう。その中で芸術が社会主義社会において完全な自由を得ざるを得ないこと、階級社会においては暫く禁約を免れ得ないこと、とりわけロシアの当時の芸術の衰微の状況、指導者の保存・啓発・鼓吹の労作について、極めて簡明切要に述べている。その思慮の深遠なること、経済のためとて農民特有の作風の保全にまで及んでいる。これは今年突然自由主義を高唱する「正人君子」や、昨年一時「彼らを追い払え」と大声で叫んだ「革命文学家」にとって、実に飲めば汗の出る苦口の良薬である。しかし彼のロシア文芸に対する主張は、時と地がやはり異なるが故に、中国の古を存すると偽りて実は自らを守らんとする保守者は、またこれを口実に引くことは能わないのである。

末の一篇は一九二八年七月、『新世界』誌上に発表された極めて新しい文章で、同年九月、日本の蔵原惟人が『戦旗』に訳載し、今これに拠って重訳した。原訳者の按語に云う、「これは著者がマルクス主義文芸批評の基準を示した重要な論文である。我々はソ連と日本の社会的発展段階の相違を念頭に置いた上で、ここから非常に多くの事柄を学び得る。文芸運動に関心ある同人が、この論文から正当なる解決への多くの示唆を摂取されんことを望む。」これは中国の読者諸氏にも移贈し得るものである。さらに我々にもマルクス主義文芸批評を自任する批評家がいたが、その判決書の中で同時に自らをも告発してしまった。この一篇の提要は、即ちこれに拠って近来中国のいわゆる同種の「批評」を批評し得るのである。より真切なる批評がなければ、真の新文芸と新批評の産生の望みはない。

本書の内容と出処は、上述の通りである。雑多に摘んだ花果枝柯に過ぎないが、あるいはこれによって若干の花果枝柯の由来する根底を推し見ることもできよう。しかし私はまた思う、豁然として貫通するには、やはり社会科学というこの大源泉に力を致さねばならぬと。なぜならば千万言の論文も、結局は学説に深く通じ、かつ全世界の歴来の芸術史を明らかにした上で、環境の情勢に応じ、回環曲折して演じ出された支流に他ならないからである。

六篇の中、二篇半はかつて期刊に発表したもので、残りはすべて新訳である。最も肝要なのはとりわけ末の一篇であり、新しき批評を些かなりとも知らんとする者は、細かに読まねばならない。惜しいことに訳し終えてみれば、やはり甚だ艱渋であり、私の力量においては如何ともし難い。原訳文にも誤字が少なからず、知り得たものはすべて改正したが、その他はただ踏襲するほかない。一人の力では察し出せないからである。しかしなお読者が発見の折には指摘を賜り、将来改正の機会を与えてくださることを望む。

私の訳文については、倉卒と粗忽に加えて体力不済のため、謬誤と遺漏の箇所もかなり多い。まず雪峰君に感謝せねばならない。彼は校勘の際、先ず少なからぬ脱誤を改正してくれた。

一九二九年八月十六日の夜、魯迅、上海の風雨、啼哭、歌笑の声の中にて記す。

【魯迅全集・第十八巻】

十月

著者自伝

モスクワ騒擾す

ブルジョアは既にアーメンなり!

街頭にての邂逅

万国旅館附近の戦闘

プレスニャにて

アゴン

アゴンの死

「悪夢」

母の苦痛

恐ろしき夜

二人の息子

さらば!

「愛国者」

士官候補生の話

広場の戦闘

ニキート門辺の戦闘

退却

ガリスニェコフの死

砲火下のクレムリン

孤立無援

繳械

どうすればよいか?

母、その子を求む

真の自由を獲得せよ

アゴンは何処に?

回想すれば

誰が正しいか?

誤れり!

後記

壊滅

著者自伝

著作目録

壊滅について

一 二 三 四 五

代序

新しき人物の話について

一 二 三

第一部

一 モロースカ 二 メーチク 三 嗅覚を以て[35] 四 孤独 五 農民 六 鉱山の人々 七 レーヴィンソン 八 対頭 九 第一歩

第二部

一 部隊の中のメーチク 二 開始 三 苦悩 四 路 五 重荷

第三部

一 メジェーリツァの偵察 二 三つの死 三 泥沼 四 十九人

後記

山民牧唱

序文 放浪者イリザビデ 山民牧唱 炭焼き 秋の海辺 ある墓守の話 マリージョ 往診の夜 善根 小旅館 手風琴頌

いたずら者レゴリャンタッチ

会友 少年別 バスク族の人々 流浪者 黒マリ 移家 祈祷

パン屋時代

悪い子供と他の奇聞

前記 悪い子供 理解し難い性格 仮病人 簿記課副手日記抄 それは彼女だ ペルシア勲章 乱暴者 陰謀 訳者後記

第65節

【繳械】

この夜は徹夜議論紛紛たるものであったが、翌朝になると、イワンは既に降伏の準備が進められていることを知った。食料を与えることのできない捕虜をクレムリンから釈放した。飢餓に迫られ、恐ろしい体験に疲れ果てた彼らは、呻き声を上げ、重苦しい集団を成して、クレムリンからイリインカ街へと去って行った。イワンが見ると、彼らは皆よろめき転びしながら歩き、狂人の如く拳を振り上げ、クレムリンを威嚇していた。この戦闘の三日間、彼らは何度も死にかけ、今やまさに墓の中から逃げ出したかの如く走り去った。

「うう……うう!……」彼らは憤りながら、そして喜びながら呻いていた。

この朝、また弾薬購入の試みがなされた。野外に打って出て雌雄を決すべしと主張する強硬論者の中の士官候補生や大学生たちが、この弾薬購入の任に当たり、兵士や工人に変装して散兵線外に出て行ったが、たちまち交差火線の下に陥り、全員戦死した。

正午には和議が開始されたとの知らせが伝わり、皆互いに語り合い、およそ一時間後には戦闘が終結するであろうと。

活気づいた。どのような結末であれ、早い方がよいと皆心中に喜びながら、その喜びを隠し、互いに正視を避けていた。恥じ入る風であったが、声だけはいくらか元気を帯びていた。

しかし戦闘はまだ止まなかった。ニキート門附近、スモレンスク市場附近、劇場広場、カーメンスキー橋、プレチステンカ街等の各所で盛んに交戦が続いていた。

市街の空気は銃砲声に満ちていた。中央部は榴霰弾の火に浴した。ニキート門方面の空中には青白い煙と灰色の煙が柱のように立ち昇り、三日前に火災に遭った家屋が今なお燃えていた。

スリーヴィンの一隊は、モスクワ・ヴォレージキー橋附近を防御し、バルチョーグ方面から前進してくるボリシェヴィキを射撃していた。

義勇兵たちは見える目標にのみ緩射していたが、正午には弾薬が残り僅かとなり、一人当たりわずか三発を残すのみとなった。焦燥に怒りを覚えたスリーヴィンは、野戦電話で大声で弾薬を要求し、さらに連絡兵を使って報告を送ったが、ついに弾薬を入手することはできなかった。

「弾薬を取りに行ってくれ!」スリーヴィンはペトリャーエフに言った。「あちらで人に会ったら、もはや持ち堪えられないということを話してくれ。」

イワンは出かけた。

街路の様相はなんと変わったことか!至る所が空虚であった。街は静かで、銃声はいっそう恐ろしく響いた。

プ……ププ!……

時折、いくらか丸みを帯びた拳銃の音も聞こえた。

パン、パン、パン。

家々の窓はことごとく破壊され、崩れ落ち、正面は滅茶苦茶にされていた。歩道には砕けた硝子とパテの塊が散乱し、小山のように積み上がっていた。イワンは身を躱すこともなく、銃声の中を挺身して前進した。炸裂した榴霰弾から立ち昇る白煙は小舟の如くクレムリンの空に浮かび、鉄の雨が時折近くに降り注いで濃い砂煙を撃ち上げた。しかしイワンはもはや無関心であった。麻痺した無感覚の状態にあった。今となっては、路上に倒れた戦死者を見ても、五日五夜戦い続けてなお点いている街灯を見ても、何の感慨も起こらなかった。……

ある家の門口から水が瀑布のように涌き出ていたが、彼はそれにも注意を払わなかった。

馬術練習所の附近、グダーフィエの向かい辺りに駐屯していたコサック兵の一団のところに榴霰弾が落ちた。約五分後、イワンがその場を通りかかると、歩道で負傷した馬がもがいており、傍らにコサックの死体が二つ横たわっていた。他のコサック兵たちは嘶く馬を手綱で押さえ、馬術練習所の壁に愀然と寄り添っていた。

「殺してやれ、苦しめることはない」一人のコサック兵が焦躁した嗄れ声で言い、大股で震え喘ぐ馬に歩み寄り、肩から銃を下ろし、二頭の馬の眉間に弾丸を撃ち込んだ。馬は全身を一度震わせ、四脚を伸ばして倒れた。

この光景が、なぜかイワンの注意を強く引いた。

ニキート門附近の広場で、イワンが塵芥箱の陰に隠れていた工人を銃剣で刺した時、その工人も同じように全身を痙攣させたのだった。

人も、聖物も、市街も、これらの馬も、すべて消滅した。しかし一体何のためにか?

士官学校ではまったく何の成果も得られず、イワンは夕方にモスクワ・ヴォレージキー橋に戻った。スリーヴィンは不成功を聞くと、長い間ある一人の人間を罵り続け、イワンは歯を食いしばって聞いていた。

「あいつを殴ってやろうか、どうなるだろう?」彼の脳裏に突飛な思いが閃いた。

すると訳の分からぬ悪意が突如胸を衝いて起こり、髪は逆立ち、背筋が冷たくなった。しかしイワンは感情を抑え、ほとんど飛ぶように街頭に出て、橋の上に立ち、残り僅かの弾丸をボリシェヴィキに向かって撃ち尽くした。

「こうだ……こうしてやる!畜生め!こうだ!ほら!」

「何をしているんだ?興奮しているのか?」傍でこの様子を見ていた、ひょろ長く痩せた眼鏡をかけた士官候補生が、彼に尋ねた。

イワンは答えず、ただ手を一振りしただけだった。

夜になると命令が伝えられた。講和が成立したので哨位を撤去し、士官学校に集合せよと。

皆大いに喜んだ。スリーヴィンすらも、思わず皆の前でこう言った。

「やっとだ!」

しかしイワンにとっては、まるで欺かれ、嘲笑されたかのように感じられた。

「同志よ、やっとだと言うが、」彼はスリーヴィンに向かって言った。「それならなぜ防戦したのだ?」

スリーヴィンはいささか狼狽し、顔を赤くしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、怒りの口調で答えた。

「他にどうしようがあったのだ?」

「どうするかだと?潔白な戦死だ!敗者に歩み得る唯一の道は——死だ。分かるか?」

「それはまた何のために?」

「つまり、たとえ流氓を射撃したと言ったところで、結局は我々の兄弟を射撃したことになったからだ……」

「分からんな、同志。」

「うむ、分からんならそれまでだ!」

スリーヴィンは顔色を青くし、拳を握りしめたが、またこらえた。

この問答を聞いていた士官候補生たちは、皆顔を見合わせ、昂奮して顔を仰向けたイワンを凝視した。

「気が狂ったのだ」と彼の背後で誰かが低い声で言った。

「いや、私は狂ってなどいない。戦争を始めておきながら最後まで戦おうとしない連中こそ、狂っているのだ!」イワンは堪えきれず、大声で叱咤した。

誰も答えなかった。以後、誰も彼と口を利かず、まるで彼などいないかのように遠ざけた。

和議の通知が各哨位に伝えられた。

すると感情の興奮が起こった。ボリシェヴィキは停戦間近と知り、猛然と射撃を開始し、全市は砲声と小銃の射撃音に満たされ、耳が聾せんばかりであった。

同時に白軍も弾を惜しむ必要がなくなったと知り、憂さ晴らしに勝者を射撃した。最も激烈な戦闘が、和議成立後のこの恐ろしい夜に始まったのである。

将校たちは自らの武器を破壊し、肩章を自ら除いた。最も血気盛んな者たちは、好機を待って再挙を図らんと誓った。

翌朝、義勇兵たちはアレクサンドロフスキー士官学校にて繳械した。

第66節

【四 孤独】

モロースカの到来が、メーチクの中に、単調で平穏な病院生活の影響の下、内部に生じていた心の平和を破壊した。

「なぜ彼はあんなに軽蔑の目で私を見るのか?」伝令が去ると、メーチクは考えた。「たとえ彼が火の中から私を救い出してくれたとしても、それが私を嘲笑する権利を与えるのか?しかも、全体として、最も肝要なのは……全体の人々なのだ……」彼は自分の痩せ細った指と、寝台の下に縛り付けられた副木の上の脚を見つめた。そして心の中に押さえ込んでいた昔日の憤恨が、新たな力で燃え上がった。彼の魂は、負傷した野獣のように、不安と苦痛の中で戦慄した。

薊草のような刺のある目をした長い顔の青年が、敵意を込めて彼の襟を力ずくで掴んで以来、人々は皆嘲笑をもってメーチクに接した。誰も彼を助けず、誰も彼の冤罪に同情しなかった。眠りの如き静寂の中、愛と平和の息吹に満ちたこの病院においてすら、人々はただ義務ゆえに彼を愛撫するのであった。メーチクにとって最も苦痛であり最も哀しきことは、彼の血がかの大麦畑に滴り落ちて以来、自分が孤独な人間だと感じるようになったことであった。

彼はビガを慕った。しかし老人は寝衣を敷き、柔らかい帽子を枕にして、林の傍の樹の下で呼呼と眠っていた。丸く光る禿げた頭頂から、後光のように透明な銀色の髪が四方に散っていた。二人の仲間——一人は片手に繃帯を巻き、一人は跛——が林の中から出てきた。老人のところに来ると立ち止まり、狡猾に目配せし合った。跛の方が乾いた草を一本探し出し、自分がくしゃみをしそうなふりをして鼻を動かし、眉を上げ、草でビガの鼻孔をくすぐった。ビガはものうそうにぶつぶつ言い、鼻を動かし、手で二、三度払い除けたが、ついに皆を満足させ、大きなくしゃみを一つした。二人とも吹き出し、腰を低く曲げ、まるで悪戯をした子供のように振り返りながら、小屋の向こう側へと逃げ去った——一人は用心深く腕を曲げ、もう一人は忍び足で。

「おい、墓掘りの助手め!」最初の男が、ハリチェンコが土塁の上でワーリャの傍に座っているのを見て叫んだ。「なぜ俺たちの女を抱いているんだ?……来い、来い、俺にも抱かせろ……」彼はそこに並んで座り、怪我をしていない方の手で「姉さん」を抱き、猫が喉を鳴らすような声を出しながら言った。「俺たちはあんたが好きなんだ——だってあんたは俺たちの中の唯一の女だからな。だが、この汚い小僧は追い出してくれ、悪魔のところへ追い出せ、この畜生を……!」彼はその片腕で懸命にハリチェンコを押し退けようとしたが、助医は片側からワーリャにぴたりと寄り添い、「満洲タバコ」[40]で黄色く染まった整った歯を食いしばっていた。

「だが俺はどこに入り込めばいいんだ?」跛は哀れっぽく鼻声で言った。「一体どうなっているんだ、正義はどこにあるのだ、誰が傷病兵を大事にしてくれるのだ——諸君は一体どう思っているのだ、同志諸君、親愛なる皆さん?……」彼は潤んだ瞼で手を振り回し、ばね仕掛けのように早口で言った。

相手は彼を近づけまいとして足で蹴り、脅かすようにした。助医はそっとワーリャの衣服の下に手を忍ばせ、大声で不自然に笑った。彼女はハリチェンコの手を払い除けず、ただ穏やかに疲れたように彼らを眺めていた。しかし不意にメーチクの惶惑した視線を感じ取ると、彼女は跳ね起き、慌てて上衣を整え、顔が芍薬のように赤くなった。

「あんたたちったら、まるで蜜に集る蠅のように、ただくっつくばかりで、この雄犬どもが!……」彼女は粗野に突然言い、頭を垂れて小屋の中へ駆け込んだ。扉に衣の裾が挟まり、彼女は腹立たしげに引き出し、力いっぱい扉を閉めると、隙間の苔までが落ちてきた。

「ほう、大した姉さんだ!」歌うように跛が言った。そして嗅ぎ煙草でも嗅いだかのように顔をしかめ、静かに、微かに、厭わしげに笑い始めた。

楓の下の行軍寝台の上、四枚重ねの高い蒲団の上から、病苦に痩せ細った黄色い顔を宙に向けて、冷淡に、厳しく、負傷した襲撃隊員フローロフが凝視していた。彼の眼は死者の眼の如く、暗く、空虚であった。フローロフの傷は望みのないものであった。そして彼自身、臓腑が痙攣して死ぬほど痛み始め、自分自身の眼で空虚な広大な空を凝視し始めた時以来、既にそれを悟っていた。メーチクは自らの身に彼の不動の視線を感じ、震え出し、怯えて目を背けた。

「皆が……騒いでいる……」フローロフは嗄れ声で言い、指を動かした——まるで誰かに自分はまだ生きていると知らせるかのように。

メーチクは聞こえないふりをした。

フローロフが疾うに彼を忘れた後もなお、長いこと彼の方を見る勇気がなかった——この負傷者が骨と皮ばかりの微笑を浮かべ、なおも自分を凝視しているように感じたからである。

小屋の中から、入口で不器用に身を屈めながら、医師スターシンスキーが出てきた。外に出ると折り畳みナイフのように体を伸ばし、出る時どうやって身を屈めることができたのか不思議に思われた。彼は大股で皆のところに歩み寄り、何のために来たか忘れてしまったので、片目をつぶって呆然と立ち止まった……

「暑い……」彼はようやく腕を曲げ、刈り込んだ髪を逆撫でしながら、宙に浮いたように言った。本当は、同時に皆に母にも妻にもなれない人をこのように困らせるのはよくない、と言いに来たのであった。

「寝ていて退屈か?」彼はメーチクに歩み寄り、干からびた熱い掌を額に当てて尋ねた。

その不意の懇切さがメーチクの心を動かした。まるで喉の中の硬い球が突然温かく柔らかく溶けていくかのようであった。

「私は——いいえ……回復したら出て行きます。」メーチクは微かに震えながら言った。「でも、あなたは?……長く森の中に住んでいるのですか。」

「しかし、もしそれが必要であれば?……」

「何が必要なのですか?」

「私が森の中に住んでいることですよ……」スターシンスキーは手を離し、そしてこの時初めて人間的な好奇心をもって、その光る黒い目で真剣にメーチクの目を見つめた。その目は遥か遠くに、そして淒涼として見え、まるで長い夜ごとに煙の立ち昇るシホテ・アリニ連峰の篝火の傍で、密林の孤独に噛まれる人への言い難い憧憬を吸い込んだかのようであった。

「分かっています。」メーチクは寂しく言い、親しげに、寂しく微笑した。

「しかし村に泊まることはできないのですか?……私の言うのは、もちろんあなた一人だけではなく、」彼は急いで思いがけない疑問の先を塞いで言った。「病院全体のことです。」

「ここの方が危険が少ない……あなたはどこから来たのですか?」

「町からです。」

「随分前に?」

「ええ、もう一ヶ月以上になります。」

「クラーシュリマンを知っていますか?」スターシンスキーが突然活気づいた。

「ええ、少し……」

「では、あの人は今あちらでどうしていますか?それから、他に誰を知っていますか?」医師は激しく片目をつぶった。そして突然、まるで誰かが後ろから膝の裏を押したかのように、切り株の上に座り込んだ。彼は適当な姿勢が見つからず、切り株の上で臀部を動かしていた。

「ホンシガ、エフレーモフを……」メーチクは数え上げた。「グリヤーエフ、フレンケル。眼鏡をかけた方ではなく——あの人は知りません——もう一人の方で、小柄な……」

「それは全員『急進派』の人々ではないか!」スターシンスキーは驚いたように言った。「どうしてあの人たちを知っているのですか?」

「あの人たちと長く一緒にいましたから……」メーチクはなぜか不安げに曖昧に低い声で言った。

「そう、そう……」スターシンスキーは何か言おうとしたが、言い出さなかった。

「良い話でした。」彼はいつもの如く何の親しみもない声で冷淡に言い、立ち上がった。「とにかく……お大事に……」彼はメーチクを見ずに続けた。そして呼び戻されることを恐れるかのように、急いで小屋の方へ歩いて行った。

「ワシューチンも知っています……」何かを引き留めようとするかのように、メーチクは後ろから叫んだ。

第67節

「おお……おお……」スターシンスキーはちらりと振り返り、連声で応じたが、足はいっそう速まった。

メーチクは何かが彼の意に合わなかったことを悟った——身を縮め、満面に紅を差した。

突然、この一ヶ月間のあらゆる経験が一度に彼の上に押し寄せてきた——何か掴もうとしたが、もはや叶わなかった。唇が震え、涙を堪えようと急いで目を閉じたが、ついに堪えきれず、多量の涙が速やかに溢れ出て頬を伝った。彼は苦痛を堪える子供のように、掛け布団を頭からかぶり、低く泣き始めた——震えまいと、声を出すまいと懸命になり、人に自分が駄目な奴だと思われまいとして。

彼は絶望的に長い間泣き、その思考もまた涙のように塩辛く苦かった。やがて次第に落ち着いたが、そのまま顔を覆い、身じろぎもせず横たわっていた。ワーリャは何度も近づいてきた。彼女のあの確かな足音を彼はよく知っていた——まるで「姉さん」としての義務を負い、物を満載した手車を死の瞬間まで押し続けねばならぬかのような足音を。彼女は暫し寝台の傍に立ち止まり、決心しかねる風であったが、やがてまた立ち去った。ビガも足を引きずりながら通りかかった。

「眠っているのかい?」彼は慎重に柔和に尋ねた。

メーチクは眠っている振りをした。ビガは暫く待った。掛け布団の上で、夕暮れ時の蚊の羽音が聞こえた。

「では、眠りなさい……」

暗くなると、また二人が近づいてきた——ワーリャともう一人の誰か。彼らは慎重に行軍寝台を持ち上げ、小屋の中に運び入れた。中は湿り、蒸していた。

「行って——行って……フローロフのところへ行って……私はすぐ行くから」とワーリャはもう一人に言った。

彼女は寝台の傍に数秒間立ち、そっと頭から掛け布団を捲りながら尋ねた。

「どうしたの、パーヴルシャ?……具合が悪いの?……」

これは彼女が初めて彼をパーヴルシャ[41]と呼んだ時であった。

メーチクは暗がりの中で彼女の顔がよく見えなかったが、小屋の中には、彼女の存在と共に彼ら二人きりであることを感じた。

「とても気分が悪いんです……」彼は陰鬱に、静かに言った。

「脚が痛むの?……」

「いいえ、ただ……」

彼女は不意に身を屈め、大きく柔らかな胸を彼に密着させ、唇に接吻した。

【五 農民】

自らの推測を確かめるべく、レーヴィンソンは定刻よりも早く集会に赴いた。農民たちの間に紛れ込み、何か特別な風聞がないか聞き出すためであった。

集会は小学校で開かれた。来ている者はまだ僅かで——畑から早めに戻った数人が階段の上で無駄話をしていた。開いた戸口から、リョーブチが錆びた洋灯の手入れに忙しいのが見えた。

「ヨーシフ・アブラーミチ」農民たちはレーヴィンソンに声をかけ、一人ずつ恭しく黒い、労働で木のようになった手を差し出した。彼は一人一人と握手し、慎重に階段の一段に腰を下ろした。

川の向こうでは村の娘たちが声を揃えて歌っていた。干し草、湿った埃、篝火の煙の匂いがした。渡し場からは疲れた馬の蹄の音が伝わってきた。農民の労に倦んだ一日が、温かな夕靄の中、干し草を満載した車輪の音の中、飽食しながらまだ搾乳されていない牝牛の長い鳴き声の中に消えていった。

「あまり多くないようですな。」リョーブチが戸口まで来て言った。「今日は大勢は来ないでしょう、草刈り場で泊まる者が多いですから……」

「なぜ仕事日に集会なぞ開いたのだ?何か大事なことでも起きたのか?」

「ええ、ちょっとしたことが……」議長はいくらかためらいながら認めた。「仲間の一人がまずいことをやらかしまして——うちに泊まっている奴ですが。もともと大したことではなく、大きくはないのですが、非常にやっかいなことになってしまいまして!」彼は仕方なさそうにレーヴィンソンの方を見て、黙った。

「大したことでないなら、そもそも我々を召集すべきではなかった!……」農民たちは一斉に騒ぎ立てた。「百姓にとって今は、一時間だって大事な時なのだ。」

レーヴィンソンが説明した。すると彼らはがやがやと農民式の嘆きを並べ立てた——それは大抵、草刈りと商品の不足に関することであった。

「ヨーシフ・アブラーミチ、ご自身で草刈り場に行って、皆がどんな道具で草を刈っているか見てください。まともな鎌は、体裁を繕うほどのものさえありませんよ——みんな修理したものばかりです。これは仕事ではなく、苦行ですよ。」

「一昨日、セミョーンがとても良い鎌を一本駄目にしてしまいました!あの男にこそ、誰よりも早く与えるべきなのです——勤勉な農夫ですから。草を刈れば、まるで機械のように音を立てる……刈っているところで——沙鼠の巣にぶつかって……あの音を聞いたら、火花が見えますよ……今ではどう修繕しても、元通りにはなりません。」

「あれは素晴らしい鎌だったのに!……」

「うちの者たちはどうしているか……」リョーブチは物思いに沈んで言った。「順調だろうか?今年は草が本当に多いからな!日曜日までに夏の一区画を刈り終えられれば良いのだが。この戦争は、本当にとんでもない損害だ。」

暗闘の中から、長く汚れた小衫を着た新たな人影が、揺れる光の帯の中に現れた。包みを持っている者もいた——仕事帰りにそのまま来たのだ。彼らは自分たちと共に、がやがやした農民の声と、タール、汗、刈り倒したばかりの草の匂いを連れてきた。

「神のお恵みを……」

「は——は——は!……イワンか?……来い、明るいところで顔を見せろ——ほう、土蜂にだいぶ刺されたな!見てたぞ、尻を振り振り逃げ出すのを……」

「貴様はなぜ俺の土地で草を刈っているんだ?」

「どこが貴様の土地だ?寝言を言うな!……俺は一寸の狂いもなく、地境を見定めて刈ったのだ。他人のものなど要らん——自分のもので十分だ。」

「知れたことよ……自分ので十分だと!貴様の家の豚は、何度追い払っても、また畑に入り込んでくるではないか?……そのうち俺の畑で子豚を産むぞ……ああ、自分ので十分だとさ!知れたことよ……」

誰とも知れぬ、暗がりで片目を光らせた、猫背の頑丈な男が群衆の上に頭一つ抜きん出て、話し始めた。

「三日前、日本人がサンダゴリに来た。秋フエスクの連中が言っていた。やって来て学校を占領し——すぐに女だ。『ロシア娘、ロシア娘……シー、シー、シー。』ぺっ、悪魔め、Tvoju matj、神よ赦し給え……」彼は力任せに腕を一振りし、憤然として言葉を断った。

「奴らはこちらにも来るだろう、きっと……」

「どうしてこんな災厄があるのだ?」

「百姓には少しも静かにしていられる暇がない……」

「それに、何もかも百姓が損をし、何もかも百姓が被害を受ける!どっちでも構わんから、早く決着をつけてくれれば良いのだ……」

「まさにそれだ、どっちもうまくいかんのだ。前に進めば棺桶、後ろに退けば墓穴——どちらも同じだ!」

レーヴィンソンは黙って聞いていて、口を挟まなかった。人々は彼のことを忘れていた。彼は見た目には小柄で冴えない男——全体が帽子と赤髭、そして膝を超える毛皮の長靴で出来上がっているかのようであった。しかし、雑然とした農民たちの話に耳を傾けながら、レーヴィンソンはその中から彼にだけ分かる不安の調子を聴き取った。「我々は打ち負かされるだろう……きっと……」彼はすぐさま思い、この思いに続いて、実際的で明晰判然たる別の思いが生まれた。「遅くとも明日、スターシンスキーに手紙を書いて、負傷者を隠すように言わねばならない、どこでも構わない……当面の間、隠れるのだ、まるで我々がいないかのように……それから、衛兵を増やさねばならない……」

「バクラーノフ!」彼は副官を呼んだ。「ちょっと来てくれ……つまりこういうことだ……もっと近くに座ってくれ。柵の入口に衛兵一人では足りないと思う。さらにクリーロフカまで騎兵の巡察を出すべきだ……特に夜は……我々はあまりにも不注意になり過ぎた……」

「何かあったのですか?……」バクラーノフは驚いた。「何か危険があるのですか?それとも、何ですか?……」彼は剃り上げた頭をレーヴィンソンの方に向け、韃靼人のように目尻の上がった細長い目が、注意深く探るように凝視した。

「戦争というものは、親愛なる友よ、常に危険があるものだ。」レーヴィンソンは穏やかに、しかし冷笑的に言った。「戦争は、親友よ、干し草小屋でマルーシャと寝るのとは違うのだよ……」彼は不意に力強い愉快な笑いを噴き出し、バクラーノフの脇腹をつかんだ。

「これは、こんなずる賢い……」バクラーノフは答え、レーヴィンソンの手を掴むと、たちまちふざけ好きな、善良な、活発な青年に変わった。

「騒ぐな、騒ぐな——逃げられんぞ!……」彼はレーヴィンソンの手を背中に捻り上げ、いつの間にか入口の柱まで押し込みながら、歯の隙間から低い声で穏やかに言った。

「行け、行け!——あっちでマルーシャが呼んでいるぞ……」レーヴィンソンは笑った。「おい、放せ、この小僧!……集会の場でこれはまずい……」

「集会の場だからこそ、お前は運が良いのだ。さもなければ、とことん思い知らせてやるところだ……」

「行け、行け、あっちにマルーシャが……行け!」

「衛兵は一人で十分ではないでしょうか?」バクラーノフは立ち上がりながら尋ねた。

レーヴィンソンは微笑みながら、彼の後ろ姿を目で送った。

「お前の副官は実にいい奴だな。」ある男が言った。「酒も飲まず、煙草も吸わない。それに第一に若い。一昨々日、小屋に馬の軛を借りに来たんだ……俺は言った、『おい、辛い酒を一杯飲むか?』『いいえ、』あいつは言った、『私は飲みません。』『何か食わせてやりたいなら、』あいつは言った、『牛乳をください——牛乳が本当に好きなんです。』それから飲んだのだが、知っているか、まるで子供のように——大きな鉢に、小さなパンのかけらを入れて……いい奴だ、間違いない!……」

群衆の中に銃口がちらつき、襲撃隊の姿が次第に見え始めた。彼らは定刻通り、親しげに集まってきた。最後に来たのは鉱山労働者たちで、チモフェイ・トゥボフが先頭を歩いていた。彼はスーチャンの大柄で頑強な選鉱手で、今は小隊長を務めていた。彼らは密集した集団を成し、散らばることなく群衆の中に押し入った。ただモロースカだけが陰鬱な表情で、少し離れた壁際の長椅子に座っていた。

「おお、おお……お前もここにいたのか?」レーヴィンソンを見て、トゥボフは嬉しそうに叫んだ——まるで彼と何年も会っていなくて、ここで会ったのが意外であるかのように。「あちらで、我々の仲間がとんでもないことをしでかしたそうだな?」彼は大きな真っ黒い手をレーヴィンソンに差し出しながら、銅のように重々しく尋ねた。

「あいつに思い知らせてやらねばならん、教訓を与えねば……見せしめにするのだ!」彼はレーヴィンソンの説明を聞き終えないうちに、また怒りの声を上げた。

「このモロースカには、前から注意すべきだったのだ——部隊全体の面汚しだ。」学生帽を被り、磨き上げた長靴を履いた、甘ったるい声の青年、キーシュが口を挟んだ。

「お前には聞いてないぞ!」トゥボフは振り向きもせず、言葉を遮った。

青年は恨みに唇を噛み、厳然と言い返そうとしたが、レーヴィンソンの冷笑的な目が自分に注がれているのを見て、群衆の中に身を隠した。

「あの男を見たか?」小隊長は陰鬱に言った。「なぜあいつをここに置いているのだ?窃盗のために専門学校を退学になったという話だぞ。」

「風聞を信じるな」とレーヴィンソンは諭すように言った。

「お前たち、外で何をそんなに長くぐずぐずしているのだ!……」仕方なさそうに手を振りながら、リョーブチが戸口から叫んだ。まるで自分の雑草だらけの畑のためにこれほど大勢が集まるとは夢にも思わなかったかのように。「始めましょうか——同志隊長?……それとも、鶏が鳴くまでぐずぐずやっているのですか?……」

第68節

……「私には全て分かっている、私は彼に何を求めるというのだろう?」とワーリャは思った。「私に少し譲歩してくれること、そんなに難しいことなのだろうか?……でも、もしかすると彼は今、自分で苦しんでいるのかもしれない——私が彼を嫌っていると思って。でも、私から彼に言わなければならないのだろうか?……どうやって?!……私から?!……彼が私を追い払った後で?……いいえ、いいえ、——何事も彼の好きにさせておくのがいい……」

「一体どうなさったのですか、耳が聞こえないのですか、お嬢さん?承知なさるかと聞いているのですよ?」

「何を承知するって!」ワーリャははっと我に返った。「黙ってちょうだい……」

「おはようございます、よくお眠りになれましたか?……」キーシュは苛立って空中で手を一振りした。「しかし、お嬢さん、一体どうしたのですか、まるで初めてのような、乙女のような物言いをなさって。」そこで彼はまた辛抱強く、新たに彼女の耳元で囁き始めた。ただ彼女が聞いて、自分の言葉を理解しているものと思い込んでいたが、女の常套手段として、値を吊り上げるために「じらしている」のだと考えていた。

夕暮れが訪れ、山峡の上から夜の軽やかな翼のはばたきが垂れ下がってきた。馬たちは疲れて鼻を鳴らし、霧が渓流の上でますます濃くなり、ゆっくりと渓谷の中へ這い上がっていった。しかしメチークはまだワーリャのところへ来ず、来る気配すらなかった。そして彼が遂に来ないと確信すればするほど、彼女はますます堪え難い哀しみと、かつての自分の夢想の悲痛を感じ、彼らと離れることがますます耐え難くなった。

部隊は宿営のために小さな渓谷に降り、人馬は湿った震える暗闇の中でうごめいていた。

「お忘れにならないでくださいね、お嬢さん。」キーシュは嫌味なほど優しい執拗さで、低声で言った。「ええ、——私はランプを傍に置いておきます……それでお分かりになるでしょう……」数秒後、彼が誰かに大声で怒鳴るのが聞こえた。「『どこに這い上がるんだ』とは何だ?お前こそ横で何をごちゃごちゃやっているんだ?」

「お前、よその小隊に何しに来たんだ?……」

「『よその』とは何だ?目を開けろ!……」

しばらくの沈黙の後——その間に、おそらく二人とも目を開けて見たのだろう——先に問うた者が詫びるような、言い訳するような声で言った。

「マーチ・トヴォユー——なんだ『クブラク派』か……メディエリーツァはどこだ?」彼は申し訳なさそうな声で自分の過ちを取り繕いながら、声を引き延ばして叫んだ。「メ——ディエリーツァよ!……」

下の方で誰かが我慢ならぬ興奮で大声で喚いた。まるで自分の要求が聞き入れられなければ、自殺するか人を殺すかするかのように。

「火を点けろ!……火を点けろ!……」

谷底の向こう側から、突然無音の焚き火の赤い炎が立ち上がり、暗闇の中から、蓬松とした馬の頭と疲れた人の頭が、弾薬箱と銃の冷たい光の中に現れた。

シテイシンスキー、ワーリャ、そしてハルチェンコは他の宿営地より少し端の方で馬を降りた。

「よし、これから休むぞ、火を起こせ!」ハルチェンコは、誰もそれで元気づくはずもない陽気さで言った。「枯れ木を探してこい!……」

「……いつもこの調子だ——いい時に止まらないで、それで苦労する。」彼は同じように慰めの少ない調子で言い、——手で湿った草を探りながら、実は湿気と暗闇、そして蛇に噛まれる恐怖、さらにシテイシンスキーの憂鬱な沈黙を恐れていた。「思い出したが、以前スーチャンから出た時もこうだった——もっと早く宿営すべきだったのに、今は洞窟の中のように暗いが、我々は……」

「なぜ彼はこんなことを言うのだろう?」とワーリャは思った。「スーチャン……どこから来たとか……洞窟のように暗いとか……今さら誰にとって意味があるのだろう?全て、全てはもう終わった、何もないのに。」

彼女は空腹だった。この空腹は彼女の別の感覚をさらに強めた——今や満たすことのできない、沈黙した、押し殺された空虚の感覚を。彼女は泣き出しそうだった。

しかし夕食を済ませ、温まった後、三人とも一時的に活気づいた。彼らを取り巻く青黒い、見知らぬ、冷たい世界も、親しく穏やかに見えてきた。

「ああ、お前よ外套、わが外套よ。」ハルチェンコは外套を脱ぎながら、満腹の声で言った。「火に入れども焼けず、水に入れども溺れず。今足りないのは娘っ子一人だけだ……」彼は目を細め、笑い出した。まるで「これはもちろん全く不可能だが、悪くないと思うだろう」と言いたげだった。「お前、今、女と寝たいだろう、なあ?同志医師殿!」彼はおどけた顔をして、シテイシンスキーに尋ねた。

「寝たいとも。」シテイシンスキーは話を聞き終わらぬうちに、真面目に答えた。

「なぜ私はいつも彼を嫌っているのだろう?」ワーリャは、心地よい焚き火と、食べた粥と、ハルチェンコの親しげな話のおかげで、普段の柔和さと善良さが戻ってくるのを感じながら考えた。「本当は何もないのに、なぜあんなに腹を立てたのだろう?私が愚かだから、あの若者は一人寂しく座っている……私が彼のところへ行きさえすれば、全てはまたうまくいくだろうに……」

そこで彼女は突然、周りの人々がとても楽しげに酔い、自分も楽しくて酔っているかのような時に、心の中に怒りと不満を抱えて悩んでいることが、ひどく嫌になった。彼女はそれらを捨て去り、メチークに会いに行くことを決めた。しかもそこにはもはや屈辱も気まずさもなかった。

「私は何も、何もいらない。」彼女は急に生き生きとして考えた。「ただ彼が私を求めてくれさえすれば、ただ彼が私を愛してくれさえすれば、ただ彼が私のそばにいてくれさえすれば……いいえ、ただ彼がいつも私と歩き、私と話し、私と眠ってくれさえすれば、私は全てを彼に差し出す——彼はなんて美しくて、なんて若いのだろう……」

メチークとキーシュは少し離れたところで別の焚き火を焚いていた。彼らは怠けて炊事をせず、火で脂身を燻していたが、パンを食べるよりもむしろそちらに熱心で、全部食べ終わると、二人とも腹を空かせたまま座っていた。

メチークはフロローフの死とビガの逃亡以来、まだ立ち直っていなかった。彼は一日中、孤独と死についての遠く厳しい思いで編み上げられた霧の中に沈んでいるかのようだった。夜になるとこの霧の幕は落ちたが、彼は人に会いたくなく、全てを恐れていた。

ワーリャはやっとの思いで彼らの焚き火を見つけ出した。谷全体が、こうした焚き火と煙にかすむ歌声の中に生きていた。

「こんなところに隠れていたのね。」彼女は胸を高鳴らせながら、茂みから出てきて言った。「こんばんは……」

メチークはぎくりとして、よそよそしい、驚いた目でワーリャを見つめ、焚き火の方に顔を背けた。

「ああ!……」キーシュは嬉しそうに微笑んだ。「足りなかったのはあなただけですよ、どうぞお座りください、どうぞお座りください、お嬢さん……」彼は急いで外套を広げ、自分の隣に座る場所を示した。しかし彼女は彼の隣には座らなかった。彼の油断ならぬ性質、それは彼女がとうに感じ取っていたものだったが、それが何であるかは分からなかったものの——この時は特に不快に彼女を刺激した。

「あなたがどうしているか見に来たの、さもないとあなたは私たちのことを完全に忘れてしまうから。」彼女はメチークに向かって、彼のためだけに来たことを隠さず、歌うような声で言った。「ハルチェンコもあなたの健康はどうなのか、なぜ何の便りもくれないのかと聞いていたし、——私も何度も言おうと思っていたの……」

メチークは口を開かず、肩をすくめた。

「我々はもちろん元気ですよ——問題ありません!」キーシュは全てを自分に引き寄せ、満足げに大声で言った。「でもどうぞ少し座っていってください——何を遠慮なさるんですか?」

「いいえ、もう行くわ。」彼女は言った。「ここを通りかかったから……」彼女はメチークのために来たのに、彼は肩をすくめるだけだったので、突然腹が立った。彼女は続けて言った。「あなたたちまだ何も食べていないの?——お鍋がきれいなままだけど……」

「何でも食べられますよ?もう少しましな材料をくれればいいのに、あんな何だか分からないものを配給しやがって……」キーシュは不平そうに顔をしかめた。「でもどうか私の隣に座ってくださいよ!」絶望的な親しさで、彼はもう一度言い、彼女の手をつかんで自分の方へ引いた。「どうぞ座ってください!……」

彼女は彼の隣の外套の上に座った。

「我々の約束を覚えていますか?」キーシュは親しげに彼女の目を覗き込んだ。

「どんな約束?」——彼女は尋ね、おぼろげに何かを思い出して、はっとした。「ああ、やっぱり来なければよかった。」——と思い、すると胸の中で大きな不安なものが突然弾け飛んだ。

「何——何ですって?……待ってください……」キーシュは突然メチークの方に身をかがめた。「人前では秘密の話はできない。」彼は言い、メチークの肩を抱き、それからワーリャの方を向いて、「しかし……」

「何が秘密なの?……」彼女は偏った微笑みを浮かべて言い、突然目を伏せ、震える、思い通りにならない指で髪を整え始めた。

「お前、なぜアザラシみたいにぼんやり座っているんだ?」彼はメチークの耳元で低声で言った。「みんなとも約束済みだ——こういう女だ——二人でやるんだ、ここで彼女を……だがお前は……」

メチークは慌てて身を引き、ワーリャをちらりと見て、顔中を真っ赤にした。彼女の漂うような目つきから、まるで責めるように彼に言っているようだった。「ほら。こうなってしまったでしょう?」

「いいえ、いいえ、私は行くわ……いいえ、いいえ。」キーシュが彼女の方に向き直り、何か恥ずべき卑しいことを再び勧めようとした時、彼女は呟いた。「いいえ、いいえ、行くわ……」彼女は飛び上がり、頭を垂れ、小さく速い足取りで駆け出し、ついに暗闇の中に消えた。

「また逃がしたな……役立たず!……」キーシュは軽蔑的に、悪意を込めて言った。突然、原始的な力に突き動かされ、彼は跳ね起きた。まるで内なる何者かが彼を放り出したかのように、跳ぶようにワーリャの後を追って走り出した。

彼は二十歩ほどのところで彼女に追いつき、片手で彼女をしっかりと抱き、もう片手で胸を押さえ、茂みの中に引きずり込もうとした。

「おいで、おいで、可愛い子、おいで……」

「行って……放して……放して……叫ぶわよ!……」彼女は力尽きて懇願し、泣き出しそうだった。しかし助けを呼ぶ力は自分にはないと感じ、そもそも何のために、誰のために、今叫ぶ必要があるのだろうか?

「でも、可愛い子、そんなことしないで、そんなことしないで!……」キーシュは手で彼女の口を押さえ、自分自身の優しさに興奮しながら、なだめすかして言った。

「何のためだろう?悪魔だって知りはしない。」彼女は力なく思った。「しかしこれはキーシュ……そう、これはキーシュだ……彼はどこから来たのだろう……なぜ彼なのだろう?……ああ、もう全部同じではないか?……」そして彼女にとって、本当に全てが同じになった。

彼女は脚に馴染みのある温かい無力感を覚え、彼の優しい強制の下で、従順に地面に滑り落ちた。男の息の熱に顔を赤く染めながら。

【仮病患者】

将軍夫人マルファ・ペトローヴナ・ベーキナ、あるいは農民たちの呼び方によれば、いわゆるベーキン家の奥方は、十年来、類似療法(ホメオパシー)の医術を行っており、五月のある火曜日、自宅で患者を診察していた。彼女の前の机の上には、類似療法の薬箱、類似療法の便覧、そして類似療法薬の算盤が置かれていた。壁にかかっているのは金縁の額に入った一通の手紙で、それはペテルブルグのある同種療法家の筆跡であった。マルファ・ペトローヴナによれば、非常に有名で、まさに偉大な人物だという。さらに、神父アリスターフの肖像画もあった。神父は将軍夫人の恩人であり、有害な対症療法を否定し、彼女に真理を認識させた人物であった。客間では患者たちが待っていた。大半は農民であった。二、三人を除いて皆裸足だったが、これは将軍夫人が、悪臭を放つ長靴は外で脱ぐようにと命じていたからである。

マルファ・ペトローヴナはすでに十人の患者を診終え、十一番を呼んだ。「ガヴリーラ・クルーツティ!」

扉が開いたが、入ってきたのはガヴリーラ・クルーツティではなく、将軍夫人の隣人である、没落した地主サムフリシン——小柄な老人で、かすんだ目をした赤縁帽の男であった。彼は部屋の隅に杖を置き、将軍夫人のそばへ歩み寄ると、一言も発せず跪いた。

「どうなさったのですか!どうなさったのですか、クジマ・クジミチ!」将軍夫人は顔を真っ赤にして震えた。「罰当たりな!」

「生きている限り、立ち上がりません!」サムフリシンは彼女の手に接吻して言った。「全国民にご覧いただきたい、私があなたの前に跪いていることを。あなたこそ私の守り本尊、人類の大恩人!構いません!この慈悲深い天使、私に命を与え、正しい道を示し、疑い深い悪知恵を打ち砕いてくださった方、跪くだけでなく、火の中にだって飛び込みますとも。あなたは我々の奇跡の名医、寡婦孤児の母!私は全快しました!蘇りました!生き仏様!」

「私……とても嬉しゅうございます!……」将軍夫人は喜びで顔を赤くし、口ごもりながら言った。「このようなお話を伺えて、とても嬉しいことです……どうぞお座りください!先週の火曜日には、大変お悪かったのに!」

「ええ、重篤でした!思い出すだけでも恐ろしい!」サムフリシンは話しながら腰を下ろした。「全身リウマチの痛みでした。まる八年苦しみ、一時も安らぎがありませんでした……昼も夜も、私の恩人よ!カザンの大学教授たちに合同診察してもらい、泥浴を行い、鉱泉を飲み、ありとあらゆる方法を試しました!財産はそのために使い果たしました、奥様。この医者どもは私を悪化させるだけで、病を体の奥に追い込んだのです!追い込むのは上手でも、追い出すとなると——できないのです、彼らの学問はそこまで及ばない……金を取ることだけは好きな、この盗賊どもめ。人類の利益になど、ほとんど関心がない。あの処方箋を書けば、私はそれを飲み下さねばならない。一言で言えば、命を狙っているのです。あなたがいなければ、私の菩薩様、とうに墓の中でした!先週の火曜日にこちらから帰宅し、いただいたお薬を見て、こう思いました。『これが何の役に立つのだろう?やっと見えるほどの砂粒が、私の重い持病を治せるものか?』そう思って、あまり信じず、笑いさえしました。ところが一粒飲み下した途端、全ての病が一度にすっかり消えてしまったのです。妻は私をじっと見つめ、自分の目を疑いました。『あなたなの、コリャ?』——『そうだとも。』すると二人で聖像の前に跪き、私たちの恩人のために祈りました。主よ、私たちが彼女に望むものを、全てお与えください!」

サムフリシンは袖で目を拭い、椅子から立ち上がり、また跪こうとしたが、将軍夫人がそれを制し、再び座らせた。

「お礼はおっしゃらないでください。」彼女は興奮で顔を赤くしながら、アリスターフの肖像に目をやって言った。「いいえ、お礼は不要です!私はただ従順な道具に過ぎないのです……これは本当に奇跡です!八年来のリウマチが、たった一粒の瘰疬丸で根治するとは!」

第69節

「本当にありがとうございます、三粒もいただいて。一粒は昼に飲みましたら、すぐに効きました!もう一粒は夕方に、三粒目は翌日で、それからはすっかり跡形もなくなりました!どこもかしこも、少しの痛みもありません!私はもう死ぬものと思い、モスクワに手紙を書いて、息子を呼び戻そうとしていたのです!神様がこのような英知をあなたに授けてくださったのです、生き菩薩様!今の私は天国に昇ったようです……先週の火曜日にこちらに参った時には、まだ足を引きずっていたのに、今では兎のように跳ねられます……百年だって生きられましょう。ただ一つ困っていることがあります——極貧なのです。健康にはなりましたが、暮らしていくものがなければ、健康が何の役に立ちましょう。貧しさに追い詰められて、病よりも辛いのです……こんな例をお話ししましょう……今は燕麦を蒔く時期ですが、種がなくてどうやって蒔けましょう?買いに行くにも金が要ります……私にどうして金がありましょうか?」

「燕麦はお送りいたしますよ、クジマ・クジミチ……どうぞお座りになって!あなたにこんなにも大きな喜びをいただいて、こんなにも大きな満足をいただいて、お礼を申し上げるべきは私の方ですわ、あなたではありません!」

「あなたは我々の福の神です!慈悲深い神様は、よくもこのような善い方をこの世にお遣わしくださった!奥様、どうぞお喜びください、あなたのなさった善行をお喜びください!我々罪人には、自ら喜ぶべきことなど何もありません……我々は卑小で、けちで、役立たずの人間です……蟻のようなものです……我々は地主を自称してはおりますが、実質的には農民と同じ、いや、さらに悪いくらいです……確かに石造りの家に住んではおりますが、それはただの蜃気楼ですよ。屋根は破れ、雨が降れば漏るのですから……屋根板を買う金もないのです。」

「屋根板もお送りいたしますよ、クジマ・クジミチ。」

サムフリシンはさらに乳牛一頭と、専門学校に入れたいという娘のための紹介状をせしめ、将軍夫人の寛大さに感激のあまり、むせび泣き、口を歪め、ポケットの中にハンカチを探った……将軍夫人が見ると、ハンカチを引き出した瞬間、赤い紙片が一枚、音もなく床に落ちたようであった。

「一生涯忘れません……」彼はくどくどと言った。「子供たちにも、孫たちにも語り伝えます……代々……子供たちよ、この方こそ、私を生き返らせてくださった方だ、この方こそ、あの……」

将軍夫人は患者を送り出した後、涙に潤んだ目で、しばらく神父アリスターフの肖像を見つめた。それから親しげな、畏敬の眼差しを、薬箱、便覧、算盤、そして安楽椅子に注いだ——彼女が生き返らせた人が、つい今しがた座っていたこの椅子に。そしてついに、患者が落とした紙片に気づいた。将軍夫人は紙片を拾い上げ、その中に三粒の薬草の丸薬を発見した。先週の火曜日にサムフリシンに与えた丸薬と、寸分違わぬものであった。

「まさにあの……」彼女は驚き怪しみながら言った。「これもあの紙……彼は包みさえ開けなかったのだわ!では、彼は何を飲んだのだろう?おかしい……まさか私を騙しているのではないでしょうね。」

将軍夫人の心の中に、十年間の医療行為の間で初めて、疑念が生まれた……彼女は次の患者を呼び入れ、彼らの苦痛の訴えを聞いている時にも、以前は気に留めず聞き流していたことに気づいた。全ての患者が、まず彼女の神業のような療法を褒めたたえ、医術の学識を讃え、対症療法の医者どもを罵倒した。そして彼女が興奮で顔を赤くすると、おもむろに自分たちの困窮を述べ始めるのであった。この者は少しばかりの土地を、あの者は薪を欲しがり、三人目は彼女の森での狩猟の許可を求めた。彼女は、真理を啓示してくれた神父アリスターフの善良で広い顔を仰ぎ見たが、一つの新しい真理が彼女の心を蝕み始めていた。それは不快な、重苦しい真理であった。

人間とは狡猾なものである。

(一八八五年作)

【あれは彼女だ】

「何かお話を聞かせてくださいな!」若い令嬢たちが言った。

大佐は白い口髭をひねり、咳払いをして、口を開いた——

「これは一八四三年のことで、我が連隊はケンストホフの近くに駐屯していた。まず申し上げておかねばなりませんが、お嬢様方、この年の冬は尋常でなく寒く、歩哨が鼻を凍傷で失わない日はなく、吹雪が雪で道を埋め尽くさない日もなかった。厳寒は十月末から始まり、四月まで続きました。その頃の私は、お分かりいただけるでしょうが、今のような使い古しのパイプのようではなく、若い伊達男で、乳と血を混ぜ合わせたようで、一言で言えば美男子でした。孔雀のように着飾り、気前よく金を使い、口髭をひねり、この世にこれほどの士官候補生はいなかった。私はしばしば片目をウインクし、拍車を鳴らし、口髭をひねるだけで、どんな絶世の美女もたちまち従順な子羊になったものです。私は女に目がなく、蜘蛛が蠅を好むがごとくでした。お嬢様方、もし今、あの頃私にまとわりついたポーランド女やユダヤ女の数を数えようとなさるなら、数学の数字では足りないでしょう……さらに申し上げますと、私は副官で、マズルカの名手で、絶世の美女を娶り、ああ神よ、彼女の魂に安らぎを与えたまえ。私がどれほど向こう見ずで破天荒な人間であったか——皆さんには想像もつかないでしょう。田舎で恋の騒動があれば、誰かがユダヤ人の長い髪を引っ張れば、あるいはポーラ

第70節

しかし何も発見されなかった。コサックたちは内戦の長期にわたる試練を経て、赤軍の実力とソヴィエト政府の堅固さをよく理解しており、ウランゲルの冒険の成功を信じるはずもなかった。そのため彼らは極めて平静で、白軍の将軍を助けに行こうなどとは少しも考えなかった。もちろん、裕福なコサックたちは食糧税を歓迎せず、自由売買の禁止や貧農の限りない要求にも不満であったが——しかしこうした不満があっても、一九一八年のように強大なソヴィエト政府に反抗する勇気はもはやなかった。だが事態がこのようであっても、白軍の侵入はなお激しかった。そこで急いで敵軍を阻止し、対峙し、全力の一撃で殲滅しなければならなかった。

「追い払うのではない——殲滅するのだ。」当時トロツキーが命じた。クバンは直ちに必死の準備に取りかかり、この新たな重要任務を遂行しようとした。

八月末になると、敵はクバン地方の首都クラスノダール市からわずか四、五十キロメートルのところまで迫っていた。この時トロツキーがやって来た。迫りくる危機を排除するため、多くの新たな緊急策が決定された。後に最も重要となったあの策略も、これらの中に含まれていた。一隊の赤色別動隊が敵軍の後方に派遣されることになった。赤軍の小部隊が船でクバン川を下り、敵軍の背後を衝くのである。ウランゲルの司令部に到達するには百五十キロメートルを航行しなければならなかった。同志コフチューフが別動隊司令に任命され、皆は私を兵站部委員に推した。

我々の任務は、突然に、意表を突いて敵軍に一撃を与え、彼らが頭を上げられないようにし、恐怖を引き起こすこと——手短に言えば、大きな痛手を食らわせることであった。

計画は成功した。

クバンの内海に、三隻の船が停泊していた。「預言者イリヤ」「ガイダマク」「慈善家」である。いずれもひどいぼろ船で、古く、ぼろぼろだった。やっとのことで、一時間に七キロから八キロしか進めなかった。我々赤色別動隊は、これらの船と四隻の曳船に乗って、敵軍の後方に向かうのであった。

海岸の上では、終日異常な活動が繰り広げられていた。数時間のうちに兵士を編成し、武装させ、行軍の準備をしなければならなかった。さらに食糧を運搬し、あの老朽した——失礼ながら——船舶を修理する仕事もあった。オートバイが行き来し、騎馬兵が岸辺から市内へ駆け、我々の持つ二門の大砲も大きな音を立てて運び下ろされた。小麦、飼料、武器を積んだ荷車が騒々しく転がってきた。一隊の赤衛軍が到着し、率いるのは見知らぬ司令で、彼らはすぐさまずっしりと重い袋や箱をつかみ、肩に担ぎ、船に運び下ろし、冷蔵庫の暗い穴の中に消えていった。弾薬箱は常に二人で、さらに重いものは四人で運んだ。非常に慎重に持ち、非常に慎重に運び、非常に慎重に冷蔵庫に置いた——司令が叫んだのだ。「気をつけろ!弾薬を落とすな!」しかし大きなロシアパンを運ぶ時には、笑いと喜びに事欠かなかった。それはまるでボールのように、この者からあの者の手に投げ渡された。このパン渡しは競争にもなり、皆自分の手際と敏捷さを見せつけようとした。二十ポンドもある大きなパンが、何かを考えていて注意を怠っていた若者の頭にぶつかることもしばしばだったが、そのパンは、とうに嘲笑を含んでこの面白い光景を眺めていた隣の者がすかさず受け止めるのであった。

ある時、一人の男が跳板の上に立って欠伸をしたところ、誰かに帽子を水の中に叩き落とされ、見ていた者たちは大笑いした。「これは嵐だぞ、」と一人が言った。「服まで剥ぎ取られるぞ。」

「何をぼんやりしている、早く泳いで取りに行け、まだ間に合うぞ。」もう一人が言い、さらに三人目が機知を見せようとして、船を指さしながら言った。「試してみろ、船に乗って行けば、拾えるだろう。」この一件以来、我々の仲間は皆帽子を脱いだ。岸辺に立つ者は地面に放り投げ、他の者はポケットに入れるか、ベルトの下に挟むか、その他のどこかに隠した。

積み込みはまだ終わっていなかった。新しい部隊が到着した。陽気で面白い隊伍であった。彼らはすぐに散開し、人混みに紛れ込み、たちまち走り、引っ張り、罵り、笑い始めた。

工具を手にした工員たちが工場から駆けつけ、冗談を言い、赤衛軍と語らい、やはり船の腹の中に消えていった。岸辺のあちこちで行商の女たちが西瓜を売っていた。多汁で熟した西瓜であった。小柄な少年たちは、抜け目なく機敏で、騒ぎ立て、叫びながら、あちこち駆け回り、歌うような声で巻き煙草を売り歩いていた。暇な見物人、好奇心の強い野次馬が、岸辺に壁のように立ち、わけも分からず覗き込み、どこにでも鼻を突っ込み、愚かな質問を発し、懸命に聞き出そうとし、我々から何か情報を探ろうとした。見飽きると、市中に走って行き、最も常識外れな情報を吹聴し、しかもそれらの事柄の真実性を保証するのであった、あそこで自分が確かに「この目で見た」のだと。

言うまでもなく、ここにはスパイもいたが、彼らもこの堂々として明白な準備の秘密を見破ることはできなかった。——非常に堂々と、非常に明白、しかし非常に秘密であった。これらの船がどこへ行くのか、何者を乗せているのか、何のために出航するのか、全ての者にとって秘密であった。我々の司令も、責任を負う同志たちでさえ、完全には知らなかったのである。

我々は仕事の

第71節

岸の上を一人の娘が歩いていた。頭は薔薇色の布で包まれていた。彼女は船の方を見て、誰かを探しているようだった。

「おい、ドゥーニェ——グルーニェ、」とチュボートが叫んだ。「俺はここだぞ!まだ誰を探しているんだ?」

娘は笑いながら遠ざかっていった。

「俺たちの出発に、ハンカチの一振りもしてくれないのか?」彼は笑いながら、また叫んだ。

「あなたのことなんか見たくもないのよ。」シジョルトケンが反論した。

「あんたが嫌いなだけでしょ。」返事が来た。

「おい、お前こそ美人だなあ、この老いぼれ馬め。」

皆が笑い出した。

「ジェーニャ、聞けよ、」とコジュベンコが言った。「俺のアコーディオンを持ってくるから。何か歌ってくれるか?」

ジェーニャは承知の意を示し、コジュベンコはすでに箱や袋の間に消え、すぐに大きなアコーディオンを持って戻ってきた。彼はすぐさま木材の一節に腰を下ろし、調弦のために、例のごとくあちこちと数分間弾き、何やらよく分からない音を出した。

「さあ、何の調子を弾けばいい?」彼はいかにも物好きそうにジェーニャに尋ねた。その姿勢は、まさに疑問符のようであった。

「何でもいい……私は何でもいいよ。」

「それなら、『ステンカ・ラージンの歌』を歌おう。」

「一人じゃこの歌は歌わないよ、」とジェーニャは言った。「みんなで手伝ってくれなきゃ。」

「やるぞ、」とチュボートとダンチュクが同時に言った。

ジェーニャは歌い始めた。初めはとても低く、まるでまず試しに歌詞を合わせてみるかのようで、それからだんだんと高くなっていった……

彼は立ち上がり、川の流れに向き直った。彼の歌は、周りを取り囲む人々のためではなく、クバンの波のためであった。

アコーディオンの伴奏はうまくいかなかった。コジュベンコはまるで弾けなかったが、それは少しも問題ではなかった。ジェーニャが歌詞を歌い出すと、コジュベンコは彼の澄んだ響き渡る声に聞き入り、「伴奏」を始めようとした時には、もう遅かった。我々の若者たちが怒号のような声を揃え、歌詞の後半を合唱した。そのためコジュベンコの技芸は完全に効力を失った。貨船の人々が歌い手を取り囲み、皆が知っているあの一節を一緒に歌った。ジェーニャが歌い出した。

ヴォルガの大波の上を、

狭き山島の門を通り、

すると力強い声が轟いた。

極彩色に彩られた船の上を、

ステンカ・ラージンの兵どもが来たる。

この瞬間、船が揺れ動いた。何の音もなく、挨拶もなく、汽船は貨船を曳いて出発した。

船団は長い列をなし、まるで巨大な怪物のように、川に沿って進んでいった。この光景にはいくぶん荘厳なものがあったが、同時に恐ろしくもあった。一つの部隊が出発した——敵軍の後方へ向けて……

はっきり知る者は誰もいなかったが、これから何か重大で大きなことがあるのだということは、準備の様子から誰もがすでに感じ取り、理解していた。岸に停泊していた時に漂っていた汽船や曳船の中の無憂無慮な陽気さは、今や深遠な、緊張して落ち着いた沈思に場所を譲っていた。これは臆病でもなく、恐怖でもなく、おそらくはまさに到来しようとしている大事件に対する無意識的な精神の準備であろう。漂うような意味ありげな眼差しに、素早く神経質な挙動に、押し殺された稀な言葉に——全てにおいて、何か新しいものがあるのを感じた。それは船が岸に泊まっていた時には全くなかったものであった。この心情はただ増すばかりで、我々が進めば進むほどそれは強まり、次第に焦燥した期待の様相を呈してきた。

汽船の上では、曳船よりも多くのことが分かっており、皆が甲板に集まってきて、あちこちを指さし、敵は今どこにいるはずだ、あそこにはどんな沼地がある、大道や小路はどう通じている、と声高に議論していた。

クバン川は曲がり、緑の両岸の間を蛇行していた。我々はすでにコルネコフの墓を通り過ぎていた——岸辺のごく小さな土塚に過ぎなかった。しかしこれは誰もが知る歴史の名所であった!この岸にはかつて鮮血が満ちあふれていた。一片の土地も、激しい戦闘で奪い取ったものだった。一片の土地も、赤軍が貴い鮮血で購い、一歩一歩、将兵の命を捧げてきたのだった。

部隊は絶えず前進していた。

コサックの荒れ果てた村が、黒い影絵のように遠くに散在していた。林はどこにも見えなかった。どちらを見ても——田野、牧場、水。いくつかの場所には、非常に緑が濃く肥えた草が生い茂っていた。それ以外は全て葦が生えていた。しかしやがてそれさえも稀になってきた。日が暮れようとしていた。

八月の夜が次第に暗くなっていった。河岸はすでに見えなくなり、そこには水辺に奇妙な夜霧の綾模様があるだけだった。草も葦も、小さな茂みもなく——何も見えなくなった。船団はゆっくりと前進していた。先頭には小さな汽船がいて、曲がり、旋回し、まるで怒った主人の前の犬のようだった。その任務は、全てを聞き取り、全てを見張り、全てを知り、そして全てを予め報告することであった。特に肝要なのは、船員が十分に注意して、我々を機雷にぶつけないことであった。

この最初の夜には、まだ大きな危険の恐れはなかった。しかし朝までに、クラスノダールから七、八十キロメートル離れたコサックの村スラヴャンスキーに到着しなければならなかった。スラヴャンスキーは赤軍の支配下にあったので、そこまでの両岸も当然赤色であった。しかしこの最後の推測は、あるいは当てにならなかった。敵は全ての大道と間道を自分のチョッキのポケットのように熟知しており、しばしば我々の後方に回り込み、思いもよらぬ場所に出現するからであった。今しがた通過したばかりの岸で出くわすことも、あり得ないことではなかった。しかし平穏であった。船上では銃声も喧騒も聞こえなかった。ただ汽船の外輪が水を打つぴちゃぴちゃという音と、時折、落ち着かない隣の馬に押されて目を覚ました軍馬が、いなないく声が聞こえるだけであった。

甲板は人気がなくなった。人々は船室に入り、黙り込んでいた。誰も話す気になれなかった。うとうとしている者は衝突のたびに跳ね起き、座っている者は濡れた窓ガラスを凝視しながら、一本また一本と煙草を吸っていた。曳船の上も静まり返っていた。赤色戦士たちは袋や鞍に寄りかかり、あるいは互いにもたれ合って眠っていた。いびきをかき、寝言を言い、まるで誰がより大声で「記憶に残る」かを競い合っているようだった。目を閉じてこの比類なき合奏に耳を傾けるのも、なかなか面白く、奇妙なことであった。冷蔵庫の中からは、微かな呻きとうわ言が伝わってきた——しかしそれは甲板の上ではほとんど聞こえず、岸からは全く聞こえなかった。

我々の赤色船団は、ひたすら前進していた。

深い暗闇が地面から剥がれ、東方に曙光が現れた時、我々はスラヴャンスキーに到着した。以前この川には大きな鉄道橋が架かり、あのコサックの村まで通じていた。白軍は自分たちの立場がもはや絶望的で、何の役にも立たないと知ると、この橋を爆破した。橋体は水中に落ちたが、橋脚はまだ残っており、傾いた中央の柱と合わさって尖った角度をなしていた。我々の船はこの三角を通過しなければならなかった。これは容易なことではなかった。周囲の河水は非常に浅かったのだ。こうして我々の作業は夕方までかかった。全てを測量し、精密に計算し、考慮しなければならなかった。ロシアのことわざに、七度測って一度断て、という。我々もその教えに従い、一歩ごとに三度確認した。こうして出発の準備は全て整った。スラヴャンスキーでは援軍を得て、新たな戦士を加えることになっていた。今やほぼ千五百人になっていた。食料と弾薬を若干補充し、再び前進した。全部隊を三隊に分け、各隊にそれぞれ司令を立てた。我々の前途に何が待ち受けているか、夜間に何を期待しているかを、できる限り彼らに説明した。黄昏近く、我々はひそかに岸を離れた。コサックの村でも、我々の出発を知る者はいなかった。この村は兵士で包囲され、誰も出入りできないようにしてあった。しかしこの地でも秘密は守られた。

秘密が赤色別動隊の命を救ったのである。

スラヴャンスキーからウランゲルの司令部まで、さらに七十キロメートルを下航しなければならなかった。これで丸一夜かかった。我々の航海は、夜が明ける前に目的地に到着するよう計算されていた。夜霧に乗じて上陸し、全てが眠っている時に、突如として躍り出なければならなかったのだ。敵に奇襲を食らわせるのであり、我々は全く予想外に出現するのであった。

この最後の一夜は、遠征に参加した者たちにとって、おそらく生涯忘れ得ぬものであろう。スラヴャンスキーまでは、さほど恐れることはなかった。ここは我々の手中にある土地であり、たとえ岸に敵がいたとしても、偶発的なものに過ぎなかった。しかし、低湿な河岸に生い茂る葦や茂みの間には、至るところに敵軍の哨兵が出没していた。ここでは猛烈な襲撃に遭う可能性が十分にあった。したがって状況は格段に危険であり、最大限の警戒が必要であった。出航前、各隊の司令たちが河岸に集まり、急ぎ軍事会議を開いた。その名がダマン軍と切り離せない指揮官、同志コフチューフもその中にいた。コフチューフは一九一八年から一九年にかけて、言い尽くせぬ辛苦を嘗めたこの不幸な軍隊を、険しい山道を通って、敵軍の重囲から救い出した人物であった。クバン、とりわけダマンの人々は、特別な愛をもって司令エピファン・コフチューフを記憶していた。彼はコサックの村の貧農の息子で、内戦の際に、ごくわずかな持ち物さえも全て失った。彼の家は白軍に焼かれ、家財は略奪された。コフチューフは銃を手に取り、革命全体に身を投じた。彼はすでに多くの功績を立てていた。今回もまた然り。クバンは危機に瀕していた。敵の後方に渡り、自らの命を危険な事業と一つにし、無謀な、ほとんど狂気のような計画を実行する者が必要であった。誰がこの仕事をやり遂げられるか?誰を選ぶべきか?その役は、当然ながら同志コフチューフであった。頑健な体格で、やや小太りで、広い肩幅の彼は、生まれながらの司令であった。あの大きな赤い髭は、彼の思索を助ける以外に何の務めもないかのようであった。というのもコフチューフは考え事をする時、いつもあの髭をひねり、まるで顔から引き抜こうとしているかのようだったからである。決定的な瞬間には、彼の全身が一つの思考そのものとなった。彼はほとんど口をきかず、ただ命令し、指揮した。彼はまた、人民の記憶の中に、半ば童話的な、幻想的な人物として生き続ける運命を持つ人々の一人でもあった。彼の名はすでに最も荒唐無稽な物語と結びつけられ、赤色のダマン・コサックたちは、あらゆる大事件にそれを用いていた。

コフチューフは岸に立ち、無意識にあの大きな赤い髭をひねり、引っ張っていた。彼の傍には、最高の、そして最良の補佐官コヴァリョフが立っていた。切り傷のために、顔全体が歪み、顎は片方に曲がり、上唇は裂けていた。コヴァリョフがどれほどの戦闘と血みどろの白兵戦を、どれほどの長刀を握っての襲撃を経験したか、自分でも数えきれなかった。自分が何回負傷したかも覚えていなかった。おそらく十二回から十五回であろう。彼の全身に、砲弾の破片、銃弾、あるいは少なくとも土塊に「軽く触れられ」なかった箇所が一つでもあるかどうか、私には分からない。このような人間がどうやって生きていられるのか、全く不可解であった。痩身で、不健康な蒼白い顔に、柔らかな黒い髭をめぐらせ、彼は戦士の真の姿を示していた。とりわけ際立っていたのは、どんな計画でも、たとえ非常に危険でも、常にともに遂行しようとする覚悟、厳格な規律、人格の高潔さ、そして勇敢さであった。兵役の義務は既に全くなかったが、我々を助けて戦うことをやめられず、全くの自発的に我々と協力していたのである。後になって、戦闘中でも彼は相変わらず朗らかで、冷静沈着で、平素と変わらないのを私は見た。重大な事件はいつも同じ勇敢さで処理したが、後から報告する時には、まるで語る値打ちもない仕事であるかのようだった。コヴァリョフのように概して目立たないが真の英雄は、我々赤軍には少なくなかった。しかし彼らは皆非常に謙虚で、自分のことをほとんど語らず、脚光を浴びず、いつも後方に控えているのであった。

コヴァリョフの向かいには、砲兵隊長クレペク同志が立っていた。私が彼を本当に知ったのは、後に激戦の最中であった。我々別動隊全体の運命が彼個人の果断と勇気にかかっている時、我々の全局面の鍵が彼の手中にある時、彼はその本領を発揮した。あれほど断固たる意志、あれほどの熟練と落ち着きは、実に羨ましいものであった。その強靭さと堅固さは、人間というよりむしろ石のようであった。しかし見たところ、彼はまるで制服を着た山羊のようで、声まで山羊そのもの——か細く、甲高く、嗄れていた。

そこにはさらに二、三人の司令もいた。会議は長くはかからなかった。全ては一昨日のうちに考え抜かれ、決定されていたからである。

「コントラを呼べ。」コフチューフが命じた。

この名は人々の間で次々と呼び伝えられた。

穏やかに、しかし速やかにコントラが駆けてきた。

「ここにおります、何の御用でしょうか?」

この若者を見るだけで、気分が明るくなった。彼の目には英気が輝き、手は曲がった短刀の柄に置かれていた。白い毛皮帽が首筋まで滑り落ちそうだった。広く清潔な額、明るく聡明な瞳。

「聞け、コントラ、」とコフチューフが言った。「お前も知っているだろうが、我々がこれからやろうとしていることは非常に危険だ。見渡す限り、至るところに敵がいる。沼地に、小道に、葦や茂みの中に、至るところに敵の哨兵が潜んでいる。お前はこの辺りの地理に詳しいか?」

「私より詳しい者がいましょうか、」コントラは笑って言った。「この辺りは海まで全て沼地と野原です。私が知らない場所など一つもありません。あちこち全て歩き回りました……」

「ならばよし、」コフチューフは言った。「細かく考える暇はない。出航の準備はもう整った。二十四人の優秀な者を選び出し、彼らと共に……フィッ!」コフチューフは口笛を吹き、指でどこともつかない場所を指した。

「分かりました……」

「分かったのなら、多くを語る必要はない。将校の制服、銀のボタン、肩章を持って行け——出発だ。全てここで準備してある。行け!」コフチューフはすぐそばに立っていた一人の男に言った。その男はすぐに走り去り、たちまち小さな包みを持って戻ってきた。

「これを持って行け、」コフチューフは包みをコントラに渡して言った。「だが急げ。出発したら、これを着ろ。だがここではだめだ。良い部下を一人選び、十人をつけて左岸に行かせろ。あちらはそれほど危険ではない。お前自身は右岸だ。注意を怠るな、何も見逃すな。何か異変があれば、信号を発しろ。こちらの信号はお前も知っているな。川の近くにいろ。」

「了解しました。」

第72節

「ならば知っておけ、もし両岸を片づけられなければ、お前は戻ってくる必要など全くない……」

「はい、もう行ってよろしいでしょうか?……」

「ああ、行け、しっかりやれ……」

コントラは突然走り去った。来た時と同じように突然に。そしてさほどの時間もかからず、馬の準備を整えた。馬と人々はたちまち一塊になり、二隊に分かれ、全員が走り去った。人々が見たのは、コントラと二十五人の若者が駆け足で前進していく姿だけであった。

もう一隊は左岸に向かった。チュボートがその先頭にいるのが見えた。この巨人のような、力強い大柄なコサックは、自分の黒馬にまたがり、まるで一つの岩のようであった。その傍らにはジェーニャがいた。華奢で痩せた若者は、草の茎のように馬のたてがみに伏していた。兵士たちは皆、船上から遠ざかる仲間を見送っていた。沈黙して、誠実に。彼らは何も問わなかった。誰にも知らせてもらおうとは思わなかった。全ては明々白々、はっきりしていた。笑う者も、冗談を言う者もいなかった。

コントラは一キロ半ほど走ると馬を飛び降り、部下に言った。「制服はここにある、みんなで分けろ。ただし階級の取り合いはするなよ。」人々は包みを開け、中から白軍の勲章、肩章、ボタン、帽章、その他の付属品を取り出した。五分後には、もはや赤色コサックの面影は見られなくなっていた。コントラも変装し、将校になった。真面目だが、少々滑稽でもあった。特に彼が将校らしい威厳を見せようとした時には、皆が笑い出した。まるで駝鳥の羽をまとった鴉のようだったからだ。

黄昏はまだ暗夜にその座を譲っていなかったが、我々の哨兵が通るべき道はすでにほとんど見分けがつかなくなっていた。皆は再び馬に乗り、前進した……

「おい、皆の者、」コントラは言った。「煙草を吸うな、くしゃみをするな、咳をするな。ここにはお前たちなど全くいないかのように振る舞え。」

皆は静かに前進した。静まり返って、馬の蹄が湿った軟泥に沈み込み、また抜け出す音さえ、かすかにしか聞こえなかった。馬の脚はしばしば泥濘に嵌まり込み、引き抜いてやらなければならなかった。誰かがより良い道を探しに先行した。こうして一時間、二時間、三時間……一人の人間にも出会わなかった。死んだ夜であった。どこにも生命の音は聞こえなかった。葦の中も、谷間も、静寂であった。沼地の上には、向こう側が見えないほどの薄暗い霧が覆っていた。

だが待て!——遠くから物音が聞こえた。これまで聞いたことのない音で、まるで電話線の唸りのようであった。泉かもしれない、小川かもしれない……

コントラは立ち止まり、皆も彼に倣って止まった。コントラは音の聞こえてくる方に耳を向け、それから頭を地面に付けた。今度ははっきりと、それが人の声であることが分かった。

「用意!」静かな命令が下った。

皆の手が刀の柄を握り、ゆっくりと前進した……

六人の騎兵の輪郭がはっきりと見えた。彼らはまさにコントラの方に向かって走ってきていた。

「誰だ!」向こうから叱咤が飛んだ。

「止まれ!」コントラは叫んだ。「どこの部隊だ?」

「アレクシェフ軍団だ。」……「お前たちは?」

「ケサノヴィチの守備隊だ。」

騎兵たちが近づいてきて、コントラの肩章を見ると、うやうやしく部隊に敬礼した。

「哨戒か?」コントラは尋ねた。

「はい、哨戒です。」……「もっとも、特に決まりがあるわけでもない。夜中にこんなところに誰が来ますかね?」

「四方に人影もない、もう十五キロも走ってきたんだ。」

この瞬間、我々の一団は敵の部隊をぴったりと取り囲んだ……

さらに数句の問答があった。一、二キロ先にまだ哨兵がいることが分かった。しばしの沈黙。コントラの低い「やれ!」の一声で、長刀が閃いた……

五分後、戦闘は終わっていた。

そして皆は再び前進し、次の敵の哨兵も同じ結末を迎えた……

勇敢なコントラは、わずかな小部隊を率いただけで、六つの敵の哨所に遭遇し、一人たりとも逃がさなかった。

チュボートも二つの哨所に遭遇し、彼らの運命も同様であった。ただし二度目にはあやうく失敗するところだった。一人の負傷した白軍騎兵の馬が突然走り出し、危うく逃げられるところだった。やむを得ず、一発の弾丸を送った。

このチュボートの銃声は、船上の我々にも聞こえ、皆の警戒が高まった。前哨戦がすでに始まり、敵は全てを知ったのだと我々は思った。敵はきっと規律正しく行動するに違いない。皆は甲板に立ち、信号を待った。我々は絶えず待ち続けた、コントラかチュボートからの信号を——しかし来なかった。岸は墓場のように静かだった。何も聞こえなかった。夜明けまで一晩中、我々は甲板の上で目を覚ましていた。皆は葦がかすかに動いているように思い、皆は武器の音を聞いたように感じ、ある非常に神経質な同志は、大声の話し声さえ聞こえたと言った。河岸は近く、もう葦原と田野の区別がつくようになっていた。

「あそこに何かあると思う、」一人の男が岸辺一帯を凝視しながら、隣の者を指して口を開いた。

「何もない。たわ言を言うな。」

しかし彼も思わずそちらを凝視し、言った。「だが、待てよ……そうだ、そうだ……本当にそうらしい……」

「あれが銃剣が動いているように見えないか?」

「ああ、ああ、俺もそう思う……よく見てみろ——、だが、見ろ、こちらのは何だ——こちらにも、全部銃剣だ、あちらにも——こちらにも……」

「おい、あれは全部葦だよ……あんなにゆっくり動いているだろう!」

すると彼は岸から目をそらしたが、それもほんの一瞬のことだった。すぐにまた最初から始まった……銃剣……銃……兵士、武器の音、話し声。この一夜は恐ろしい陰鬱な不安に満ちていた。誰もが自分を抑え、落ち着こうとした。しかし誰も平静を見出せなかった。表面上の平静は、皆が保つことができた。顔色、言葉、挙動——これらは冷静で泰然としていた——しかし心臓は速く、強く打ち、頭も猛速で発射される思考で満ち、破裂しそうであった。皆はあらゆる可能な、いや、むしろあらゆる不可能な計画を考え始めた。もし葦の茂みから銃撃されたらどうするか、もし岸から大砲が砲弾を吐きかけてきたらどうするか——どう対処すればよいのか?……

多くのことが仮定され、多くの策が考え出された。しかしこのような状況では、救いの望みは全くないことは、誰にも分かっていた。小川の中で、重い船は回転することができない。さらに先に進めば、頭をいっそう罠の中に突っ込むだけだ。だが人間はどうすればよいのか?

これらについては皆の意見が一致していた。すなわち、速やかに上陸し、跳板を引き上げ、白兵戦を始めるべきだということだった……

しかし「白兵戦を始める」と言うのは容易い。上陸しようとした途端、敵は銃砲で我々を川に叩き込むだろう。我々の戦士たちが汽船と曳船にどれほどぎゅうぎゅうに詰め込まれ、団子状になっているか、岸からは丸見えなのだ。誰も眠っていなかった。スラヴャンスキーを離れてから、目を閉じることもできなかった。司令たちは今回の計画とその全ての危険と困難を、残らず彼らに説明していた。どうして眠れようか。このような夜に、眠ることは何よりも困難であった。このような夜には、目を見開いたまま、視線は無意識に闇の中を凝視し続けるのだ。船のあらゆる隅にぎっしりと詰め込まれ、低声で話し始めた。

「寒い……」

「拳を吹けば——温まるぞ。」

「吹ければいいが——なあ、もし誰かが岸で(喇叭を)吹き始めたら、本当に熱くなるぞ。」その兵士は岸の方に顔を向け、目で敵の方向を示した。

「近いのか?」

「鬼が知るか——……奴らが岸のあちこちを走り回っているという話だ。この葦の茂みに隠れているとも言われている——探しに行った者もいる。」

「で、誰が?」

「コントラが出て行った!」

「おお、それはいい、あいつは穴の一つ一つまで知っている!」

「うむ、あの若者はやり手だ!」

「よく知っている。戦場では聖ゲオルギー勲章を三つもらったんだ。」

「だが思うに——ここには誰もいない——静かすぎる!」

「奴らが吠えるわけないだろう——この間抜けめ!」

「だが撃つかもしれない——そうなったらおしまいだ!」

「いや——コントラからまだ何も聞いていないと思う!」

「どうやって聞けるんだ。飛行機だってまだ一機も飛んできていないのに。」

「それは本当だ。ああ、とにかく、なぜ飛行機がここに来ないんだろう。」

「なぜって——あれは雀のように飛び回っている。以前はいつも町に駐機していて、日の出前に飛び立つんだ。暗いうちは見えないさ、当然だろう。」

「ふむ、一体なぜ飛んでいるんだ。あの代物がどうやって飛ぶのか、俺にはさっぱり分からん。」

「それは俺にも分からん。おそらく下から蒸気を吸い上げるんだろう。」

「煙草は少し持っているか?」

「命令が出ている、喫煙禁止だ!」

「ああ、それはそうだが——こうして拳の中に隠せば、誰にも気づかれないだろう。」

たちまち三、四人の声が反対意見を述べ、彼に煙草を吸わせなかった。

「もうすぐ着くのか?」

「どこに?」

「ほら、上陸するはずの場所だよ!」

「上陸するべきなら、きっともう着いているさ!」

こうして一つの問いから別の問いへと移っていった。言葉と言葉が連なり——全く偶然に——全く無意識に。

船はひたすら前進していた。船団はほとんど音もなく移動していた。

夜が明けてきた。暗い霧が空中に収まっていった——最初の船が岸に着いた。他の船が一隻また一隻とそれに続き、岸辺の軟泥に乗り上げた。そこは至るところ、通り抜けられないほどの雑草と葦に覆われていた。

コサックの村まであとわずか二キロであった。河岸は非常に平坦で、我々の前には広い谷が開けており、兵士を整列させるのに最適であった。この辺りの地形に詳しい者の話では、全クバンを探しても、これ以上の上陸地点はないとのことだった。急いで跳板を架け、驚くべき速さで全員が上陸した。地面を踏んだ途端、我々は非常に楽に呼吸できた。もはや水上ではないからだ——各騎兵も狙撃兵も、ここでは自らの命を守ることができ、誰も犬死にすることはなくなった。大砲を引き上げ、馬を引き出し、司令たちが部隊を整列させると、神経過敏は消え去った。それに代わったのは、冷静で厳粛な決意であった。全てが非常に手際よく行われ、あまりの速さに不思議なほどだった。これほど急ぐとは。しかし我々の戦士たちは皆知っていた。このような状況では、迅速さとスピードは不可欠なのだと。騎馬の司令たちがコフチューフと私を取り囲んだ。途上で二、三の指示を与え、皆はそれぞれの部隊に戻り、全てが整った。襲撃の命令が下ると、騎兵は駆け足を始め、歩兵の隊列はゆっくりと前進した。

ジェーニャに与えられた任務は、コサックの村の通りを横切り、全てをつぶさに観察することであった。彼は鳥のように庭園と林、戸口も窓も全て閉じた家々、広場と教会を飛び越えた——村全体を横断し、「万事異常なし」という喜ばしい報告を持って帰ってきた。この不思議な「万事異常なし」の意味を説明するならば、死の洗礼を受けたこのコサックの村は、ぐっすりと眠っていたということだ。何の備えもなく、何も察知していなかった。数か所の街角に哨兵がうとうとしており、眠たげな目で疾駆するジェーニャを見て、前線からの伝令だと思ったようだった。住民も熟睡していた。ただ時折、腰の曲がったコサックの老婆が、桶を提げてつま先立ちで井戸へ向かうのが見えるだけだった。ジェーニャはまた、教会の横の広場に飛行機が一機、駐機しているのを見た。大きな家の柵の後ろには、オートバイ二台とサイドカー付きバイク一台も見えた。

彼はひどく疲れ、息を切らしながら全てを報告し終えると、我々は皆、誰にも気づかれずに村に到着したことを理解した。

全体の作戦は、全く不意を突き、予想外の打撃を敵軍に与えることだけを企図していた。襲撃は彼らを狼狽させなければならないが、同時に、対面しているのは強大な部隊の大勢力であり、優れた武器を持ち、強力な砲兵隊を伴っているという印象を敵に与えなければならなかった。そのため我々は伏兵、不意の小戦闘、襲撃も仕掛ける手はずであった。こうすれば、敵は四方を包囲され、絶望的な状況に陥ったと思うであろう。不意の打撃という印象が、この時決定的な役割を演じなければならなかった。

谷の突き当たり、コサックの村のすぐ手前に、まだ焼かれていない葦畑が数か所あった。ここはどうしても通れず、我々は少し回り道をするしかなかった。

上陸、準備、整列、コサックの村への前進に二時間を費やした。しかし敵は——眠りに眠り、一向に目を覚まさなかった。霧は次第に上がっていったが、川面の上にはまだ分厚い、見通せない幕が覆っていた。

川はここで曲がり、アチュイエフ市に向かって直進し、やがて海に注いでいた。

右岸には一本の軍道があり、村に通じていた。我々の部隊の一部がこの軍道を利用して、村の裏手に回った。この方面にはさらに、チュボートの率いる騎兵中隊を派遣した。その任務は、敵軍がアチュイエフ方面に退却しようとした場合にこれを阻止することであった。

部隊の各部の行動は次のように配置されていた。すなわち、各方面から、しかし同時に村に到達し、銃撃を開始するのである。我々の大砲も同時に行動を開始しなければならなかった。

村に駐屯する敵軍は、状況を見て、我々に対し強硬な抵抗を行うかもしれなかった。これは非常に恐ろしいことだった。彼らは優秀な戦闘能力を持っていたからだ。彼らの中で頼りにならないのは、捕虜にされた赤軍兵だけであった。村にはケサノヴィチ将軍の軍団の一部、アレクシェフ将軍の連隊、同将軍の予備大隊、クバン狙撃兵連隊があり、その中には二つの士官学校の学生が含まれていた。さらに村にはウランゲルの司令部とその全ての支隊、さらにさまざまな小司令部と白軍後方の官吏が駐屯していた。そして我々はまた、村人の敵対的な行動にも備えなければならなかった。このコサックの村は、我々と非常に仲が悪かったのだから。

第73節

朝の七時にもならぬうちに、部隊がコサックの村に迫った時、第一砲が轟いた。同時に耳をつんざく砲撃が始まった。大砲の雷鳴が機関銃の爆音と小銃の音に合わさり、耳を聾する合奏となった。兵士たちはまっしぐらに突進した。何が何やら分からない敵は完全に狼狽し、わずかな防御さえ布陣できなかった。我々に向けてのでたらめな射撃も、いささかの損害も与えなかった。赤軍の歩兵は絶えず前進し、ますます敵軍を圧迫し、通りを一本また一本と進んでいった。市の中央に到達して初めて、多少の防御を準備した敵に遭遇した。ここで我々の部隊を率いていたのはコヴァリョフであった。この一瞬に躊躇することがいかに危険か、彼にはよく分かっていた。彼は知っていた、敵の恐怖は消え去り得るのだと。そうなれば、敵を片づけるのは容易なことではなくなる。このような瞬間に成功を収めるには、確固として沈着な指揮官が必要であった。的確な処置で狼狽する人々を制し、素早く戦闘の意味を悟り、勝利の鍵がどこにあるかを掴む者が。恐怖が増大したのは、おそらく百人もの人間が命令を発し、それが非常に安易で、しかもしばしば完全に矛盾していたからであった。ある策は別の策と矛盾し、慌てるあまり、事態を困難にし紛糾させるだけの命令を出していた。我々の敵は、まさに何の計画もなく、あちらへ走りこちらへ走り、こう言いああ言い、こうしたりああしたりという状況に陥っていた。

しかしすでに組織化の兆候、計画的な防御の兆候が現れ始めていた。この肝要な機会を利用すべきであり、コヴァリョフは襲撃の命令を下した。彼は拳銃を握り、自ら左翼に留まり、右翼にはシジョルトケンが向かった。彼の目は大きく見開かれていた。あの曳船の上で歌った時と同じように。しかし今は特別な炎が燃え上がり、きらきらと輝いていた。額の全面に、眉毛まで横切って、深く厳粛な皺が一本刻まれていた。シジョルトケンの足取りはもともと重かった。まるで地面を踏み固め、確実に歩かねばならないかのように前進していた。彼の傍にいると特別な平静と安全を得たように安心で、彼と一緒である限り決して死なない、決して敗北しないと感じた。彼の命令は簡潔で的確、そして少し苛立っていた。

敵は庭園の前に陣を布こうとしていた。しかしまだ隊伍を整え切れず、この大群衆を力強く効果的に緊密な部隊に変える者をまだ見つけていないことが見て取れた。

速い、実に速い……新たな兵士たちが四方からこの人だかりに殺到していた。庭園や家屋から、馬小屋や小屋から飛び出し、人だかりはますます大きくなり、我々の目の前で膨れ上がっていった。すでに展開し、組織された部隊の様相を呈していた。もう一瞬で我々は鋼鉄の銃剣の壁にぶつかり、もう一瞬で鉄と火の雹が我々に降り注ぎ、小銃がぱちぱちと鳴り響き、我々の隊列は薄くなっていくだろう……

ウラー! 我々の隊列から咆哮が上がった。

銃を握りしめ、我々の戦士たちは敵の群れにまっしぐらに突撃した。向こう側はさらに混乱した。逃げられる方向に逃げようとする者、まだ発砲しようとする者がいたが——突然、大多数の者が立ち上がり、銃を投げ捨て、空に向かって手を高く挙げた……

降伏した。

この場所を片づけると、コヴァリョフはさらに前進した。しかし通りの向こうの端から、大規模な兵力が押し寄せてきた。しかもその殺到は非常に激しく、我々は全員引き返してようやくそれを阻止することができた。

戦闘のこの段階で、勇敢なるシジョルトケンが両脚を撃ち抜かれて倒れた。多くの死者。部隊全体を血なまぐさい白兵戦の結果として失いそうだったが——突如として街角から見覚えのある人影が現れた。コフチューフだ。彼は司令部とともに到着した。状況は一目瞭然だった。コフチューフは思い切って全兵力を新たな突撃に投入した。彼はすでにそこに「少し長く」留まるつもりはなく、抵抗する全てのものを粉砕するつもりであった。確かにこの部隊突撃は成功した。敵は通りから、庭園から、家屋から押し出された。敵は退却を始め、すでに通り数本を明け渡した。しかし村全体を一度に掌握することはできなかった。

午後に至り、敵は初めて反撃に出た。敵は優勢であった。彼らの兵力は我々よりはるかに多く、しかも我々は装備でも大砲でも劣っていた。敵はその午後、三度にわたって激しい攻撃に出たが、我々は毎回撃退した。損害は甚大であった。予備兵力は消耗し、砲弾も底を尽きかけていた。

この恐ろしい午後について語るなら、クレペクの大砲について語らねばならない。彼の砲は絶え間なく、大いなる力を振るって、正確に、うまく砲撃し、別動隊の頭上の全ての危険を払いのけた。それまでほとんど知られていなかったこの大砲の活躍は、今や皆の注目を集めた。射撃の合間に、人々はクレペクを互いに指さし合い、彼が一体何者なのかと聞いた。するとこの小柄で山羊のような声の、この人物が何者であるかを知ったのだ。

クレペクは非常に巧妙に、太い槲の木を利用した。砲台としてこれ以上のものはなかった。この樫は堅固で嵩高く、太い枝は四方に広がっていた。この頑丈な保護物から身を乗り出して、クレペクは落ち着いて射撃し、弾着点を観測した。彼の上を弾丸が飛び、破片が飛び散ったが、彼は身じろぎもしなかった。疲労、飢餓。大砲と砲弾以外、砂の雨と駆け回る人々以外、彼は何も見ず、何も構わなかった。

そして今、敵軍は攻撃に転じ、次第に我々の砲兵隊とクレペクの槲の木に迫ってきたが、彼はその位置を離れようとは少しも思わなかった。微動だにせず、持ち場を離れず、まるで小枝に根を張ったかのようだった。彼の命令はますます明瞭になった。目標を何度も変えるほど、ますます大声で命令を発した。砲のそばには疲れ果てて息を切らしている砲手たち。砲弾の伝達はますます速く、ますます急ぎ、迫りくる敵軍はますます苦しんだ。

草地の上、川のすぐそば、葦から遠くない、道が二つに分かれる場所に、機関銃が据えられていた。それと乗員の任務は、滅亡するか、さもなくば敵軍の攻撃を食い止めるかであった。

軍馬が川の方に顔を向けた。機関銃を操る我々の兵たちは小さな荷車にしゃがみ込み、熱に浮かされたように射撃していた。我々は彼らの後ろに立ち、後退してくる部隊を抑えていた。コジュベンコが見えた。彼はほとんど機関銃と一体化し、両手でしっかりと握り、発射し、点検し、全てが正常かどうかを確認していた。敵はもう見えるところまで来ており、絶え間なく押し寄せてきた。

狙撃兵よ、今や全ての希望はお前たちにかかっている。お前たちが仲間を支えてくれるなら——我々は持ちこたえる。しかしお前たちが敵軍を食い止められなければ、まずお前たち、そして我々全員が終わりだ!

敵の部隊は、今やいかに接近していたことか。彼らはすでに草地に押し入ってきていた——そしてこの瞬間に、——この決定的な、永遠に忘れ得ぬ瞬間に、我々別動隊全体の運命が一本の毛髪にかかっている瞬間に、我々の狙撃兵は信じ難い、全てを薙ぎ払う銃火を開始した。

一分……二分……

敵の隊列はまだ動いていた。しかし彼らの中に震えが見て取れるようになり、動きは遅くなり、今度は全員が地に伏した。起き上がろうとするたびに、阻み切れない一斉射撃に見舞われた。この本当に危機一髪の数分間——いや実際には数分間ではなく、数秒間であった。赤軍の隊列は踏みとどまり、士気が上がり、攻勢に転じた。この突然の転換は敵の意表を突いた。白軍の隊列は後退を始めた。我々の陣地は救われた。

そしてこの瞬間、敵軍のいる草地の上に、榴散弾が炸裂し始めた。

我々の赤色友軍のこの挨拶を目にした時の、戦士たちと指揮官たちの嵐のような喜びは、筆舌に尽くし難い。我々の友軍が助けに来てくれたのだ。距離はもうそう遠くなかった。彼らは我々を死なせまいとしていた。赤軍の兵士たちは喜びと勇気に満ち、退却する敵の追撃を始めた。追撃は夜まで、暗闇が全てを支配するまで続いた。

我々は全力を尽くして、来援部隊との連絡を試みたが、その試みは失敗した。我々と急ぎ駆けつけてきた部隊の間には、まだ敵軍の堅固な壁があったからだ。葦と沼地が、間道を通って友軍と合流することを妨げていた。敵軍はすでに村で一夜を過ごすことを決め、おびただしい輜重を海辺まで運ぼうとしていた。

しかし我々は夜間を利用して襲撃するつもりだった。

第74節

村の広場からさほど遠くない、教会の裏手で、チュボートは大きな庭園に自分の中隊を隠していた。彼は重大な任務を背負っており、たとえ形勢がどう変わろうと、やり遂げなければならなかった。戦士たちは草の上に座り、一言も発しなかった。軍馬は全てリンゴの木やニセアカシアの幹に繋がれ、大枝の上や柵の上には、至るところに見張りの赤軍兵士が立っていた。チュボートは庭園の中を走り回り、自分の戦士たちを巡閲し、木の上の見張りを監督していた。小川から並木道にかけて、我々の騎兵中隊が伏兵していた。来たるべき夜襲の報告は、各所に伝わっていた。

コフチューフと私は干し草の山の後ろに座り、追いついてきた司令たちと二言三言の打ち合わせをした。この時、船から食事の大皿が運ば���てきた。我々は飢えた狼のように汁物のほうへ殺到した。夜明け以来、煙草の煙以外、何一つ口に入れていなかったからだ。四方に立っていた戦士たちも、じりじりと近づいてきた。皿が磁石のように皆を引きつけた。ところが運の悪いことに、手元には汁杓子の一つもなかった。皆はたった二回しか、本当にほんのわずかなものしか得られなかった。一回目はあまり美味くなく、二回目は全員に行き渡るほどではなかった。しかしそれも構わなかった。我々は小刀やフォーク、木を彫って作ったばかりの小さな匙で鍋から汁をすくい、直接口に運んだ。さらにジャムが少し——煙草を少し——それで我々は皆、愉快で満足して嬉しかった。

真夜中に襲撃することが決定された。庭園に隠された騎兵中隊は、必要な時機に根拠地を離れ、不意の突撃でことを終わらせるのであった。

最も優れた者たちが選ばれ、敵陣の中央に侵入するために派遣された。真夜中の十二時に、一、二軒の小屋に火を放ち、爆弾をいくつか投げ込んで、大きな衝撃を与えるのだ。

火光と燃える干し草の煙が見えたら、直ちに全狙撃兵が射撃を開始し、全機関銃が火を噴き、狙撃兵はさらに「ウラー」と叫ばなければならない。ただし、敵情について確実な把握が得られるまでは、戦闘を開始してはならない。至るところに静寂が支配していた。我々のここにも、敵のあちらにも。このような夜には、襲撃があるとは思いもよらなかった。皆はまるで爪先立ちで歩いているかのようで、大声で話すことさえ恐れていた。皆が待っていた。

最初の火光が見えた。火の粉が敵の陣地の上を舞い、数軒の小屋が同時に燃え上がった。その時、炸裂する榴散弾の鈍重な音が聞こえ、その後の数秒間に起こったことは、言葉では描写できない。砲兵中隊が咆哮を上げ、機関銃がぱちぱちと音を立て、全てが恐ろしい耳を聾する轟音に混じり合った。

凍りつくような身の毛がよだつウラーが夜の静寂を打ち破り、我々の耳に突き刺さった。ウラー!ウラー!それは恐ろしい震動のように、村の通りと庭園に満ち溢れた。敵は耐えきれず、陣地を捨てて逃げ始めた。この瞬間、伏兵の騎兵中隊がなだれ出て、この芝居に幕を引いた。燃える小屋の火明かりの中で、彼らは鬼神のように見えた。鞘を払った長刀、泡を噴く軍馬、でたらめに走り回る人々……

敵も抵抗はしたが、混乱していて組織がなかった。発砲したが、敵の姿が見えない——ひとまず止めよう、しかしいつ、どこで止めればよいか分からない。これも長くは続かず、コサックの村は我々のものとなった。敵は野原と沼地に四散し、朝になってようやく兵を集めたが、もはや村の方には向かおうとせず、ひたすら海の方へ進んだ。

真夜中、戦闘後、我々の哨兵が村に入ったが、全部隊は朝まで待機した。我々が村に進軍した時、また以前と同じもてなしを受けた。庭園や家屋から銃声が飛んできた。彼らは歓迎してくれたわけではなかった。朝になると、我々は再び新たな戦利品を集め、装甲オートバイ、機関銃、大砲、その他多くのものを戦勝の記念として船に積み込んだ。

この時、赤軍の旅団が村に到着した。彼らが我々の仕事を引き継ぎ、敵の追撃に向かうことになった。赤色別動隊の任務は完了した——赤色別動隊は帰還できるのだ。

意気揚々と、我々は皆、歌と笑いとともに船に乗り込み、故郷へと帰途についた。誰もが、偉大で重要な事件の遂行に参加したのだと感じていた。誰の中にも、深遠なる劇的な要素が生きており、自分自身がその劇中の登場人物であったのだと。船が岸を離れた。朗々とした歌声が葦の静寂を打ち破った。我々はクバン川を遡り、昨日と同じ場所を通過した——しかしあの時は氷のような静寂の中、剽悍な決意の中にあった——今は喜びと興趣に満ちていた。あの時は、岸に何が待ち受けているか誰も知らなかった。あの時は、自分が生きて帰れるか誰も知らなかった。

しかし結果は偉大であった。帰途において、我々の戦士の損失はわずか一、二ダース——しかし当然ながら最も優れた同志たちであった。

「慈善家」号の甲板の上で、蒼白で柔和なダンチュクが、撃ち抜かれ挫傷した腕を担架に横たわり、非常に低い声で呻いていた。高く親しみのある墓の中、葦のすぐそばで、鋼鉄のような指揮官レオンチー・シジョルトケンが永遠の眠りについていた……

皆が亡くなった同志のことを思い出すと、船は沈黙に支配され、まるで重い思いが全ての生き生きとした言葉を押し潰したかのようであった。

しかし悲しみはやがて高らかな歌と笑いに場所を譲った。再び面白い歌、再び愉快な気分。まるでこの一日と一夜に何事もなかったかのように。

【父親】

M・ショーロホフ

太陽がコサックの村のほとりの灰緑色の茂みの向こうで、弱々しく瞬いていた。村からほど近くに渡し船があり、私はこれに乗ってドン河の対岸に渡らなければならなかった。私は湿った砂の上を歩き、そこからは腐敗した匂い、まるで水浸しの朽木のような匂いが立ち昇った。道はまるで入り乱れた兎の足跡のように、茂みを抜けてうねっていた。膨張して真っ赤な太陽は、すでに村の向こうの墓地に沈んでいた。私の後ろでは、枯れた雑木の間を、茫漠たる黄昏が緩やかに歩んでいた。

渡し船は岸辺に繋がれ、淡い紫の水がその下から覗いていた。櫓が軽く跳ね動き、片側に旋回し、櫓受けも軋んで鳴った。

船頭は汲水杓で苔の生えた船底をこすり、水を外に跳ね出していた。彼は顔を上げ、黄色みを帯びた、斜めの目で私をじっと見て、不機嫌そうに、まるで叱るかのように尋ねた。

「渡るのかね?すぐに出す、今から纜を解くから。」

「二人だけで出せるのか?」

「仕方がない。すぐ夜になる。他に誰か来るかどうか知れたものではない。」彼はズボンの裾を捲り上げ、もう一度私を見て言った。

「見たところ、よそ者だな、この辺りの者じゃない。どこから来たんだ?」

「兵営から帰るところだ。」

男は帽子を小舟の中に置き、頭を振って、コーカサスの銀のような黒い髪をかき分け、私に目配せして、虫歯の見える歯を剥き出した。

「休暇を取ったのか、それとも、まあそういうことで、——こっそり抜け出したのか?」

「除隊したんだ。任期が満了した。」

「ほう……ほう。では暇になったわけだ……」

我々は櫓を漕ぎ始めた。だがドン河はまるでふざけているかのように、我々を岸辺に浸った森の若木の中へ押し流し続けた。水が壊れやすい竜骨にぶつかり、はっきりとした音を立てた。青い血管の浮き出た船頭の赤い裸足は、まるで束ねた太い筋肉のようだった。寒さで青ざめた足の裏が、滑りやすい斜めの梁にしっかりと踏ん張り、腕は長く逞しく、指の関節は全て太く盛り上がっていた。彼は痩せて肩が狭く、腰を曲げ、忍耐強く櫓を漕いでいたが、櫓は巧みに波頭を切り裂き、深く水に��んでいった。

私はこの男の均一で妨げのない呼吸を聞いた。彼の羊毛のシャツからは、汗と煙草、そして水の淡泊な匂いが鼻をつくように立ち昇っていた。彼は突然櫓を下ろし、振り返って私に言った。

「どうやら入れなくなりそうだ、この木立の中で押し潰されてしまう。まずいな!」

激浪に打たれ、船は険しい岩に衝突した。船は船尾を懸命に振り、傾いたまま森の中へ進んでいった。

三十分後、我々は浸水した森の木々の間にしっかりと挟まってしまった。櫓も折れた。櫓受けの上で、挫折した断片が揺れ動いていた。船底の穴から水が滔々と船内に流れ込んできた。我々は木の上で一夜を過ごすしかなかった。船頭は脚で枝に絡みつき、私の隣にうずくまった。彼はパイプを吸いながら話をし、我々の頭上の糊のような薄暗がりを破って飛ぶ野雁の羽ばたきの音に耳を傾けていた。

「うむ、うむ、お前さんは家に帰るところか。母親はとうに家で待っているだろう、分かっている。息子が帰ってきた、養い手が帰ってきたと。年老いた心が温まるだろう。そうだ……しかしお前さんも知っているだろう、母親は昼間はお前のことを心配し、夜は酸っぱい辛い涙を流している、それでもまるで何でもないかのようだ……母親たちは皆そうだ、愛する息子のためなら皆そうだ……お前たちが自分で子供を産み、育てなければ、親の辛い心など永遠に分かるまい。だが父親であれ母親であれ、子供たちのためにどれほど苦しまねばならぬことか!

こういうこともある——魚をさばく時に、女房が苦い胆嚢を破ってしまう。すると魚の汁は苦くて飲めたものではない。俺もまさにそうだ。生きてはいるが、いつもあの大きな苦さを味わわねばならない。耐えている、辛抱している、だが時々こう思う。『人生よ、人生よ、一体いつになったらお前のこの最悪の人生は終わりを告げるのだ?』

お前さんは地元の者ではない、よそ者だ。教えてくれ、俺は首に縄を掛けた方がいいのではないか。

俺には一人の娘がいる。名はナターシャ。十六歳だ。十六歳。彼女が俺に言うのだ。『お父さん、お父さんと同じ食卓で食べたくないの。お父さんの両手を見ると、』と彼女は言う、『その手で兄さんを殺したことを思い出して、体中が魂を失ったようになるの。』

しかしこれは全て誰のためなのか、あの愚か者は分かっていない。まさに彼らのためだ、子供たちのためなのだ。

俺はとっくに結婚していた。神様が授けてくださったのは、兎のようによく子を産む女房だった。彼女は立て続けに八人の食い扶持を産み落とし、九人目で彼女自身も終わった。産むのは無事だったが、五日目に産褥熱で死んだ。俺は一人になった。子供たちのことだが、神様は一人も召し上げてくれなかった、あれほど懇願したのに……長男はイワンといった。俺に似ていた。黒い髪に、整った顔立ち。立派なコサックで、仕事も真面目だった。もう一人の息子はイワンより四つ年下だった。母親似だった。小柄だが太鼓腹。薄い金髪で、ほとんど白く、目は灰青色。ダニーロといい、俺の最も愛する子だった。残りの七人は、一番上が娘で、あとは皆虫けらのようなものだ……

俺はイワンにこの村で嫁をもらい、彼もすぐに小さな子を一人もうけた。ダニーロにも、釣り合いの取れた相手を探していたが、不穏な時代がやって来た。我々のコサックの村では、皆がソヴィエト権力に対して蜂起した。その時イワンが俺のところに飛んできた。『父さん、』と彼は言った。『一緒に行こう、赤軍に行こう!キリストの名にかけて頼む!赤軍を助けなければ、あれは正しい力なのだから。』

ダニーロも俺を説得しようとした。長いこと、彼らは懇願し、道理を説いた。しかし俺は言った。『お前たちを強制する気はない。行きたいところへ行け。だが俺は、俺はここに残る。お前たち以外に、まだ七つの口があるのだ、しかもどの口にも食わせなければならん。』

彼らは家を出て行った。村では皆が武装した。誰もが、持っているものを何でも使った。しかし俺も引っ張り出された。前線に行け!と。俺は集会で皆に言った。

『村の者たちよ、おじさんたちよ、知っての通り、俺は一家の主人だ。家には七人の子供が寝台の上にいる。——俺が死んだら、誰が子供たちの面倒を見るのだ?』

言うべきことは全て言った。しかし無駄だった。誰も聞いてくれず、俺を引っ張って前線に送られた。

陣地は我々の村からさほど遠くなかった。

ある日、ちょうど復活祭の前日、九人の捕虜が我々のところに連行されてきた。その中にダニールシカ、俺の最愛の息子がいた。彼らは市場を通り、将校のところへ連れて行かれた。コサックたちがあちこちの家から飛び出してきた。一大事だ、主よ憐れみたまえ。

『あいつらは必ず殺さなければならん、この弱虫どもめ。尋問の後で連れ戻されたら、構うものか、まずこいつらをひと冷やしにしてやる!』

俺は立っていた。膝が震えていたが、自分の息子ダニーロのことで胸が高鳴っているのを人に悟られまいとした。コサックたちが互いに耳打ちし、顎で俺を指しているのが見えた。すると騎兵曹長のアリョクシャが俺の方へ駆けてきた。『どうだ、ミチシャラ、共産党を片づける時、お前も立ち会うか?』

『もちろんだ、この匪賊どもめ!』と俺は言った。

『よし、ならば銃を持って、ここに、この入り口に立て。』

それから彼はこう俺をじっと見た。『お前のことは見張っているぞ、ミチシャラ、気をつけろよ、友よ、——お前は堪えきれないかもしれんからな。』

俺は門の前に立った。頭の中ではこんなことがぐるぐる回っていた。『聖母よ、聖マリアよ、本当に自分の息子を殺さねばならぬのか?』

執務室が次第に騒がしくなった。捕虜たちが連れ出された。ダニーロが最初だった。彼を見た途端、恐怖で全身が凍りついた。頭は樽のように腫れ上がり、皮膚は裂けていた。凝固した鮮血が顔から溢れ出ていた。髪の毛には分厚い毛糸の手袋がくっついていた。打った後で、それを傷口に当てたのだ。手袋は血を吸い込んで乾き、髪にくっついたままだった。村に連行される途中で打ちのめされたに違いない。俺のダニーロはよろめきながら廊下を出てきた。俺を見ると、両手を広げた。笑顔を作ろうとしたが、目はすでに灰色に窪み、片方は凝血で完全に塞がれていた。

これは分かっていた。俺も一発くらわせなければ、村人たちが直ちに俺を��すだろう。あの子供たちは孤児となり、たった一人で神の広い世界に取り残されることになる。

ダニーロが俺の立っている場所に来ると、彼は言った。『お父さん——お父ちゃん、さようなら。』涙が頬を伝い、血の汚れを洗い流した。そして俺は、俺は……腕が持ち上がらなかった。非常に重い。丸太のようだった。着剣した銃が俺の腕の上にどっしりと横たわり、さらに急き立て、俺は銃床で我が子に一発くらわせた……ここに打った……耳の上のここに……彼は叫んだ。うわあ——うわあ——、両手で顔を覆い、倒れた。

俺のコサックの仲間たちは大声で笑い、言った。『打て、ミチシャラ、打て、お前のダニーロに、悲しんでいるようだな、打て、さもなくばお前の血を流すぞ。』

第75節

将校が大門のところに出てきた。表面上は皆を叱りつけている様子だったが、目は笑ってい��。

するとコサックたちは皆、捕虜の方へ駆け寄り、銃剣でやり始めた。俺の目の前が真っ暗になり、俺は走り出した。ただ走った、通りに沿って。だがあの時まだ見えた。奴らが俺のダニーロを蹴り転がしているのが。騎兵曹長が刀の先を彼の喉に突き刺した。ダニーロはただ声を出していた。かっかっ……」

水の圧力で船板がガタガタと鳴り、榛の木も我々の下で長い呻きを発していた。

ミチシャラは足で水に押し上げられてくる竜骨を引っ掛け、パイプから燃え殻の灰を叩き落としながら言った。

「船が沈みそうだ。明日の昼までこの木の上にいなきゃならん。ついていない!」

彼は長い間黙っていた。やがてまた、あの低い、鈍い声で話し始めた。

「この件で、俺は上級憲兵隊に送られた。——もう多くの水がドン河に流れ込んだが、夜になると今でも何か聞こえる���誰かが喘いでいるような、息が詰まるような、首を絞められているような音が。あの時俺が走り去った時に聞いた、あのダニーロの喘ぎのような音が。

こうして俺を苦しめるのだ、俺の良心が。」

「我々は赤軍と対陣し、春まで持ちこたえた。するとセクレティフ将軍が加わり、我々は彼らをドン河のはるか向こう、サラトフ県まで追い払った。

俺は一家の主人だったが、兵役は容易ではな���った。二人の息子が赤軍にいたからだ。

我々はバラショフの町に着いた。長男イワンのことは何も聞かず、何も知らなかった。だがコサックたちの間に突然噂が立った——一体どこから広まったものか鬼が知るが——イワンはすでに赤軍から捕虜となり、第三十六コサック中隊に送られたという。

俺の村の者たちが騒ぎ��てた。『ワーニカを捕まえに行こう、あいつは俺たちの手で片づけるのだ。』

ある村に着くと、見ろ、第三十六中隊がまさにここに駐屯していた。彼らはすぐさま俺のワーニカを捕まえ、縛り上げ、執務室に引きずっていった。そこでさんざん殴ったうえで、俺にこう言った。

『こいつを連隊本部へ護送しろ!』

この村から本部までは十二ヴェルスタだった。我々の百人隊の隊長が護送票を渡しながら言った——だが彼は俺の方を見なかった。

『票はここだ、ミチシ���ラ。この若者を本部へ送れ。お前と一緒なら安心だ。父親の手からは逃げまい。』

この時、俺は神のお導きを得た。奴らの狙いが何か、俺には分かった。俺に護送させるのは、俺が逃がすだろうと見込んでいるからだ。それから奴らはまた彼を捕まえ、彼と俺を一緒に始末するつ���りだった。

俺はイワンが閉じ込められている部屋に入り、衛兵に言った。

『この捕虜を引き渡してくれ、本部へ連行しなければならん。』

『連れて行け、』と彼らは言った。『俺たちは構わん。』

イワンは外套を肩にかけた。帽子を手の中で二、三度回し、また長椅子の上に放り投げた。

我々は村を後にした。道は丘の上へ登っていた。俺は黙っていた。彼も黙っていた。俺は何度も振り返り、誰か監視している者がいないか確かめた。こうして大体半分くらいの道のりを歩いた。小さな礼拝堂の前に来た。後ろには誰の姿も��えなかった。ワーニェが俺の方に顔を向けた。言った、彼の声はとても悲しかった。『お父さん。——本部に着いたら、俺の命はないんだ。お父さんは俺を死に連れて行くんだ。お父さんの良心はまだ眠っているのか?』

『いいや、ワーニェ、』と俺は言った。『俺の��心は眠っていない。』

『だが俺に少しの同情もないのか?』

『お前のことは本当に辛い、子よ。愁いのあまり、俺の心は砕けそうだ。』

『俺のことが辛いなら、逃がしてくれ。考えてくれ、俺はまだこの世にそう長く生きていないんだ。』

彼は跪いた。俺の前で三度額を地に打った。俺は彼に言った。『丘の上まで行こう、子よ。そうしたら、お前は走れ。俺は空砲を何発か撃って見せかける。』

分かるだろう、もう一人前の男だ、口から甘い言葉は出てこない。だが今、彼は俺の首に抱きつき、俺の両手に接吻した……

我々はさらに二ヴェルスタ歩いた。彼は黙っていた。俺も黙っていた。丘の上に着いた。イワンは立ち止まった。

『それじゃ、お父さん、さようなら。もし二人とも生き延びたら、一生お父さんの面倒を見るよ。俺の口から粗い言葉を聞くことは一度もないだろう。』

彼は俺を抱きしめた。その時、俺の心は裂けそうだった。

『行け、子よ、』と俺は彼に言った。彼は丘を駆け下りた。何度も振り返り、俺に手振りをした。俺は十二丈ほど走らせた。それから肩から銃を下ろし、片膝をつき、腕が震えないようにして、引き金を引いた……背中のど真ん中に命中した。」

ミチシャラはゆっく���と袋から煙草入れを取り出し、火打石で注意深く火を打ち、ゆっくりとパイプに火をつけ、吸い始めた。空いた方の手には、微かに光る火口を持っていた。彼の顔の筋肉がぴくぴくと動いた。腫れた瞼の下で、頑なに、冷淡に、斜めの目が光っていた。

「だが……あいつは一度跳ね上がり、必死にもう一丈ほど走った。それから両手で腹を押さえ、俺の方に体を向けた。『お父さん……どうして?……』倒れ、足をばたつかせた。俺は駆け寄り、覆いかぶさった。目を見開いている。唇に血の泡が吹いている。もう終わりだ、死ぬのだと思った。だがもう一度起き上がった。突然、言った——俺の手のほうを撫でながら。『お父さん、俺には子供と女房がいるんだ……』頭が横に傾いた。指で傷口を押さえようとした。だがそこは……鮮血が指の間から溢れ出すばかりだった……彼は呻いた。仰向けに倒れ、厳しく俺を凝視した。もう舌が利かなかった。まだ何か言おうとした。だが出てきたのは、『お父……さん、お父……さん……』だけだった。俺の両目から涙が溢れ出し、彼に言った。『ワニューシャ、俺のために苦難の冠を被ってくれ��確かにお前には女房と子���がいる。だが俺には七人が寝台の上にいるのだ。お前を逃がしたら、コサックどもが俺を始末し、あの子供たちは皆乞食になるしかない。』

彼はまだしばらく横たわり、やがて事切れた。彼の手は俺の手を握っていた。俺は彼の外套と長靴を脱がせ、顔に布をかけ、村に戻った……」

さあ判断してくれ、よき人よ。俺は子供たちのためにこれほどの苦しみを受け、白髪を稼いだのだ……彼らのために働き、パンの一切れにも不自由させまいとした。昼も夜も休みなく……だが彼らは俺の娘ナターシャのように言うのだ。『お父さん、お父さんと同じ食卓につきたくないの……』これが堪えられるものだろうか?」

船頭のミチシャラはうなだれた。まだ重い、動かない眼差しで俺を見つめていた。彼の背後に夜明けが現れ始めた。微かで茫漠としていた。右岸から、白楊の暗い茂みの中から、野鴨の乱れた鳴き声に混じって、寒さで嗄れた、眠たげな声が聞こえてきた���

「ミチシャラ!老いぼれめ!船を出せ!……」

【第十一章】

起こったことは、乞乞科夫(チチコフ)の全く予想外のことであった。まず、予定よりもずっと遅く目が覚めた——これが第一の不愉快。起き上がるとすぐ人をやって、馬車の用意はできたか、馬は繋いだか、旅の支度は全て整ったかと尋ねさせたが、苛立たしいことに、馬はまだ繋いでおらず、旅の支度も一切できていないことが分かった——これが第二の不愉快。彼は腹を立て、我らが友セリファンに思い切り拳骨��食らわせてやろうと、焦りながら待ち、どんな詫び言を聞かされようと構わなかった。セリファンもすぐに戸口に現れたが、この時主人は、旅を急ぐ者なら誰でも召使いから聞かされるあの一くさりを頂戴しなければならなかった。

「ただ、馬の蹄鉄をまず打ち直さなければなりません、パーヴェル・イワノヴィチ!」

「ああ、この下司め!この間抜けめ!なぜもっと早く言わんのだ?暇がなかったのか?」

「ええ、はい、暇はもちろんありましたが……それに車輪も駄目です、パーヴェル・イワノヴィチ……新しいたがに替えなければ。道にはあんなに凸凹や穴があって、ひどいもので……ああ、もう一つ忘れていました。車台が折れて、ぐらぐらしていて、二宿場ももたないかもしれません。」

「この悪党め!」チチコフは叫び、両手を打ち鳴らし、セリファンに詰め寄った。主人に殴られるかと恐れたセリファンは数歩後ずさりした。

「俺を殺す気か?謀殺する気か?追いはぎのように街道で殺す気か?この豚め、この海の化け物め!三週間も、俺たちはここで微動だにしていないのだ!この役立たずめが、一言でも言えばいいものを!何もかも最後の最後まで引き延ばしやがって!さあ、もう馬車に乗って出発するという時に、こんな真似をしやがるとは!何だ……お前は前から知っていたんだろう?知らなかったのか?どうなんだ?言え?え?」

「もちろん!」セリファンは答え、頭を下げた。

「ならば、なぜ言わなかったのだ?なぜだ?」この問いに答えはなかった。セリファンはただ頭を下げたまま立っていた。まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。「こんなことになってしまったな。前から知っていたのに、言わなかったのだ!」

「ならばすぐに鍛冶屋のところへ走って行け。呼んでこい。二時間以内に全て仕上げるのだ、分かったか?遅くとも二時間!もし仕上がらなかったら——お前を結び目のように縛り上げてやるぞ!」我らが主人公は非常に激怒していた。

セリファンはもう行こうとしていた。主人の命令を実行するために。だがまた考え直して立ち止まり、言った。「ご主人様、あのまだら馬は、やはり売った方がよいかと、本当に、パーヴェル・イワノヴィチ、あれは本当に悪い奴でして……天に誓って、あんなひどい馬は、旅の邪魔になるだけです!」

「おお?俺が市場に走って行って、売ってくればいいとでも?」

「天に誓って、パーヴェル・イワノヴィチ。見かけは力がありそうですが、実は頼りにならないのです。あんな馬は、本当にどこにもいません……」

「馬鹿者め!売りたい時には売るさ。まだここでぐだぐだ言いおって!聞け。もし直ちに鍛冶���を一人か二人連れてこなければ、二時間以内に全てを片づけなければ、鼻面を一発殴って目が回るようにしてやるぞ!走れ、早く!走れ!」セリファンは部屋を出て行った。

第76節

チチコフの気分は極めて悪く、腹立たしげに長刀を床に投げつけた。これは彼がいつも身につけ、人々を脅し、威厳を保つために使っていたものであった。鍛冶屋たちと十五分以上も値段の交渉をしなければならなかった。彼らは例によって狡猾な泥棒で、チチコフが急いでいると見るや、六倍もの値を吹っかけたのだ。彼は怒り狂い、泥棒め、強盗め、追いはぎめと罵ったが、彼らは少しも恐れなかった。最後の審判を持ち出して脅したが、鍛冶屋の連中には何の効果もなかった。彼らは頑として一文も引かず、約束の二時間どころか、まる五時間半もかかって、ようやく馬車を修理した。この間、チチコフは旅人なら誰でも味わう素晴らしい時間を過ごすしかなかった。荷物はまとめ終え、部屋には縄の切れ端やら紙くずやら雑多なゴミしか残っていない。人はまだ馬車に乗っていないが、部屋にじっとしていることもできず、ついには窓辺に立って、下の通りを行き来する人々を眺める。彼らは金の話をし、呆けた目を上げて好奇の視線を投げかけ、出発できない哀れな旅人をますます焦らせるのだ。目に映るもの全て——目の前の小さな店、向かいの家に住み、短いカーテンのかかった窓にしきりに顔を覗かせる老婆の頭——全てが不快でならなかったが、それでも窓から離れる決心がつかない。身動きもせず、考えもなく、自分自身も周囲も忘れ、ただ今にも来る確かな瞬間を待つだけ。茫然と周囲の動きを眺め、結局は腹立たしげに、ガラスの上で鳴きながらぶつかり、指の下に飛び込んできた蠅一匹を叩き潰した。だが世の中の事には必ず終わりがある。この待ち焦がれた瞬間がついに訪れた。車台は修理され、車輪に新しいたがが嵌められ、馬も水を飲み、鍛冶屋たちはもう一度工賃を数え、チチコフに道中の無事を祈ってから立ち去った。ようやく馬も車の前に繋がれた。買ったばかりの熱い白パンを二つ急いで車に積み込み、御者台に上がったセリファンもポケットに何やら押し込んで、我らが主人公は旅館を出て馬車に乗り込んだ。見送るのは、いつもラシャの礼服を着た給仕で、帽子を振って別れを告げ、客の出発を見物しに来た宿の下男や外来の召使い、馭者たち、そして出発の際にはいつも欠かせない付随の一切。チチコフは幌馬車に乗り込み、こうして久しく車庫に停まっていた、読者ももう退屈に感じ始めたであろうあの馴染みの鰥夫の馬車が、門から走り出した。「神に感謝!」チチコフは思い、十字を切った。セリファンが鞭を鳴らし、ペトルーシカは初め踏み台に立っていたが、すぐにセリファンの隣に腰を下ろし、我らが主人公はコーカサスの毛布の上に落ち着き、革の枕を背中にあて、二つの熱い白パンをしっかり抱え、馬車は再び跳ね始めた。石畳のおかげで、見事な振動である。チチコフは奇妙な、名状しがたい心持ちで、家屋、壁、柵、通りが、馬車の弾みに合わせて上下し、目の前をゆっくりと過ぎていくのを眺めた。生涯のうちに、もう一度見られるかどうか、神のみぞ知る。ある十字路で馬車は止まらなければならなかった。大通りを蛇行してくる大葬列に道を塞がれたのだ。チチコフは馬車から首を伸ばし、ペトルーシカに、埋葬されるのは誰かと聞いてこいと命じた。すると検事だと分かった。チチコフは不快そうに急いで隅に身を縮め、革の幌を下ろし、窓の覆いをした。幌馬車が停まっている間、セリファンとペトルーシカは恭しく帽子を脱ぎ、行列に注目した。とりわけ馬車とその乗客に興味を示し、馬車に乗っている者が何人、歩いている者が何人かを数えているようだった。主人は他人に挨拶するな、知り合いの下男に別れを告げるなと命じた上で、自らも革幌の小窓から行列を覗いていた。全ての官吏が帽子を取り、恭しく霊柩を見送っていた。チチコフは自分の幌馬車を見つけられはしないかと恐れたが、彼らは全く気にも留めなかった。葬儀の最中、普段よく論じている実務的な問題にすら一言も触れなかった。彼らの思いは全て自分自身に集中していた。新しい知事はいったいどんな人物か、彼がこの件をどう処理するか、自分たちにどう接するかを考えていた。歩く官吏たちの後に、一連の馬車が続き、中には黒い衣服と帽子の令嬢たちがいた。手と唇の動きから、彼女たちが熱心に話していることが分かった。おそらく新知事の到来、特に彼が催す舞踏会の準備について、そしてすでに新しいプリーツや髪飾りの心配をしているのだろう。馬車の後にはまた何台かの空車が一台また一台と続き、やがて何もなくなり、道が空いて、我らが主人公は再び前に進めるようになった。革幌を開け、心底から溜め息をつき、言った。「これは検事か!一生人間をやって、とうとう死んでしまった!今に新聞は書くだろう、全属僚と全市民の深い悲しみの中、この世を去ったと。可敬な市民、稀有な父、夫の模範だったと。それだけでは足りず、おそらくこう続けるだろう。寡婦と孤児の血涙が、墓前まで彼を見送ったと。しかし事実をつぶさに見れば、底の底まで探れば、あの濃い眉毛以外に、お前には人を感動させるものなど何一つなかったではないか。」そしてセリファンに急いで行くよう命じ、独り言を言った。「大葬列に出くわしたが、これは良い。道で棺桶を見ると運がつくと言うからな。」

その間に馬車はすでに郊外の荒涼とした道を通り抜け、すぐに両側には市の境を示す細長い木造の小屋が見えるだけとなった。今や石畳も終わり、市門も市街も旅人の背後に——荒涼とした街道に出た。馬車は再び駅馬道を飛ばし、両側にはとうに見慣れた風景が広がっていた。道標、駅長、井戸、荷馬車、貨物車、灰色の村とその茶沸かし器、百姓の女房たち、燕麦の袋を持って宿から飛び出してくる元気な髭面の男。破れた草鞋を履き、おそらくもう七百ヴェルスタも歩いたであろう巡礼者。賑やかな小さな町とその木造の店、粉桶、草鞋、パン、その他のがらくた。まだらの関門柱。修繕中の橋。両側の果てしない平野。地主の旅行馬車。馬に乗った兵士、弾薬の詰まった緑の箱を牽いて、その上に「第何砲兵中隊宛」と記されている。野原の緑、黄、あるいは新たに耕された黒い長い条。平野のあちこちに現れては遠くから聞こえてくる物悲しい歌声。薄煙の中の松の梢。漂ってくる鐘の音。蠅の群れのような鴉の大群。そして果てしない地平線……ああ、ロシアよ!わがロシアよ!私はお前を見ている。あの堂々として美しい遠方からお前を見ている。貧しく、散漫で、楽しくないお前の各県。自然の豪放な奇蹟が、豪放な人工の超群の業で栄誉を授けたこともない——岩山の間に穿たれた多くの窓を持つ高殿の都市もなく、絵のような樹木も家を巡る蔦もなく、珠玉飛び散る尽きせぬ滝もない。頭を反らして雲を突く岩峰を仰ぐ必要もない。葡萄の蔓、蔦、無数の野薔薇が織りなす幽暗の長い小道も見えず、その彼方に銀色の天空にそびえる永遠に燦然たる高峰も見えない。お前はただ率直で、荒涼として、平坦だ。小さな点か細い線のように、お前の小さな町々が平野に佇んでいる。我々の目を少しも覚まさない。しかし、一体どのような捉えがたい、実に神秘的な力が、私をお前のもとへ引き寄せるのだろうか?なぜお前のあの物悲しい、絶え間ない、果てなく、海を越えて響く歌が、我々の耳に鳴り止まないのだろうか?この歌にはどのような不思議な魔力が秘められているのか?その中で何が呼び、何が咽び泣いて、人の心をこれほど奇妙に掴むのか?どのような音が、これほど優しく我々の魂に沁み入り、心の奥に達し、甘美な抱擁を与えるのか?ああ、ロシアよ!言ってくれ。お前は私にどうしろと言うのだ?我々の間にはどのような捉えがたい絆があるのか?なぜそのようにお前は私を凝視し、なぜお前の全てのもの全てを抱えて、これほど期待に満ちた目を私に向けるのか?……私はまだ疑いを抱き、動かずに立っている。雨を含んだ暗雲がすでに頭上に覆いかぶさり、お前の果てしない広漠の中で生まれた思考を沈黙させている。この計り知れない広がりと広漠とは何を意味するのか?お前自身が無窮であるがゆえに、ここ、お前の懐の中でも、無窮の思想が生まれねばならぬのか?空間は果てなく、歩を進め、翼を広げることができる。ここに英雄が生まれぬはずがあろうか?その全ての恐ろしさをもって、わが心の奥底を深く揺さぶる雄大な空間が、恐るべく私を覆い包む。超自然の力が、わが目を開いた……ああ、何という輝かしい、不思議な、未知の果てしなさだろう!わがロシアよ!……

「止まれ、止まれ、この驢馬め!」チチコフはセリファンに叫んだ。

「今すぐこの刀で叩き斬るぞ!」飛ぶように駆けてくる急使が怒鳴った。三尺もあろうかという髭の男だ。「見えないのか、官用車だぞ!この野郎!」すると三頭立ての馬車は幻影のように雷鳴と土煙の中に消えた。

だが、この二文字にはなんと珍しい、神秘的な魅力が秘められていることか——街道!しかもなんと素晴らしいことか、この街道は!よく晴れた日、秋の木の葉、空気は涼しい……お前は自分の雨合羽にぴったりと身を包み、帽子を耳まで引き下ろし、心地よく車の隅に身を縮める。やがて寒気が四肢から去り、温もりが湧き出す。馬が走る……少し眠気が差してくる。瞼が閉じる。朧の中にまだ「雪は白くない……」という歌のかけらが聞こえ、馬の鼻息と車輪の音が聞こえ、ついに隣の者を車の隅に押しやって、高いびきをかいている。だがふと目が覚めると、もう五駅も過ぎている。月が空に昇り、見知らぬ町を通り過ぎる。古い丸屋根と薄暗い尖塔を持つ教会、暗い木造と白亜の石造りの家々。至るところに大きな帯のような月光が、白い麻布の被いのように壁と通りに架かり、漆黒の影がその上に斜めに横たわり、照らし出された木の屋根が、きらきらと金属のように光っている。人影はない。皆、寝入っている。ただ一つの孤独な灯が、ここかしこの小窓にまだ灯っている。住人が自分の長靴を繕っているのか、あるいはパン屋がかまどの傍で仕事をしているのか?——何が不満なのだ?ああ、なんという夜……天上の力よ!上方のあれはなんという夜だ!ああ、大気よ、ああ、天空よ、お前のあの測り知れぬ深みの中に、我々の頭上に、捉えがたく明朗に、朗々と広がる高く遠い空よ!……夜の涼しい息吹が目に吹きつけ、甘い眠りへと誘う歌を歌う。そしてお前は朦朧とし、全く自覚なく、鼾をかく——しかし車の隅に押しやられた哀れな隣人は、お前の重すぎる負担に憤慨して一揺れする。お前は再び目覚め、目の前にはまた田野と平原。ただ果てしない野が広がり、他には何もない。道標が一つ一つ飛び過ぎる。夜が明ける。蒼白く冷たい地平線に、微かな金色の光芒が現れ、朝風が冷え冷えと力強く耳を吹く。外套をしっかり巻き付けなければ!なんと見事な寒さだろう!そしてまた眠りを誘うとは、なんと不思議な!また一つ揺れに目覚める。太陽はすでに天頂に昇っている。「気をつけろ、気をつけろ!」傍で誰かが叫び、馬車が急な坂を駆け下りる。下には渡し船が待ち、大きな清らかな池が太陽の下で銅鍋のように輝き、丘の上には絵のような小屋のある村、その傍で村の教会の十字架が星のように煌めき、蜂の唸りのように農夫たちの活発なおしゃべりが聞こえ、腹の中ではもう堪えきれない空腹が……ああ、神よ、これは遥かなる旅路だが、なんと美しいことか!溺れかけ、沈みかけるたびに、私はいつも直ちにお前にすがりつき、お前はいつも私を引き上げ、慈悲深く私の腕を掴んでくれた!そしてそこからまた、なんと多くの神異に満ちた詩情の雄大な思想と夢想が生まれ、なんと多くの幸福な印象が魂を満たしたことか!……

この時、我らが友チチコフの夢想も、もはやこれほど散文的なものばかりではなかった。彼がどのような感情を抱いたか、見てみよう。まず彼は何も感じなかった。ただ絶えず振り返っていた。あの町が確かに背後にあるかどうかを確かめるために。しかしもう遥か彼方に見えなくなり、鍛冶屋も製粉所も、町の近くでよく見かけるあらゆるものもなくなり、石造りの教会の白い塔の先端さえ地平線の後ろに隠れてしまうと、彼は注意を全て道の方に向けた。両側を見渡し、N市のことはすっかり忘れた。まるで遥か昔、まだ幼い子供の頃にそこに住んでいたかのように。ついに道にも退屈を覚え、少し目を閉じて頭を革の枕にもたせかけた。著者はここで、とうとう主人公について数言述べる機会を得たことを嬉しく思う。なぜなら今まで、実のところ常に——読者自身もよくご存知の通り——あるいはノズドリョフに、あるいは舞踏会に、あるいは令嬢たちに、巷の噂に、あるいはその他多くの些事に妨げられてきたのだから。これらの些事は、本に書き込んで初めてその小ささが際立つのだが、世間に飛び交っている間は、この上なく重大で緊要な事件として扱われるのだ。今や我々は全てを脇に置き、もっぱらこの仕事に取りかかろう。

第77節

私はひどく疑っている。この詩篇の主人公が、読者のお気に召したかどうかを。令嬢たちの間では全く気に入られていないことは、すでに断言できる——なぜなら令嬢たちは皆、自分たちの主人公が万事において完全な模範であることを望み、ほんのわずかな肉体的あるいは精神的な欠点でもあれば、もうそれで終わりだからだ。著者がどれほど深く主人公の魂に分け入り、鏡のように彼の姿を映し出しても——この人物は彼女たちの目にはなお何の値打ちもない。チチコフの肥満と中年は、すでにそれだけで彼にとって非常に不利なはずだ。この肥満は、誰も許さないのだから。多くの令嬢たちは軽蔑して顔を背け、こう言うだろう。「まあ、いやだこと!」残念ながら、著者はこれを非常によく知っている。しかしそれでも、彼は良心に背いて、完璧な主人公を選ぶことはできない。だが……おそらく、この物語の中でも、これまで触れられなかった弦が響き始め、これまで日の目を見なかった、ロシアの人間性の驚くべき豊かさが示されるかもしれない。おそらく深い精神に満ちた男が、あるいはまだ誰も名づけようとしなかった、ロシア女性の素晴らしい美質に恵まれた処女が現れるかもしれない。そして世界中の全ての高貴な特性を持つ他の民族は、この比類なき女性の前では、ちょうどロシア語の一語が他の全ての言語の前で無限に豊かで超越しているように、死せるものの前の生けるもののように色褪せるだろう。ロシアの心の忠実な息子たちが、この一語をもって永遠に生きる思想を閃かせるのだ——なぜなら、薄い殻から精髄を取り出す才能は、まさにロシアの精神に固有のものだから。しかしなぜ語るか。まだ語るべきではない。我が魂と未来の歌の主題を前もって曝すのは、無意味である。ただ一つ確かなことは——不幸にもこの短い言葉が哀しい響きを持つかもしれないが——すなわち、著者が自国の言語の偉大さと力に酔い、主人公の卑小さを見失い、恍惚として遥かな高みから、主人公の代わりに自分自身の魂から、崇高で力強い言葉を取り出していたということだ。しかし、それはともかく——道に出よう!道に出よう!額のしわと暗い影を掻き消して、一気に生活に飛び込もう。なぜなら作家はこの上なく偉大でありながら同時にこの上なく卑小な存在であり、彼の精神が他の一切の精神を凌駕しながら、しかもなお人間に過ぎないのだから。ロシアの読者よ!我が語りに付き合い、著者の精神の生み出す形象に——もしかするとかくも不完全な形で——耳を傾けてくれたまえ。そしてどうか、心の叫びを見過ごさぬようにしてくれたまえ。

第78節

だが、我らが主人公の天性がこれほど冷酷頑固で、感情がこれほど麻痺して、憐れみや同情を知らなかったとは言えない。この二つの感情は、彼もよく感じていたし、助けようとする用意もあった。ただ、もう使わないと決めた金には手を出せなかったため、多額の寄付はできなかった。つまり、父の「金を節約し、貯めよ」という忠告は、すでに肥沃な土地に落ちていたのだ。しかし彼は金のために金を愛していたのではなかった。吝嗇が全てを動かすばね仕掛けだったわけでもない。違う。彼を動かす原動力はそれではなかった。彼が望んでいたのは、あらゆる快適さに満ちた安楽で裕福な生活、馬車、よく整った家計、美味な食事であった。いつの日か、これら全てを享受するために——これこそが彼が一銭も使わず、他人にも自分にも倹約を強いた理由であった。不思議な男が彼の横を通り過ぎ、金箔のトルコ煙草を吸い、上等の外国製の外套を着、上等の馬車を駆り、良い競走馬を引くたびに、彼は立ち止まり、我を忘れたかのように凝視した。そして長い夢想から覚めると、こう言った。「あの人は以前、役所の書記で、髪もきちんとしていたのに!」彼は快適な生活の全てを思い浮かべ、時折、口から溜め息とともに、そしてほとんど無意識に「ああ、いいなあ!」という言葉が漏れた。我々はすでに知っている、彼がどのようにして教師のところから出てきたか、そして彼の性格がどのように形成されたかを。大いなる忍耐、自制、節約。彼は同僚の安月給からいくらかの金を貯め始めた。或いは残飯からか、或いは最も安い布地からか。それでも彼は小ぎれいに身を繕い、唇に微笑みを浮かべ、顔立ちには一種の高貴さすら漂わせた。しかし彼は裕福な人々の楽しみを見ると、何事においても彼らに劣らぬ者になりたいと心の中で誓った。やがて彼の上役として一人の老人が現れ、非常に厳しい人物であった——しかし取り巻きの一人が彼の成熟した娘に恋をしていたため、チチコフは利益を得て、そして……だが、これらは全て物語の中に織り込まれるべき出来事であり、ここで逐一語ることはすまい。

第79節

「何ということだ!」チチコフは言った。「釣り上げて、引き寄せたのに、この代物がまた千切れてしまった——言いようがない。号泣したところで、この不幸が良くなるわけではない。仕事にかかった方がましだ!」そこで彼は一からやり直すことを決意し、忍耐で身を固め、以前のような豪勢な暮らしぶりを甘んじて抑えることにした。別の町に引っ越し、そこで名声を博するつもりだった。だが万事が順調には行かなかった。短い間に二度三度と職を変えた。どの仕事も汚くて不快だったからだ。読者は知っておくべきだが、清潔さと優雅さにおいて、チチコフはこの世で比類のない人物であった。たとえ初めは最も下等な仲間の中に身を置いても、常に清潔さを保つ術を心得ていた。最もみすぼらしい机の前に座りながら、テーブルクロスを敷き、小さな花瓶を置くことさえあった。いかに下品な言葉遣いの中にあっても、自分は決して品位を落とさなかった。しかも彼の言葉の一つ一つは、たとえ些細な日常のことで���、上品な身のこなしに裏打ちされ、丁寧な物腰に満ちていた。読者は認めるだろう、これは稀有な美質だと。しかし、ここに来てチチコフは密輸に手を染め始め——何と驚くべきことか!——最も大胆な企てに乗り出した。国境は長く、税関吏にも利益の分け前があった。この商売は驚くべき規模に達し、近いうちに両者とも金持ちの仲間入りをするはずだった……だが悪魔が二人の間を裂いた。チチコフは、正直に言えば、少々酔っぱらって相棒を怒らせたのだ。一言で言えば、二人は仲違いした。こうして全てが崩れ去った……しかしチチコフはまだ幾ばくかの金を手元に残していた。そして新たな計画——死せる魂の計画——がすでに彼の頭の中で熟していた。

第80節

我々はすでに知っている、チチコフが自分の子孫のことを非常に心配していたことを。これは一種のむず痒いような事柄であった。もし「私の子供たちは何と言うだろうか?」という奇妙で漠然とした問いが唇にしきりに湧き上がってこなければ、多くの人間はこれほど深く他人の袋に手を突っ込んだりはしなかっただろう。未来の一家の主は、手の届くものを全て急いでかき集める。まるで用心深い雄猫が、びくびくしながら横目で両方を窺い、主人が近くにいないか確かめるように。石鹸一つ、蝋燭一本、脂の一片、爪の下の金糸雀一羽でも見つけようものなら、全てかっさらい、何一つ見逃さない。我らが主人公もこうして嘆き悲しんでいたが、彼の頭は絶え間なく働き続けていた。何かを設計し、考案し、計画が着々と構築されていた。あとは実行するだけだった。彼はまた禁欲的な生活に身を投じ、一から始め、以前のような快適な暮らしを断ち切り、倹約と忍耐で自らを律した。ロシアの大地は広大で、住む場所には事欠かない。考えなければならないのは、どの町に行き、どのような手で、どこから始めるかということだった。やがて彼は最も素晴らしい計画に思い当たった。読者はすでにそれをご存知だろう。「死せる農奴」を買い集めるのだ。

第81節

著者に対しては、もう一つ別種の叱責がある。それはいわゆる愛国者たちからのもので、彼らは自分の巣の中に悠々と座り、気ままなことをやり、他人の穀物からうまい汁を吸い、かなりの財産を築き上げている。しかし彼らの目から見て祖国の名誉を汚すものが現れるや——それがたとえ苦い真実を含んだ何かの本の出版に過ぎなくとも——彼らはまるで蜘蛛が蠅を自分の巣に見つけたかのように、あらゆる片隅から這い出してきて、大声で叫ぶのだ。「こんなものを発表し、公然と叙述するとは、よいのか?ここに書かれているのは確かに我々のことではないか。これは言うべきことか?外国人が読んだらどうする?自分の国の汚れ物が公にされるのを見て、愉快だとでも思っているのか?」こうした賢明な論評に対しては、特に外国人に関する部分について、答えることは何もない。しかし——あるいは——こう答えようか。ある辺鄙な片隅に二人の住人がいた。一人は善良な父親で、子供たちに勉強させ、優しく躾けていた。もう一人は大酒飲みで、子供たちは荒れた家の中を転がり回っていた。善良な父親を誰が非難するだろうか?その者は注意深く、まめまめしく——しかし時には厳しく——子供たちの欠点を正し、叱り、導いたのだから。彼が自分の家の全てを知り、目を光らせていることは、彼の恥にはならない。同様に、ロシアの著者が自国の暗い面を描き出しても、それは恥ではないはずだ。彼はまさに家長のように、正すべきものを正し、見るべきものを見なければならないのだから。そして、もし著者が善良な父親であるなら、読者も同じく善良な息子でなければならない。著者の言葉に耳を傾け、謙虚に受け止めなければならない。

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