Difference between revisions of "Lu Xun Complete Works/zh-ja/Gou mao shu"

From China Studies Wiki
Jump to navigation Jump to search
(Create ZH-JA bilingual page for 犬・猫・鼠)
 
(Lu Xun ZH-JA bilingual page)
 
(9 intermediate revisions by the same user not shown)
Line 1: Line 1:
 
<div style="background-color: #003399; color: white; padding: 12px 15px; margin: 0 0 20px 0; border-radius: 4px; font-size: 1.1em;">
 
<div style="background-color: #003399; color: white; padding: 12px 15px; margin: 0 0 20px 0; border-radius: 4px; font-size: 1.1em;">
<span style="font-weight: bold;">言語 / 语言:</span> [[Lu_Xun_Complete_Works/zh/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/en/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">EN</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/de/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">DE</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/fr/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">FR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/es/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ES</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/it/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">IT</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ru/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">RU</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ar/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">AR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/hi/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">HI</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ja/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">JA</span>]]<br/>
+
<span style="font-weight: bold;">Languages:</span> [[Lu_Xun_Complete_Works/zh/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/en/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">EN</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/de/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">DE</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/fr/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">FR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/es/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ES</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/it/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">IT</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ru/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">RU</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ar/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">AR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/hi/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">HI</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/ja/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">JA</span>]]<br/>
<span style="font-weight: bold;">対訳 / 对照:</span> [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-en/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-EN</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-de/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-DE</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-fr/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-FR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-es/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-ES</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-it/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-IT</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-ru/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-RU</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-ar/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-AR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-hi/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-HI</span>]] &middot; <span style="color: #FFD700; font-weight: bold;">ZH-JA</span> &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works|<span style="color: #FFD700;">&larr; 目次 / 目录</span>]]
+
<span style="font-weight: bold;">Bilingual:</span> [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-en/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-EN</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-de/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-DE</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-fr/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-FR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-es/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-ES</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-it/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-IT</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-ru/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-RU</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-ar/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-AR</span>]] &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works/zh-hi/Gou_mao_shu|<span style="color: #FFD700;">ZH-HI</span>]] &middot; <span style="color: #FFD700; font-weight: bold;">ZH-JA</span> &middot; [[Lu_Xun_Complete_Works|<span style="color: #FFD700;">&larr; 目次</span>]]
 
</div>
 
</div>
  
{| class="wikitable" style="width: 100%; table-layout: fixed;"
+
= 狗·猫·鼠 / 犬・猫・鼠 =
! style="width: 50%; background-color: #cc0000; color: white;" | 中文 (原文)
+
 
! style="width: 50%; background-color: #003399; color: white;" | 日本語 (翻訳)
+
'''魯迅 (鲁迅, ルーシュン, 1881-1936)'''
 +
 
 +
中日対照翻訳。
 +
 
 +
----
 +
 
 +
{| class="wikitable" style="width:100%"
 
|-
 
|-
| = 狗·猫·鼠 =
+
! style="width:50%; background-color:#f0f0f0;" | 中文
| = 犬・猫・鼠 (狗·猫·鼠) =
+
! style="width:50%; background-color:#f0f0f0;" | 日本語
 
|-
 
|-
| ''[[Lu_Xun_Complete_Works|鲁迅全集]]翻訳プロジェクトの一部。''
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
| '''魯迅 (ルーシュン, 1881–1936)'''
+
&emsp;&emsp;從去年起,仿佛聽得有人說我是仇貓的。那根據自然是在我的那一篇《兔和貓》;這是自畫招供,當然無話可說,——但倒也毫不介意。一到今年,我可很有點擔心了。我是常不免於弄弄筆墨的,寫了下來,印了出去,對於有些人似乎總是搔著癢處的時候少,碰著痛處的時候多。萬一不謹,甚而至於得罪了名人或名教授,或者更甚而至於得罪了“負有指導青年責任的前輩”之流,可就危險已極。為什麽呢?因為這些大腳色是“不好惹”的。怎地“不好惹”呢?就是怕要渾身發熱之後,做一封信登在報紙上,廣告道:“看哪!狗不是仇貓的麽?魯迅先生卻自己承認是仇貓的,而他還說要打‘落水狗’!”這“邏輯”的奧義,即在用我的話,來證明我倒是狗,於是而凡有言說,全都根本推翻,即使我說二二得四,三三見九,也沒有一字不錯。這些既然都錯,則紳士口頭的二二得七,三三見千等等,自然就不錯了。
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
去年あたりから、私が猫を憎んでいるという人がいるらしい。その根拠はもちろん私のあの一篇「兎と猫」にある。これは自白のようなもので、何も言いようがない。——しかし別に気にもしなかった。ところが今年になって、少々心配になってきた。私はいつも筆墨をいじらずにはいられない性質で、書いたものを印刷に出すと、ある種の人々にとっては痒いところを掻く時は少なく、痛いところに触る時の方が多いらしい。万が一にも不注意で名士や名教授、あるいはさらに進んで「青年を指導する責任を負う先輩」の類を怒らせたりしたら、それこそ危険極まりない。なぜか?こういう大物は「怒らせると厄介」だからだ。どう「厄介」かといえば、全身がかっと熱くなった後で手紙を一通書いて新聞に載せ、こう広告するのだ。「見よ!犬は猫を憎むものではないか?魯迅先生は自ら猫を憎んでいると認めており、しかも彼は『落水狗を打て』とも言っている!」この「論理」の奥義は、つまり私の言葉を使って私が犬であることを証明し、かくして私の全ての言説を根本から覆すのである。たとえ私が二二が四、三三が九と言っても、一字の誤りもなくなる。これらがすべて間違いなのだから、紳士の口にする二二が七、三三が千等々は、当然正しいことになるわけだ。
 
|-
 
|-
| == 中文原文 ==
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
| 中国語から日本語への翻訳。
+
&emsp;&emsp;我於是就間或留心著查考它們成仇的“動機”。這也並非敢妄學現下的學者以動機來褒貶作品的那些時髦,不過想給自己預先洗刷洗刷。據我想,這在動物心理學家,是用不著費什麽力氣的,可惜我沒有這學問。後來,在覃哈特博士(Dr.O.Dähmhardt)的《自然史底國民童話》裏,總算發見了那原因了。據說,是這麽一回事:動物們因為要商議要事,開了一個會議,鳥、魚、獸都齊集了,單是缺了象。大家議定,派夥計去迎接它,拈到了當這差使的鬮的就是狗。“我怎麽找到那象呢?我沒有見過它,也和它不認識。”它問。“那容易,”大眾說,“它是駝背的。”狗去了,遇見一匹貓,立刻弓起脊梁來,它便招待,同行,將弓著脊梁的貓介紹給大家道:“象在這裏!”但是大家都嗤笑它了。從此以後,狗和貓便成了仇家。
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
そこで私は時折、彼らが仇敵となった「動機」を調べてみることにした。これは別に今流行りの学者のように動機で作品を褒め貶しする真似をしようというのではなく、ただ自分の身をあらかじめ清めておきたいだけである。思うに、動物心理学者にとっては大した労力を要しないことだろうが、あいにく私にはその学問がない。後に、デーンハルト博士(Dr.O.Dähmhardt)の『自然史における国民童話』の中で、ようやくその原因を発見した。こういう話だそうだ。動物たちが重要事を協議するために会議を開き、鳥も魚も獣もみな集まったが、ただ象だけがいなかった。みなで使いを迎えに行かせることにし、くじを引いたところ犬に当たった。「象をどうやって見つけるのですか?見たこともないし、面識もありません。」犬は聞いた。「簡単だ」とみなが言った。「背中の曲がっているやつだ。」犬は出かけて猫に出会った。猫がすぐ背中を弓なりに曲げたので、犬はそれを案内し、背を曲げた猫をみなに紹介して言った。「象はここにいます!」だがみなに嘲笑された。それ以来、犬と猫は仇敵となったのだ。
 
|-
 
|-
| &emsp;&emsp;從去年起,仿佛聽得有人說我是仇貓的。那根據自然是在我的那一篇《兔和貓》;這是自畫招供,當然無話可說,——但倒也毫不介意。一到今年,我可很有點擔心了。我是常不免於弄弄筆墨的,寫了下來,印了出去,對於有些人似乎總是搔著癢處的時候少,碰著痛處的時候多。萬一不謹,甚而至於得罪了名人或名教授,或者更甚而至於得罪了“負有指導青年責任的前輩”之流,可就危險已極。為什麽呢?因為這些大腳色是“不好惹”的。怎地“不好惹”呢?就是怕要渾身發熱之後,做一封信登在報紙上,廣告道:“看哪!狗不是仇貓的麽?魯迅先生卻自己承認是仇貓的,而他還說要打‘落水狗’!”這“邏輯”的奧義,即在用我的話,來證明我倒是狗,於是而凡有言說,全都根本推翻,即使我說二二得四,三三見九,也沒有一字不錯。這些既然都錯,則紳士口頭的二二得七,三三見千等等,自然就不錯了。
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
 
&emsp;&emsp;我於是就間或留心著查考它們成仇的“動機”。這也並非敢妄學現下的學者以動機來褒貶作品的那些時髦,不過想給自己預先洗刷洗刷。據我想,這在動物心理學家,是用不著費什麽力氣的,可惜我沒有這學問。後來,在覃哈特博士(Dr.O.Dähmhardt)的《自然史底國民童話》裏,總算發見了那原因了。據說,是這麽一回事:動物們因為要商議要事,開了一個會議,鳥、魚、獸都齊集了,單是缺了象。大家議定,派夥計去迎接它,拈到了當這差使的鬮的就是狗。“我怎麽找到那象呢?我沒有見過它,也和它不認識。”它問。“那容易,”大眾說,“它是駝背的。”狗去了,遇見一匹貓,立刻弓起脊梁來,它便招待,同行,將弓著脊梁的貓介紹給大家道:“象在這裏!”但是大家都嗤笑它了。從此以後,狗和貓便成了仇家。
 
 
 
 
&emsp;&emsp;日爾曼人走出森林雖然還不很久,學術文藝卻已經很可觀,便是書籍的裝潢,玩具的工致,也無不令人心愛。獨有這一篇童話卻實在不漂亮;結怨也結得沒有意思。貓的弓起脊梁,並不是希圖冒充,故意擺架子的,其咎卻在狗的自己沒眼力。然而原因也總可以算作一個原因。我的仇貓,是和這大大兩樣的。
 
&emsp;&emsp;日爾曼人走出森林雖然還不很久,學術文藝卻已經很可觀,便是書籍的裝潢,玩具的工致,也無不令人心愛。獨有這一篇童話卻實在不漂亮;結怨也結得沒有意思。貓的弓起脊梁,並不是希圖冒充,故意擺架子的,其咎卻在狗的自己沒眼力。然而原因也總可以算作一個原因。我的仇貓,是和這大大兩樣的。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
ゲルマン人が森を出てからまだそう久しくはないが、学術文芸はすでに見事なもので、書籍の装幀や玩具の精巧さも、すべて人を魅了する。ただこの一篇の童話だけは実に不格好で、怨みの結び方もつまらない。猫が背中を曲げたのは、なりすまそうとしたのでも威張ろうとしたのでもなく、悪いのは犬自身の眼力のなさである。とはいえ原因はやはり原因として数えてよい。私の猫嫌いは、これとは大いに異なるのだ。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;其實人禽之辨,本不必這樣嚴。在動物界,雖然並不如古人所幻想的那樣舒適自由,可是嚕囌做作的事總比人間少。它們適性任情,對就對,錯就錯,不說一句分辯話。蟲蛆也許是不乾淨的,但它們並沒有自鳴清高;鷙禽猛獸以較弱的動物為餌,不妨說是兇殘的罷,但它們從來就沒有豎過“公理”“正義”的旗子,使犧牲者直到被吃的時候為止,還是一味佩服贊嘆它們。人呢,能直立了,自然是一大進步;能說話了,自然又是一大進步;能寫字作文了,自然又是一大進步。然而也就墮落,因為那時也開始了說空話。說空話尚無不可,甚至於連自己也不知道說著違心之論,則對於只能嗥叫的動物,實在免不得“顏厚有忸怩”。假使真有一位一視同仁的造物主,高高在上,那麽,對於人類的這些小聰明,也許倒以為多事,正如我們在萬生園裏,看見猴子翻筋鬥,母象請安,雖然往往破顏一笑,但同時也覺得不舒服,甚至於感到悲哀,以為這些多余的聰明,倒不如沒有的好罷。然而,既經為人,便也只好“黨同伐異”,學著人們的說話,隨俗來談一談,——辯一辯了。
 
&emsp;&emsp;其實人禽之辨,本不必這樣嚴。在動物界,雖然並不如古人所幻想的那樣舒適自由,可是嚕囌做作的事總比人間少。它們適性任情,對就對,錯就錯,不說一句分辯話。蟲蛆也許是不乾淨的,但它們並沒有自鳴清高;鷙禽猛獸以較弱的動物為餌,不妨說是兇殘的罷,但它們從來就沒有豎過“公理”“正義”的旗子,使犧牲者直到被吃的時候為止,還是一味佩服贊嘆它們。人呢,能直立了,自然是一大進步;能說話了,自然又是一大進步;能寫字作文了,自然又是一大進步。然而也就墮落,因為那時也開始了說空話。說空話尚無不可,甚至於連自己也不知道說著違心之論,則對於只能嗥叫的動物,實在免不得“顏厚有忸怩”。假使真有一位一視同仁的造物主,高高在上,那麽,對於人類的這些小聰明,也許倒以為多事,正如我們在萬生園裏,看見猴子翻筋鬥,母象請安,雖然往往破顏一笑,但同時也覺得不舒服,甚至於感到悲哀,以為這些多余的聰明,倒不如沒有的好罷。然而,既經為人,便也只好“黨同伐異”,學著人們的說話,隨俗來談一談,——辯一辯了。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
そもそも人と禽獣の区別は、こんなに厳密にする必要はない。動物界は、古人が幻想したほど安楽自由ではないにしても、面倒なことは人間界よりずっと少ない。彼らは性に任せ情に従い、正しければ正しい、間違えば間違い、一言の弁解もしない。蛆虫は清潔でないかもしれないが、自ら清高を気取りはしない。猛禽猛獣は弱い動物を餌とするもので、残忍と言ってもよいが、「公理」だの「正義」だのの旗を掲げて、犠牲者が食われる時まで一途に感嘆讃美させたりはしない。人間は直立できるようになった。それは大きな進歩である。話ができるようになった。それもまた大きな進歩。字が書け文章が作れるようになった。それもまた大きな進歩。しかしそれは同時に堕落でもあった。なぜならその時から空言を弄し始めたからだ。空言を弄するぐらいはまだよいが、自分でも気づかぬうちに心にもないことを言うようになると、吠えることしかできない動物に対して「顔厚うして忸怩たる」思いをせずにはいられない。もし本当に万物を平等に見る造物主がおわして高みから見下ろしているなら、人類のこうした小賢しさを余計なことと思うかもしれない。ちょうど我々が万牲園で猿がとんぼ返りをし、母象がお辞儀をするのを見て、しばしば顔をほころばせながらも、同時に居心地悪く、悲しくさえ感じ、こうした余計な利口さはない方がいいのではないかと思うのと同じだ。しかし人間に生まれた以上は、やはり「同類を助けて異類を討つ」ほかなく、人々の言葉を学び、世の習いに従って少し語り——少し弁じるとしよう。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;現在說起我仇貓的原因來,自己覺得是理由充足,而且光明正大的。一、它的性情就和別的猛獸不同,凡捕食雀、鼠,總不肯一口咬死,定要盡情玩弄,放走,又捉住,捉住,又放走,直待自己玩厭了,這才吃下去,頗與人們的幸災樂禍,慢慢地折磨弱者的壞脾氣相同。二、它不是和獅虎同族的麽?可是有這麽一副媚態!但這也許是限於天分之故罷,假使它的身材比現在大十倍,那就真不知道它所取的是怎麽一種態度。然而,這些口實,仿佛又是現在提起筆來的時候添出來的,雖然也像是當時湧上心來的理由。要說得可靠一點,或者倒不如說不過因為它們配合時候的嗥叫,手續竟有這麽繁重,鬧得別人心煩,尤其是夜間要看書,睡覺的時候。當這些時候,我便要用長竹竿去攻擊它們。狗們在大道上配合時,常有閑漢拿了木棍痛打;我曾見大勃呂該爾(P.Bruegel d.Ä)的一張銅版畫Allegorie der Wollust上,也畫著這回事,可見這樣的舉動,是中外古今一致的。自從那執拗的奧國學者弗羅特(S.Freud)提倡了精神分析說——Psychoanalysis,聽說章士釗先生是譯作“心解”的,雖然簡古,可是實在難解得很——以來,我們的名人名教授也頗有隱隱約約,檢來應用的了,這些事便不免又要歸宿到性欲上去。打狗的事我不管,至於我的打貓,卻只因為它們嚷嚷,此外並無惡意,我自信我的嫉妒心還沒有這麽博大,當現下“動輒獲咎”之秋,這是不可不預先聲明的。例如人們當配合之前,也很有些手續,新的是寫情書,少則一束,多則一捆;舊的是什麽“問名”“納采”,磕頭作揖,去年海昌蔣氏在北京舉行婚禮,拜來拜去,就十足拜了三天,還印有一本紅面子的《婚禮節文》,《序論》裏大發議論道:“平心論之,既名為禮,當必繁重。專圖簡易,何用禮為?……然則世之有志於禮者,可以興矣!不可退居於禮所不下之庶人矣!”然而我毫不生氣,這是因為無須我到場;因此也可見我的仇貓,理由實在簡簡單單,只為了它們在我的耳朵邊盡嚷的緣故。人們的各種禮式,局外人可以不見不聞,我就滿不管,但如果當我正要看書或睡覺的時候,有人來勒令朗誦情書,奉陪作揖,那是為自衛起見,還要用長竹竿來抵禦的。還有,平素不大交往的人,忽而寄給我一個紅帖子,上面印著“為舍妹出閣”,“小兒完姻”,“敬請觀禮”或“闔第光臨”這些含有“陰險的暗示”的句子,使我不化錢便總覺得有些過意不去的,我也不十分高興。
 
&emsp;&emsp;現在說起我仇貓的原因來,自己覺得是理由充足,而且光明正大的。一、它的性情就和別的猛獸不同,凡捕食雀、鼠,總不肯一口咬死,定要盡情玩弄,放走,又捉住,捉住,又放走,直待自己玩厭了,這才吃下去,頗與人們的幸災樂禍,慢慢地折磨弱者的壞脾氣相同。二、它不是和獅虎同族的麽?可是有這麽一副媚態!但這也許是限於天分之故罷,假使它的身材比現在大十倍,那就真不知道它所取的是怎麽一種態度。然而,這些口實,仿佛又是現在提起筆來的時候添出來的,雖然也像是當時湧上心來的理由。要說得可靠一點,或者倒不如說不過因為它們配合時候的嗥叫,手續竟有這麽繁重,鬧得別人心煩,尤其是夜間要看書,睡覺的時候。當這些時候,我便要用長竹竿去攻擊它們。狗們在大道上配合時,常有閑漢拿了木棍痛打;我曾見大勃呂該爾(P.Bruegel d.Ä)的一張銅版畫Allegorie der Wollust上,也畫著這回事,可見這樣的舉動,是中外古今一致的。自從那執拗的奧國學者弗羅特(S.Freud)提倡了精神分析說——Psychoanalysis,聽說章士釗先生是譯作“心解”的,雖然簡古,可是實在難解得很——以來,我們的名人名教授也頗有隱隱約約,檢來應用的了,這些事便不免又要歸宿到性欲上去。打狗的事我不管,至於我的打貓,卻只因為它們嚷嚷,此外並無惡意,我自信我的嫉妒心還沒有這麽博大,當現下“動輒獲咎”之秋,這是不可不預先聲明的。例如人們當配合之前,也很有些手續,新的是寫情書,少則一束,多則一捆;舊的是什麽“問名”“納采”,磕頭作揖,去年海昌蔣氏在北京舉行婚禮,拜來拜去,就十足拜了三天,還印有一本紅面子的《婚禮節文》,《序論》裏大發議論道:“平心論之,既名為禮,當必繁重。專圖簡易,何用禮為?……然則世之有志於禮者,可以興矣!不可退居於禮所不下之庶人矣!”然而我毫不生氣,這是因為無須我到場;因此也可見我的仇貓,理由實在簡簡單單,只為了它們在我的耳朵邊盡嚷的緣故。人們的各種禮式,局外人可以不見不聞,我就滿不管,但如果當我正要看書或睡覺的時候,有人來勒令朗誦情書,奉陪作揖,那是為自衛起見,還要用長竹竿來抵禦的。還有,平素不大交往的人,忽而寄給我一個紅帖子,上面印著“為舍妹出閣”,“小兒完姻”,“敬請觀禮”或“闔第光臨”這些含有“陰險的暗示”的句子,使我不化錢便總覺得有些過意不去的,我也不十分高興。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
さて私の猫嫌いの理由を言えば、自分では十分な理由があり、しかも光明正大だと思っている。一、猫の性質は他の猛獣とは違い、雀や鼠を捕らえる時、決して一口に噛み殺さず、必ず存分にもてあそび、放しては捕え、捕えては放し、自分が飽きるまでそうしてから食べるので、弱者をいたぶる人間の意地悪にそっくりである。二、猫は獅子や虎と同族ではないか?なのにあの媚態ぶりはどうだ!もっともこれは天分のせいかもしれない。体が今の十倍もあったなら、一体どんな態度をとるか見ものだが。しかしこれらの口実は、今筆を執った時に付け加えたもののようでもあるし、当時の心に浮かんだ理由のようでもある。もう少し確かなことを言うなら、むしろ猫が交尾する時の叫び声がやたらに煩わしく、人を苛立たせるからに過ぎない。特に夜、読書や睡眠の時に。そんな時、私は長い竹竿で攻撃してやった。犬が大通りで交尾している時にも、暇人が棒で叩くのをよく見かける。大ブリューゲル(P.Bruegel d.Ä)の銅版画「好色の寓意」にもこの光景が描かれており、こうした行為は古今東西共通のものと見える。あの頑固なオーストリアの学者フロイト(S.Freud)が精神分析——Psychoanalysisを唱えて以来——聞くところによると章士釗先生は「心解」と訳しているそうで、簡潔ではあるが実に難解である——我が国の名士名教授もそこはかとなく引用するようになり、こうした事もまた性欲に帰着させられかねない。犬を打つことは私の知ったことではないが、猫を打つのはただ彼らが喚くからであって、それ以外に悪意はない。私の嫉妬心はそこまで博大ではないと自負しており、「動輒(ともすれば)咎を獲る」この折、これは予め声明しておかねばならない。例えば人間も交尾の前に多くの手続きがあり、新しいやり方では恋文を書き、少なければ一束、多ければ一包み。古いやり方では「問名」「納采」、頭を下げてお辞儀をし、去年海昌の蒋氏が北京で結婚式を挙げた時は、拝礼が三日もかかり、赤い表紙の『婚礼節文』まで印刷し、「序論」には大いに論じて曰く、「平心して之を論ずるに、既に礼と名づくる以上、当に煩重なるべし。簡易のみを専ら図らば、何ぞ礼を用いん?……然らば世の礼に志ある者、以て興るべし!退いて礼の下らざるの庶人に居る勿れ!」云々。しかし私は少しも腹が立たなかった。出席する必要がなかったからだ。してみると私の猫嫌いの理由は実に単純で、ただ彼らが私の耳元で喚き続けるからに過ぎない。人々の諸々の儀式は、局外者にとっては見ず聞かずで済むから、私は一向に気にしないが、もし私がまさに読書中か睡眠中の時に、誰かが来て恋文の朗読を強い、お辞儀の相手を務めよと強いるなら、自衛のためにやはり長竹竿で防御するであろう。それからもう一つ、普段あまり付き合いのない人が急に赤い招待状を送ってきて、「妹の嫁入りに」「愚息の婚儀に」「ぜひご臨席を」「ご家族お揃いで」といった「陰険な暗示」を含む文句が印刷してあり、お金を出さないとどうにも気が済まない——こういうのも私はあまり嬉しくない。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;但是,這都是近時的話。再一回憶,我的仇貓卻遠在能夠說出這些理由之前,也許是還在十歲上下的時候了。至今還分明記得,那原因是極其簡單的:只因為它吃老鼠,——吃了我飼養著的可愛的小小的隱鼠。
 
&emsp;&emsp;但是,這都是近時的話。再一回憶,我的仇貓卻遠在能夠說出這些理由之前,也許是還在十歲上下的時候了。至今還分明記得,那原因是極其簡單的:只因為它吃老鼠,——吃了我飼養著的可愛的小小的隱鼠。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
しかし以上はみな最近の話である。もう少し遡れば、私の猫嫌いはこうした理由を口にできるようになるずっと以前、おそらく十歳前後の頃に遡る。今でもはっきり覚えているが、その理由は極めて単純であった。ただ猫が鼠を食べたからだ。——私が飼っていた可愛い小さな隠鼠を食べたのだ。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;聽說西洋是不很喜歡黑貓的,不知道可確;但Edgar Allan Poe的小說裏的黑貓,卻實在有點駭人。日本的貓善於成精,傳說中的“貓婆”,那食人的慘酷確是更可怕。中國古時候雖然曾有“貓鬼”,近來卻很少聽到貓的興妖作怪,似乎古法已經失傳,老實起來了。只是我在童年,總覺得它有點妖氣,沒有什麽好感。那是一個我的幼時的夏夜,我躺在一株大桂樹下的小板桌上乘涼,祖母搖著芭蕉扇坐在桌旁,給我猜謎,講故事。忽然,桂樹上沙沙地有趾爪的爬搔聲,一對閃閃的眼睛在暗中隨聲而下,使我吃驚,也將祖母講著的話打斷,另講貓的故事了——
 
&emsp;&emsp;聽說西洋是不很喜歡黑貓的,不知道可確;但Edgar Allan Poe的小說裏的黑貓,卻實在有點駭人。日本的貓善於成精,傳說中的“貓婆”,那食人的慘酷確是更可怕。中國古時候雖然曾有“貓鬼”,近來卻很少聽到貓的興妖作怪,似乎古法已經失傳,老實起來了。只是我在童年,總覺得它有點妖氣,沒有什麽好感。那是一個我的幼時的夏夜,我躺在一株大桂樹下的小板桌上乘涼,祖母搖著芭蕉扇坐在桌旁,給我猜謎,講故事。忽然,桂樹上沙沙地有趾爪的爬搔聲,一對閃閃的眼睛在暗中隨聲而下,使我吃驚,也將祖母講著的話打斷,另講貓的故事了——
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
西洋では黒猫はあまり好まれないと聞くが、本当かどうかわからない。しかしエドガー・アラン・ポーの小説の中の黒猫は、確かにいささか恐ろしい。日本の猫は化け猫になるのが得意で、伝説の「猫婆」の人食いの残酷さはさらに恐ろしい。中国でも昔は「猫鬼」がいたが、近頃は猫が妖怪変化をするとはあまり聞かず、どうやら古法は失伝して真面目になったらしい。ただ私は幼い頃、猫にはどこか妖気があるように感じ、好感を持てなかった。あれは幼い頃の夏の夜のこと、私は大きな桂の木の下の小さな板卓の上に寝転がって涼んでいた。祖母が芭蕉扇を揺らしながら卓のそばに座り、謎々を出したり話を聞かせてくれていた。すると突然、桂の木の上でさらさらと爪の引っ掻く音がして、一対の光る目が闇の中を音と共に降りてきて、私をはっとさせ、祖母の話も中断して、猫の話に変わった——
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;“你知道麽?貓是老虎的先生。”她說。“小孩子怎麽會知道呢,貓是老虎的師父。老虎本來是什麽也不會的,就投到貓的門下來。貓就教給它撲的方法,捉的方法,吃的方法,像自己的捉老鼠一樣。這些教完了;老虎想,本領都學到了,誰也比不過它了,只有老師的貓還比自己強,要是殺掉貓,自己便是最強的腳色了。它打定主意,就上前去撲貓。貓是早知道它的來意的,一跳,便上了樹,老虎卻只能眼睜睜地在樹下蹲著。它還沒有將一切本領傳授完,還沒有教給它上樹。”
 
&emsp;&emsp;“你知道麽?貓是老虎的先生。”她說。“小孩子怎麽會知道呢,貓是老虎的師父。老虎本來是什麽也不會的,就投到貓的門下來。貓就教給它撲的方法,捉的方法,吃的方法,像自己的捉老鼠一樣。這些教完了;老虎想,本領都學到了,誰也比不過它了,只有老師的貓還比自己強,要是殺掉貓,自己便是最強的腳色了。它打定主意,就上前去撲貓。貓是早知道它的來意的,一跳,便上了樹,老虎卻只能眼睜睜地在樹下蹲著。它還沒有將一切本領傳授完,還沒有教給它上樹。”
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
「おまえ知ってるかい?猫は虎の先生なんだよ。」祖母は言った。「子どもにわかるわけがないだろうけど、猫は虎の師匠なの。虎はもともと何もできなくて、猫の門下に入ったの。猫が飛びかかる方法、捕まえる方法、食べる方法を教えてやった、ちょうど自分が鼠を捕まえるようにね。これを全部教え終わると、虎は思った。技は全部覚えた。もう誰にも負けない。ただ師匠の猫だけが自分より強い。猫を殺せば自分が一番強い者になれる。そう決心して猫に飛びかかった。でも猫は虎の魂胆をとうに見抜いていて、ぴょんと木に飛び上がった。虎は目を丸くして木の下にしゃがみ込むほかなかった。猫はまだ全部の技を伝授していなかったのだ。木登りをまだ教えていなかったのだ。」
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;這是僥幸的,我想,幸而老虎很性急,否則從桂樹上就會爬下一匹老虎來。然而究竟很怕人,我要進屋子裏睡覺去了。夜色更加黯然;桂葉瑟瑟地作響,微風也吹動了,想來草席定已微涼,躺著也不至於煩得翻來覆去了。
 
&emsp;&emsp;這是僥幸的,我想,幸而老虎很性急,否則從桂樹上就會爬下一匹老虎來。然而究竟很怕人,我要進屋子裏睡覺去了。夜色更加黯然;桂葉瑟瑟地作響,微風也吹動了,想來草席定已微涼,躺著也不至於煩得翻來覆去了。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
これは幸いなことだ、と私は思った。虎がそんなにせっかちでなかったら、桂の木から一匹の虎が降りてくるところだった。それにしてもやはり怖い。部屋の中に入って寝よう。夜の色はいっそう暗くなり、桂の葉がさらさらと鳴り、そよ風も吹き出して、寝茣蓙もきっともう少し涼しくなっていて、寝転がっても寝苦しくて寝返りを打つこともあるまい。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;幾百年的老屋中的豆油燈的微光下,是老鼠跳梁的世界,飄忽地走著,吱吱地叫著,那態度往往比“名人名教授”還軒昂。貓是飼養著的,然而吃飯不管事。祖母她們雖然常恨鼠子們嚙破了箱櫃,偷吃了東西,我卻以為這也算不得什麽大罪,也和我不相干,況且這類壞事大概是大個子的老鼠做的,決不能誣陷到我所愛的小鼠身上去。這類小鼠大抵在地上走動,只有拇指那麽大,也不很畏懼人,我們那裏叫它“隱鼠”,與專住在屋上的偉大者是兩種。我的床前就帖著兩張花紙,一是“八戒招贅”,滿紙長嘴大耳,我以為不甚雅觀;別的一張“老鼠成親”卻可愛,自新郎、新婦以至儐相、賓客、執事,沒有一個不是尖腮細腿,像煞讀書人的,但穿的都是紅衫綠褲。我想,能舉辦這樣大儀式的,一定只有我所喜歡的那些隱鼠。現在是粗俗了,在路上遇見人類的迎娶儀仗,也不過當作性交的廣告看,不甚留心;但那時的想看“老鼠成親”的儀式,卻極其神往,即使像海昌蔣氏似的連拜三夜,怕也未必會看得心煩。正月十四的夜,是我不肯輕易便睡,等候它們的儀仗從床下出來的夜。然而仍然只看見幾個光著身子的隱鼠在地面遊行,不像正在辦著喜事。直到我熬不住了,怏怏睡去,一睜眼卻已經天明,到了燈節了。也許鼠族的婚儀,不但不分請帖,來收羅賀禮,雖是真的“觀禮”,也絕對不歡迎的罷,我想,這是它們向來的習慣,無法抗議的。
 
&emsp;&emsp;幾百年的老屋中的豆油燈的微光下,是老鼠跳梁的世界,飄忽地走著,吱吱地叫著,那態度往往比“名人名教授”還軒昂。貓是飼養著的,然而吃飯不管事。祖母她們雖然常恨鼠子們嚙破了箱櫃,偷吃了東西,我卻以為這也算不得什麽大罪,也和我不相干,況且這類壞事大概是大個子的老鼠做的,決不能誣陷到我所愛的小鼠身上去。這類小鼠大抵在地上走動,只有拇指那麽大,也不很畏懼人,我們那裏叫它“隱鼠”,與專住在屋上的偉大者是兩種。我的床前就帖著兩張花紙,一是“八戒招贅”,滿紙長嘴大耳,我以為不甚雅觀;別的一張“老鼠成親”卻可愛,自新郎、新婦以至儐相、賓客、執事,沒有一個不是尖腮細腿,像煞讀書人的,但穿的都是紅衫綠褲。我想,能舉辦這樣大儀式的,一定只有我所喜歡的那些隱鼠。現在是粗俗了,在路上遇見人類的迎娶儀仗,也不過當作性交的廣告看,不甚留心;但那時的想看“老鼠成親”的儀式,卻極其神往,即使像海昌蔣氏似的連拜三夜,怕也未必會看得心煩。正月十四的夜,是我不肯輕易便睡,等候它們的儀仗從床下出來的夜。然而仍然只看見幾個光著身子的隱鼠在地面遊行,不像正在辦著喜事。直到我熬不住了,怏怏睡去,一睜眼卻已經天明,到了燈節了。也許鼠族的婚儀,不但不分請帖,來收羅賀禮,雖是真的“觀禮”,也絕對不歡迎的罷,我想,這是它們向來的習慣,無法抗議的。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
何百年も経った古い家の、大豆油の灯のほの暗い光の下は、鼠たちが跋扈する世界であった。ひらりひらりと走り、チューチューと鳴き、その態度はしばしば「名士名教授」よりも堂々としていた。猫は飼ってはいたが、飯を食うだけで仕事はしなかった。祖母たちは鼠どもが箱や棚を齧り、食物を盗むのをいつも恨んでいたが、私はこれもたいした罪ではないし自分とも関係ないと思っていた。まして、こうした悪事は大きな鼠がやるのであって、私の愛する小さな鼠のせいにすることは断じてできない。この種の小さな鼠はたいてい地面を走り回り、親指ほどの大きさで、人もあまり怖がらなかった。我々の土地ではこれを「隠鼠」と呼び、もっぱら屋根裏に住む大物とは別種であった。私のベッドの前には紙絵が二枚貼ってあった。一枚は「八戒婿入り」で、紙面いっぱいに長い鼻と大きな耳が並び、あまり上品とは思えなかった。もう一枚の「鼠の嫁入り」は可愛らしく、新郎新婦から付添人、客、使用人に至るまで、みな尖った顎に細い脚で、まるで書生のようだが、着ているのはみな赤い上着に緑のズボンだった。私は思った。こんな大がかりな式を挙げられるのは、きっと私の好きなあの隠鼠たちに違いない。今は無粋になり、路上で人間の嫁入り行列に出くわしても、交配の広告ぐらいにしか見えず、大して気にもならない。だがあの頃の「鼠の嫁入り」の儀式を見たいという気持ちは非常に強く、海昌の蒋氏のように三晩続けて拝礼しても、飽きることはなかっただろう。正月十四日の夜、私はなかなか寝ようとせず、ベッドの下から行列が出てくるのを待ち構えていた。しかし結局見えたのは裸の隠鼠が何匹か地面を歩き回っているだけで、婚礼の最中とは思えなかった。我慢しきれずに不機嫌なまま眠り、目を開ければもう明け方で、灯籠祭りの日になっていた。おそらく鼠族の婚儀は、招待状を配って祝儀を集めるどころか、たとえ本当の「参観」であっても絶対に歓迎しないのだろうと思った。これは彼らの昔からの習慣で、抗議しても無駄なのだ。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;老鼠的大敵其實並不是貓。春後,你聽到它“咋!咋咋咋咋!”地叫著,大家稱為“老鼠數銅錢”的,便知道它的可怕的屠伯已經光降了。這聲音是表現絕望的驚恐的,雖然遇見貓,還不至於這樣叫。貓自然也可怕,但老鼠只要竄進一個小洞去,它也就奈何不得,逃命的機會還很多。獨有那可怕的屠伯——蛇,身體是細長的,圓徑和鼠子差不多,凡鼠子能到的地方,它也能到,追逐的時間也格外長,而且萬難幸免,當“數錢”的時候,大概是已經沒有第二步辦法的了。
 
&emsp;&emsp;老鼠的大敵其實並不是貓。春後,你聽到它“咋!咋咋咋咋!”地叫著,大家稱為“老鼠數銅錢”的,便知道它的可怕的屠伯已經光降了。這聲音是表現絕望的驚恐的,雖然遇見貓,還不至於這樣叫。貓自然也可怕,但老鼠只要竄進一個小洞去,它也就奈何不得,逃命的機會還很多。獨有那可怕的屠伯——蛇,身體是細長的,圓徑和鼠子差不多,凡鼠子能到的地方,它也能到,追逐的時間也格外長,而且萬難幸免,當“數錢”的時候,大概是已經沒有第二步辦法的了。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
鼠の大敵は実は猫ではない。春になって「ジャッ!ジャジャジャジャ!」という声が聞こえ——みながこれを「鼠の銭勘定」と呼ぶ——恐ろしい殺し屋がお出ましになったことがわかる。この声は絶望的な恐怖を表しており、猫に出会ってもこれほどは鳴かない。猫ももちろん恐ろしいが、鼠は小さな穴に飛び込みさえすれば猫もどうにもできず、逃げおおせる機会はまだ多い。ただあの恐ろしい殺し屋——蛇だけは、体が細長く太さは鼠とさして変わらず、鼠が行ける所はどこでも行け、追いかける時間も格別に長く、まず助かる見込みはない。「銭勘定」の声が上がる時は、おそらくもう二の手がないのだ。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;有一回,我就聽得一間空屋裏有著這種“數錢”的聲音,推門進去,一條蛇伏在橫梁上,看地上,躺著一匹隱鼠,口角流血,但兩脅還是一起一落的。取來給躺在一個紙盒子裏,大半天,竟醒過來了,漸漸地能夠飲食,行走,到第二日,似乎就復了原,但是不逃走。放在地上,也時時跑到人面前來,而且緣腿而上,一直爬到膝髁。給放在飯桌上,便檢吃些菜渣,舐舐碗沿;放在我的書桌上,則從容地遊行,看見硯臺便舐吃了研著的墨汁。這使我非常驚喜了。我聽父親說過的,中國有一種墨猴,只有拇指一般大,全身的毛是漆黑而且發亮的。它睡在筆筒裏,一聽到磨墨,便跳出來,等著,等到人寫完字,套上筆,就舔盡了硯上的余墨,仍舊跳進筆筒裏去了。我就極願意有這樣的一個墨猴,可是得不到;問那裏有,那裏買的呢,誰也不知道。“慰情聊勝無”,這隱鼠總可以算是我的墨猴了罷,雖然它舐吃墨汁,並不一定肯等到我寫完字。
 
&emsp;&emsp;有一回,我就聽得一間空屋裏有著這種“數錢”的聲音,推門進去,一條蛇伏在橫梁上,看地上,躺著一匹隱鼠,口角流血,但兩脅還是一起一落的。取來給躺在一個紙盒子裏,大半天,竟醒過來了,漸漸地能夠飲食,行走,到第二日,似乎就復了原,但是不逃走。放在地上,也時時跑到人面前來,而且緣腿而上,一直爬到膝髁。給放在飯桌上,便檢吃些菜渣,舐舐碗沿;放在我的書桌上,則從容地遊行,看見硯臺便舐吃了研著的墨汁。這使我非常驚喜了。我聽父親說過的,中國有一種墨猴,只有拇指一般大,全身的毛是漆黑而且發亮的。它睡在筆筒裏,一聽到磨墨,便跳出來,等著,等到人寫完字,套上筆,就舔盡了硯上的余墨,仍舊跳進筆筒裏去了。我就極願意有這樣的一個墨猴,可是得不到;問那裏有,那裏買的呢,誰也不知道。“慰情聊勝無”,這隱鼠總可以算是我的墨猴了罷,雖然它舐吃墨汁,並不一定肯等到我寫完字。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
ある時、がらんとした部屋の中からこの「銭勘定」の声が聞こえた。戸を押して入ると、梁の上に一匹の蛇が伏せており、地面を見ると隠鼠が一匹横たわっていた。口の端から血が流れていたが、脇腹はまだ上下していた。拾い上げて紙箱に寝かせると、半日ほどして目を覚まし、だんだんに飲み食いも歩くこともできるようになった。翌日にはもう元通りのようだったが、逃げなかった。地面に置いても時々人の前に走ってきて、脚を伝い、膝まで這い上がってきた。食卓に置くと菜の残りを拾い食いし、碗の縁をなめた。私の書机に置くと、ゆうゆうと歩き回り、硯を見つけるとすったばかりの墨汁をなめた。これは非常に嬉しかった。父から聞いたことがあったのだ。中国には墨猿という生き物がいて、親指ほどの大きさで全身の毛は漆黒で艶がある。筆筒の中で眠っていて、墨を磨る音を聞くと飛び出してきて待ち構え、字を書き終えて筆に蓋をすると、硯の上の残った墨をきれいになめ尽くし、またぴょんと筆筒の中に飛び込むのだという。私はぜひこんな墨猿が欲しかったが手に入らなかった。どこにいるのか、どこで買えるのかと聞いても、誰もわからなかった。「慰情聊か無きに勝る」で、この隠鼠は私の墨猿の代わりと言えよう。墨汁をなめるとはいえ、必ずしも私が字を書き終えるまで待ってくれたわけではないが。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;現在已經記不分明,這樣地大約有一兩月;有一天,我忽然感到寂寞了,真所謂“若有所失”。我的隱鼠,是常在眼前遊行的,或桌上,或地上。而這一日卻大半天沒有見,大家吃午飯了,也不見它走出來,平時,是一定出現的。我再等著,再等它一半天,然而仍然沒有見。
 
&emsp;&emsp;現在已經記不分明,這樣地大約有一兩月;有一天,我忽然感到寂寞了,真所謂“若有所失”。我的隱鼠,是常在眼前遊行的,或桌上,或地上。而這一日卻大半天沒有見,大家吃午飯了,也不見它走出來,平時,是一定出現的。我再等著,再等它一半天,然而仍然沒有見。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
今ではもうはっきりとは覚えていないが、こうして一、二か月ほどが過ぎただろうか。ある日、ふと寂しさを感じた。まさに「何かを失ったような」気持ちだった。私の隠鼠は、いつも目の前を歩き回っていた。机の上にも、地面にも。ところがこの日は半日たっても見えず、みんなが昼飯を食べても出てこなかった。普段なら必ず現れるのに。さらに待った、もう半日待ったが、やはり見えなかった。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;長媽媽,一個一向帶領著我的女工,也許是以為我等得太苦了罷,輕輕地來告訴我一句話。這即刻使我憤怒而且悲哀,決心和貓們為敵。她說:隱鼠是昨天晚上被貓吃去了!
 
&emsp;&emsp;長媽媽,一個一向帶領著我的女工,也許是以為我等得太苦了罷,輕輕地來告訴我一句話。這即刻使我憤怒而且悲哀,決心和貓們為敵。她說:隱鼠是昨天晚上被貓吃去了!
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
長媽媽——ずっと私の世話をしていた女中——はおそらく私が待ちかねていると思ったのだろう、そっと一言知らせてくれた。それを聞いて私はたちまち憤怒と悲哀に満たされ、猫と敵対する決心をした。彼女は言った。隠鼠は昨晩、猫に食べられたのだと!
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;當我失掉了所愛的,心中有著空虛時,我要充填以報仇的惡念!
 
&emsp;&emsp;當我失掉了所愛的,心中有著空虛時,我要充填以報仇的惡念!
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
愛するものを失い、心に虚しさを抱えた時、私はその虚しさを復讐の念で満たそうとした!
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;我的報仇,就從家裏飼養著的一匹花貓起手,逐漸推廣,至於凡所遇見的諸貓。最先不過是追趕,襲擊;後來卻愈加巧妙了,能飛石擊中它們的頭,或誘入空屋裏面,打得它垂頭喪氣。這作戰繼續得頗長久,此後似乎貓都不來近我了。但對於它們縱使怎樣戰勝,大約也算不得一個英雄;況且中國畢生和貓打仗的人也未必多,所以一切韜略、戰績,還是全部省略了罷。
 
&emsp;&emsp;我的報仇,就從家裏飼養著的一匹花貓起手,逐漸推廣,至於凡所遇見的諸貓。最先不過是追趕,襲擊;後來卻愈加巧妙了,能飛石擊中它們的頭,或誘入空屋裏面,打得它垂頭喪氣。這作戰繼續得頗長久,此後似乎貓都不來近我了。但對於它們縱使怎樣戰勝,大約也算不得一個英雄;況且中國畢生和貓打仗的人也未必多,所以一切韜略、戰績,還是全部省略了罷。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
私の復讐は、家で飼っていた一匹の三毛猫から始まり、しだいに広がって、出会うあらゆる猫に及んだ。最初はただ追いかけ襲撃するだけだったが、やがてますます巧みになり、石を投げて頭に命中させたり、空き部屋におびき寄せて打ちのめすことができるようになった。この戦いは長く続き、やがて猫たちはみな私に近づかなくなったようだ。しかし猫相手にいかに勝ったところで、英雄とは呼べまい。そのうえ中国で一生猫と戦い続ける人間はそう多くもあるまいから、一切の戦略戦績はすべて省くことにしよう。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;但許多天之後,也許是已經經過了大半年,我竟偶然得到一個意外的消息:那隱鼠其實並非被貓所害,倒是它緣著長媽媽的腿要爬上去,被她一腳踏死了。
 
&emsp;&emsp;但許多天之後,也許是已經經過了大半年,我竟偶然得到一個意外的消息:那隱鼠其實並非被貓所害,倒是它緣著長媽媽的腿要爬上去,被她一腳踏死了。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
だが何日も経った後、おそらくもう半年以上経っていただろうか、私はふと意外な知らせを耳にした。あの隠鼠は実は猫に殺されたのではなく、長媽媽の脚を伝って這い上がろうとしたところを、彼女に一踏みにされたのだった。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
&emsp;&emsp;這確是先前所沒有料想到的。現在我已經記不清當時是怎樣一個感想,但和貓的感情卻終於沒有融和;到了北京,還因為它傷害了兔的兒女們,便舊隙夾新嫌,使出更辣的辣手。“仇貓”的話柄,也從此傳揚開來。然而在現在,這些早已是過去的事了,我已經改變態度,對貓頗為客氣,倘其萬不得已,則趕走而已,決不打傷它們,更何況殺害。這是我近幾年的進步。經驗既多,一旦大悟,知道貓的偷魚肉,拖小雞,深夜大叫,人們自然十之九是憎惡的,而這憎惡是在貓身上。假如我出而為人們驅除這憎惡,打傷或殺害了它,它便立刻變為可憐,那憎惡倒移在我身上了。所以,目下的辦法,是凡遇貓們搗亂,至於有人討厭時,我便站出去,在門口大聲叱曰:“噓!滾!”小小平靜,即回書房,這樣,就長保著禦侮保家的資格。其實這方法,中國的官兵就常在實做的,他們總不肯掃清土匪或撲滅敵人,因為這麽一來,就要不被重視,甚至於因失其用處而被裁汰。我想,如果能將這方法推廣應用,我大概也總可望成為所謂“指導青年”的“前輩”的罷,但現下也還未決心實踐,正在研究而且推敲。
 
&emsp;&emsp;這確是先前所沒有料想到的。現在我已經記不清當時是怎樣一個感想,但和貓的感情卻終於沒有融和;到了北京,還因為它傷害了兔的兒女們,便舊隙夾新嫌,使出更辣的辣手。“仇貓”的話柄,也從此傳揚開來。然而在現在,這些早已是過去的事了,我已經改變態度,對貓頗為客氣,倘其萬不得已,則趕走而已,決不打傷它們,更何況殺害。這是我近幾年的進步。經驗既多,一旦大悟,知道貓的偷魚肉,拖小雞,深夜大叫,人們自然十之九是憎惡的,而這憎惡是在貓身上。假如我出而為人們驅除這憎惡,打傷或殺害了它,它便立刻變為可憐,那憎惡倒移在我身上了。所以,目下的辦法,是凡遇貓們搗亂,至於有人討厭時,我便站出去,在門口大聲叱曰:“噓!滾!”小小平靜,即回書房,這樣,就長保著禦侮保家的資格。其實這方法,中國的官兵就常在實做的,他們總不肯掃清土匪或撲滅敵人,因為這麽一來,就要不被重視,甚至於因失其用處而被裁汰。我想,如果能將這方法推廣應用,我大概也總可望成為所謂“指導青年”的“前輩”的罷,但現下也還未決心實踐,正在研究而且推敲。
 
+
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
これは確かに以前には思いもよらなかったことだ。今ではその時どんな気持ちだったか思い出せないが、猫との感情はついに和解せず、北京に来てからも、猫が兎の子どもたちを傷つけたので、旧恨に新怨を重ね、さらにひどい仕打ちをした。「猫嫌い」の評判もそれ以来広まったのである。しかし現在では、これらはすべてとうに過去のことになり、私はすでに態度を改め、猫に対してかなり丁重にしている。万やむを得ない場合でも追い払うだけで、決して傷つけず、ましてや殺しはしない。これは近年の私の進歩である。経験を積んで悟ったのだが、猫が魚や肉を盗み、小鶏をさらい、深夜に大声で鳴くことを、人々は十中八九憎んでおり、その憎しみは猫に向いている。もし私が出ていって人々のためにこの憎しみを取り除き、猫を傷つけたり殺したりすれば、猫はたちまち哀れな存在に変わり、憎しみは私に移る。だから今の方法は、猫が騒ぎ立てて誰かが嫌がったら、私が出て行って門口で大声で叱って「シッ!失せろ!」と言い、少し静まったら書斎に戻る。こうすれば、いつまでも侮りを防ぎ家を守る資格を保てるのだ。実はこの方法、中国の官軍が常に実行していることで、彼らは決して土匪を掃討したり敵を殲滅したりしようとしない。そんなことをすれば重んじられなくなり、用済みとして首にされかねないからだ。この方法をさらに広く応用できれば、私もいわゆる「青年を指導する」「先輩」の仲間入りが望めそうだが、今のところまだ実行に踏み切る決心がつかず、研究推敲中である。
 +
|-
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 +
一九二六年二月二十一日。
 +
| style="vertical-align:top; padding:10px;" |
 
一九二六年二月二十一日。
 
一九二六年二月二十一日。
| Since last year, I seem to have heard people saying that I am a cat-hater. The evidence for this is naturally my essay "Rabbits and Cats" — a self-drawn confession, about which there is nothing to be said — but I did not mind in the least. This year, however, I have become rather worried. I am one who cannot help dabbling with the pen from time to time; I write things down and send them off to be printed, and for certain people it seems I scratch where it itches less often than I hit where it hurts. Should I, through the slightest carelessness, happen to offend some famous personage or distinguished professor, or worse still, one of those "elders charged with the responsibility of guiding the youth," then I would be in extreme danger. Why? Because such grand figures are "not to be trifled with." How "not to be trifled with"? I fear that after getting heated all over, they would write a letter and publish it in the newspaper, proclaiming: "Look here! Is not the dog the enemy of the cat? Yet Mr. Lu Xun himself admits to being a cat-hater, and he still talks about beating 'dogs in the water'!" The subtle meaning of this "logic" lies in using my own words to prove that I am in fact a dog, whereby all my utterances are fundamentally overturned — even if I say two times two is four or three times three is nine, not a single word would be correct. Since all of these are wrong, then the gentleman's pronouncements that two times two is seven or three times three is a thousand, and so forth, would naturally be correct.
 
 
I therefore began from time to time to investigate the "motives" behind their enmity. This was not an attempt to presumptuously imitate the current fashion among scholars of judging works by their motives; I merely wished to clear my own name in advance. As I see it, this would require no great effort from an animal psychologist, but unfortunately I do not possess such learning. Later, in Dr. O. Dahnhardt's *Natural History in Folk Tales*, I finally discovered the reason. It goes like this: the animals, having important matters to discuss, convened a meeting. Birds, fish, and beasts all assembled — only the elephant was absent. They decided to send a messenger to welcome it, and the lot fell upon the dog. "How shall I find the elephant? I have never seen it, nor do I know it," the dog asked. "That is easy," everyone said. "It has a hunched back." Off the dog went, and encountering a cat that had just arched its back, the dog escorted it along and introduced the arch-backed cat to the assembly: "Here is the elephant!" But everyone burst out laughing at it. From that day on, dogs and cats became enemies.
 
 
Although the Germanic peoples have not been out of their forests very long, their scholarship and literature are already quite impressive, and even the bindings of their books and the craftsmanship of their toys are all delightful. Only this particular tale is really not very attractive; the grudge is formed in a rather pointless way. The cat arches its back not from any pretension or deliberate posturing — the fault lies entirely in the dog's own lack of discernment. Nevertheless, a reason can still count as a reason, I suppose. My hatred of cats, however, is of a very different sort.
 
 
In truth, one need not draw such a sharp line between humans and animals. In the animal kingdom, though things are not as comfortable and free as the ancients imagined, there is certainly less fuss and pretense than in the world of men. Animals follow their natures and act on their feelings: right is right and wrong is wrong, and they never utter a word of self-justification. Maggots may be unclean, but they never proclaim their own purity; birds of prey and fierce beasts take weaker animals for food — one might call them cruel — but they have never once raised the banner of "justice" or "righteousness," causing their victims to admire and praise them right up until the moment of being devoured. Humans, now — the ability to stand upright was certainly a great advance; the ability to speak was certainly another great advance; the ability to write essays was certainly yet another great advance. But with these came decline, for that was also when the uttering of empty words began. Uttering empty words might still be forgivable, but when one does not even realize one is speaking against one's own convictions, then compared to animals who can only howl, one truly cannot help but feel "thick-skinned and ashamed." If there really were an impartial Creator on high, He would perhaps regard these petty human cleverness as meddlesome — just as we, watching monkeys turn somersaults and elephants curtsy at the zoo, may break into a smile but at the same time feel uncomfortable, or even sad, thinking it would be better if they did not possess such superfluous cleverness. However, since one has already become human, one might as well "attack those who differ and ally with one's own kind," learn to speak as people do, and follow custom to have a chat — or a debate.
 
 
Now, as I come to state my reasons for hating cats, I feel they are perfectly sufficient, and entirely aboveboard. First, the cat's temperament differs from that of other predators: whenever it catches a sparrow or a mouse, it is never willing to dispatch it in one bite but must toy with it to its heart's content — letting it go, catching it again, catching it again, letting it go — until it has had enough of the game, and only then does it eat. This is quite similar to the nasty human habit of taking pleasure in others' misfortunes and slowly tormenting the weak. Second, is it not of the same family as the lion and the tiger? Yet what a fawning manner it has! But perhaps this is merely a matter of natural endowment — if its body were ten times its current size, one really does not know what attitude it would assume. These grounds for complaint, however, seem to have been added just now as I take up the pen, though they also seem like reasons that surged up in my mind at the time. To be more reliable, perhaps I should simply say it was because of the caterwauling they make when mating — such elaborate proceedings! — disturbing everyone else, especially when one is trying to read or sleep at night. At such times, I would take a long bamboo pole and attack them. When dogs mate in the street, idlers often beat them with sticks; I once saw a copperplate engraving by Pieter Bruegel the Elder, *Allegorie der Wollust*, that also depicted this, which shows such behavior is universal across time and place. Ever since that obstinate Austrian scholar Sigmund Freud promoted psychoanalysis — which I hear Mr. Zhang Shizhao has translated as "heart-analysis," concise and archaic, but truly difficult to understand — our own famous personages and distinguished professors have also begun to invoke it in a vague sort of way, and such matters inevitably end up being attributed to sexual desire. I do not concern myself with the beating of dogs; as for my attacks on cats, they were solely because of the noise, with no malice whatsoever. I trust that my jealousy has not yet grown so expansive, and in these times when "the slightest move invites censure," this must be stated in advance. For instance, people also have quite elaborate procedures before mating: the modern way is to write love letters, a bundle at least, a bale at most; the old way involved "inquiring the name" and "presenting betrothal gifts," with kowtowing and bowing. Last year, the Jiang family of Haichang held a wedding in Beijing, bowing back and forth for a full three days, and even printed a red-covered volume of *Wedding Ritual Protocol*, whose preface declared at length: "Considered impartially, since it is called a ritual, it must naturally be elaborate. If one aims only for simplicity, what need is there for ritual? ... Thus those in the world who aspire to ritual may rise! Let them not retreat to the rank of commoners, to whom ritual does not extend!" Yet I felt no irritation at all — because I was not required to attend. This also shows that my grudge against cats really has the simplest of reasons: merely because they insist on yowling in my ears. One can ignore other people's various rituals if one is not involved, and I could not care less; but if someone were to come and order me to recite love letters or accompany them in bowing just when I wanted to read or sleep, then in self-defense I would still have to resist with a long bamboo pole. Furthermore, when acquaintances with whom I rarely associate suddenly send me a red invitation card printed with "for my humble sister's wedding" or "for my son's nuptials," "respectfully requesting your attendance" or "the honor of your entire household's presence" — sentences containing "sinister implications" that make me feel guilty if I do not spend money — I am not entirely pleased either.
 
 
But all this is recent talk. Thinking further back, my hatred of cats began long before I could articulate these reasons — perhaps when I was around ten years old. I still remember clearly: the reason was extremely simple. It was only because the cat ate mice — ate the adorable little "hidden mouse" I had been keeping.
 
 
I hear that in the West they are not very fond of black cats, though I do not know if this is certain; but the black cat in Edgar Allan Poe's story is indeed rather frightening. Japanese cats are skilled at becoming spirits, and the "Cat Hag" of legend, who devours humans, is even more terrifying in her cruelty. In old China there were once "cat ghosts," but recently one seldom hears of cats working mischief — the old arts seem to have been lost, and cats have become honest. But in my childhood, I always felt there was something uncanny about them, and had no fondness for them at all. One summer night when I was small, I lay on a little board table under a large cassia tree to cool off. My grandmother sat beside the table, fanning herself with a palm-leaf fan, posing riddles and telling me stories. Suddenly, from up in the cassia tree came the scratching sound of claws on bark, and a pair of gleaming eyes descended through the darkness with the sound, startling me and interrupting my grandmother's story. She began telling cat stories instead —
 
 
"Do you know? The cat was the tiger's teacher," she said. "How would a small child know — the cat was the tiger's master. The tiger originally knew nothing at all and enrolled itself under the cat's tutelage. The cat taught it the method of pouncing, the method of catching, the method of eating — just like its own way of catching mice. When all this had been taught, the tiger thought: I have learned every skill now; no one can surpass me; only my teacher the cat is still stronger than I am. If I kill the cat, I shall be the mightiest of all. Having made up its mind, it lunged at the cat. But the cat had known its intention all along. With one leap, it was up in the tree, and the tiger could only squat below, staring helplessly. The cat had not yet transmitted all its skills — it had not yet taught the tiger to climb trees."
 
 
That was fortunate, I thought — lucky that the tiger was so impatient, otherwise a tiger might have climbed down from the cassia tree. But it was still frightening, and I wanted to go inside to sleep. The night grew darker; the cassia leaves rustled as a breeze stirred. I imagined the sleeping mat must have cooled by now, and I would no longer toss and turn restlessly.
 
 
In the faint light of the bean-oil lamp in a house centuries old, it was the world of scampering mice — darting about, squeaking — often with an air even more imposing than that of "famous personages and distinguished professors." A cat was kept in the house, but it ate its fill and ignored its duties. Although my grandmother and the others often resented the mice for gnawing through boxes and chests and stealing food, I did not think these offenses amounted to much, nor were they any concern of mine. Besides, such misdeeds were most likely committed by the big mice, and one could not falsely accuse the little mice I loved. These little mice generally scurried about on the ground, were only the size of a thumb, and were not very afraid of people. In our parts they were called "hidden mice," a different species from the great ones that lived exclusively in the rafters. Pasted on the wall beside my bed were two colored prints: one was "Pigsy Takes a Bride," covered with long snouts and big ears, which I found rather inelegant; the other, "The Mouse Wedding," was delightful — from the bridegroom and bride to the groomsmen, guests, and attendants, every one had a pointed face and slender legs, looking exactly like scholars, yet they all wore red jackets and green trousers. I thought that only the hidden mice I loved could put on such a grand ceremony. I have grown coarser now, and when I encounter a wedding procession on the street, I merely regard it as an advertisement for sexual intercourse and pay little attention. But in those days, my longing to witness "The Mouse Wedding" ceremony was intense — even if, like the Jiang family of Haichang, they bowed for three nights running, I doubt I would have grown weary of watching. The night of the fourteenth of the first month was the night I would not willingly go to sleep, waiting for their procession to emerge from under my bed. But all I ever saw were a few naked hidden mice parading across the floor, with no sign of wedding festivities. By the time I could hold out no longer and went sullenly to sleep, it was already dawn when I opened my eyes — the Lantern Festival had arrived. Perhaps the wedding rites of mouse-kind not only dispense with invitation cards and the collection of congratulatory gifts, but even genuine "spectators" are absolutely unwelcome, I thought. This is their age-old custom, against which there is no appeal.
 
 
The mouse's greatest enemy is actually not the cat. In spring, when you hear it cry "Zha! Zha-zha-zha-zha!" — what everyone calls "the mouse counting its coins" — you know its dreadful executioner has arrived. That sound expresses the ultimate terror of despair; even upon encountering a cat, the mouse would not cry like that. The cat is frightening, to be sure, but as long as the mouse can scurry into a small hole, the cat can do nothing, and the chances of escape are still many. Only that terrible executioner — the snake — has a body that is long and slender, with roughly the same diameter as the mouse; wherever the mouse can go, it can go too. The chase lasts far longer, and escape is virtually impossible. When the mouse is "counting its coins," there is probably no second recourse left.
 
 
Once, I heard that very sound of "coin-counting" coming from an empty room. I pushed the door open and went in. A snake lay draped across a beam. On the floor lay a hidden mouse, blood seeping from the corner of its mouth, but its flanks still rising and falling. I took it and placed it in a paper box. After half a day, it actually revived, and gradually became able to eat, drink, and walk about. By the second day, it seemed to have recovered completely, yet it did not run away. Set on the floor, it would constantly run toward people and climb up their legs, all the way to the kneecap. Placed on the dining table, it would pick at scraps of food and lick the rims of bowls; placed on my writing desk, it would stroll about at leisure, and upon seeing the inkstone would lick up the freshly ground ink. This delighted me enormously. I had heard my father speak of a creature in China called the ink-monkey, only the size of a thumb, its entire body of fur jet-black and glossy. It slept in the brush holder, and as soon as it heard the grinding of ink, it would leap out and wait. When the person finished writing and capped the brush, it would lick clean all the remaining ink on the inkstone and hop back into the brush holder. I desperately wanted such an ink-monkey but could not obtain one; when I asked where they could be found or bought, no one knew. "A poor consolation is better than none" — this hidden mouse could surely serve as my ink-monkey, even though it did not necessarily wait until I had finished writing before licking the ink.
 
 
I can no longer remember clearly, but this went on for about a month or two. One day, I suddenly felt lonely — truly what is called "as if something were lost." My hidden mouse was always in sight, parading about on the table or the floor. But on this day I had not seen it for most of the morning. Everyone sat down to lunch, and still it did not appear; usually it would certainly have come out. I waited more, another half-day, but still there was no sign of it.
 
 
Mama Chang — a serving woman who had always looked after me — perhaps thought I had been waiting too painfully, and came softly to tell me something. This instantly filled me with rage and grief, and I resolved to wage war against all cats. She said: the hidden mouse had been eaten by the cat last night!
 
 
When I have lost what I loved and feel emptiness in my heart, I fill it with thoughts of vengeance!
 
 
My revenge began with the tabby cat kept in our house and gradually expanded to include all cats I encountered. At first I merely chased and ambushed them; later my methods grew more ingenious — I could hit them on the head with a thrown stone, or lure them into an empty room and beat them until they hung their heads in dejection. This campaign went on for quite some time, and after that the cats seemed to stop coming near me. But no matter how many victories I won over them, I could hardly be called a hero; besides, there are probably not many people in China who spend their entire lives fighting cats, so all strategy and battle records may as well be omitted entirely.
 
 
But many days later — perhaps more than half a year had passed — I chanced upon an unexpected piece of news: the hidden mouse had not in fact been killed by the cat; rather, it had climbed up Mama Chang's leg, and she had trampled it to death with one step.
 
 
This was something I had certainly not anticipated. I can no longer recall clearly what I felt at the time, but my feelings toward cats never did become reconciled. After I moved to Beijing, because a cat had harmed the baby rabbits, old grudges combined with new grievances, and I employed even harsher measures. The epithet "cat-hater" has been bandied about ever since. But now all this is already a thing of the past. I have changed my attitude and become quite civil toward cats. If absolutely necessary, I merely chase them away and never injure them, much less kill them. This is my progress in recent years. With more experience, one eventually reaches a great enlightenment: cats steal fish and meat, snatch chicks, and yowl loudly in the dead of night — nine out of ten people naturally detest them, and this detestation rests upon the cat. If I were to step forward and drive away this detestation by injuring or killing the cat, it would instantly become an object of pity, and the detestation would shift onto me. Therefore, my current method is: whenever cats create a disturbance and someone expresses annoyance, I step to the doorway and shout loudly: "Shoo! Scram!" After a brief calm, I return to my study. In this way, I permanently maintain my credentials as a defender of hearth and home. In fact, this is exactly what Chinese government troops have always done in practice — they are never willing to clear out the bandits or crush the enemy completely, because once they did, they would cease to be valued, and might even be disbanded for having outlived their usefulness. I think that if this method could be applied more broadly, I might well hope to become one of those so-called "elders" who "guide the youth." But for now I have not yet resolved to put it into practice, and am still studying and deliberating.
 
 
February 21, 1926.
 
 
|}
 
|}
  
 +
[[Lu_Xun_Complete_Works|&larr; 目次に戻る]]
 
[[Category:Lu Xun]]
 
[[Category:Lu Xun]]
[[Category:Japanese Translations]]
 
[[Category:Bilingual Editions]]
 

Latest revision as of 14:00, 26 April 2026

Languages: ZH · EN · DE · FR · ES · IT · RU · AR · HI · JA
Bilingual: ZH-EN · ZH-DE · ZH-FR · ZH-ES · ZH-IT · ZH-RU · ZH-AR · ZH-HI · ZH-JA · ← 目次

狗·猫·鼠 / 犬・猫・鼠

魯迅 (鲁迅, ルーシュン, 1881-1936)

中日対照翻訳。


中文 日本語

  從去年起,仿佛聽得有人說我是仇貓的。那根據自然是在我的那一篇《兔和貓》;這是自畫招供,當然無話可說,——但倒也毫不介意。一到今年,我可很有點擔心了。我是常不免於弄弄筆墨的,寫了下來,印了出去,對於有些人似乎總是搔著癢處的時候少,碰著痛處的時候多。萬一不謹,甚而至於得罪了名人或名教授,或者更甚而至於得罪了“負有指導青年責任的前輩”之流,可就危險已極。為什麽呢?因為這些大腳色是“不好惹”的。怎地“不好惹”呢?就是怕要渾身發熱之後,做一封信登在報紙上,廣告道:“看哪!狗不是仇貓的麽?魯迅先生卻自己承認是仇貓的,而他還說要打‘落水狗’!”這“邏輯”的奧義,即在用我的話,來證明我倒是狗,於是而凡有言說,全都根本推翻,即使我說二二得四,三三見九,也沒有一字不錯。這些既然都錯,則紳士口頭的二二得七,三三見千等等,自然就不錯了。

去年あたりから、私が猫を憎んでいるという人がいるらしい。その根拠はもちろん私のあの一篇「兎と猫」にある。これは自白のようなもので、何も言いようがない。——しかし別に気にもしなかった。ところが今年になって、少々心配になってきた。私はいつも筆墨をいじらずにはいられない性質で、書いたものを印刷に出すと、ある種の人々にとっては痒いところを掻く時は少なく、痛いところに触る時の方が多いらしい。万が一にも不注意で名士や名教授、あるいはさらに進んで「青年を指導する責任を負う先輩」の類を怒らせたりしたら、それこそ危険極まりない。なぜか?こういう大物は「怒らせると厄介」だからだ。どう「厄介」かといえば、全身がかっと熱くなった後で手紙を一通書いて新聞に載せ、こう広告するのだ。「見よ!犬は猫を憎むものではないか?魯迅先生は自ら猫を憎んでいると認めており、しかも彼は『落水狗を打て』とも言っている!」この「論理」の奥義は、つまり私の言葉を使って私が犬であることを証明し、かくして私の全ての言説を根本から覆すのである。たとえ私が二二が四、三三が九と言っても、一字の誤りもなくなる。これらがすべて間違いなのだから、紳士の口にする二二が七、三三が千等々は、当然正しいことになるわけだ。

  我於是就間或留心著查考它們成仇的“動機”。這也並非敢妄學現下的學者以動機來褒貶作品的那些時髦,不過想給自己預先洗刷洗刷。據我想,這在動物心理學家,是用不著費什麽力氣的,可惜我沒有這學問。後來,在覃哈特博士(Dr.O.Dähmhardt)的《自然史底國民童話》裏,總算發見了那原因了。據說,是這麽一回事:動物們因為要商議要事,開了一個會議,鳥、魚、獸都齊集了,單是缺了象。大家議定,派夥計去迎接它,拈到了當這差使的鬮的就是狗。“我怎麽找到那象呢?我沒有見過它,也和它不認識。”它問。“那容易,”大眾說,“它是駝背的。”狗去了,遇見一匹貓,立刻弓起脊梁來,它便招待,同行,將弓著脊梁的貓介紹給大家道:“象在這裏!”但是大家都嗤笑它了。從此以後,狗和貓便成了仇家。

そこで私は時折、彼らが仇敵となった「動機」を調べてみることにした。これは別に今流行りの学者のように動機で作品を褒め貶しする真似をしようというのではなく、ただ自分の身をあらかじめ清めておきたいだけである。思うに、動物心理学者にとっては大した労力を要しないことだろうが、あいにく私にはその学問がない。後に、デーンハルト博士(Dr.O.Dähmhardt)の『自然史における国民童話』の中で、ようやくその原因を発見した。こういう話だそうだ。動物たちが重要事を協議するために会議を開き、鳥も魚も獣もみな集まったが、ただ象だけがいなかった。みなで使いを迎えに行かせることにし、くじを引いたところ犬に当たった。「象をどうやって見つけるのですか?見たこともないし、面識もありません。」犬は聞いた。「簡単だ」とみなが言った。「背中の曲がっているやつだ。」犬は出かけて猫に出会った。猫がすぐ背中を弓なりに曲げたので、犬はそれを案内し、背を曲げた猫をみなに紹介して言った。「象はここにいます!」だがみなに嘲笑された。それ以来、犬と猫は仇敵となったのだ。

  日爾曼人走出森林雖然還不很久,學術文藝卻已經很可觀,便是書籍的裝潢,玩具的工致,也無不令人心愛。獨有這一篇童話卻實在不漂亮;結怨也結得沒有意思。貓的弓起脊梁,並不是希圖冒充,故意擺架子的,其咎卻在狗的自己沒眼力。然而原因也總可以算作一個原因。我的仇貓,是和這大大兩樣的。

ゲルマン人が森を出てからまだそう久しくはないが、学術文芸はすでに見事なもので、書籍の装幀や玩具の精巧さも、すべて人を魅了する。ただこの一篇の童話だけは実に不格好で、怨みの結び方もつまらない。猫が背中を曲げたのは、なりすまそうとしたのでも威張ろうとしたのでもなく、悪いのは犬自身の眼力のなさである。とはいえ原因はやはり原因として数えてよい。私の猫嫌いは、これとは大いに異なるのだ。

  其實人禽之辨,本不必這樣嚴。在動物界,雖然並不如古人所幻想的那樣舒適自由,可是嚕囌做作的事總比人間少。它們適性任情,對就對,錯就錯,不說一句分辯話。蟲蛆也許是不乾淨的,但它們並沒有自鳴清高;鷙禽猛獸以較弱的動物為餌,不妨說是兇殘的罷,但它們從來就沒有豎過“公理”“正義”的旗子,使犧牲者直到被吃的時候為止,還是一味佩服贊嘆它們。人呢,能直立了,自然是一大進步;能說話了,自然又是一大進步;能寫字作文了,自然又是一大進步。然而也就墮落,因為那時也開始了說空話。說空話尚無不可,甚至於連自己也不知道說著違心之論,則對於只能嗥叫的動物,實在免不得“顏厚有忸怩”。假使真有一位一視同仁的造物主,高高在上,那麽,對於人類的這些小聰明,也許倒以為多事,正如我們在萬生園裏,看見猴子翻筋鬥,母象請安,雖然往往破顏一笑,但同時也覺得不舒服,甚至於感到悲哀,以為這些多余的聰明,倒不如沒有的好罷。然而,既經為人,便也只好“黨同伐異”,學著人們的說話,隨俗來談一談,——辯一辯了。

そもそも人と禽獣の区別は、こんなに厳密にする必要はない。動物界は、古人が幻想したほど安楽自由ではないにしても、面倒なことは人間界よりずっと少ない。彼らは性に任せ情に従い、正しければ正しい、間違えば間違い、一言の弁解もしない。蛆虫は清潔でないかもしれないが、自ら清高を気取りはしない。猛禽猛獣は弱い動物を餌とするもので、残忍と言ってもよいが、「公理」だの「正義」だのの旗を掲げて、犠牲者が食われる時まで一途に感嘆讃美させたりはしない。人間は直立できるようになった。それは大きな進歩である。話ができるようになった。それもまた大きな進歩。字が書け文章が作れるようになった。それもまた大きな進歩。しかしそれは同時に堕落でもあった。なぜならその時から空言を弄し始めたからだ。空言を弄するぐらいはまだよいが、自分でも気づかぬうちに心にもないことを言うようになると、吠えることしかできない動物に対して「顔厚うして忸怩たる」思いをせずにはいられない。もし本当に万物を平等に見る造物主がおわして高みから見下ろしているなら、人類のこうした小賢しさを余計なことと思うかもしれない。ちょうど我々が万牲園で猿がとんぼ返りをし、母象がお辞儀をするのを見て、しばしば顔をほころばせながらも、同時に居心地悪く、悲しくさえ感じ、こうした余計な利口さはない方がいいのではないかと思うのと同じだ。しかし人間に生まれた以上は、やはり「同類を助けて異類を討つ」ほかなく、人々の言葉を学び、世の習いに従って少し語り——少し弁じるとしよう。

  現在說起我仇貓的原因來,自己覺得是理由充足,而且光明正大的。一、它的性情就和別的猛獸不同,凡捕食雀、鼠,總不肯一口咬死,定要盡情玩弄,放走,又捉住,捉住,又放走,直待自己玩厭了,這才吃下去,頗與人們的幸災樂禍,慢慢地折磨弱者的壞脾氣相同。二、它不是和獅虎同族的麽?可是有這麽一副媚態!但這也許是限於天分之故罷,假使它的身材比現在大十倍,那就真不知道它所取的是怎麽一種態度。然而,這些口實,仿佛又是現在提起筆來的時候添出來的,雖然也像是當時湧上心來的理由。要說得可靠一點,或者倒不如說不過因為它們配合時候的嗥叫,手續竟有這麽繁重,鬧得別人心煩,尤其是夜間要看書,睡覺的時候。當這些時候,我便要用長竹竿去攻擊它們。狗們在大道上配合時,常有閑漢拿了木棍痛打;我曾見大勃呂該爾(P.Bruegel d.Ä)的一張銅版畫Allegorie der Wollust上,也畫著這回事,可見這樣的舉動,是中外古今一致的。自從那執拗的奧國學者弗羅特(S.Freud)提倡了精神分析說——Psychoanalysis,聽說章士釗先生是譯作“心解”的,雖然簡古,可是實在難解得很——以來,我們的名人名教授也頗有隱隱約約,檢來應用的了,這些事便不免又要歸宿到性欲上去。打狗的事我不管,至於我的打貓,卻只因為它們嚷嚷,此外並無惡意,我自信我的嫉妒心還沒有這麽博大,當現下“動輒獲咎”之秋,這是不可不預先聲明的。例如人們當配合之前,也很有些手續,新的是寫情書,少則一束,多則一捆;舊的是什麽“問名”“納采”,磕頭作揖,去年海昌蔣氏在北京舉行婚禮,拜來拜去,就十足拜了三天,還印有一本紅面子的《婚禮節文》,《序論》裏大發議論道:“平心論之,既名為禮,當必繁重。專圖簡易,何用禮為?……然則世之有志於禮者,可以興矣!不可退居於禮所不下之庶人矣!”然而我毫不生氣,這是因為無須我到場;因此也可見我的仇貓,理由實在簡簡單單,只為了它們在我的耳朵邊盡嚷的緣故。人們的各種禮式,局外人可以不見不聞,我就滿不管,但如果當我正要看書或睡覺的時候,有人來勒令朗誦情書,奉陪作揖,那是為自衛起見,還要用長竹竿來抵禦的。還有,平素不大交往的人,忽而寄給我一個紅帖子,上面印著“為舍妹出閣”,“小兒完姻”,“敬請觀禮”或“闔第光臨”這些含有“陰險的暗示”的句子,使我不化錢便總覺得有些過意不去的,我也不十分高興。

さて私の猫嫌いの理由を言えば、自分では十分な理由があり、しかも光明正大だと思っている。一、猫の性質は他の猛獣とは違い、雀や鼠を捕らえる時、決して一口に噛み殺さず、必ず存分にもてあそび、放しては捕え、捕えては放し、自分が飽きるまでそうしてから食べるので、弱者をいたぶる人間の意地悪にそっくりである。二、猫は獅子や虎と同族ではないか?なのにあの媚態ぶりはどうだ!もっともこれは天分のせいかもしれない。体が今の十倍もあったなら、一体どんな態度をとるか見ものだが。しかしこれらの口実は、今筆を執った時に付け加えたもののようでもあるし、当時の心に浮かんだ理由のようでもある。もう少し確かなことを言うなら、むしろ猫が交尾する時の叫び声がやたらに煩わしく、人を苛立たせるからに過ぎない。特に夜、読書や睡眠の時に。そんな時、私は長い竹竿で攻撃してやった。犬が大通りで交尾している時にも、暇人が棒で叩くのをよく見かける。大ブリューゲル(P.Bruegel d.Ä)の銅版画「好色の寓意」にもこの光景が描かれており、こうした行為は古今東西共通のものと見える。あの頑固なオーストリアの学者フロイト(S.Freud)が精神分析——Psychoanalysisを唱えて以来——聞くところによると章士釗先生は「心解」と訳しているそうで、簡潔ではあるが実に難解である——我が国の名士名教授もそこはかとなく引用するようになり、こうした事もまた性欲に帰着させられかねない。犬を打つことは私の知ったことではないが、猫を打つのはただ彼らが喚くからであって、それ以外に悪意はない。私の嫉妬心はそこまで博大ではないと自負しており、「動輒(ともすれば)咎を獲る」この折、これは予め声明しておかねばならない。例えば人間も交尾の前に多くの手続きがあり、新しいやり方では恋文を書き、少なければ一束、多ければ一包み。古いやり方では「問名」「納采」、頭を下げてお辞儀をし、去年海昌の蒋氏が北京で結婚式を挙げた時は、拝礼が三日もかかり、赤い表紙の『婚礼節文』まで印刷し、「序論」には大いに論じて曰く、「平心して之を論ずるに、既に礼と名づくる以上、当に煩重なるべし。簡易のみを専ら図らば、何ぞ礼を用いん?……然らば世の礼に志ある者、以て興るべし!退いて礼の下らざるの庶人に居る勿れ!」云々。しかし私は少しも腹が立たなかった。出席する必要がなかったからだ。してみると私の猫嫌いの理由は実に単純で、ただ彼らが私の耳元で喚き続けるからに過ぎない。人々の諸々の儀式は、局外者にとっては見ず聞かずで済むから、私は一向に気にしないが、もし私がまさに読書中か睡眠中の時に、誰かが来て恋文の朗読を強い、お辞儀の相手を務めよと強いるなら、自衛のためにやはり長竹竿で防御するであろう。それからもう一つ、普段あまり付き合いのない人が急に赤い招待状を送ってきて、「妹の嫁入りに」「愚息の婚儀に」「ぜひご臨席を」「ご家族お揃いで」といった「陰険な暗示」を含む文句が印刷してあり、お金を出さないとどうにも気が済まない——こういうのも私はあまり嬉しくない。

  但是,這都是近時的話。再一回憶,我的仇貓卻遠在能夠說出這些理由之前,也許是還在十歲上下的時候了。至今還分明記得,那原因是極其簡單的:只因為它吃老鼠,——吃了我飼養著的可愛的小小的隱鼠。

しかし以上はみな最近の話である。もう少し遡れば、私の猫嫌いはこうした理由を口にできるようになるずっと以前、おそらく十歳前後の頃に遡る。今でもはっきり覚えているが、その理由は極めて単純であった。ただ猫が鼠を食べたからだ。——私が飼っていた可愛い小さな隠鼠を食べたのだ。

  聽說西洋是不很喜歡黑貓的,不知道可確;但Edgar Allan Poe的小說裏的黑貓,卻實在有點駭人。日本的貓善於成精,傳說中的“貓婆”,那食人的慘酷確是更可怕。中國古時候雖然曾有“貓鬼”,近來卻很少聽到貓的興妖作怪,似乎古法已經失傳,老實起來了。只是我在童年,總覺得它有點妖氣,沒有什麽好感。那是一個我的幼時的夏夜,我躺在一株大桂樹下的小板桌上乘涼,祖母搖著芭蕉扇坐在桌旁,給我猜謎,講故事。忽然,桂樹上沙沙地有趾爪的爬搔聲,一對閃閃的眼睛在暗中隨聲而下,使我吃驚,也將祖母講著的話打斷,另講貓的故事了——

西洋では黒猫はあまり好まれないと聞くが、本当かどうかわからない。しかしエドガー・アラン・ポーの小説の中の黒猫は、確かにいささか恐ろしい。日本の猫は化け猫になるのが得意で、伝説の「猫婆」の人食いの残酷さはさらに恐ろしい。中国でも昔は「猫鬼」がいたが、近頃は猫が妖怪変化をするとはあまり聞かず、どうやら古法は失伝して真面目になったらしい。ただ私は幼い頃、猫にはどこか妖気があるように感じ、好感を持てなかった。あれは幼い頃の夏の夜のこと、私は大きな桂の木の下の小さな板卓の上に寝転がって涼んでいた。祖母が芭蕉扇を揺らしながら卓のそばに座り、謎々を出したり話を聞かせてくれていた。すると突然、桂の木の上でさらさらと爪の引っ掻く音がして、一対の光る目が闇の中を音と共に降りてきて、私をはっとさせ、祖母の話も中断して、猫の話に変わった——

  “你知道麽?貓是老虎的先生。”她說。“小孩子怎麽會知道呢,貓是老虎的師父。老虎本來是什麽也不會的,就投到貓的門下來。貓就教給它撲的方法,捉的方法,吃的方法,像自己的捉老鼠一樣。這些教完了;老虎想,本領都學到了,誰也比不過它了,只有老師的貓還比自己強,要是殺掉貓,自己便是最強的腳色了。它打定主意,就上前去撲貓。貓是早知道它的來意的,一跳,便上了樹,老虎卻只能眼睜睜地在樹下蹲著。它還沒有將一切本領傳授完,還沒有教給它上樹。”

「おまえ知ってるかい?猫は虎の先生なんだよ。」祖母は言った。「子どもにわかるわけがないだろうけど、猫は虎の師匠なの。虎はもともと何もできなくて、猫の門下に入ったの。猫が飛びかかる方法、捕まえる方法、食べる方法を教えてやった、ちょうど自分が鼠を捕まえるようにね。これを全部教え終わると、虎は思った。技は全部覚えた。もう誰にも負けない。ただ師匠の猫だけが自分より強い。猫を殺せば自分が一番強い者になれる。そう決心して猫に飛びかかった。でも猫は虎の魂胆をとうに見抜いていて、ぴょんと木に飛び上がった。虎は目を丸くして木の下にしゃがみ込むほかなかった。猫はまだ全部の技を伝授していなかったのだ。木登りをまだ教えていなかったのだ。」

  這是僥幸的,我想,幸而老虎很性急,否則從桂樹上就會爬下一匹老虎來。然而究竟很怕人,我要進屋子裏睡覺去了。夜色更加黯然;桂葉瑟瑟地作響,微風也吹動了,想來草席定已微涼,躺著也不至於煩得翻來覆去了。

これは幸いなことだ、と私は思った。虎がそんなにせっかちでなかったら、桂の木から一匹の虎が降りてくるところだった。それにしてもやはり怖い。部屋の中に入って寝よう。夜の色はいっそう暗くなり、桂の葉がさらさらと鳴り、そよ風も吹き出して、寝茣蓙もきっともう少し涼しくなっていて、寝転がっても寝苦しくて寝返りを打つこともあるまい。

  幾百年的老屋中的豆油燈的微光下,是老鼠跳梁的世界,飄忽地走著,吱吱地叫著,那態度往往比“名人名教授”還軒昂。貓是飼養著的,然而吃飯不管事。祖母她們雖然常恨鼠子們嚙破了箱櫃,偷吃了東西,我卻以為這也算不得什麽大罪,也和我不相干,況且這類壞事大概是大個子的老鼠做的,決不能誣陷到我所愛的小鼠身上去。這類小鼠大抵在地上走動,只有拇指那麽大,也不很畏懼人,我們那裏叫它“隱鼠”,與專住在屋上的偉大者是兩種。我的床前就帖著兩張花紙,一是“八戒招贅”,滿紙長嘴大耳,我以為不甚雅觀;別的一張“老鼠成親”卻可愛,自新郎、新婦以至儐相、賓客、執事,沒有一個不是尖腮細腿,像煞讀書人的,但穿的都是紅衫綠褲。我想,能舉辦這樣大儀式的,一定只有我所喜歡的那些隱鼠。現在是粗俗了,在路上遇見人類的迎娶儀仗,也不過當作性交的廣告看,不甚留心;但那時的想看“老鼠成親”的儀式,卻極其神往,即使像海昌蔣氏似的連拜三夜,怕也未必會看得心煩。正月十四的夜,是我不肯輕易便睡,等候它們的儀仗從床下出來的夜。然而仍然只看見幾個光著身子的隱鼠在地面遊行,不像正在辦著喜事。直到我熬不住了,怏怏睡去,一睜眼卻已經天明,到了燈節了。也許鼠族的婚儀,不但不分請帖,來收羅賀禮,雖是真的“觀禮”,也絕對不歡迎的罷,我想,這是它們向來的習慣,無法抗議的。

何百年も経った古い家の、大豆油の灯のほの暗い光の下は、鼠たちが跋扈する世界であった。ひらりひらりと走り、チューチューと鳴き、その態度はしばしば「名士名教授」よりも堂々としていた。猫は飼ってはいたが、飯を食うだけで仕事はしなかった。祖母たちは鼠どもが箱や棚を齧り、食物を盗むのをいつも恨んでいたが、私はこれもたいした罪ではないし自分とも関係ないと思っていた。まして、こうした悪事は大きな鼠がやるのであって、私の愛する小さな鼠のせいにすることは断じてできない。この種の小さな鼠はたいてい地面を走り回り、親指ほどの大きさで、人もあまり怖がらなかった。我々の土地ではこれを「隠鼠」と呼び、もっぱら屋根裏に住む大物とは別種であった。私のベッドの前には紙絵が二枚貼ってあった。一枚は「八戒婿入り」で、紙面いっぱいに長い鼻と大きな耳が並び、あまり上品とは思えなかった。もう一枚の「鼠の嫁入り」は可愛らしく、新郎新婦から付添人、客、使用人に至るまで、みな尖った顎に細い脚で、まるで書生のようだが、着ているのはみな赤い上着に緑のズボンだった。私は思った。こんな大がかりな式を挙げられるのは、きっと私の好きなあの隠鼠たちに違いない。今は無粋になり、路上で人間の嫁入り行列に出くわしても、交配の広告ぐらいにしか見えず、大して気にもならない。だがあの頃の「鼠の嫁入り」の儀式を見たいという気持ちは非常に強く、海昌の蒋氏のように三晩続けて拝礼しても、飽きることはなかっただろう。正月十四日の夜、私はなかなか寝ようとせず、ベッドの下から行列が出てくるのを待ち構えていた。しかし結局見えたのは裸の隠鼠が何匹か地面を歩き回っているだけで、婚礼の最中とは思えなかった。我慢しきれずに不機嫌なまま眠り、目を開ければもう明け方で、灯籠祭りの日になっていた。おそらく鼠族の婚儀は、招待状を配って祝儀を集めるどころか、たとえ本当の「参観」であっても絶対に歓迎しないのだろうと思った。これは彼らの昔からの習慣で、抗議しても無駄なのだ。

  老鼠的大敵其實並不是貓。春後,你聽到它“咋!咋咋咋咋!”地叫著,大家稱為“老鼠數銅錢”的,便知道它的可怕的屠伯已經光降了。這聲音是表現絕望的驚恐的,雖然遇見貓,還不至於這樣叫。貓自然也可怕,但老鼠只要竄進一個小洞去,它也就奈何不得,逃命的機會還很多。獨有那可怕的屠伯——蛇,身體是細長的,圓徑和鼠子差不多,凡鼠子能到的地方,它也能到,追逐的時間也格外長,而且萬難幸免,當“數錢”的時候,大概是已經沒有第二步辦法的了。

鼠の大敵は実は猫ではない。春になって「ジャッ!ジャジャジャジャ!」という声が聞こえ——みながこれを「鼠の銭勘定」と呼ぶ——恐ろしい殺し屋がお出ましになったことがわかる。この声は絶望的な恐怖を表しており、猫に出会ってもこれほどは鳴かない。猫ももちろん恐ろしいが、鼠は小さな穴に飛び込みさえすれば猫もどうにもできず、逃げおおせる機会はまだ多い。ただあの恐ろしい殺し屋——蛇だけは、体が細長く太さは鼠とさして変わらず、鼠が行ける所はどこでも行け、追いかける時間も格別に長く、まず助かる見込みはない。「銭勘定」の声が上がる時は、おそらくもう二の手がないのだ。

  有一回,我就聽得一間空屋裏有著這種“數錢”的聲音,推門進去,一條蛇伏在橫梁上,看地上,躺著一匹隱鼠,口角流血,但兩脅還是一起一落的。取來給躺在一個紙盒子裏,大半天,竟醒過來了,漸漸地能夠飲食,行走,到第二日,似乎就復了原,但是不逃走。放在地上,也時時跑到人面前來,而且緣腿而上,一直爬到膝髁。給放在飯桌上,便檢吃些菜渣,舐舐碗沿;放在我的書桌上,則從容地遊行,看見硯臺便舐吃了研著的墨汁。這使我非常驚喜了。我聽父親說過的,中國有一種墨猴,只有拇指一般大,全身的毛是漆黑而且發亮的。它睡在筆筒裏,一聽到磨墨,便跳出來,等著,等到人寫完字,套上筆,就舔盡了硯上的余墨,仍舊跳進筆筒裏去了。我就極願意有這樣的一個墨猴,可是得不到;問那裏有,那裏買的呢,誰也不知道。“慰情聊勝無”,這隱鼠總可以算是我的墨猴了罷,雖然它舐吃墨汁,並不一定肯等到我寫完字。

ある時、がらんとした部屋の中からこの「銭勘定」の声が聞こえた。戸を押して入ると、梁の上に一匹の蛇が伏せており、地面を見ると隠鼠が一匹横たわっていた。口の端から血が流れていたが、脇腹はまだ上下していた。拾い上げて紙箱に寝かせると、半日ほどして目を覚まし、だんだんに飲み食いも歩くこともできるようになった。翌日にはもう元通りのようだったが、逃げなかった。地面に置いても時々人の前に走ってきて、脚を伝い、膝まで這い上がってきた。食卓に置くと菜の残りを拾い食いし、碗の縁をなめた。私の書机に置くと、ゆうゆうと歩き回り、硯を見つけるとすったばかりの墨汁をなめた。これは非常に嬉しかった。父から聞いたことがあったのだ。中国には墨猿という生き物がいて、親指ほどの大きさで全身の毛は漆黒で艶がある。筆筒の中で眠っていて、墨を磨る音を聞くと飛び出してきて待ち構え、字を書き終えて筆に蓋をすると、硯の上の残った墨をきれいになめ尽くし、またぴょんと筆筒の中に飛び込むのだという。私はぜひこんな墨猿が欲しかったが手に入らなかった。どこにいるのか、どこで買えるのかと聞いても、誰もわからなかった。「慰情聊か無きに勝る」で、この隠鼠は私の墨猿の代わりと言えよう。墨汁をなめるとはいえ、必ずしも私が字を書き終えるまで待ってくれたわけではないが。

  現在已經記不分明,這樣地大約有一兩月;有一天,我忽然感到寂寞了,真所謂“若有所失”。我的隱鼠,是常在眼前遊行的,或桌上,或地上。而這一日卻大半天沒有見,大家吃午飯了,也不見它走出來,平時,是一定出現的。我再等著,再等它一半天,然而仍然沒有見。

今ではもうはっきりとは覚えていないが、こうして一、二か月ほどが過ぎただろうか。ある日、ふと寂しさを感じた。まさに「何かを失ったような」気持ちだった。私の隠鼠は、いつも目の前を歩き回っていた。机の上にも、地面にも。ところがこの日は半日たっても見えず、みんなが昼飯を食べても出てこなかった。普段なら必ず現れるのに。さらに待った、もう半日待ったが、やはり見えなかった。

  長媽媽,一個一向帶領著我的女工,也許是以為我等得太苦了罷,輕輕地來告訴我一句話。這即刻使我憤怒而且悲哀,決心和貓們為敵。她說:隱鼠是昨天晚上被貓吃去了!

長媽媽——ずっと私の世話をしていた女中——はおそらく私が待ちかねていると思ったのだろう、そっと一言知らせてくれた。それを聞いて私はたちまち憤怒と悲哀に満たされ、猫と敵対する決心をした。彼女は言った。隠鼠は昨晩、猫に食べられたのだと!

  當我失掉了所愛的,心中有著空虛時,我要充填以報仇的惡念!

愛するものを失い、心に虚しさを抱えた時、私はその虚しさを復讐の念で満たそうとした!

  我的報仇,就從家裏飼養著的一匹花貓起手,逐漸推廣,至於凡所遇見的諸貓。最先不過是追趕,襲擊;後來卻愈加巧妙了,能飛石擊中它們的頭,或誘入空屋裏面,打得它垂頭喪氣。這作戰繼續得頗長久,此後似乎貓都不來近我了。但對於它們縱使怎樣戰勝,大約也算不得一個英雄;況且中國畢生和貓打仗的人也未必多,所以一切韜略、戰績,還是全部省略了罷。

私の復讐は、家で飼っていた一匹の三毛猫から始まり、しだいに広がって、出会うあらゆる猫に及んだ。最初はただ追いかけ襲撃するだけだったが、やがてますます巧みになり、石を投げて頭に命中させたり、空き部屋におびき寄せて打ちのめすことができるようになった。この戦いは長く続き、やがて猫たちはみな私に近づかなくなったようだ。しかし猫相手にいかに勝ったところで、英雄とは呼べまい。そのうえ中国で一生猫と戦い続ける人間はそう多くもあるまいから、一切の戦略戦績はすべて省くことにしよう。

  但許多天之後,也許是已經經過了大半年,我竟偶然得到一個意外的消息:那隱鼠其實並非被貓所害,倒是它緣著長媽媽的腿要爬上去,被她一腳踏死了。

だが何日も経った後、おそらくもう半年以上経っていただろうか、私はふと意外な知らせを耳にした。あの隠鼠は実は猫に殺されたのではなく、長媽媽の脚を伝って這い上がろうとしたところを、彼女に一踏みにされたのだった。

  這確是先前所沒有料想到的。現在我已經記不清當時是怎樣一個感想,但和貓的感情卻終於沒有融和;到了北京,還因為它傷害了兔的兒女們,便舊隙夾新嫌,使出更辣的辣手。“仇貓”的話柄,也從此傳揚開來。然而在現在,這些早已是過去的事了,我已經改變態度,對貓頗為客氣,倘其萬不得已,則趕走而已,決不打傷它們,更何況殺害。這是我近幾年的進步。經驗既多,一旦大悟,知道貓的偷魚肉,拖小雞,深夜大叫,人們自然十之九是憎惡的,而這憎惡是在貓身上。假如我出而為人們驅除這憎惡,打傷或殺害了它,它便立刻變為可憐,那憎惡倒移在我身上了。所以,目下的辦法,是凡遇貓們搗亂,至於有人討厭時,我便站出去,在門口大聲叱曰:“噓!滾!”小小平靜,即回書房,這樣,就長保著禦侮保家的資格。其實這方法,中國的官兵就常在實做的,他們總不肯掃清土匪或撲滅敵人,因為這麽一來,就要不被重視,甚至於因失其用處而被裁汰。我想,如果能將這方法推廣應用,我大概也總可望成為所謂“指導青年”的“前輩”的罷,但現下也還未決心實踐,正在研究而且推敲。

これは確かに以前には思いもよらなかったことだ。今ではその時どんな気持ちだったか思い出せないが、猫との感情はついに和解せず、北京に来てからも、猫が兎の子どもたちを傷つけたので、旧恨に新怨を重ね、さらにひどい仕打ちをした。「猫嫌い」の評判もそれ以来広まったのである。しかし現在では、これらはすべてとうに過去のことになり、私はすでに態度を改め、猫に対してかなり丁重にしている。万やむを得ない場合でも追い払うだけで、決して傷つけず、ましてや殺しはしない。これは近年の私の進歩である。経験を積んで悟ったのだが、猫が魚や肉を盗み、小鶏をさらい、深夜に大声で鳴くことを、人々は十中八九憎んでおり、その憎しみは猫に向いている。もし私が出ていって人々のためにこの憎しみを取り除き、猫を傷つけたり殺したりすれば、猫はたちまち哀れな存在に変わり、憎しみは私に移る。だから今の方法は、猫が騒ぎ立てて誰かが嫌がったら、私が出て行って門口で大声で叱って「シッ!失せろ!」と言い、少し静まったら書斎に戻る。こうすれば、いつまでも侮りを防ぎ家を守る資格を保てるのだ。実はこの方法、中国の官軍が常に実行していることで、彼らは決して土匪を掃討したり敵を殲滅したりしようとしない。そんなことをすれば重んじられなくなり、用済みとして首にされかねないからだ。この方法をさらに広く応用できれば、私もいわゆる「青年を指導する」「先輩」の仲間入りが望めそうだが、今のところまだ実行に踏み切る決心がつかず、研究推敲中である。

一九二六年二月二十一日。

一九二六年二月二十一日。

← 目次に戻る