Lu Xun Complete Works/ja/Ah Q
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阿Q正伝 (阿Q正传)
魯��� (ルーシュン, 1881-1936)
中国語からの日本語翻訳。
第1節
阿Q正伝⑴
第一章 序
���Qのために正伝を書こうと思い立ってから、もう一年や二年ではない。しかし書こうとする一方で、また思い返す。これは私が「立言」⑵の人でないことを十分に示している。なぜなら不朽の筆は不朽の人を伝えねばならず、こうして人は文によって伝わり、文は人によって伝わる——結局誰が誰に頼って伝わるのか、だんだん判然としなくなり、ついには阿Qを伝えることに帰着してしまった。まるで思想の中に鬼がいるかのようだ。
しかしこの速朽の文章を書こうとして、いざ筆を執ると、万分の困難を感じた。第一は文章の題名である。孔子曰く、「名正しからざれば則ち言順わず」⑶と。これは本来極めて注意すべきことだ。伝の名目は甚だ多い。列伝、自伝、内伝⑷、外伝、別伝、家伝、小伝……、だが残念ながらどれも合わない。「列伝」なら、この一篇は多くの名士と並んで「正史」⑸に載るわけではない。「自伝」なら、私は阿Qではない。「外伝」というなら、「内伝」はどこにあるのか。「内伝」を使えば、阿Qは断じて神仙ではない。「別伝���なら、阿Qは実際に大統領の上諭で国史館に「本伝」⑹を立てられたことはない——なるほど英国の正史に「博徒列伝」はないが、文豪ディケンズ⑺も『博徒別伝』を書いた。しかし文豪ならよいが、我々凡人にはできない。次に「家伝」だが、私は阿Qと同族かどうかも知らず、その子孫の依頼を受けたこともない。「小伝」なら、阿Qにはそもそも他に「大伝」がない。つまるところ、この一篇はすなわち「本伝」だが、私の文章の文体は卑しく、「引車売漿の流」の用いる言葉⑻なので、僭称するに忍びず、三教九流にも入らぬ小説家⑼のいわゆる「閑話休題、話を本題に戻す」という決まり文句から「正伝」の二字を取り出して題名としたのである。たとえ古人の撰した『書法正伝』⑽の「正伝」と字面上紛らわしくとも、構ってはいられない。
第二に、立伝の通例では、冒頭はおおむね「某、字は某、某の地の人なり」であるべきだが、私は阿Qが何という姓か知らない。ある時、彼は趙という姓のようだったが、翌日にはもう曖昧になっていた。それは趙旦那の息子が秀才に受かった時のことで、銅鑼の音が村に響いてきた。阿Qはちょうど黄酒を二杯飲んだところで、手舞い足踏みして、自分にも大いに光栄だと言った。なぜなら彼と趙旦那は元来同族で、きちんと数え上げれば秀才より三代上の輩だからだ。その時、傍で聞いていた何人かはいささか畏敬の��を抱いた。ところが翌日、地保(村の世話役)が阿Qを趙旦那の家に呼びつけた。旦那は一目見るなり顔中を朱に染め、怒鳴った。
「阿Q、この馬鹿者め! わしがお前の同族だと言ったのか?」
阿Qは口を開かなかった。
趙旦那は見れば見るほど腹が立ち、数歩詰め寄って言った。「よくもでたらめを! わしにお前のような同族がいるものか? お前は趙姓か?」
阿Qは口を開かず、後ずさりしようとした。趙旦那は飛びかかって、横っ面を一つ張った。
「お前が趙姓であるものか!——お前ごときが趙を名乗る資格があるか!」
阿Qは自分が確かに趙姓であると反論もせず、ただ手で左の頬を押さえ、地保と一緒に退出した。外でまた地保にひとしきり叱られ、地保に酒代として二百文を払った。知っている者はみな阿Qが馬鹿げていると言った、自分から殴られに行ったのだと。彼はおそらく趙姓ではあるまいし、たとえ本当に趙姓でも、趙旦那がここにいるのだから、そんなでたらめは言うべきではない。以後、誰も彼の氏族のことを持ち出さなくなり、だから私はついに阿Qが結局何姓なのか分からずじまいだ。
第三に、阿Qの名前がどう書くのかも分からない。彼が生きている間、人はみな彼を阿Queiと呼んだが、死んでからは誰一人阿Queiと呼ぶ者はなく、まして「竹帛に著す」⑾などあり得ない。「竹帛に著す」という点では、この文章が初めてということになるから、まずこの第一の難関にぶつかったわけだ。私は熟考した。阿Quei、阿桂か阿貴か? もし彼の号が月亭であるか、八月に誕生祝いをしたことがあれば、きっと阿桂だろう。だが彼には号がなく——あるいはあったかもしれないが、誰も知らない——誕生日の寄稿を求める案内状を出したこともない。阿桂と書くのは独断だ。また、もし彼に阿富という兄弟がいれば、きっと阿貴だろう。だが彼はたった一人きりで、阿貴と書く根拠もない。その他Queiの音に合う珍しい字も当てはまらない。以前、趙旦那の息子の茂才⑿先生にも尋ねたが、博識なこの御仁でさえ首をかしげ、結論としては陳独秀が『新青年』を創刊して洋字⒀を提唱したために国粋が失われ、調べようがなくなったのだと言った。私の最後の手段は、同郷の者に阿Qの犯罪記録の調査を頼むことだったが、八か月後にようやく返事が来て、記録にはQueiの音に近い者はいないとのことだった。本当にいないのか、調べなかったのか分からないが、もう他に方法もなかった。注音字母がまだ普及していないことを恐れ、やむなく「洋字」を使い、英国で流行の綴りで阿Queiと書き、略して阿Qとした。これは『新青年』への盲従に近く、自分でも甚だ恐縮だが、茂才公ですら分からないのだから、他にどうしようもな��。
第四は阿Qの本籍である。もし彼が趙姓なら、今日好んで郡望を称する慣例に従い、『郡名百家姓』⒁の注解に拠って「隴西天水の人なり」と言えるが、残念ながらこの姓は甚だ当てにならず、したがって本籍もいささか定めがたい。彼は未荘にもっぱら住んでいたが、しばしば余所にも泊まり、未荘の人とは言いがたく、たとえ「未荘の人なり」と言っても、やはり史法に悖る。
私がいくらか自ら慰めとするのは、まだ「阿」の一字が極めて正確で、附会仮借の欠点が絶無であり、おおいに通人の御批正を仰げることだ。その余はすべて浅学では穿鑿しかね、ただ「歴史癖と考証癖」の胡適之⒂先生の門人たちが、将来あるいは多くの新しい端緒を見出してくれることを望むばかりだが、その頃にはこの『阿Q正伝』はとうに消滅しているかもしれない。
以上をもって序とする。
第2節
第二章 優勝記略
阿Qは姓名本籍がいささか渺茫であるのみならず、彼のかつての「行状」⒃もまた渺茫だった。なぜなら未荘の人々は阿Qに対して、ただ手伝いをさせ、ただからかうだけで、彼の「行状」に注意を払ったことがな���ったからだ。阿Q自身も語らず、ただ他人と口論する時だけ、時折目を剥いて言った。
「おれたちは昔——お前なんかよりずっと裕福だったんだ! お前なんぞ何の値打ちがある!」
阿Qには家がなく、未荘の土穀祠⒄に住んでいた。定まった職業もなく、人の臨時雇いをするだけで、麦刈りなら麦を刈り、米搗きなら米を搗き、船漕ぎなら船を漕いだ。仕事がやや長引く時は、一時の主人の家に泊まることもあったが、終われば去った。だから人々は忙しい時には阿Qを思い出したが、思い出すのは労働であって、「行状」ではなかった。暇になれば阿Qのことさえ忘れ、まして「行状」など言うまでもない。ただ一度、ある老人が「阿Qは実によく働く!」と褒めた。その時、阿Qは上半身裸で、だらりとした痩せぎすの姿で老人の前にいた。他の者にはこの言葉が本心なのか嘲りなのか見当もつかなかったが、阿Qは大いに喜んだ。
阿Qはまた甚だ自尊心が強く、未荘の住民はみな彼の眼中になく、二人の「文童」⒅に対してさえ一笑にも値せぬという表情だった。文童とは将来秀才になるかもしれない者のことだ。趙旦那と銭旦那が住民の尊敬を集めるのは、金持ちであるほかに、二人とも文童の父親だからだが、阿Qだけは精神において格別の崇敬を示さなかった。彼はこう考えた。「おれの息子はもっとずっと裕福になるさ!」 加えて何度か城里に行ったことがあるので、阿Qは自ずと一層うぬぼれた。しかし一方で城里の人をひどく馬鹿にもしていた。たとえば三尺三寸幅の板で作った腰掛けを、未荘の人は「長凳」と呼び、彼も「長凳」と呼ぶが、城里の人は「条凳」と呼ぶ。彼は思った、これは間違いだ、おかしい! 油で揚げた大頭魚に、未荘ではみな半寸ほどの葱の葉を添えるが、城里では細く刻んだ葱の糸を添える。彼は思った、これも間違いだ、おかしい! しかし未荘の人間は実に世間知らずのおかしな田舎者だ、城里の揚げ魚を見たことがないのだ!
阿Qは「昔は裕福」で、見識が高く、しかも「実によく働く」のだから、本来ほとんど「完人」と言えたが、惜しいことに体質上にいくつかの欠点があった。最も悩ましいのは頭に、いつできたとも知れぬ疥癬の痕がいくつかあることだった。これは彼の身にあるものだが、阿Qの様子からすると、さして気にしていないようだった。なぜなら彼は「癩」の字を忌み、「賴」に近い音もすべて忌み、やがてこれが広がって「光」も忌み、「亮」も忌み、ついには「灯」「燭」まで忌んだ。この禁忌に触れると、故意であろうとなかろうと、阿Qは瘡痕を真っ赤にして怒りだし、相手を見量って、口下手な者には罵り、力の弱い者には殴りかかった。だが不思議なことに、結局阿Qが損をする場合の方が多かった。そこで彼は次第に方針を変え、おおむね怒目で睨みつけるだけにした。
ところが阿Q��怒目主義を採用してからというもの、未荘の暇人たちはますます彼をからかいたがった。会うなり、彼らはわざと驚いた振りで言った。
「おっ、明るくなったぞ。」
阿Qは例のごとく怒り、怒目で睨みつけた。
「なるほど、ここに保険灯があったわけだ!」彼らは少しも怖がらなかった。
阿Qはどうしようもなく、別の報復の言葉を考え出すしかなかった。
「お前なんぞまだ……の資格もないくせに」この時、まるで彼の頭の上にあるのは高尚で光栄なる疥癬であって、尋常の疥癬ではないかのようだった。しかし前述の通り阿Qには見識があったから、これが「禁忌」といささか抵触することにすぐ気づき、それ以上は言わなかった。
暇人たちはまだ済まず、なおもちょっかいを出し、ついには殴打に至った。阿Qは形式上打ち負かされ、黄色い辮髪を掴まれて壁に四、五回頭をぶつけられ、暇人たちはこれでようやく満足して勝ち誇って去り、阿Qはしばらく立ったまま心の中で思った。「おれは要するに息子に殴られたのだ。今の世の中はまったく話にならん……」そしてこれまた満足して勝ち誇って去った。
阿Qが心の中で思っていたことは、後にはしばしば口に出るようになったので、彼とふざける者はほぼ全員、彼のこの精神的勝利法を知っていた。以後、彼の辮髪を掴むたびに、人はまず先手を打って言った。
「阿Q、これは息子が親父を殴るんじゃない、人が畜生を殴るんだ。自分で言え、人が畜生を殴る!」
���阿Qは両手で辮子の根元を握りしめ、首を傾けて言った。
「虫けらを叩く、でいいか? おれは虫けらだ——まだ放さないのか?」
しかし虫けらであっても暇人たちは放さず、やはり近くの壁で五、六回頭をぶつけてから、ようやく満足して勝ち誇って去った。彼らは阿Qも今度こそ参っただろうと思った。ところが十秒と経たぬうちに、阿Qもまた満足して勝ち誇って去った。彼は自分が「自ら軽んじ自ら卑しめる」ことのできる第一人者だと感じたのだ。「自軽自賤」を除外すれば、残るは「第一人者」だ。状元⒆だって「第一」ではないか? 「お前なんぞ何の値打ちがある」のだ!
阿Qはかくのごとき妙法で怨敵を克服した後、愉快に酒場に走って酒を何杯か飲み、また人とふざけ合い、口論し、また勝利を得て、愉快に土穀祠に帰り、頭を倒して眠った。金があれば博打の牌宝⒇に行った。一群の者が地面にしゃがみ込み、阿Qも汗だくになってその中に挟まり、声は誰よりも大きかった。
「青龍四百!」
「カッ~~開けた~~!」胴元が箱の蓋を開け、同じく汗だくで読み上げた。「天門だ~~角は戻り~~! 人和は穿堂、空っぽだ~~! 阿Qの銅銭をこっちに寄越せ~~!」
「穿堂百——百五十!」
阿Qの金はこのような歌声の中で、次第に他の汗だくの人物の腰に移っていった。ついに彼は輪の外に押し出され、後ろに立って見物し、他人のために気を揉み、散会まで見届けてから、名残惜しげに土穀祠に帰り、翌日は目を腫らして仕事に行った。
だがまさに「塞翁が馬」①とはこのことで、阿Qは不幸にも一度勝ってしまい、かえって危うく失敗するところだった。
それは未荘の祭神②の夜だった。この夜は例年通り一台の芝居があり、舞台の近くにもまた例年通り多くの賭場が開かれていた。芝居の銅鑼太鼓は阿��の耳には十里の彼方にあるかのようで、彼にはただ胴元の読み上げの声だけが聞こえた。彼は勝ちに勝ち、銅銭は角洋に変わり、角洋は大洋に変わり、大洋はさらに束になった。彼は得意満面だった。
「天門二塊!」
誰と誰がなぜ喧嘩を始めたのか分からなかった。罵声、打擲の音、足音、頭がくらくらするような大騒ぎの中で、彼はようやく這い起きたが、賭場は消え、人々も消え、体のあちこちが痛いようで、拳や蹴りを何発か食らったようでもあった。何人かが不思議そうに彼を見ていた。彼は何か失ったような気持ちで土穀祠に入り、落ち着いて見ると、あの山積みの洋銭がなくなっていた。祭りに来る賭場の者は大抵よそ者で、どこへ追いかけて行けばよいのか。
真っ白く輝く一山の洋銭! しかもそれは彼のもの——今はなくなった! 息子に取られたのだと思うことにしても、やはり鬱々として楽しまず。自分は虫けらだと思うことにしても、やはり鬱々として楽しまない。彼は今度ばかりはいくらか敗北の苦痛を感じた。
しかし彼はたちまち敗北を勝利に転じた。右手を振り上げ、力いっぱい自分の顔を二つ引っ叩いた。ひりひりと痛かった。叩き終わると心は平穏になり、叩いたのは自分であり、叩かれたのは別の自分であるかのようで、やがてまるで自分が他人を叩いたかのようになり——まだいくらかひりひりしたが——満足して勝ち誇って横になった。
彼は眠りについた。
第3節
第三章 続優勝記略
しかし阿Qはいつも優勝していたとはいえ、趙旦那に横っ面を張られて初めて名が知られた。
彼は地保に酒代二百文を払い、憤然として横になったが、やがてこう考えた。「今の世の中はまったく話にならん、息子が親父を殴るとは……」そして不意に趙旦那の威勢を思い浮かべ、今や自分はその息子なのだと思うと、だんだん得意になり、起き上がって『小寡婦の墓参り』③を歌いながら酒場に行った。この時、彼はまたしても趙旦那を一段高い人物だと感じた。
不思議なことに、それからというもの、みなも確かに一段と彼を敬うようになった。阿Qにしてみれば、自分が趙旦那の父親だからだろうと思ったが、実はそうではない。未荘の慣例として、もし阿七が阿八を殴り、あるいは李四が張三を殴っても、元来口の端には上らない。口の端に上れば、殴った方は名があるゆえに、殴られた方もおかげで名が出る。罪は阿Qにあるのだから、それは言うまでもない。なぜか? 趙旦那が間違うはずがないからだ。だが彼が間違っているなら、なぜみなが一段と敬うのか。これは解しがたいが、穿鑿すれば、阿Qが趙旦那の同族だと言ったのが、殴られはしたものの、いくらか本当かもしれないと恐れて、敬っておいた方が無難だと思ったのだろう。さもなければ、孔子廟の太牢④のように、豚や羊と同じ畜生ではあるが、聖人が箸をつけた以上、先儒たちも手出しできなくなったようなものだ。
阿Qはその後、長年にわたり得意だった。
ある年の春、彼はほろ酔い加減で街を歩いていると、塀際の日だまりで王髭が上半身裸で虱を取っているのが見えた。彼もにわかに体が痒くなった。この王髭は、疥癬持ちで髭もじゃなので、みな王癩胡と呼んでいたが、阿Qは癩の字を削って呼んだ。しかし非常に見下していた。阿Qの考えでは、疥癬は取り立てて言うほどのことではなく、ただこの一面の顎鬚だけが実に珍奇で、見るに堪えない。そこで並んで座った。他の暇人であれば阿Qは迂闘にも座らないが、王髭の隣なら何を恐れようか。正直に言えば、隣に座ってやるだけでも彼を持ち上げているのだ。
阿Qも破れた袷を脱いで調べたが、新しく洗ったせいか粗忽のせいか、長いこと探しても三、四匹しか捕れなかった。王髭を見ると、一匹また一匹、二匹また三匹と、口に入れてはパチパチと音を立てている。
阿Qは初め失望し、やがて不平になった。見下している王髭があんなに多いのに、自分はこんなに少ないとは、なんという体面の潰れることだ。彼は大きいのを一つ二つ見つけたかったが、ついに見つからず、ようやく中くらいのを捕まえ、恨めしそうに厚い唇の間に挟んで力いっぱい噛んだが、パチッという音は王髭のに及ばなかった。
彼は疥癬の痕を真っ赤にし、着物を地面に叩きつけ、唾を一つ吐いて言った。
「この毛虫め!」
「癩犬め、誰を罵っている?」王髭は軽蔑して目を上げた。
阿Qは近頃いくらか人に敬われ、自分でも一層傲慢になっていたが、いつも殴られ慣れた暇人たちに会うとまだ臆病だった。ただこの時ばかりは非常に勇猛だった。こんな髭面の代物が、無礼な口をきくのか。
「言われた奴が言われたんだ!」彼は立ち上がり、両手を腰に当てて言った。
「骨が痒くなったか?」王髭も立ち上がり、着物を羽織って言った。
阿Qは逃げるのだと思い、突進して一拳を繰り出した。この拳はまだ体に届かぬうちに掴まれ、一引きで阿Qはよろめいて前のめりになり、たちまち王髭に辮髪を掴まれ、壁に引きずって行って例の如く頭をぶつけようとした。
「『君子は口で争って手を出さず』!」阿Qは首を傾けて言った。
王髭は君子ではなかったらしく、取り合わずに続けざまに五回ぶつけ、さらに力を込めて突き飛ばし、阿Qが六尺あまり先まで倒れてから、ようやく満足して去った。
阿Qの記憶において、これはおそらく生涯で第一の屈辱に数えるべきものだった。なぜなら王髭は顎鬚という欠点ゆえに、これまで彼に嘲られるばかりで、嘲り返されたことはなく、ましてや手を出されたことなどなかった。それが今や手を出してきたのだ。まことに意外で、巷で言われているように皇帝が試験を廃止し⑤、秀才も挙人も要らなくなったので趙家の威勢が衰え、そのため自分まで軽く見られるようになったのだろうか。
阿Qは途方に暮れて立っていた。
遠くから一人の男が歩いてきた。彼の宿敵がまたやってきたのだ。これも阿Qが最も嫌悪する人物で、銭旦那の長男だった。彼は以前城里に行って洋式の学校に入り、どういうわけかまた東洋に渡り、半年後に帰ってくると、脚はまっすぐになり、辮髪もなくなっていた。母親は十数回泣き、嫁は三度井戸に身を投げた。後になって母親はあちこちで言った。「この辮髪は悪い奴に酒を飲まされて切られたのだ。本来なら大官になれたのに、今は伸びるのを待つしかない。」しかし阿Qは信じず、「偽洋鬼子」と呼び、また「売国奴」とも呼んで、見かけるたびに必ず腹の中でこっそり罵った。
阿Qが特に「深く悪みて痛く絶つ」のは、彼の一本の偽辮髪だった。辮髪が偽物とあっては、人間の資格がないも同然だ。嫁が四度目に井戸に飛び込まないのも、良い女ではない。
この「偽洋鬼子」が近づいてきた。
「禿め。驢馬……」阿Qは元来ずっと腹の中でだけ罵って声に出したことはなかったが、今回は怒りのさなかで、仕返しがしたくて、つい小声で口に出してしまった。
ところがこの禿は黄漆塗りの棍棒を手にしていた——阿Qの言うところの泣き棒⑥——大股で近づいてきた。阿Qはこの刹那、おそらく殴られると悟り、急いで筋肉を引き締め、肩をすくめて待ち構えた。果たしてパシッと一発、確かに自分の頭に当たったようだった。
「あいつのことを言ったんだ!」阿Qは近くの子供を指さして弁解した。
パシッ! パシパシッ!
阿Qの記憶において、これはおそらく生涯で第二の屈辱に数えるべきものだった。幸いパシパシと鳴った後は、かえって一件落着したようで、むしろいくらか気が楽になった。しかも「忘却」という先祖伝来の宝物も効力を発揮し、ゆっくり歩いて酒場の門口に着く頃には、すでにいくらか上機嫌だった。
だが向かい側から静修庵の小尼僧が歩いてきた。阿Qは普段でも見かければ必ず唾を吐いて罵るのだから、まして屈辱の後ではなおさらだった。彼は記憶を呼び覚まし、敵愾心を湧き起こした。
「今日はなぜこんなについていないのか、もとはと言えばお前に会ったからだ!」彼はそう思った。
彼は近づいて大声で唾を一つ吐いた。
「ぺっ!」
小尼僧は全く取り合わず、うつむいてひたすら歩いた。阿Qは彼女の側に寄り、不意に手を伸ばして剃りたての頭をなで、にやにや笑いながら言った。
「禿め! 早く帰れ、坊主が待っているぞ……」
「なんで手を出すの……」尼僧は顔を真っ赤にして言い、急いで走り去った。
酒場の客は大笑いした。阿Qは自分の武勲が賞賛を得たのを見て、ますます得意満面になった。
「坊主がやれるなら、おれがやって何が悪い?」彼は彼女の頬をつねった。
酒場の客は大笑いした。阿Qはますます得意になり、しかもあの鑑賞家たちを満足させるために、もう一度力を込めて捻ってから手を放した。
この一戦で、彼は王髭のことも偽洋鬼子のことも忘れ、今日のすべての「厄日」の仇を討ったかのようだった。しかも不思議なことに、全身がパシパシの後よりも軽くなり、ふわふわと飛んで行きそうだった。
「この断子絶孫の阿Qめ!」遠くに小尼僧の泣きを帯びた声が聞こえた。
「ハハハ!」阿Qは十分得意に笑った。
「ハハハ!」酒場の客も九分得意に笑った。
第4節
第四章 恋愛の悲劇
ある人は言う。ある勝利者は、敵手が虎のごとく、鷹のごとくあってこそ勝利の喜びを感じる。もし羊か、雛鶏のようなら、かえって勝利を退屈に感じる。またある勝利者は、すべてを征服した後、死んだ者は死に、降った者は降り、「臣はまことに惶恐、死罪死罪」となると、もう敵もなく、相手もなく、友もなく、ただ自分だけが上にいて、一人ぽっちで、淋しく寂しく、かえって勝利の悲哀を感じるのだと。しかしわが阿Qはそのように無力ではなかった。彼は永遠に得意だった。これはあるいは中国の精神文明が全世界に冠たる一つの証拠であろう。
見よ、彼はふわふわと飛んで行きそうだ!
しかしこの一度の勝利は、彼にいささか異様なものを感じさせた。ふわふわと大半日飛んで、土穀祠に飛び込み、例のごとく横になればいびきをかくはずだった。ところがこの晩、なかなか目が閉じられなかった。親指と人差し指がいくらか異様な感じがしたのだ。普段よりいくらか滑らかなようだった。小尼僧の顔に滑らかなものが付いていて指に移ったのか、それとも彼の指が小尼僧の顔で磨かれて滑らかになったのか……
「断子絶孫の阿Qめ!」
阿Qの耳にまたこの言葉が聞こえた。彼は思った。そうだ、女房が要る。断子絶孫では飯を供える者がいない……女房が要る。そもそも「不孝に三あり、後なきを大となす」⑦であり、「若敖の鬼は餒えん」⑧もまた人生の大悲だから、彼のこの思想は実にすべて聖経賢伝に合致しているのだが、惜しいかな後に少々「その放心を収むるあたわず」⑨になった。
「女……」彼は思った。
「……坊主がやれるなら……女、女!……女!」彼はまた思った。
この晩、阿Qがいつ頃いびきをかき始めたか、我々には分からない。だがおそらく彼はこの時から常に指が滑らかな感じがし、だから常にふわふわとした。「女……」と彼は思った。
この一端だけでも、女は人を害するものだと知ることができる。
中国の男は、本来大半が聖賢になれるはずなのに、惜しくもみな女に台無しにされた。殷は妲己⑩のせいで滅び、周は褒姒のせいで傾き、秦は……史書に明文はないが、女のせいだと仮定しても、おそらくさほど外れてはいまい。董卓は確かに貂蝉に殺された。
阿Qは本来正人だった。彼がかつてどんな名師の指導を受けたかは知らないが、「男女の大防」㈠に対しては昔から非常に厳格で、異端——小尼僧や偽洋鬼子の類——を排斥する正気もあった。彼の学説はこうだ。尼僧はきっと坊主と密通している。女が外を歩いていればきっと野郎を誘惑しようとしている。男女が話をしていればきっと何か企みがある。彼らを懲らしめる���め、彼はしばしば怒目で睨み、あるいは大声で「誅心」㈡の言葉を発し、あるいは人気のない所で後ろから小石を投げた。
ところが「而立」㈢の年に近い彼が、よりによって小尼僧のせいでふわふわとしてしまったのだ。このふわふわした精神は礼教上あるべからざるもので——だから女は実にけしからぬ。もし小尼僧の顔が滑らかでなければ阿Qは魅惑されなかったし、もし小尼僧の顔に一枚の布がかぶせてあっても魅惑されなかったろう——五、六年前に彼は芝居の舞台下の人混みで女の太腿をつねったことがあるが、一枚の袴越しだったので、その後ふわふわしなかった——しかし小尼僧はそうではなかった。これも異端のけしからぬ証拠だ。
「女……」阿Qは思った。
彼は「きっと野郎を誘惑しようとしている」はずの女たちを、いつも注意して見た。しかし彼女たちは彼に微笑まなかった。彼は自分と話す女たちにも注意して聞いた。しかし彼女たちは何か企みめいたことは口��しなかった。ああ、これも女のけしからぬ一面だ。彼女たちはみな「偽善者」を装おうとする。
この日、阿Qは趙旦那の家で一日米を搗き、晩飯を食べて台所で旱煙を吸っていた。他の家なら晩飯後は帰れるのだが、趙府では晩飯が早く、規則として点灯は許されず、食べ終わればすぐ寝ることになっていた。しかし例外もあった。第一は趙大旦那がまだ秀才にならぬ頃、灯をつけて文章を読むのが許されたこと。第二は阿Qが臨時雇いに来た時、灯をつけて米を搗くのが許されたこと。この例外があるから、阿Qは米搗きにかかる前にまだ台所で煙草を吸っていたのだ。
呉媽は趙旦那の家の唯一の女中で、皿洗いを終えると長凳に座り、阿Qと世間話を始めた。
「奥様はもう二日ご飯を召し上がらないの、旦那様が妾を買おうとしているから……」
「女……呉媽……この小寡婦……」阿Qは思った。
「若奥様は八月にお産ですって……」
「女……」阿Qは思った。
阿���は煙管を置いて立ち上がった。
「若奥様は……」呉媽はまだぶつぶつ言っていた。
「おれとお前と寝る、おれとお前と寝る!」阿Qは突然飛びかかり、彼女の前に膝をついた。
一刹那、あたりは静まり返った。
「あっ!」呉媽は一瞬呆然とし、突然震えだし、大声で叫んで外へ走り出した。走りながら喚き、どうやら後には泣いたようだった。
阿Qは壁に向かって跪いたまま呆然とし、やがて両手で空の板凳を支えにゆっくり立ち上がり、何やらまずいことになったように感じた。彼はこの時確かにいくらか不安で、慌てて煙管を帯に差し込み、米搗きに行こうとした。バシッという音がして、頭にひどく太い一撃が当たった。急いで振り向くと、あの秀才が大竹の棒を手にして目の前に立っていた。
「この謀反人め、……お前は……」
大竹の棒がまた彼めがけて振り下ろされた。阿Qが両手で頭を抱えると、バシッと指の関節に当たった。これはかなり痛かった。台所の戸口から突進して出ると、背中にもう一撃食らったようだった。
「忘八蛋(大馬鹿者)め!」秀才が後ろから官話でこう罵った。
阿Qは米搗き場に駆け込み、一人で立ったまま、指がまだ痛く、「忘八蛋」を覚えていた。この言葉は未荘の田舎者はけっして使わない、官府を見たことのある偉い人だけが使う言葉だから、格別に恐ろしく、印象も格別に深かった。だがこの時、彼の「女……」の思想はもうなくなっていた。しかも打擲と罵倒の後は、一件��着したようで、かえって何のわだかまりもなくなり、米搗きに取りかかった。しばらく搗いて暑くなり、手を止めて衣を脱いだ。
衣を脱ぐ時、外がとても賑やかなのが聞こえた。阿Qは生来見物が好きだから、音のする方へ出て行った。音を辿って趙旦那の内院に着くと、薄暮の中にもかかわらず多くの人が見分けられた。趙府の一家、二日も食べていない奥方も含め、隣の鄒七嫂、本家の趙白眼、趙司晨もいた。
若奥方が呉媽を引っ張って下の部屋から出てきて言った。
「外に出なさい、……自分の部屋に閉じこもって考え込んではだめよ……」
「あなたが真面目な人だということは誰でも知っている、……短気を起こしてはいけないよ。」鄒���嫂も傍から言った。
呉媽はただ泣くばかりで、言葉も交じったが、はっきりとは聞こえなかった。
阿Qは思った。「ふん、面白い。この小寡婦はいったい何を騒いでいるのだ?」打ち聞きたくて趙司晨の傍に近づいた。その時、彼はふいに趙大旦那がこちらに駆けてくるのを見た。しかも手に大竹の棒を握っている。この大竹の棒を見て、たちまち自分がさっき殴られたことと、この騒ぎとが何か関係があるらしいと悟った。彼は翻って逃げ、米搗き場に戻ろうとしたが、この竹の棒が行く手を阻んだ。そこでまた翻って逃げ、自然と裏門から出て、まもなく土穀祠の中にいた。
阿Qはしばらく座っていたが、肌に粟が立ち、寒さを覚えた。春とはいえ夜はかなり冷え込み、上半身裸には不向きだったのだ。布の上着は趙家に置いてきたのを思い出したが、取りに行けば秀才の竹の棒が怖い。しかし地保がやってきた。
「阿Q、ちくしょうめ! 趙家の女中にまで手を出すとは、謀反も同然だ。おかげでおれは夜も眠れん、ちくしょうめ!……」
こうしたぐだぐだの説教が一通りあり、阿Qはもちろん返す言葉がなかった。最後に、夜分のことなので地保への酒代は倍の四百文とされたが、阿Qは現金がなく、毛氈の帽子を抵当に出し、さらに五箇条の条件を定めた。
一、翌日、紅蝋燭——一斤のもの——を一対、線香を一束、趙府に持参して謝罪すること。
二、趙府で道士に縊鬼を祓わせる費用は阿Qの負担。
三、阿Qは今後趙府の敷居を跨いではならない。
四、呉媽に今後万一のことがあれ���、ひとえに阿Qの責任とする。
五、阿Qは再び賃金と布の上着を取りに来てはならない。
阿Qはもちろんすべて承諾したが、金がなかった。幸い既に春で、綿の掛け布団は不要になっていたので質に入れて二千大銭を工面し、条約を履行した。上半身裸で叩頭した後も数文残り、毛氈の帽子の質請けはせず、全部酒に費やした。趙家も線香蝋燭を焚かず、奥方が仏を拝む時に使えるからと取っておいた。破れた布の上着は大半が若奥方の八月に生まれる子の尿当て布にされ、残りの破れた小半分は呉媽の靴底になった。
第5節
第五章 生計問題
阿Qは礼を済ませた後、やはり土穀祠に帰った。日が沈み、次第に世の中がいくらかおかしいと感じた。よくよく考えて、ついに悟った。その原因は自分の裸であった。破れた袷があったのを思い出し、身にまとって横になった。目を開けると、太陽はもう西の壁を照らしていた。起き上がりながら言った。「ちくしょう……」
起き上がった後も、やはり街を歩き回ったが、裸の切膚の痛みには及ばぬものの、やはり次第に世の中がいくらかおかしいと感じた。この日を境に、未荘の女たちが突然みな恥じらいを覚えたらしく、阿Qが歩いてくるのを見ると、みな門の中に逃げ込んだ。五十近い鄒七嫂までが他の者に混じって慌てて隠れ、しかも十一歳の娘まで呼び入れた。阿Qはいたく不審に思い、こう考えた。「こいつら急にお嬢様ぶりだしやがった。この淫売め……」
しかし世の中がさらにおかしいと感じたのは、それから何日も経ってからだった。第一に、酒場がつけを断った。第二に、土穀祠の番をしている爺さんがぐだぐだ言い、どうやら出て行けと言いたいらしかった。第三に、彼は正確に何日か覚えていなかったが、確かに何日も、誰一人として臨時雇いに呼びに来なかった。酒場のつけは断られても我慢できた。爺さんの催促も、くだくだ言わせてそれでおしまいだった。ただ誰も臨時雇いに呼んでくれないのは、阿Qの腹が減る原因となる。これはまことに「ちくしょう」な事態だった。
阿Qは我慢できず、昔の得意先の家を訪ねるしかなかった——ただし趙府だけは敷居を跨いではならない——しかし様子が違っていた。必ず男が出てきて、十分にうんざりした顔で、乞食に応対するように手を振って言った。
「ない、ない! 出て行け!」
阿Qはますます不審に思った。これらの家は元来人手が足りないはずで、急にみな用なしにはなるまい。何かわけがあるに違いない。注意して聞き回ると、みな小D㈣に頼んでいることが分かった。この小Dは貧乏な若者で、痩せて貧弱、阿Qの目には王髭以下の位置だった。ところがこの小僧が自分の飯の種を奪ったとは。阿Qのこの怒りは平素と違い、腹を立てて歩いている時、不意に手を振り上げて歌った。
「我、鋼鞭を手にして汝を打たん!㈤……」
数日後、彼は銭府の影壁の前で小Dに出くわした。「仇敵相見て分外に目が冴える」で、阿Qは向かって行き、小Dも立ち止まった。
「畜生め!」阿Qは怒目で睨んで言い、口の端から唾が飛んだ。
「おれは虫けらですよ、いいですか?……」小Dが言った。
この謙遜はかえって阿Qをいっそう怒らせたが、手に鋼鞭がないので、飛びかかって小Dの辮髪を引き抜こうとするしかなかった。小Dは片手で自分の辮根を護り、もう一方の手で阿Qの辮髪を引っ張った。阿Qも空いた手で自分の辮根を護った。以前の阿Qから見れば、小Dは歯牙にもかけぬ存在だったが、近頃飢えが続き、痩せて貧弱になっていて小Dに劣らぬほどだったから、勢力拮抗の態となった。四つの手が二つの頭を引っ張り、二人とも腰を曲げ、銭家の白壁に青い虹の形を映し出して、半時間ばかりも続いた。
「よしよし、もういい!」見物人が言った。おそらく仲裁だろう。
「いいぞ、いいぞ!」見物人が言った。仲裁なのか、称賛なのか、煽動なのか分からなかった。
しかし二人とも聞かなかった。阿Qが三歩進めば小Dは三歩退き、互いに立ち止まる。小Dが三歩進めば阿Qが三歩退き、また立ち止まる。およそ半時間——未荘には置時計が少ないから正確には言いがたいが、二十分かもしれない——二人の髪からは湯気が立ち、額からは汗が流れ、阿Qの手が緩んだ。同じ瞬間に小Dの手も緩み、同時に体を起こし、同時に後退し、人混みから押し出された。
「覚えてろ、ちくしょう……」阿Qは振り返って言った。
「ちくしょう、覚えてろ……」小Dも振り返って言った。
この「龍虎戦」は勝敗が判然とせず、見物人が満足したかどうかも分からないが、何の議論も発せず、阿Qにはやはり誰も臨時雇いに来なかった。
ある日、とても穏やかで、そよ風がいくらか夏の気配を漂わせていたが、阿Qは寒さを覚えた。これはまだ堪えられたが、第一に腹が減っていた。綿の掛け布団も、毛氈の帽子も、布の上着も、とうに無くなっていた。次に綿入れを売った。今は袴があるが、万万脱ぐわけにはいかない。破れた袷は、人に靴底にやる以外、どう考えても金にはならない。彼はとっくに道で金を拾いたいと思っていたが、今もって見つからない。自分の破屋の中に突然金が見つかりはしないかと、慌てて四方を見回したが、屋内は空虚にして瞭然だった。そこで彼は門を出て食を求めに行くことにした。
彼は路上を歩きながら「食を求め」ようとし、見慣れた酒場を見、見慣れた饅頭を見た。しかしみな通り過ぎ、立ち止まらなかっただけでなく、欲しいとも思わなかった。彼が求めるのはこの類いのものではなかった。何を求めているのか、彼自身にも分からなかった。
未荘は元来大きな村ではなく、まもなく歩き尽くした。村の外は水田が多く、一面に早苗の嫩緑が広がり、その中にいくつかの丸い動く黒い点が見えた。耕す農夫だった。阿Qはこの田園の楽を鑑賞する気はなく、ひたすら歩いた。直感的に、これは自分の「食を求める」道とは甚だ縁遠いことを知っていたからだ。しかし彼はついに静修庵の塀の外まで来た。
庵の周りも水田で、白壁が新緑の中にそびえ、後方の低い土塀の内は菜園だった。阿Qはしばらく躊躇し、四方を見回したが、人はいなかった。彼はこの低い塀によじ登り、何首烏の蔓にすがったが、土はやはりぱらぱらと落ち、阿Qの足もがくがく震えた。ようやく桑の木の枝につかまり、中に飛び降りた。中は実に鬱蒼としていたが、黄酒も饅頭も、その他食べられそうなものもなかった。西の塀際には竹叢があり、下にたくさんの筍があったが、みなまだ煮えていない。油菜は既に種を結び、芥子菜は花が咲きかけ、小白菜ももう老いていた。
阿Qはまるで文童が落第したかのように冤枉を感じ、ゆっくり園の門に近づいたが、不意に非常な喜びを覚えた。明らかに一畝の老い大根があった。そこでしゃがんで引き抜こうとすると、門口から非常に丸い頭がにゅっと出て、すぐまた引っ込んだ。これは明らかに小尼僧だった。小尼僧の類いは阿Qが元来草芥のごとく見下すものだが、世事は「一歩退いて考える」必要があるので、急いで四本の大根を引き抜き、青い葉をもぎ取って前身頃に包んだ。しかし老尼僧がもう出てきた。
「阿弥陀仏、阿Q、なぜ園に飛び込んで大根を盗むのです!……ああ、罰当たり、阿弥陀仏!……」
「いつおれがお前の園に飛び込んで大根を盗んだ?」阿Qは見ながら歩きながら言った。
「今……これは何です?」老尼僧は彼の衣の膨らみを指差した。
「これがお前のものか? お前が呼んでこいつが返事するか? お前は……」
阿Qは言い終わらぬうちに走り出した。追ってきたのは一匹の非常に太った黒い犬だった。これは本来表門にいたのだが、どういうわけか裏園に来ていた。黒犬は唸りながら追い、もう阿Qの脚に咬みつこうとした時、幸いにも衣の膨らみから大根が一本落ちた。犬はびっくりしてわずかに立ち止まり、阿Qは桑の木によじ登り、土塀を越え、人も大根もろとも塀の外に転がり落ちた。黒犬はなおも桑の木に向かって吠え、老尼僧は念仏を唱えていた。
阿Qは尼僧がまた黒犬を放しはすまいかと恐れ、大根を拾い上げて走った。道すがらまた小石をいくつか拾ったが、黒犬はもう現れなかった。阿Qは石を捨て、歩きながら食べ、こう思った。ここにも碌なものはない、城里に行った方がましだ……
三本の大根を食べ終わる頃には、彼はもう城里に行く決心を固めていた。
第6節
第六章 中興から末路へ
未荘で再び阿Qの姿が現れたのは、その年の中秋を過ぎたばかりの頃だっ��。人々は驚いて、阿Qが戻ったと言い、そこからまた遡って、彼は以前どこに行っていたのだろうと考えた。阿Qは前の何度かの城行きでは、たいてい早くから得意満面で人に語ったが、今度は語らなかったので、誰も気に留めなかった。あるいは土穀祠の番の爺さんには告げたかもし��ないが、未荘の慣例では、趙旦那、銭旦那、秀才大旦那が城に行って初めて一大事とされる。偽洋鬼子ですら数の内に入らない。ましてや阿Qをや。だから爺さんも触れ回らず、未荘の社会も知りようがなかった。
しかし阿Qの今度の帰還は、以前とは大いに異なり、確かに驚くに値した。日の暮れる頃、彼は寝ぼけ眼で酒場の門前に現れた。帳場に近寄り、腰の辺りから手を出すと、手一杯の銀と銅を帳場にばらまいて言った。「現金だ! 酒を持ってこい!」着ているのは新しい袷で、腰にはまだ大きな搭連(金入れ袋)がぶら下がり、ずっしりと帯を弧のように垂らしていた。未荘の慣例では、いくらか目立つ人物を見かけると、遅いよりはむしろ敬する。今ははっきり阿Qだと分かっていても、破れた袷の阿Qとはいささか違うので、古人曰く「士は三日別れて刮目して待つべし」㈥。だから給仕も、主人も、酒客も、通行人も、自然と畏敬の態を示した。主人はまず頷き、次いで話しかけた。
「おっ、阿Q、帰ったか!」
「帰った。」
「お金持ちになったな。お前は――どこで……」
「城に行ってきた!」
この一大ニュースは翌日には未荘全体に広まった。誰もが現金と新しい袷の阿Qの中興の歴史を知りたがり、酒場で、茶館で、廟の軒下で、次第に聞き出した。その結果、阿Qは新たな畏敬を勝ち取った。
阿Qによれば、彼は挙人老爺の家で手伝いをしていたという。この一節を聞いた者は皆粛然とした。この老爺の本姓は白だが、城中で唯一の挙人なので、もう姓を冠する必要がなく、挙人と言えば彼のことだった。これは未荘だけの話ではな���、百里四方でも同様で、人々はほとんど彼の姓名が挙人老爺だと思っていた。この人の邸で手伝いをしたとあれば、もちろん敬すべきだ。しかし阿Qはまた、もう手伝いたくないとも言った。この挙人老爺が実に「ちくしょう」だからだと。この一節を聞いた者は皆嘆息し、かつ痛快に思った。阿Qは本来挙人老爺の家で手伝い��する資格はないのだし、手伝わなくなったのは惜しいことだ。
阿Qによれば、彼が帰ってきたのも城里の人間に不満だったからで、長凳を条凳と呼ぶことや、揚げ魚に刻み葱を使うことに加え、最近の観察で見つけた欠点として、女の歩き方の腰の振りが良くないこともあった。しかし大いに感服すべき点もあった。���なわち未荘の田舎者は三十二枚の竹牌㈦しか打たず、偽洋鬼子だけが「麻雀」を打てるが、城里では小さな亀の子(小僧)まで精巧に打つのだ。偽洋鬼子ごとき、城里の十幾歳の小僧の手にかかれば、たちまち「小鬼、閻魔に見える」だ。この一節を聞いた者は皆恥ずかしげだった。
「お前たち、首を刎ねるのを見たことがあるか?」阿Qは言った。「ああ、見物だぞ。革命党の処刑だ。ああ、見物見物……」彼は頭を振り、唾を正面の趙司晨の顔に飛ばした。��の一節を聞いた者は皆慄然とした。阿Qはまた四方を見回し、ふいに右手を振り上げ、首を伸ばして聞き惚れていた王髭の後ろ首筋にまともに叩きつけて言った。
「ザクッ!」
王髭はびくりと跳び上がり、同時に電光石火のごとく首を引っ込めた。聞いていた者は皆悚然かつ欣然とした。それ以来、王髭は何日も打ちひしがれた様子で、二度と阿Qの傍に近寄らなかった。他の者も同様だった。
阿Qのこの時の未荘における地位は、趙旦那を超えるとは言い切れないが、ほぼ同等と言っても、さほど語弊はなかろう。
しかしまもなく、この阿Qの大名がにわかに未荘の閨中にまで広まった。未荘には銭・趙の二姓だけが大家で、他の十中八九は浅い閨だが、閨中は閨中なのだから、一つの奇事とも言える。女たちが会うと必ず言った。鄒七嫂が阿Qのところで青い絹のスカートを買った、古いには古いが、たった九角銭だったと。また趙白眼の母親が——趙司晨の母親だとも言い、要考証——袖なしの大紅の洋紗の上着を買った、七割新品で、わずか三百大銭の九二串㈧だったと。そこで彼女たちは皆、阿Qに会いたがった。絹のスカ��トが足りない者は買いたがり、洋紗の上着が欲しい者は��いたがった。見かけても逃げないどころか、時には阿Qが通り過ぎた後も追いかけて呼び止めた。
「阿Q、まだ絹のスカートはある? ない? 紗の上着でもいいわ、ある?」
後にこれは浅い閨から深い閨にまで伝わった。鄒七嫂が得意のあまり絹のスカートを趙夫人に見���に行き、趙夫人がまた趙旦那に告げ、おおいに褒めたからだ。趙旦那は晩餐の席で秀才大��那と議論し、阿Qはいささか妙だ、門窓に気をつけるべきだと言った。だが彼の品物にまだ買えそうなものがあるかもしれない、良いものがあるかもしれないと。加えて趙夫人もちょうど安くて良い毛皮のベストが欲しかった。そこで一家で相談の結果、鄒七嫂にすぐ阿Qを探しに行かせることになり、このため新たに第三の例外が設けられた。今夜も特別に点灯を許すことにしたのだ。
油灯はだいぶ減ったが、阿Qはまだ来なかった。趙府の家族はみな焦り、あくびをし、阿Qが気まぐれすぎると恨んだり、鄒七嫂の催促が足りぬと怒ったりした。趙夫人は春の件のせいで来る勇気がないのではと心配したが、趙旦那はその心配は無用、なにしろ「わし」が呼んだのだからと言った。果たして、さすがに趙旦那は見識があった。阿Qはとうとう鄒七嫂に連れられてやって来た。
「あの人は、ない、ないの一点張りで、自分で旦那様に直接言いに行きなさいと言っても、まだ言い張って、それで私が……」鄒七嫂は息を切らしながら歩きつつ言った。
「旦那様!」阿Qは笑うような笑わぬような声で呼び、軒下に立ち止まった。
「阿Q、聞いたぞ、外で財産を作ったそうだな」趙旦那はゆっくり歩きながら、彼の全身を眺めて言った。「それはよいことだ。その……聞けばいくらか古い品物があるそうだが……全部持ってきて見せてくれ……別にどうということではないが、わしもちょっと……」
「鄒七嫂に申し上げました。もう全部ございません。」
「ない?」趙旦那は思わず声を上げた。「そんなに早くなくなるものか?」
「あれは友人のもので、元から多くはなかったのです。みな買ってしまって……」
「まだ少しはあるだろう。」
「今は、門帳が一枚残っただけです。」
「では門帳を見せてくれ。」趙夫人が慌てて言った。
「では明日持ってくればよい」趙旦那はあまり乗り気ではなか���た。「阿Q、今後何か品物があったら、まずうちに見せに来るのだぞ……」
「値段は他の家より安くはつけませんよ!」秀才が言った。秀才の嫁が急いで阿Qの顔を窺い、感銘を受けたかどうか見た。
「毛皮のベストが欲しいんだけど。」趙夫人が言った。
阿Qは承知しましたと答えたが、気だるそうに出て行き、心に留めたかどうか分からなかった。これに趙旦那はいたく失望し、怒り、かつ不安を覚え、あくびさえ止まった。秀才も阿Qの態度に甚だ不平で、この忘八蛋は要注意、いっそ地保に言いつけて未荘に住まわせるなと言った。しかし趙旦那はそうは思わず、恨みを買う恐れがあるし、この商売をする者は大概「鷹は巣の下の食を食わず」で、本村はかえって心配ないと言った。自分が夜気をつけていればよいのだと。秀才はこの「庭訓」㈨を聞いて大いにもっともと思い、直ちに阿Q追放の提案を撤回し、鄒七嫂にこの話は絶対に人に漏らすなと念を押した。
しかし翌日、鄒七嫂はあの青い絹のスカートを紺に染めに出し、阿Qの疑わしい点を言い触らした。ただし秀才が追放を主張したことだけは言わなかった。しかしこれだけでも阿Qには甚だ不利だった。まず地保が門を叩いてきて門帳を取り上げた。阿Qは趙夫人が見たいと言ったのだと言ったが、地保は返さず、しかも毎月の上納金を取り決めようとした。次に、村人の彼に対する畏敬がにわかに変質した。まだ放埒に出る勇気はないが、遠ざかる気配が濃くなり、しかもこの気配は以前の「ザクッ」を恐れていた時とは異なり、「敬して遠ざける」要素がかなり混じっていた。
ただ一群の暇人たちだけは、なおも根掘り葉掘り阿Qの底を探ろうとした。阿Qも隠し立てせず、傲然と自分の経験を語った。こうして彼らはようやく知った。彼はただの小さな役回りで、壁を越えることもできず、穴に入ることもできず、ただ穴の外で品物を受け取るだけだった。ある晩、一つの包みを受け取り、さらに手を伸ばした時、中で大声が上がったので、彼は慌てて逃げ、一晩中走って城壁を越え、未荘に逃げ帰り、以後二度と行く気になれなかったのだ。しかしこの話は阿Qにさらに不利だった。村人が阿Qを「敬し��遠ざけて」いたのは、元来恨みを買うのを恐れてのことだったが、蓋を開ければ二度と盗みに行けぬ小泥棒にすぎなかったのだ。これはまことに「斯れまた畏るるに足らざるのみ」㈩であった。
第7節
第七章 革命
宣統三年九月十四日(⒈)——すなわち阿Qが搭連を趙白眼に売ったこの日——三更四点、一艘の大きな烏篷船が趙府の河岸に着いた。この船は真っ暗闇の中から揺れてきたが、田舎者は熟睡しており、誰も知らなかった。出発する時は夜明け近くで、見た者はかなりいた。首を出し入れして調べ回った結果、それはなんと挙人老爺の船だった!
あの船は大きな不安を未荘にもたらし、正午にならぬうちに全村の人心は動揺した。船の使命は、趙家では本来極秘だったが、茶店や酒場ではみなこう言った。革命党が城に入ろうとしていて、挙人老爺がこの田舎に避難に来たのだと。ただ鄒七嫂だけは同意せず、あれは破れた衣箱が数箱あるだけで、挙人老爺が預けに来たのだが、趙旦那に断られたのだと言った。実は挙人老爺と趙秀才は元来反りが合わず、理屈から言っても「患難を共にする」間柄ではないし、しかも鄒七嫂は趙家の隣で、見聞が最も近い。だからおそらく彼女の方が正しかろう。
しかし噂は盛んで、挙人老爺は直接来なかったものの一通の長い手紙があり、趙家と遠い親戚の「転折親」であると述べたという。趙旦那は腹の中でひと巡り考え、自分にとって悪いことはないだろうと思い、箱を留めた。今は夫人の寝台の下に押し込んである。革命党については、まさにこの夜のうちに城に入ったと言う者もあり、みな白い兜に白い鎧——崇禎皇帝の喪服(⒉)を着ていたという。
阿Qの耳には、元来とっくに革命党という言葉が入っていたし、今年は革命党が処刑されるのを実際に見もした。しかし彼はどこからともなく来た意見を持っていて、革命党すなわち造反であり、造反すなわち自分を苦しめるものだと考え、一向に「深く悪みて痛く絶つ」ものだった。ところが百里に聞こえた挙人老爺がこれほど恐れるとは、そこで彼もいささか「憧れ」を覚えないわけにはいかなかった。しかも未荘の鳥男女どもの慌てふためく有様は、阿Qをいっそう痛快にした。
「革命もいいかもしれん」と阿Qは思った。「このちくしょうどもの命を革してやる。実にけしからん! 実に憎い!……おれも革命党に投降するか。」
阿Qは近頃金遣いに窮し、いくらか不平だったらしい。加えて昼間に空きっ腹で酒を二杯飲み、ますます酔いの回りが早く、考えながら歩くうちにまたふわふわと舞い上がった。どうしたわけか、ふと革命党が自分自身のように思え、未荘の人間はみな自分の捕虜のように思えた。得意のあまり、大声で喚いた。
「造反だ! 造反だ!」
未荘の人間はみな恐怖の眼で彼を見た。こんな惨めな眼差しは、阿Qは今まで見たことがなかった。一目見て、まるで六月に雪水を飲んだように快適だった。彼はますます上機嫌で歩き、喚いた。
「よし、……おれが何を欲しいと言えばそれがおれのもの、おれが誰を好きだと言えばその女がおれのもの。
テテン、ジャンジャン!
悔やまれる、酒に酔いて鄭の賢弟を誤り斬りしを、
悔やまれる、ああああ……
テテン、ジャンジャン、テ、ジャンリンジャン!
我、鋼鞭を手にして汝を打たん……」
趙府の二人の男と二人の本家も、ちょうど大門の前で革命を論じていた。阿Qは気づかず、頭を反らして歌いながら通り過ぎた。
「テテン……」
「老Q」趙旦那がおずおずと迎えて小声で呼んだ。
「ジャンジャン」阿Qは自分の名が「老」の字と結びつくとは思いもよらず、別の言葉で自分とは無関係だと思い、ただ歌い続けた。「テ、ジャン、ジャンリンジャン、ジャン!」
「老Q。」
「悔やまれる……」
「阿Q!」秀才はやむなく名を直に呼んだ。
阿Qはようやく立ち止まり、首を傾けて尋ねた。「何だ?」
「老Q、……今は……」趙旦那はしかし言葉がなかった。「今は……金持ちかね?」
「金持ち? もちろんだ。何でも欲しいものは手に入る……」
「阿……Q兄さん、おれたちみたいな貧乏仲間は構わないよね……」趙白眼がびくびくと言った。革命党の気持ちを探ろうとしているようだった。
「貧乏仲間? お前はおれより金がある。」阿Qはそう言って去った。
みな呆然として言葉がなかった。趙旦那父子は帰宅し、灯がつくまで相談した。趙白眼は帰宅すると腰から搭連を外し、女房に箱の底にしまわせた。
阿Qはふわふわとひとしきり飛び回り、土穀祠に帰った頃には酒はすっかり醒めていた。この晩、祠の番の爺さんも意外に愛想がよく、茶をご馳走してくれた。阿Qは餅を二つもらい、食べ終わると火のついた四両の蝋燭と木の燭台を一つもらって火を点し、自分の小部屋に一人で横になった。言いようのない新鮮さと喜びを感じ、蝋燭の火は元宵のように閃々と揺れ、彼の思想も弾け跳んだ。
「造反か? 面白い、……白い兜に白い鎧の革命党が一群やってきた。みな大刀、鋼鞭、爆弾、洋砲、三尖両刃刀、鉤鎌槍を手に、土穀祠を通りかかって叫ぶ。『阿Q! 一緒に行こう、一緒に行こう!』そこで一緒に行く。……
「この時、未荘の鳥男女どもの愉快なこと。跪いて叫ぶ。『阿Q、命だけは!』誰が聞くものか! 一番に死ぬべきは小Dと趙旦那、それに秀才、それに偽洋鬼子……何人か残すか? 王髭は本来残してもよいが、やめておこう。……
「品物は……真っ直ぐ入って箱を開ける。元宝、洋銭、洋紗の上着……秀才の嫁の寧式のベッド(⒊)をまず土穀祠に運び、あとは銭家の机椅子を並べる——いや趙家のを使ってもよい。自分は手を動かさず、小Dに運ばせる。速く運べ、遅ければ横っ面だ。……
「趙司晨の妹は本当に醜い。鄒七嫂の娘はあと何年か経ってからだ。偽洋鬼子の女房は辮髪のない男と寝ている、ふん、碌でもない女だ! 秀才の女房は瞼に傷がある。……呉媽は長いこと見ないが、どこにいるやら——惜しいことに足が大きすぎる。」
阿Qはまだ十分に考えがまとまらぬうちに、もう鼾をかいていた。四両の蝋燭はまだ半寸も燃えておらず、赤々とした光が彼の開いた口を照らしていた。
「ホーホッ!」阿Qは突然大声で叫び、頭を上げて慌てて四方を見回したが、四両の蝋燭を見ると、またうつぶせになって眠りについた。
第8節
第八章 革命は不許可
未荘の人心は日ごとに平穏になっていった。伝わってきた知らせによれば、革命党は城に入ったが、さして大した変わりはなかった。知県の大老爺はなお元の官のまま、ただ何とかいう呼び名に改まり、挙人老爷も何とか——これらの名目は未荘の人間には分からなかった——の官になった。兵を率いるのも以前の老把総(⒍)のままだった。ただ一つ恐ろしいことは、別に数人の良からぬ革命党が混じって騒ぎを起こし、翌日には辮髪を切り始めたことで、隣村の渡し船の七斤がその災いに遭い、人の形をなさなくなったと聞いた。しかしこれはまだ大恐怖とは言えなかった。未荘の人間は元来滅多に城に行かず、たまに行こうと思っても、すぐ計画を変えてこの危険に触れずに済んだのだから。阿Qも本来は城に行って旧友を訪ねるつもりだったが、この知らせを聞いてやむなく取りやめた。
しかし未荘にも改革と無縁とは言えなかった。数日後、辮髪を頭の上に巻きつける者が次第に増えてきた。前に述べた通り、最初は当然のこと茂才公で、次が趙司晨と趙白眼、後には阿Qだった。夏であれば辮髪を頭の上に巻くか一つに結ぶのは別段珍しくもないが、今は晩秋だから、この「秋に夏の令を行う」行為は、辮髪を巻く当人にとっては万分の英断と言わねばならず、未荘にとっても改革と無関係とは言えなかった。
趙司晨が後頭部をすっきりさせて歩いてくると、見た者は大声で叫んだ。
「おっ、革命党が来た!」
阿Qは聞いて大いに羨んだ。秀才が辮髪を巻いたという大ニュースはとっくに知っていたが、自分も同じことができるとは思いもよらなかった。今、趙司晨もそうしているのを見て、学ぶ気になり、実行の決心を固めた。竹の箸一本で辮髪を頭の上に巻き、ためらった末に思い切って歩き出した。
街を歩くと、人も彼を見たが、何も言わなかった。阿Qは初めは不快で、やがて不平になった。彼は近頃すぐ腹を立てるようになった。実のところ暮らし向きは造反以前よりかえって苦しくもなく、人も彼に丁寧だし、店も現金を要求しなかった。しかし阿Qはどうしても自分が不遇だと感じた。革命したからには、こんなはずはない。ましてや一度小Dを見た時には、ますます腹が破れそうだった。
小Dも辮髪を頭の上に巻いていた。しかも同じく竹の箸を使っていた。阿Qは夢にも彼がこんなことをするとは思わず、断じて許せなかった。小Dは何者だ! 彼は即座に小Dを掴まえ、竹の箸を折り、辮髪をおろし、いくつか横っ面を張って、生年月日も忘れて革命党を気取る罪を懲らしめてやりたかった。しかし結局見逃してやり、ただ怒目で唾を吐いて言った。「ぺっ!」
この数日間に城に出かけたのは、偽洋鬼子ただ一人だった。趙秀才も本来は箱を預けた縁を頼って挙人老爺を自ら訪問するつもりだったが、辮髪を切られる危険があるので中止した。彼は一通の「黄傘格」(⒎)の手紙を書いて偽洋鬼子に託し、自分を自由党に紹介してくれるよう頼んだ。偽洋鬼子が帰ると、秀才から四塊の洋銭を取り返し、秀才は銀の桃の飾りを前身頃にぶら下げた。未荘の人間はみな驚嘆して、これは柿油党(自由党)の頂子(帽子飾り)で、翰林(⒐)に匹敵すると言った。趙旦那はこのためにわかに大いに偉くなり、息子が初めて秀才に受かった時をはるかに上回り、一切を見下し、阿Qを見てもかなり歯牙にもかけぬ様子だった。
阿Qはまさに不平の最中で、しかもひっきりなしに冷遇を感じていた。この銀の桃の噂を聞くや、たちまち自分が冷遇される原因を悟った。革命するには、ただ投降すると言うだけではだめで、辮髪を巻くだけでもだめで、まず革命党と知り合わなければならない。彼が生涯で知っている革命党は二人だけで、城里の一人はとっくに「ザクッ」と殺されたから、残るは偽洋鬼子のみ。急いで偽洋鬼子と相談する以外に道はなかった。
銭府の大門がちょうど開いていて、阿Qはおずおずとにじり入った。中に入ると大いに驚いた。偽洋鬼子が中庭の真ん中に立ち、全身黒い、おそらく洋服を着て、胸にも銀の桃をぶら下げ、手にはかつて阿Qが手痛い目に遭った棍棒を持ち、一尺余りに伸びた辮髪をほどいて肩に垂らし、蓬髪散髪で劉海仙(⒑)のようだった。正面に趙白眼と三人の暇人が直立し、恭しく話を聞いていた。
阿Qはそっと近寄り、趙白眼の後ろに立って、声をかけたいのだが何と言えばよいか分からなかった。偽洋鬼子と呼ぶのはもちろんだめ、洋人もまずい、革命党もまずい。やはり洋先生と呼ぶべきだろうか。
洋先生は彼に気づかなかった。白目で熱弁を振るっていた最中だったのだ。
「私は性急な人間だから、会うたびにいつも言ったものだ。洪兄(⒒)! やりましょう! だがあの方はいつもこう言った。No!——これは洋語で、君たちには分かるまい。さもなくばとっくに成功していた。しかしこれこそ彼が事に慎重な所以だ。再三再四、湖北に来てくれと頼まれたが、まだ承諾していない。こんな小さな県城で仕事をする気にはなれんからな。……」
「うむ、……あの……」阿Qは彼がわずかに途切れたのを見計らい、ついに十二分の勇気を奮って口を開いたが、なぜか洋先生とは呼ばなかった。
�� 話を聞いていた四人は驚いて振り返った。洋先生もようやく気づいた。
「何だ?」
「おれは……」
「出ろ!」
「おれは投……」
「出て行け!」洋先生は泣き棒を振り上げた。
趙白眼と暇人たちも怒鳴った。「先生が出て行けと言っているのに、まだ聞かないのか!」
阿Qは手を頭にかざし、知らず知らず門の外に逃げ出した。洋先生は追いかけてはこなかった。彼は六十歩あまり走って、ようやくゆっくり歩き出したが、胸にわだかまる憂愁が込み上げてきた。洋先生が革命を許さないのだから、もう他に道はない。ここに至って白い兜に白い鎧の人が呼びに来てくれる望みは絶たれ、彼のすべての抱負、志向、希望、前途は、一筆で帳消しになった。暇人たちが触れ回り、小Dや王髭どもに笑いものにされることは、むしろ二の次だった。
彼はかつてこれほどの無聊を経験したことがないようだった。自分の辮髪を巻いていることにも、無意味のように感じ、蔑みたくなった。報復のため、すぐにも辮髪をおろしたかったが、結局おろさなかった。夜まで歩き回り、酒を二杯つけにして飲み干すと、次第に上機嫌になり、思想の中にもまた白い兜白い鎧の断片が現れた。
ある日、彼は例のごとく夜更けまでぶらつき、酒場が店じまいしようという頃になって、ようやく土穀祠に戻って行った。
パンッ、バーン~~!
異様な音が聞こえた。爆竹ではない。阿Qは元来見物好きのおせっかいだから、暗闇の中をまっすぐ音の方へ探っていった。前方に足音のようなものが聞こえた。聞き耳を立てていると、突然正面から一人の男が逃げてきた。阿Qは見るなり急いで身を翻して後を追った。男が角を曲がれば阿Qも曲がり、男が立ち止まれば阿Qも立ち止まった。後ろを見ても何もない。その男を見れば小Dだった。
「何だ?」阿Qは不平になった。
「趙……趙家が襲われた!」小Dが息を切らして言った。
阿Qの心臓がドキドキ跳ねた。小Dは言い終わると去った。阿Qは逃げてはまた立ち止まるのを二、三度繰り返した。しかし彼はかつて「この商売」をしたことがあるだけに、格別に胆が太く、路地の角から顔を出して注意深く聞くと、何やら騒がしいようだった。さらに注意深く見ると、白い兜に白い鎧の人々が、続々と箱を運び出し、器物を運び出し、秀才の嫁の寧式のベッドも運び出しているようだったが、はっきり見えなかった。もう少し近づこうとしたが、両足が動かなかった。
この夜は月がなく、未荘は暗闇の中で極めて静かで、まるで羲皇(⒓)の御代のように太平だった。阿Qは見飽きるまで立ち尽くしたが、やはり以前と同じように、あちこちで運んでいるようだった。箱が運び出され、器物が運び出され、秀才の嫁の寧式のベッドも運び出され……運び出されるのを見て、自分の目が信じられなくなった。しかし彼はこれ以上近づかず、自分の祠に帰ることにした。
土穀祠の中はさらに真っ暗だった。大門を閉め、手探りで自分の部屋に入った。しばらく横になって、ようやく落ち着き、自分に関わる思考を繰り広げた。白い兜白い鎧の人々は確かに来たのに、自分を呼びには来ず、多くの良い品を運んだのに自分の分はなかった——これはすべて偽洋鬼子がけしからぬからだ。おれに造反を許さなかったからだ。さもなくば、今度おれの分がないはずがあろうか? 阿Qは考えれば考えるほど怒り、ついに心中に痛恨が満ち、毒々しく頷いた。「おれには造反を許さず、お前だけ造反を許すのか? ちくしょうの偽洋鬼子め——よし、お前が造反するのか! 造反は死罪だぞ、一つ役所に訴えてやる。お前を県に引っ立てて首を刎ねさせてやる——一家皆殺し——ザクッ! ザクッ!」
第9節
第九章 大団円
趙家が襲われた後、未荘の人間はおおむね痛快であると同時に恐慌を覚え、阿Qもまた痛快であると同時に恐慌を覚えた。しかし四日後、阿Qは真夜中に突然県城に引っ立てられた。その時はちょうど暗夜で、一隊の兵、一隊の団丁、一隊の警察、五人の偵探が、ひそかに未荘に到着し、暗闇に乗じて土穀祠を包囲し、正門に機関銃を据えた。しかし阿Qは飛び出してこなかった。長いこと動きがなく、把総が焦り、二十千の賞金を懸けて、ようやく二人の団丁が決死の覚悟で塀を乗り越え、内外呼応してなだれ込み、阿Qを引きずり出した。祠の外の機関銃の傍まで引き出されて初めて、彼はいくらか目が覚めた。
城に着いた時にはもう正午だった。阿Qは自分が一つの古びた役所に連れ込まれ、五、六度角を曲がり、小部屋に押し込まれたのを見た。彼がよろめいたちょうどその時、丸太で作った格子の扉が踵に続いて閉まった。残りの三面はすべて壁で、よく見ると隅にまだ二人いた。
阿Qはいくらか不安だったが、さほど苦悶ではなかった。あの土穀祠の寝室も、この部屋より上等というわけではなかったからだ。二人もどうやら田舎者で、次第に話しかけてきた。一人は挙人老爺が祖父の滞納小作料を取り立てようとしていると言い、もう一人は何の用件か分からなかった。二人が阿Qに尋ねると、阿Qは率直に答えた。「造反がしたかったからだ。」
その日の午後、彼はまた格子の扉から引き出され、大堂に至った。上座にはつるつるに剃り上げた頭の老人が座っていた。阿Qは坊主かと疑ったが、下に一列の兵が立ち、両脇にも十数人の長衫姿の人物が立っているのを見た。この老人のようにつるつるに剃った頭の者もあれば、偽洋鬼子のように一尺ほどの髪を背に垂らした者もあり、みな横柄な面構えで怒目に睨んでいた。彼はこの人物がただ者ではないと悟り、膝の関節がおのずから緩み、跪いた。
「立って話せ! 跪くな!」長衫姿の人物たちが怒鳴った。
阿Qは分かったような気がしたが、どうしても立っていられず、身が勝手にしゃがみ込み、ついに勢いに乗じて跪いてしまった。
「奴隷根性め!……」長衫姿の人物たちが蔑むように言ったが、立たせはしなかった。
「正直に白状しろ、痛い目に遭わずに済む。わしはとっくに何もかも知っておる。白状すれば放してやる。」つるつる頭の老人が阿Qの顔をじっと見つめ、沈着にはっきりと言った。
「白状しろ!」長衫姿の人物たちも大声で言った。
「おれは本来……投……」阿Qはぼんやりとひとしきり考え、やっと途切れ途切れに言った。
「では、なぜ来なかったのだ?」老人が穏やかに尋ねた。
「偽洋鬼子が許さなかったんだ!」
「でたらめを! 今さら遅い。お前の仲間はどこにいる?」
「何?……」
「あの晩、趙家を襲った一味だ。」
「あいつらはおれを呼びに来なかった。勝手に運んで行ったんだ。」阿Qは思い出すと憤然とした。
「どこへ行ったのだ? 言えば放してやるぞ。」老人はさらに穏やかになった。
「知らない……あいつらはおれを呼びに来なかったんだ……」
しかし老人が目配せすると、阿Qはまた格子の中に押し込まれた。二度目に格子の外に引き出されたのは翌日の午前だった。
大堂の様子は同じだった。上座にはやはりつるつる頭の老人が座り、阿Qもやはり跪いた。
老人は穏やかに尋ねた。「まだ何か言うことはあるか?」
阿Qは考えたが、言うことがなく、「ない」と答えた。
すると一人の長衫姿の人物が一枚の紙と一本の筆を阿Qの前に持ってきて、筆を手に握らせようとした。阿Qはこの時大いに驚き、ほとんど「魂飛魄散」だった。手と筆が関わるのは、これが初めてだったのだ。どう持てばよいか分からずにいると、その人物がある箇所を指さして花押を書けと教えた。
「おれは……おれは……字が読めない。」阿Qは筆を掴み、恐怖と恥辱の中で言った。
「では仕方ない、丸を一つ描け!」
阿Qは丸を描こうとしたが、筆を握る手はただ震えるばかりだった。そこでその人物が紙を地面に広げてやり、阿Qは這いつくばって平生の力を振り絞って丸を描いた。笑われまいと、丸く描こうと志したが、この忌々しい筆は重い上に言うことを聞かず、ちょうど線が閉じかけたところで外にはね上がり、瓜の種の形になってしまった。
阿Qが自分の丸の不出来を恥じていると、その人物はもう気にもせず、さっさと紙と筆を引き上げ、大勢がまた彼を二度目に格子の中に押し込んだ。
二度目に格子に入っても、さほど悩まなかった。人が天地の間に生きていれば、時には引っ立てられたり押し込まれたりし、時には紙に丸を描いたりするものだろうと思った。ただ丸が丸くなかったのだけが、彼の「行状」の汚点だった。しかしまもなく平気になった。孫子でなければ真ん丸な丸など描けるものか、と彼は思った。そして眠りについた。
しかしこの夜、かえって眠れなかったのは挙人老爺だった。彼は把総と喧嘩したのだ。挙人老爺は第一に贓物の追及を主張し、把総は第一に見せしめを主張した。把総は近頃すっかり挙人老爺を軽く見るようになっていて、机を叩きつけて言った。「一罰百戒だ! 見ろ、おれが革命党になってからまだ二十日にもならんのに、強盗事件は十何件もあって、一つも解決しておらん。おれの面目はどこにある? 解決すればお前がまたぐだぐだ言う。だめだ! これはおれの管轄だ!」挙人老爺は窮したが、なお頑張って、もし贓物を追及しないなら、直ちに民政幇弁の職を辞すると言った。すると把総は「お好きに!」と答えた。こうして挙人老爺はこの夜ついに眠れなかったが、幸い翌日は辞職しなかった。
阿Qが三度目に格子の外に引き出された時は、挙人老爺が眠れなかったその夜の翌朝のことだった。大堂に着くと、上座にはやはり例のつるつる頭の老人が座っていた。阿Qもやはり跪いた。
老人はとても穏やかに尋ねた。「まだ何か言うことはあるか?」
阿Qは考えたが言うことがなく、「ない」と答えた。
大勢の長衫姿と短衫姿の人物が、突然彼に洋布の白いチョッキを着せた。上に黒い文字がいくつかあった。阿Qは甚だ不愉快だった。これは喪服のようで、喪は不吉だからだ。同時に両手は後ろに縛られ、同時にまた役所の外へまっすぐ引きずり出された。
阿Qは幌なしの車に乗せられ、数人の短衫姿の人物も彼と一緒に座った。車はすぐ動き出した。前には洋砲を背負った兵と団丁の一隊、両側には口を開けた見物人の群れ、後ろがどうなっているかは阿Qには見えなかった。しかし彼は突然悟った。これは首を刎ねに行くのではないか。急に焦って目の前が暗くなり、耳の中でゴーンと鳴って、気が遠くなりそうだった。しかし完全に気を失いはせず、焦る時もあれば泰然としている時もあった。人が天地の間に生きていれば、時には首を刎ねられることもあるのだろうと、なんとなく思った。
彼はまだ道が分かったので、いくらか不思議に思った。なぜ刑場に向かわないのだ。これが引き回しで見せしめであることを、彼は知らなかった。しかし知っていても同じことで、人が天地の間に生きていれば、時には引き回され見せしめにされることもあるだろうと思うだけだったろう。
彼は悟った。これは回り道をして刑場に行くのだ。きっと「ザクッ」と首を刎ねられるのだ。彼は茫然と左右を見た。すべてが蟻のようにぞろぞろと続く人だったが、ふと路傍の人混みの中に呉媽を見つけた。久しぶりだった。彼女は城里で働いていたのだ。阿Qは突然、志がなかった自分がひどく恥ずかしくなった。芝居の一節も歌わなかったとは。彼の思想は旋風のように頭の中をひと巡りした。『小寡婦の墓参り』は格が低い、『龍虎戦』の「悔やまれる……」もつまらない、やはり「鋼鞭を手にして汝を打たん」にしよう。同時に手を振り上げようとして、両手が縛られているのを思い出し、「鋼鞭を手に」も歌わなかった。
「二十年経てばまた一人の……」阿Qは百忙の中、「独学」で、かつて言ったことのない半句を口にした。
「よし!!!」人混みの中から、豺狼の咆哮のような叫び声が上がった。
車は止まらず進み、阿Qは喝采の中で目を回して呉媽を見たが、彼女は一向に彼を見てはおらず、ただぼんやりと兵たちの背中の洋砲を見つめていた。
阿Qはそこで喝采する人々を見た。
この刹那、彼の思想はまた旋風のように頭の中をひと巡りした。四年前、彼は山裾で一匹の飢えた狼に出会った。いつまでも近からず遠からず付いてきて、彼の肉を食おうとした。あの時は死ぬほど怖かったが、幸い手に薪割りの鉈があったので、それを頼みに胆を太くし、未荘までもちこたえた。しかし永遠に忘れられないのはあの狼の目だった。凶悪で卑怯で、きらきらと鬼火のように光り、遠くから彼の皮肉を貫くようだった。そして今度は、かつて見たことのないさらに恐ろしい目を見た。鈍くかつ鋭く、彼の言葉を咀嚼し終えただけでなく、さらに皮肉以外のものをも咀嚼しようとし、いつまでも近からず遠からず付いてくる。
これらの目はひと塊りになって、もうそこで彼の魂を噛んでいるようだった。
「助けてくれ、……」
しかし阿Qは声に出さなかった。彼はとうに目の前が暗く、耳の中でゴーンと鳴り、全身がまるで微塵のように飛び散ったように感じた。
当時の影響に至っては、最も大きかったのはかえって挙人老爺で、ついに贓物が追及されなかったため、一家みな号泣した。次は趙府で、秀才は城に届け出に行って不良の革命党に辮髪を切られただけでなく、さらに二十千の賞金を費やしたので、一家もまた号泣した。この日以来、彼らはみな次第に遺老の気風を帯びるようになった。
世論に至っては、未荘では異論なく、当然みな阿Qが悪いと言った。銃殺されたのが悪い証拠で、悪くなければ銃殺されるはずがない。城里の世論は芳しくなく、多くは不満だった。銃殺は首刎ねほど見物ではないし、あれはまたなんという滑稽な死刑囚だ。あれほど長く引き回しておきながら、一節の芝居も歌わなかった。ついてきたのは無駄だったと。